九十二話 ペロの休日
ここはモヘド大迷宮の二十一階層の箱庭。
「わうっ!」
僕は出された拳を紙一重で避けた。
すると今度は、後ろから剣で狙われる。
加速スキルを一瞬だけ発動させると、剣を避けつつ爪で相手の腕を切り落とした。
「甘い!」
その声に上を向くと、いつの間にか糸爆弾が炸裂している事に気が付く。
白い糸が僕の体を覆うと、べたべたとまとわりついて動きを阻害した。
しまったと思った。後ろからの攻撃は囮だったのだ。
「きゃうん!」
相手の掌底が直撃すると、内臓をかき回すような衝撃が体を揺らす。
さらに足払いをされて空中でぐるりと回転。
地面に強く叩きつけられた。
「参りました……」
僕は降参した。
敵だった四人の子供は一列に並ぶと、僕へ一礼する。
試合を眺めていたお父さんは立ち上がると、僕へキュアマシューを渡してくれた。
「儂の四人の分身と対等に戦えるとは、ずいぶんと成長したな」
「それでもまだまだお父さんが強いよ。僕じゃあ歯が立たない」
「謙遜するな。本気で戦えば儂と対等以上に戦えるはずだぞ」
それはお父さんの勘違いだと思う。
確かに僕は加速スキルを手に入れたことで、格段に強くはなった。
でも、それ以上にお父さんは強くなったんだ。
打撃は効かないし、切ってもすぐに再生するし、分裂するし、空は飛ぶし、沢山の眷属がいるし、ブレスを吐くし、あげれば切りがないほど。
息子の僕でも異常だと分かる。
「む、変なことを考えていないか?」
「ううん、お父さんはすごいと思っていただけ」
「あまりすごいすごいと褒めるな。儂はすぐに調子に乗ってしまうからな」
そう言いつつお父さんは少しだけ嬉しそうな顔をする。
最近知ったけど、お父さんは照れ屋なんだ。だから、僕が褒めるとすぐに隠そうとする。
エルナお姉ちゃんはそこが良いのよなんて言っていたけど、子供の僕にはよく分からないや。
「はぁ、さすがはペロ様。フレアは見ているだけで興奮いたしました」
フレアさんが抱きついてきて、フガフガと僕の胸に顔を埋める。
相変わらず何を考えているのか分からない人だけど、僕に好意があることは理解している。
「フ、フレアさん、そろそろいいかな?」
「はっ!? 失礼いたしました! あまりにもペロ様のモフモフが素晴らしいもので、トリップしていました!」
彼女はだらしない顔をしていた。
どれほど僕のモフモフが彼女を虜にしているのか、考えるだけで恐ろしくなる。
「さて、今日の訓練は此処までだ。各々好きに過ごすと良い」
お父さんの言葉に僕は少し残念な気持ちだ。
訓練は楽しい。いつも新しい発見に満ちているからだ。
いつかは僕がお父さんを守るという目標だってある。
だからもっともっと強くなりたい。
そう考えていると、お父さんが笑顔で肩に手を乗せる。
「何に悩んでいるのかは分からないが、息抜きも大切だぞ。たまには街で羽を伸ばしてこい」
「うん」
僕の手に革袋が渡された。
ジャラリと鳴っており、すぐにお金だと分かる。
「これはお前のお金だ。儂が代わりに貯めているが、その一部だと思え。あまり使いすぎるなよ」
「うん!」
渡されたお金がすごく重い気がした。
お父さんの気持ちが詰まっているからだと思う。
僕は泣きそうになって、その場から走り出した。
「あ、ペロ様! 待ってください!」
フレアさんが追いかけてきている。
どうやら僕と一緒に街へ行きたいようだ。
二人でジャングルを駆け抜けると、四番目の箱庭へと到着した。
転移の神殿にある石版へ触れると、視界に行き先が表示された。
「ああ、ペロ様とのデートですね。実に興奮します」
「デートってほどのものじゃないと思うけど……」
ハァハァと息を荒げているフレアさんを横目に、僕は苦笑いしてしまう。
本当に変わらない人だ。けど、それが心地良い。
視界がゆがむと、景色が一瞬で変化した。
見慣れた風景に気持ちの良い風。
地上は何度来ても飽きない。
「風景画を描きたい気分だなぁ」
「ペロ様は本当に絵がお好きなのですね」
「うん。僕が見た物を残せるなんて最高だと思うんだ」
フレアさんはニコニコと微笑んでいる。
いつもこうなら良いけど、油断するとすぐに「モフモフ!」と叫ぶので、気を引き締めなければならない。
撫でられるのは嫌いじゃないけど、フレアさんは放っておくと一日中モフモフしている人だから、駄目な時はダメとはっきりした態度を見せないといけない。
というかモフモフってそんなに良い物なのだろうか?
