八十六話 戦争の終わり


 儂は皇帝の攻撃を床を転がることで回避すると、落ちていた剣を回収する。

 見えない斬撃は先ほどまで儂が居た場所を砕いた。


「往生際が悪いぞ」


 皇帝の剣は再び儂に振られる。

 不可視の刀身とはいえ、元をたどれば剣から延びたものだ。手元の動きで軌道を予測する事は可能だろう。左手に持った剣で、奴の斬撃をなんとか防ぐことに成功した。


「片腕だけで戦うつもりか」

「当然だ!」


 何度も振り下ろされる奴の斬撃を、儂はなんとか片手で受け止める。

 正直、右腕を失ったのはかなり痛い。とっさの事だったので腕は回収しなかったが、今ならすぐにくっつくはずなのだ。

 どうにかして右腕を拾いたい。


「ならばアレは必要ないな。フレイムボム」


 皇帝は床に落ちていた儂の右腕を魔法で爆砕した。

 儂は思わず表情をゆがめる。


「くははははっ! 残念であったな! これで貴様は本当に片腕だけで戦わねばならなくなったぞ!」

「くっ……」


 利き腕を失ってしまったこの状況は非常に不味い。

 どうにかして腕を取り戻さなければ勝機はないだろう。だがまずは時間を稼がなければいけない。


「特別にもう少しだけ遊んでやろう。朕は弱者を痛めつけるのは嫌いではないからな」


 奴の竜斬波が再び儂に襲いかかろうとしていた。

 竜斬波には竜斬波だ。儂は不可視の刃を不可視の刃で受け止める。


「ほぉ、貴様も使えたのか。これは存外だ」

「儂を甘く見るな。まだ負けるとは決まっていないからな」


 儂と皇帝は見えない刃を打ち合う。

 互いの刀身の長さは十五m程度であり、この謁見の間で戦うにはギリギリである。

 重ねて腕は一本だけと、慣れない状況下での戦いは儂を追い詰める。


「どうした? どんどん力が弱まっているぞ?」

「くそっ!」


 強烈な打ち込みに儂の左腕は痺れだしていた。

 刀身が長くなったとは言え、攻撃を防ぐのでやっとの状態だ。

 一か八か近づくしかないだろう。


「いまだ!」


 皇帝の切り下ろしに合わせて儂は竜斬波を解除する。

 不可視の刀身を剣で受け止めると、そのまま滑らせて皇帝との距離を詰める。

 ぎゃりぎゃりと剣と剣の間で火花が散った。


「そうきたか」


 奴はすぐに竜斬波を解除すると、儂の振る剣を剣で受け止める。

 互いにせめぎ合うが、わずかに儂が押されていた。


「右腕がないと不便ではないか? ああ、そういえば朕が切ったのであったな」

「お前と戦うのなど左手で十分だ。もし儂に倒されたときは心の底から笑ってやるぞ」

「よかろう。朕を倒せたらの話だがな」


 皇帝の剣に力が込められ、儂を一気にはじき飛ばす。

 儂は後ろへと転がって体勢を立て直すと、左手の指先から糸爆弾を発射した。

 爆弾は皇帝の頭の上で炸裂すると、大量の糸が奴の上に降り注ぐ。


「これは……!?」


 べとべとと体に付着する糸は、皇帝の動きを制限する。

 その間にリングからレインボーマシューを取り出すと、口に放り込んでモグモグと咀嚼そしゃくした。


「う、うぐぐぐぐ……」


 レインボーマシューを飲み込んだ瞬間、切られたはずの右腕が生えた。

 それはまるでプラナリアが失った部分を再生するかのごとく、某漫画の緑の人のごとく儂の腕は完全再生した。

 自分の腕だが気持ち悪いと思ったのは仕方のないことだ。

 しかし、これで皇帝と再び対等に戦える。


「ええい! 邪魔だ! ファイヤーボール!」


 絡み付いた糸に苦戦する皇帝は、とうとう自分に向けて魔法を使い始めた。

 糸は火によって焼け落ちてゆく。


「こしゃくな真似を!」

「儂を甘く見るなと言ったはずだ。それと前言撤回だ。片手で戦うのはやめることにする」


 皇帝は儂の右腕が元通りになっている事に気が付くと、無表情だった顔が少しだけゆがんだ。最初の状態に戻ってしまったからだ。


「どうやって取り戻した? 朕は確かに右腕を破壊したはずだぞ?」

「知りたければ自分で考えるがいい。敵に教えてやる義理はないからな」

「ならばもう一度切り落として観察してやろう」


 儂と皇帝は切り結ぶ。再生した腕は問題なく動いていた。これなら活路も見いだせそうだ。

 剣と剣が交差するたびに甲高い音が部屋中に響いた。

 剣の腕はほぼ互角。不安があるとすれば体格差によるリーチの長さだろう。

 ならばと儂は身長差を生かして、奴の足下へと飛び込む。


「愚かな。朕の足下に来るなど自殺行為だと分からぬか」


 奴は迷うことなく儂を踏みつぶそうとした。

 だが儂は迫り来る足を左手で軽く受け止める。


「ぬぬぬ!? どういうことだ!? 踏みつぶせないぞ!」


 いくら力を込めようと儂を踏みつぶすことはできない。

 理由は衝撃無効スキルだ。理屈は分からないが、スキルが儂にのしかかる力を無効化している。つまり肉弾戦では儂はほぼ無敵なのだ。


