八十五話 ドラグニル皇帝


 帝都は儂らに対し素直に門を開けた。

 聖獣が倒されたことにより抵抗は無駄だと悟ったのかもしれない。

 あとはヒューマンがスケルトンを率いていると気が付いたからだろう。

 街の外壁からチラチラとこちらを見ている兵士がいたことを儂は確認している。つまり儂らを招き入れたのは、話し合いをしたいと言う意思表示でもあるのだ。


 魔獣が敵であれば意思の疎通は無駄だが、相手が人間であるならば話は別だ。

 上手く交渉すれば、被害を最小限に留めることができると考えてもおかしくない。


「カタカタ」


 帝都に入ったスケルトン達は、静まりかえった街の中を見て顎を鳴らす。

 王国の建物と比べると一回り大きな家々は、窓や扉が閉め切られており、住人は息を殺して隙間から外を窺っていた。

 盛大な歓迎などは期待してはいなかったが、やはりこうも怯えられると悪者になった気分である。

 ……いや、この国では儂は極悪人なのだろう。なんせ聖獣を殺した張本人なのだからな。


 帝都の大通りを五列に並んだスケルトン達が行進する。

 足並みは揃っており、踏みならす足音は一定のリズムを刻んでいた。

 先頭は儂だ。後ろにはスケ太郎が着いてきており、さらにその後ろにはスケ次郎に十人の軍団長と続く。


「あれが宮殿か」


 視界に皇宮が映る。

 帝都の中心部には、広大な敷地に生成り色の石材で建造された宮殿がそびえ立っており、外壁にはいくつものドラゴンを模した石像が城下町を見下ろしていた。

 城だけを見るなら実に素晴らしいものだ。

 ただ、儂は宮殿の中に居る皇帝を考えると嫌な予感しかしない。


 そもそも儂がなぜ帝都まで来たかと言うことだが、今回の戦争は皇帝の決断によって行われたということはすでにはっきりしている。だとすれば、終戦に導くためには皇帝に負けを認めさせる他ない。