すごく疑問だ。
街へ向かうと、顔見知りの兵士さんと出会った。
「おや、聖獣様ではありませんか。今日は二人でお買い物ですか?」
「はい。そろそろ武器を買おうかなと」
「そういえば、装備していた手甲がなくなっていますね」
「成長したので壊れてしまいました。今度はもう少し大きい物を購入するつもりです」
兵士さんは「ペロ様がいる限り、我が国は安泰ですね」などと手を振って見送ってくれた。
彼が期待しているのは聖獣としての僕だ。
いずれは王国の守護獣になると考えているのだろう。
もちろんそれを僕は否定しない。
聖獣である事は紛れもない事実だし、僕も多くの人を守りたいと考えている。
ただ、お父さんよりも大切なことかと聞かれるとNOと答える。
「ペロ様、あちらに屋台があります! 小腹が空きませんか!?」
「フレアさんが食べたいだけでしょ? でも、確かに良い匂いだ」
フレアさんが指を差した方向には一つの屋台があった。
香ばしい匂いを周囲に漂わせ、多くの客が列をなして料理を待っている。
僕は興味が湧いたのでフレアさんと一緒に並ぶことにした。
「これは串焼きですね。色はずいぶんと濃いですが美味しそうです」
順番が来ると、フレアさんは子供のようにはしゃぐ。
屋台で焼かれていたのは串肉だった。
長方形の金属の箱の上で肉をくるくると回して、ほどよく焼けると壺の中へ串を入れる。
壺の中はドロリとした茶色い液で満たされており、串肉が液に浸されると、再び箱の上で焼くのだ。箱の中を覗くと、赤く発熱した炭が落ちてくる脂と液でジュウウと音を鳴らしていた。
マーナでは珍しい料理だなと店員の顔を見ると、灰色の布を頭からかぶり仮面をつけていた。
「……スケ太郎さん?」
「カタカタ」
違う違うと首を振るが、どう見てもスケ太郎さんだ。
布の隙間から見える金色のボディが何よりの証拠。
手慣れた動きで串肉を僕たちに差し出すと、フリップで「ご主人様には内緒にしてください」と伝えてきた。
口止め料なのか串焼きが一本多い。
「見なかったことにしますね」
「カタカタ」
スケ太郎さんは手を振って僕らを見送ってくれる。
「最近、スケ太郎さんを見かけないと思ったら、あんなところで働いていたんですね」
「戦争が終わってから暇な時間が増えましたからね。趣味で商売を始めたのでしょう」
スケ太郎さんは眷属を率いる将軍のような人だ。
ただ、多くの仕事を配下がしてしまうので、やることがなくなってしまったに違いない。
その結果が屋台とは、スケ太郎さんの行動力は侮れない。
僕は串焼きを口に入れる。
甘塩っぱい味が美味だった。
「これは照り焼きソース?」
「のようですね。もしかすると田中殿が言っていた、焼き鳥というものでしょうか」
お父さんが「酒を飲むときには、焼き鳥という料理が一番合う」って言っていたことがある。
確かその場にいたのは、僕とフレアさんとスケ太郎さんだった気がした。
きっとあの後、お父さんから作り方を聞き出して実践したんだ。
黙っていて欲しいというのは、その辺りが原因だろう。
「お父さんが知ったら、すぐにマーナへ来るよね」
「間違いないですね。恐らく屋台の商品を、あっという間に食べ尽くすはずです」
僕は笑ってしまった。お父さんは美味しい物に目がないから、焼き鳥なんて格好の獲物になる事だろう。スケ太郎さんが慌てふためく姿が目に浮かぶ。
僕らは焼き鳥を食べ終えると、二人で寝具屋へと行くことにした。
「うーん、そろそろベッドを買い換えたいのよね……」
「早く決めて。待つの飽きた」
「もう少しだけ待ちなさいよ。こんな機会滅多にないんだから、もっとゆっくり選ばせて」
「どれも同じ」
寝具屋へ行くと、店の前にエルナお姉ちゃんとリズさんが居た。
しかも、エルナお姉ちゃんは店内を覗いて唸っている。
僕はリズさんへ声をかけることにした。
「リズさん、ベッドは買えましたか?」
「ん。買った」
半眼の彼女は小さく頷く。
リズさんは口数は少ないし時々毒舌だけど、決して悪い人じゃない。
人との接し方が分かっていないだけだと思う。
お父さんから聞いた話では、ずっと病気で伏せていたらしいから、人付き合いが苦手なのは仕方ないこと。僕だって同じ境遇だったら、リズさんのように無口になっていたかもしれない。
「あーあれも良いけど、こっちも悪くないわよね……あら? ペロ君?」
エルナお姉ちゃんが僕らに気が付いたようだ。
近づいて店内を覗いてみる。
「もしかして、あの大きなベッドで悩んでいるの?」
「そうなのよ。天蓋付きって乙女の夢じゃない? せっかく真一が大金を持たせてくれたし、ここは奮発して買っちゃおうかなって」
「でも部屋に入らないよ?」