「でりゃ!」


 足を押し返すと、皇帝はバランスを崩して床に倒れる。

 すかさず胸に飛び乗ると心臓へと剣を突き立てた。儂は勝利を確信する。


「これで――うがっ!?」


 大きな手で掴まれると、儂は壁へと勢いよく投げつけられた。

 背中を壁に強打したが、衝撃無効のおかげで痛みは全くない。

 それよりも心臓を刺したはずの皇帝が、ゆっくりと立ち上がっている事に驚きを感じる。

 傷口はみるみるふさがり跡形もなく消えた。

 またもや自己再生かと嘆きたくなる。


「朕をここまで怒らせたのは貴様が初めてだ。希望通り骨すらも残さぬまま葬ってやろう」


 どうやら儂は皇帝の逆鱗に触れたようだ。

 奴の体がみるみる深緑の鱗に覆われ、顔はドラゴンに変化する。

 背中からは翼がせり出し、お尻からは長い尻尾が生えた。

 儂が知る中で最もドラゴンに近い人という印象だ。

 ならば儂もとスキル竜化を発動させると、全身を黒い鱗が覆ってゆく。


「灰になれ」


 息を吸い込んだ皇帝は儂に向かって炎を吐いた。

 かろうじて避けると、炎は壁を消し飛ばし大穴を開ける。ガエンが吐いた炎が児戯に見えるほどの桁違いの威力だ。

 ふと、空いた穴から外の光が差し込んでいることに気が付く。


「これはチャンスだ」


 儂は翼を出すと大穴から城の外へと脱出する事にした。

 限られた空間で先ほどのような攻撃を受けるのはあまりに不利だ。戦うとすればもっと広い空間が望ましいだろう。それに城を破壊するのは避けたいところだ。


「逃がさぬ! 地の果てでも追って殺してやるぞ!」


 皇帝は追いかけてきていた。

 儂は飛行速度を上げると、帝都の遥か上空まで飛翔する。

 雲を超えた辺りで停滞すると、雲海をかき分けて皇帝が姿を現した。


「もう逃げぬのか? 矮小なるヒューマンよ」

「儂は逃げたのではない。広い場所へと誘導したのだ」

「減らず口を!」


 皇帝の口から火炎が吐き出される。

 もはや火炎放射などと例えられるレベルではない。言い表すなら業火だ。

 熱量は高く、竜化した儂ですら皮膚がちりちりと熱く感じる。


 迫り来る炎を目の前にして、儂は一気に息を吸い込んだ。


「王竜息!」


 儂の口から真っ赤な閃光が放射される。

 それはまっすぐと延び、業火とぶつかった。衝撃波が周囲へと広がり、雲を円状に押し広げる。


「ぐるるぁぁああああああ!!」

「うがぁぁああああああああ!!」


 互いのブレスがせめぎ合う。

 おそらくこれが最後の勝負となるだろう。

 今の儂が奴を仕留められるとすれば、この王竜息しかない。


 ならばこの一撃に全てを賭ける。


「うがぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!」


 吐き出す閃光がさらに勢いを増した。

 徐々に業火を押し返し、少しずつ皇帝へと迫る。


「ぐるぁぁああああああああ!!」


 皇帝の業火が閃光を押し返す。

 しかし、それもすぐに衰え、儂の吐き出す閃光はとうとう皇帝の頭部へと直撃した。


 閃光が消えると、頭部を失った皇帝の体が地面に向かって落下し始める。

 今度こそ勝ったと思うが、奴の再生力を考えると油断はできない。


 儂は皇帝の体を回収すると、ひとまず謁見の間へと戻ることにした。



 ◇



「どうやら死んだようだな」


 死体を観察していたが、皇帝が復活するような様子は見られない。

 さすがの自己再生も頭部を再生させることはないようだ。一安心である。


 儂はスキル拾いで皇帝のめぼしいスキルをいただくことにした。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ハイエルフ・ハイドワーフ・ハイ獣人・ハイ翼人・ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(特級)、活殺術(特級)、達人(上級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(中級)、分裂(特級)、危険予測(上級)、索敵(特級)、神経強化(上級)、消化力強化(特級)、限界突破(特級)、覚醒(中級)、衝撃無効(中級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、高速飛行(中級)、硬質化(特級)、自己再生(上級)、植物操作改(上級)、金属操作(中級)、分離(特級)、圧伏(中級)、独裁力(上級)、高潔なる精神、王竜息(上級)、麻痺眼(特級)、竜斬波(特級)、眷属化、眷属強化(特級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器、帝の器