 問題は侵略を容認するような皇帝が、そう簡単に敗北を認めるのかと言うことだ。

 そこで儂は、皇帝が敗戦を飲み込まざる得ない状況を作り上げるべきだと考えた。

 第一に連合軍の勝利。第二に聖獣の討伐。

 第三にスケルトン軍による帝都の包囲。もしくは内部を占拠すること。

 これらが成し遂げられたとき、帝国の敗戦は決定的となり必ずや皇帝は覇国の夢を手放すことだろう。


 ……そう思っていたのだが、皇宮を見ていると妙な胸騒ぎがするのだ。

 もしかすると、儂はドラグニル皇帝を勘違いしているかもしれない。

 信じたくはないが、もしそうだった場合は最悪の事態になる。


「…………覚悟を決めるしかないな」


 ここまで来た以上は引き返すことはできない。

 すでに十分な成果は上げているのだ。あとは皇帝に二度と王国に手を出さないと約束させるだけで良い。



 儂はスケルトン達を率いて皇宮へと踏み込んだ。




 ◇




 皇宮内は静かだった。

 人気はなく、ただ豪華な内装が目を引く。

 儂はスケルトン軍に待機の指示を出すと、スケ太郎を連れて先へと進むことにした。


「ひっ!?」


 城内を歩いていると、給仕であろう女性が儂らを見て急いでドアを閉めた。

 耳を澄ますと、どこからかコソコソと話し声が聞こえる。内容はこの国はもう終わりなどという事ばかりだ。

 儂は別に滅ぼそうなどと考えているわけではない。

 二度と戦争を起こさないように、話し合いをしようとしているだけだ。

 まぁ確かにスケルトン軍はインパクトが強すぎる。この国の住人が勘違いをしてもおかしくはないだろう。


「カタカタ」


 スケ太郎が廊下に飾られている壺をしげしげと見つめている。

 それは風格のある陶器の壺だった。


「欲しいのか?」

「カタカタ」


 スケ太郎は壺を茶室に置きたいと言っている。

 確かに茶室に合いそうな壺だが、ここでリングに収納すると完全な略奪行為だ。


「諦めろ。儂は略奪はするつもりはないぞ」

「カタカタ」


 スケ太郎はしょんぼりする。

 可哀想なので、似たような壺が王国にないか探してやってもいいかもしれない。

 儂も焼き物は嫌いではないからな。


 通路を進むと、上へと続く階段を発見する。

 儂らは皇帝を探して上階へとあがると、ほどなくしてそれらしい扉を発見した。


「この先に皇帝がいるはずだ。準備は良いか?」

「カタカタ」


 スケ太郎は自分の胸を叩くと、いつでも準備はできているとばかりに顎を鳴らした。

 話し合いをする予定だが、念のために戦いの用意はしておかなければならない。

 ドラゴニュートを観察した経験がそうしろと囁いていた。

 儂は大きな扉に両手を添えると、力を込めて押し始める。

 ゴリゴリゴリと重い音を響かせながら扉は開いてゆき、あるはずの向こう側が儂の目に映る。


「謁見の間といったところか……」


 扉を全開にすると、儂は部屋に踏み入る。

 天井に壁は金で装飾されており、床は大理石でできているようだった。

 さらに扉から奥へと赤い絨毯が敷かれており、最終地点は石造りの古びた玉座だった。


 椅子に座るのは一人の人物。

 身長は四m近く。紫の髪をオールバックにしており、側頭部からは角が生えている。

 顔はダンディな男前だ。あごひげが威厳を引き立てており、落ち着いた雰囲気すら漂わせていた。頭部にかぶった王冠を見た瞬間に、この男こそが皇帝だと確信する。


「お前が皇帝か」

「…………」


 儂の問いかけに男は答えようとしない。

 それどころか頬杖をしたままぼんやりと儂を見ている。


「カタカタ」


 スケ太郎が剣を抜こうと動いた。

 が、儂はすぐに手で制止した。


「手を出すな。お前は少し下がっていろ」


 スケ太郎は一礼すると部屋から退出する。これで儂と皇帝だけで話し合いができそうだ。儂は改めて皇帝に声をかけた。


「儂は王国で冒険者をしている田中真一というものだ。直接話がしたいが為にわざわざ帝都まで出向いてきた」

「…………」

「すでに戦いは連合軍の勝利に終わっている。重ねて帝国を守護する聖獣ドランも、先ほど儂が倒した。もはや逃げ場はないぞ。素直に負けを認めることを勧める」

「…………」


 儂の言葉に皇帝は返事をしようとはしない。

 やはりショックだったのだろうか。ただ、放心状態というよりは何かを考えている雰囲気ではある。じっと儂を観察をしているのだ。


 皇帝の言葉をしばし待つ。


「やはり王国は後回しにすべきだったか。ちんの判断ミスだな」


 そう呟くとドラグニル皇帝は玉座から立ち上がった。

 腰には剣が装備されており、彼はそっと剣を引き抜く。りぃぃんと心地の良い音が響くと、純白の刀身が鞘から姿を現した。

 儂はすぐに剣にスキル分析を使用する。



 【分析結果:ドランの牙剣:聖獣ドランの牙より造り出された聖なる剣。その刀身には聖属性が秘められており、岩をバターのように切ってしまうほどの鋭い切れ味を備えている:レア度SS:総合能力―】



 聖獣の一部を武器にしたものとは興味深い。

 現在使っているブルキングの剣ですらかなりの性能なのだが、それ以上と考えて良さそうだ。


 皇帝が剣を抜いたので、儂も一応だが剣を抜く。

 だが、まだ話し合いが終わったわけではない。

 向こうがどうのようなつもりでいるのかは不明だが、言葉が通じるのなら説得を試みるべきだろう。儂は皇帝と戦いに来たのではないのだからな。


「儂は帝国を滅亡させようとしているわけでない。ただ戦争を止めたいだけだ。これ以上帝国も五カ国も犠牲を出すべきではない」


 皇帝は儂の言葉に目を細めると鼻で笑う。


「田中と言ったな。貴様はどこに雇われている? 王国か? ならば朕がその百倍出してやろう。地位も金も女も好きなだけ用意してやるぞ」

「そのようなことを話しに来たのではない。儂は戦争を止めるために来たと言っているではないか」

「あれほどの魔獣の軍勢であれば、各国を落とすなどたやすいだろうな。朕は貴様の力を非常に気に入っている。この際、ヒューマンなどと言うことは目を閉じてやろう」

「儂は戦争を止めに……」


 会話が成立しない。皇帝は儂の言葉など聞いていなかった。

 帝都へ招き入れたのも儂を味方に引き入れるため。追い詰められているなどと意識は欠片も持っていないのだ。

 最悪の状況である。もっと恐れていた事態が現実になりつつある。


「さぁ答えを聞こう。朕の配下となるか?」

「断る。儂は誰かの下につくつもりはない」

「誘いを断るか……ならばあの軍勢を朕の物にするとしよう」


 皇帝は残像が見えるほどの急加速で目前に迫ると横薙ぎに一閃する。

 儂は反射的に斬撃を躱すと、後方に跳躍し距離をとった。

 恐ろしく速い攻撃だった。下手をすれば今の一撃で死んでいたかもしれない。


「朕はドラゴニュートの皇帝である。勝てるなどと幻想は早く捨てた方が良いぞ」

「それも断る。すぐに白旗をあげるほど弱くはないのでな」


 言葉を交わしつつ皇帝のステータスを覗く。



 【分析結果:バラム・ドラグニル:エステント帝国皇帝。幼き頃よりドラゴニュートによる世界統治を夢見ており、そのために払う犠牲は妥協しない:レア度SS:総合能力SS】


