九十話 忍者娘がやって来た


 食堂を開いてから一週間が経過した。

 売り上げは上々だ。

 細々と食堂をやって行くつもりだったのだが、想像以上の反響を呼んでいるようだ。

 そもそもの目的は日本食をこの世界に根付かせようと言うことであり、お金は生活に必要な最低限を得られれば良いなどと考えていた。

 あとは冒険者の一時の休憩所になれば良いと。


 だが現実は儂を良い意味で裏切った。

 面白い事に食堂目当てでダンジョンへと来る者が増えたそうだ。

 口コミと言う奴だな。そこまで宣伝はしていないのだが、毎日大勢の冒険者達が来てくれるようになったのだ。

 もちろん十五階という浅い階層に店を出したのも良かったのだろう。

 日本食はよほどこの世界の人間の舌に合ったのかもしれない。


 醤油と味噌の売れ行きだが、こちらも好調だ。

 元々定食は醤油をベースにした味付けにしているので、冒険者の中には家でこの味を食べたいと言う者が居る。

 食堂には醤油と味噌を販売しているので、そちらを勧めると彼らは迷うことなく買って行った。

 そうなると一般人には手に入らない調味料となるわけだが、その点も解決済みだ。

 マーナの市場にいるアーノルドが醤油と味噌を売っているのだ。

 これにより地上にいる一般人でも日本食を楽しむことが可能となった。

 あとは世間に醤油と味噌が広がるのを待つばかりだ。


「照り焼きハンバーグ美味しいわね!」


 儂の目の前に座るエルナがご飯を食べながら嬉しそうだ。

 隣ではペロが刺身定食に舌鼓を打ち、さらにその隣ではフレアが野菜炒め定食を黙々と食べていた。

 四人でホームレス食堂へ来ているのだが、今日も盛況なのかガヤガヤと冒険者達の話し声が店内に響いていた。


「おい、ご飯粒がついているぞ」


 エルナの口に付いている米粒を指でとるとパクリと食べた。

 彼女はみるみる顔を赤くして頭から蒸気を発する。


「あうあうあう……」

「?」


 口をぱくぱくさせるエルナに首を捻る。

 なにかおかしな事をしたか?