 手に入れたのは竜斬波、覚醒、自己再生、独裁力、圧伏、帝の器だ。

 圧伏は威圧の上位スキルのようなので、効果としてはだいたい同じだと思われる。

 さらに聖獣や皇帝と戦ったことでいくつかのスキルがランクアップしていた。

 上がったのは分析、活殺術、達人、危険予測、神経強化、限界突破、覚醒、衝撃無効、麻痺眼だ。

なかなかの収穫である。



 【一定の条件を満たしましたので、スキルを進化させます】


 【スキル進化:硬質化→斬撃耐性】



 視界にスキル進化が表示される。

 硬質化が斬撃耐性になるとは予想外だった。これは嬉しい報告だな。

 あとは種族拾いでエンペラードラゴニュートを取得する。


「さて、後始末をしなければな……」


 儂は溜息を吐く。

 本当は皇帝が話し合いに応じる事で、この戦争は収束する予定だった。

 それがどうだ。結局、儂は皇帝を討ち取ってしまった。

 最悪のケースが現実化してしまったのだ。儂はこれからどうするべきか頭を悩ませる。


「お父様!」


 声に振り返ると、部屋の入口で一人の女性が中に入ろうとしていた。

 女性を止めるのはスケ太郎だ。しかし、女性はスケ太郎の制止を振り切って、謁見の間へと入ってきた。


「あああ、お父様! お父様!!」


 女性は皇帝の遺体を見ると床に座り込んで涙を流す。

 どうやら彼女は皇族の一人なのだろう。


「カタカタ」


 スケ太郎が”申し訳ありません”と謝罪してくる。

 儂は「構わない」と返事をした。


「……あなたは……この国を滅ぼすのですか?」


 泣き止んだ女性は強いまなざしで儂を見た。

 紫のロングヘアーに、少しタレ気味の形の良い眉毛。

 誰が見ても美しいと評する容姿だ。さらにピンクのドレスがよく似合っており、なおかつ品格があった。


 彼女の問いかけに儂はすぐには答えない。

 床を見ると、皇帝がかぶっていたであろう王冠が落ちていた。

 しかも半分ほど溶けており、これを王冠として再び使うには無理があるだろうと思わせる。

 儂は復元空間で王冠を元通りにすると、女性の頭にかぶせてやった。


「何を……」

「儂は皇帝を殺した。しかし、帝国を滅ぼすつもりはない。よってこれからの帝国はお前が率いるのだ」

「私にはそんなこと…………」


 女性は儂の言葉に戸惑う。

 普通はそうだろう。父親を殺した相手から女帝になれと言われれば戸惑わない方がどうかしている。だが、儂としては彼女こそが国を治めるに相応しい気がしていた。

 もちろん勘だ。はっきりとした理由などない。

 だが儂の経験によって培われた勘が、目の前の女性を女帝にするべきだと言っていた。


「儂はマーナで冒険者をしている田中真一だ。父親の復讐がしたければいつでも受けて立つぞ。ただし戦争をするつもりなら、父親の二の舞になると思え」

「……戦争などいたしません。私はずっとお父様の考えには反対でしたから。それに復讐もいたしません」

「それならばいい。一応名前を聞いておこう」

「私は……皇位継承権第六位のスカアハ・ドラグニルです」


 儂は心の中のメモに女性の名前を書き込んだ。

 まぁ実際に彼女が女帝となるのかは分からない。もしかすると別の誰かが皇帝になるかもしれないが、儂としては彼女を推薦したいところだ。


「では儂は去る。二度と王国には手を出すな」

「…………はい。帝国は二度と田中真一様が住む国には手を出しません」


 んん? 微妙に違う気がするが、結果的に同じな気もするのでまぁ良いとするか。

 儂は謁見の間から去ろうとして、とある事を思い出した。


「ああ、言い忘れていたが戦争をした五カ国には賠償金を支払うように」

「分かっています。侵略をしようとした償いは、長くかかっても行うつもりです」

「それならいい。それとだな、一階にある壺をもらっても良いだろうか?」

「壺?」


 スカアハはきょとんとした表情で儂を見る。

 皇帝を殺した男が、どれだけの財宝を奪ってゆくのかと考えていたに違いない。

 あいにく儂は金には困っていない。欲しいものがあるとすれば、スケ太郎が興味を示していた壺くらいだ。


「壺くらいなら、いくらでも持っていってください。お金が欲しいのならいくらでも差し上げます」

「いや、儂が欲しいのは壺だけだ。ありがたく頂戴する」


 一階に降りると目的の壺を手に入れる。

 スケ太郎がずいぶんと嬉しそうに顎をならしていたが、これで茶室のインテリアに一段と磨きがかかることだろう。


 儂はスケルトン軍と合流すると、王国へ戻るために帝国を後にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る