 【ステータス】


 名前:バラム・ドラグニル

 年齢:67歳

 種族:エンペラードラゴニュート

 職業:皇帝

 魔法属性:火

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム

 習得スキル:竜斬波(特級)、鑑定(中級)、牙強化(上級)、剣王術(中級)、限界突破(初級)、覚醒(中級)、高速飛行(中級)、自己再生(特級)、圧伏(中級)、独裁力(上級)、高潔なる精神、大竜息(中級)、竜化、帝の器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣帝術(特級)、限界突破(特級)、覚醒(特級)、自己再生(特級)>



 ドラゴニュートの皇帝と言っていたが、まさにそのとおりだった。骨の髄まで皇帝として生きているような印象を受ける。

 さらにスキルを見ると、どれも強力な物ばかりが揃っていた。

 ただ玉座に座っているだけの存在ではないと言うことだ。


「では続きだ」


 皇帝が再び急加速で駆け出す。繰り出されるは袈裟斬り。儂は下から切り上げて迎え撃つ。

 謁見の間に甲高い音が木霊すると、剣と剣の間に火花が散った。

 儂と皇帝は剣を交差させたまま一歩も退かない。


「矮小なヒューマンにしてはなかなかできるようだな」

「デカいくせに儂と同程度の力とは笑える」

「手加減していると分からないのか? 劣等種よ」


 皇帝の剣が急速に儂の剣を押し始めた。やはりと言うべきか基本性能が違うようだ。

 ならばと儂は麻痺眼を使う。


「む、これは……」


 力が弱まったところで皇帝の剣を一気に跳ね上げると、がら空きとなった体に斜め上から切り下ろす。

刃は皮膚を深く切り裂き決死の一撃を与えた。

 傷口から吹き出す血は床に広がり血だまりを作る。


「ぐっ…………」


 皇帝は床に片膝を突いた。

 やはり儂の一撃が相当に効いたようだ。


「負けを認めるなら命を助けてやる。そのかわり野望は捨てることだな」

「く……くははははっ!」


 皇帝は笑い出すと自身が身につけていた服を破り捨てた。

 上半身がさらけ出されたことで、奴がなぜ笑っていたのか理由を悟る。

 傷がないのだ。それも跡形もなく消えている。


「そんな馬鹿な! 再生するには速すぎる!」

「朕の自己再生スキルは、どのような傷だろうと数秒で治してしまうのだ。貴様のあまりに滑稽な言葉につい笑ってしまったぞ」


 皇帝は先ほどの出来事がなかったかのように剣を再び構える。

 想像絶するは自己再生スキルだろう。あれほどの傷を、いともたやすく消してしまう効力に驚きを通り越して恐怖すら感じてしまう。

 今まで気にしていなかったが、とんでもないスキルだったようだ。


「さて、今度は朕が一撃を入れてやろう」

「何を――」


 儂の右腕が床にごろりと転がった。

 その瞬間、切られた部分から大量の血液が噴き出し、激烈な痛みが襲いかかる。


「ぐぎゃぁぁああああああ!!」

「離れていると油断したようだな」


 頭の中でガンガンとサイレンが鳴り響く。スキル危険予測だ。

 今の攻撃はスキルも反応しきれなかったほどの攻撃とみて良いだろう。

 どうやった? どうやって儂に攻撃をしたのだ?

 奴を見るとその場から一歩も動いていない。

 つまり見えない攻撃だったと考えるべきだ。しかも範囲が広い技。


「ぐ……う……はぁはぁ……そうか、竜斬波か……」


 儂は切られた傷口を押さえたまま、攻撃の正体を皇帝に告げる。

 竜斬波は長く見えない刃を創り出すスキルだ。

 切れ味は元となる剣に依存するが、条件が揃えば強力なスキルとなるのは間違いないだろう。つまり、奴は見えない刀身で儂の腕をただ切っただけなのだ。


「答えが分かって満足したか? では冥土の土産にするがよい」



 皇帝は儂に向けて剣を振った。





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