「お父さんって時々すごく鈍感だよね」


 ペロの言葉に反論しようと思ったがぐっと我慢した。

 切れ者と評判だった儂が鈍感などあり得ないからだ。

 時には息子の辛い言葉も受け入れてやるのが父親の務めだろう。


「鈍感」


 少女の声がして儂は周りをキョロキョロする。

 しかし、それらしい人物の姿は見えない。

 なんだったのだろうかと疑問に感じつつ、儂は裏メニューのサーモンTKG定食に箸をつけた。


「なんだソレ! 美味そうじゃねぇか!」


 近くにいた冒険者が儂の料理を見て反応した。

 この店では三種類の定食しか出していないので、違うものを食べているとやはり目立つようだ。


「これは裏メニューのサーモンTKG定食だ。生卵が大丈夫なら頼んで食べると良い」

「おう、サンキューな!」


 彼はさっそく注文したようだ。

 店員のスケルトンが料理を運んでくると、TKGの食べ方をフリップに書いて客に教える。

 スケルトン達は喋れないので、基本的に客とのやりとりは筆談だ。

 理解した冒険者は、ご飯に卵を乗せると醤油を垂らしてからかき混ぜる。

 口に入れると「うはっ!」と歓喜の声が漏れた。

 どうやら彼の口に合ったらしい。


「TKGは美味しい?」


 再び声が聞こえ、周囲を確認する。

 やはりどこにも声の主らしき姿は見えない。


「誰かいるのか?」

「…………」


 返答はない。

 気配はしないが誰かが近くにいるのだ。

 儂は額の目を開くと周囲を見渡す。

 第三の目は透視能力だけではなく、空間に隠れているものも暴き出す力を持っている。普段はあまり使わないので、ついつい忘れがちだがこういったときには重宝する能力だ。


「……どうして此処にいる?」

「見つかった」


 儂の後ろに見覚えのある少女が立っていた。

 ずっと隠密スキルで隠れていたようだ。


「とりあえず姿を現せ」

「仕方ない」


 少女は渋々隠密を解くと、儂の隣の席へとペロを押しのけて座る。

 淡いブルーのショートヘアーにまだまだ幼い容姿。

 出会った時はパジャマを着ていたはずだが、今は冒険者の装備を身につけていた。

 背中には大きなリュックを背負っていることから、とてもではないが貴族には見えない。


 彼女はリズ。

 隣町で病に伏せっていた貴族の少女だ。


「もう一度聞く。どうして此処にいる?」

「没落した。だから冒険者になる」

「もう少しわかりやすく話せ」

「ん。私の家が没落したから、すごく貧乏になった。お金を稼ぐために冒険者になろうと思ったけど、どうすればいいのか分からない。だから、この街にいるお兄ちゃんに教えてもらおうと考えた」


 リズは半眼で淡々と喋る。

 つまり冒険者になりたいから儂に助けを求めに来たと言うわけか。

 だったらどうして隠れるようなことをするのだろうか。

 いや、まてよ。儂はいつからこの娘につけられていたのだろうか?


「……いつから儂の後をつけていた?」

「昨日から」


 儂は衝撃に椅子から転げ落ちそうになった。

 恐らく昨日、街に顔を出したときからと思うが、まさかそんなにも長く近くにいたとは予想していなかった。

 側で話を聞いている三人が唖然としている。


「どうしてもっと早くに声をかけない。儂に見つからなければ、ずっと冒険者になる方法が分からなかったのだぞ」

「私、人見知り。だから声をかけるの面倒だった」

「しかし、冒険者になりたいのだろう?」

「このままでも良いかなと思ってた。見つからないとタダでご飯食べられるし、ダラダラできる。面倒なこと嫌い」


 思わず溜息を吐いてしまった。

 この娘は恐ろしいほど面倒を嫌う傾向らしい。それでよく冒険者になろうと考えたものだ。


「親は冒険者になっても良いと言っているのか?」

「お金になって名誉を得られるなら、頑張れって言われた」


 親も親か……。

 没落と言うことは破産したと考えて良さそうだ。

 どのような生活をすればそうなるのか疑問を感じる。


「話は分かった。では冒険者になる方法を教えてやる」

「教えてくれなくて良い。私はお兄ちゃんのお嫁さんになると決めた」

「はぁ? 嫁だと?」

「うん。その方が楽できる」


 二度目の溜息を吐いてしまった。

 縁があったこともあり、しばらくは冒険者になる手助けをしようと考えていたのだが、この娘はとんでもないことを言い始めた。

 しかもその理由が理由になっていない。


「言っておくが、儂にも相手を選ぶ権利はある。まだ年端も行かぬ女の子を妻にすることはできない」

「ケチ」

「ケチじゃない。冒険者になる方法は教えてやるし、そのために鍛えてやることもいいが、結婚だけはしてやることはできない」

「ケチ」


 二度もケチと言うな。

 するとエルナが立ち上がって声を荒げた。


「真一はあんたみたいな子供を相手にするほど暇じゃないのよ!」

「年増は黙れ」

「と、年増!? なんですって!」


 リズの言葉にエルナが怒り狂う。

 杖を掲げて「消し飛ばしてやるわ!」などと言い始めたので、儂とペロが慌てて止めに入った。


「エルナに謝れ。今のは言い過ぎだ」

「ごめんなさい年増」


 リズが頭を下げてそう言うと、再びエルナが暴れ始める。

 怒りを買った上に逆なでするとは、とんでもない口の悪さだ。まずは一般常識から教える必要がありそうだ。ひとまず牛飼いのごとくエルナを落ち着かせると、改めてリズのステータスを見ることにする。



 【分析結果:リズ・シュミット:シュミット家の三女。面倒なことは極度に嫌う性格。できれば一生ベッドに寝たままダラダラ過ごしたいと考えている。田中真一に強い興味を抱いている:レア度B:総合能力D】