「うっ、そうだったわね……」
現実に引き戻されたエルナお姉ちゃんは、ガクリと膝を折った。
先日、ベッドを買ってくると言って出かけたお父さんがなにも買っていなかったので、今日はエルナお姉ちゃんがリズさんを連れて街へ来たのだけれど、予想通りというかエルナお姉ちゃんが一番楽しんでいたようだ。
「部屋が大きくなれば入ると思うけど……無理だよね?」
「部屋を大きく……そうだわ! 部屋を大きくすれば良いのよ! なんでそこに気が付かなかったのかしら!」
エルナお姉ちゃんは急に立ち上がると、店に入って天蓋付きのベッドを購入し始める。
僕は止めるベきか迷ったが、何か名案が浮かんだのかもしれないと様子を見ることにした。
「これで天蓋付きのベッドでゆっくり眠れるわ! 最高ね!」
「本当に大丈夫なの? 部屋に入らなかったらお父さんが怒るよ?」
「いいのいいの! 私の力なら可能だから!」
お姉ちゃんは満面の笑みでリズさんを連れて去って行く。
一抹の不安を感じつつも、僕とフレアさんは寝具屋へと踏み入った。
「いらっしゃいませ」
店員が挨拶する。僕はベッドを見る前に店員に質問することにした。
「あの、僕のサイズのベッドってありますか?」
「もちろんです。作られたのがかなり前なので、デザインがどうしても古くなってしまいますが、十分に使うことができますよ。在庫処分と言うことも含めて五割ほど値引きさせていただきます」
店の二階へ行くと、大きなサイズのベッドが展示されていた。
ドラゴニュート用に造られたものだと推測する。
適当なベッドに横になると、悪くない大きさに満足した。
「じゃあ一台ください」
「かしこまりました。ご自宅へとお届けいたしましょうか?」
僕は首を横に振る。
店員にお金を払うと、ベッドをリングへと収納する。
エルナお姉ちゃんもそうだけれど、僕とフレアさんもお父さんからリングの使用許可をもらっている。だから手元にリングがなくとも自由に物を出し入れできるのだ。
購入を済ませると、ロッドマン武器店へと足を運ぶ。
僕の武器を買わなければならないからだ。
店のドアを開けると、キセルでプカプカと煙を吐くロッドマンさんが目に入った。
「こんにちは」
「いらっしゃい! 今日は二人でデートかい!?」
「違いますよ。ただの買いも「デートだ」」
フレアさんがデートだと主張する。
その顔は真顔だ。妙な圧力に僕もロッドマンさんも頷く。
そうだ、これはデートだったんだ。
「はははっ! 若いってのはいいね!」
ロッドマンさんは笑い始めると、カウンターの下から何かを取り出した。
「これは?」
「田中君に頼まれて作っておいた品だ。すでに金はもらっている」
それはマリンブルー色の手甲だった。
腕にはめるとサイズはぴったりであり、魔力を流すと手甲から水が湧き出した。
僕はロッドマンさんに視線を向ける。
「そいつはアクアニウムと鋼を混ぜた合金でできている。前に使っていた手甲と同じだな。ただ、属性が違うから今のペロ君にはもっと使いやすいんじゃないか」
「はい、すごく使いやすそうです。属性はお父さんが?」
「ああ、田中君ができれば水属性の武器が良いと言っていたからな、わざわざ王都まで材料を仕入れに行った一品だ。大切に使ってくれよ」
「ありがとうございます」
僕はロッドマンさんに感謝しつつお父さんにも感謝した。
この武器は大切に使おうと心に誓う。
「ん?」
ふと、店内に見慣れない物を発見した。
武器屋なのに首飾りが置かれているのだ。
近くで見ると、赤や緑や青など小さな石が飾りとしてつけられていた。
「あの……これは?」
「そいつは最近入荷した”身代わりの石”って物だ。持ち主の命を救うって触れ込みらしいが、見た感じではただの石だな。この手の商品は冒険者が買うことが多いから、この店でも売ることにしたのさ」
「へぇ、身代わりの石かぁ」
僕は首飾りを眺めて名案が浮かぶ。
ロッドマンさんから五つの首飾りを購入すると、赤い石の物をフレアさんへ渡した。
「も、もらって良いのですか!?」
「受け取ってください。フレアさんが危機に陥った時に、この石が助けてくれるはずです」
「あああああああっ! ペロ様からプレゼントをいただいた! 一生大切にします! いえ、金庫に入れて家宝にいたします!」
「ちゃんと身につけてください」
フレアさんの喜びようは凄まじかった。
興奮が最高潮に達したかと思うと、白目をむいてバタリと倒れる。
慌てて抱き起こすと気絶していた。
僕はフレアさんを背負って家へと帰ることにした。
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