 【ステータス】


 名前:リズ・シュミット

 種族:ヒューマン

 年齢:15歳

 魔法属性:水

 習得魔法:アクアボール、アクアアロー、アクアウォール、アクアキュア

 習得スキル:忍術(中級)、身体強化(中級)、視力強化(中級)、忍びの器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣術(上級)、忍術(中級)、体術B(上級)>



 初めて彼女を見た時と比べると、忍術と身体強化が上がっているようだ。

 一般人と比べると、やはりステータスはかなり良い。

 鍛えればすぐに中級冒険者になれることだろう。

 案外冒険者になるという選択は正解だったのかもしれないな。


「分かった。冒険者にしてやる。ただし、金の管理は儂がするからな」

「三食昼寝さえあれば問題ない」


 リズは懐から財布を出して儂に手渡した。

 中を見ると銅貨五枚しか入っていない。一日分の食費が全財産とはなんとも哀れだ。


「ひとまず食事をしろ。どうせ腹が減っているのだろう?」

「うん」


 彼女の前に刺身定食が運ばれてくると、器用に箸を使って食事を始めた。

 儂は興味が湧いたので質問してみる。


「箸を使えるのか?」

「お兄ちゃんが使っているのを見て覚えた」


 一瞬で箸の使い方を覚えるとは恐れ入る。

 面倒なことを嫌うが頭は良いようだ。

 儂も食事を再開すると、サーモンとTKGに満足する。


「お父さんをお兄ちゃんって呼ぶなら、僕はなんて呼ばれるんだろう……」


 ペロがリズを見ながら不安な表情だ。


「息子」


 リズはモグモグと食事をしながら返答する。

 すると今度はフレアが声をかけた。


「では私は?」

「赤い女」


 フレアはショックを受けたのか「赤い女……」と呟いている。

 最後にリズはエルナに箸先を向けて言葉する。


「ライバル」


 エルナはハッとした表情になった。

 すぐに笑みを浮かべると、店員のスケルトンに酒を注文した。

 運ばれてきた酒をぐいっと呷ると、リズへビッと人差し指を向ける。


「いいわ、私のライバルと認めてあげる! 正々堂々と勝負よ!」

「望むところ。年増には負けない」


 二人の間でバチバチと火花が散った気がした。

 冒険者として実力を競い合うのは喜ばしいことだろう。儂も負けていられないな。

 そう思って笑っていると、ペロとフレアが呆れたような表情を向けていた。


「やっぱりお父さんは鈍感だと思う……」

「田中殿は乙女心が分からないのだな」


 またか。儂のどこが鈍感だというのだ。

 二人とも勘違いをしているぞ。断固抗議したいところだ。


 儂らは食事を終えると、ひとまず隠れ家へと戻ることにした。



 ◇



「リズはエルナとフレアとの相部屋だ。ベッドは今日中に購入してくるが、他に必要な物はあるか?」

「ない」

「だったら儂は街へ行ってくる。その間に荷物の整理をしておけ」


 部屋のドアを閉めて振り返ると、リビングではペロが絵を描いていた。

 モデルはエルナだ。画用紙の上を素早く鉛筆を走らせデッサンする。

 腕前は上達しているようだ。

 独学でここまで描けるのは素晴らしいことだろう。

 いずれは芸術家の道を歩むかもしれないな。


「儂は街へ行く。何かあればすぐに報告しろ」

「うん、分かったわ」


 ペロは集中している為に、代わりにエルナが返事をする。

 フレアを見ると、暖炉の前で武器を磨いていた。

 ホームレスのいつもの風景だ。


「では頼んだぞ」


 儂は隠れ家を出発すると、転移の神殿を通って地上へと出る。

 街へ行こうとして、すぐに足を止めた。


「そうだ、手紙が来ていないか確認しておかないとな」


 神殿に設置している郵便受けの中を探ると、一通の封筒が入っていた。

 差出人はマーナ領主である。

 また何かの依頼だろうか? 

 疑問に感じつつひとまず領主の館へと行くことにした。



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