八十四話 聖獣ドラン
エメラルドのような鱗に、枯れ木のような枝分かれした角。
強靱な体は至る所に筋肉が隆起しており、頭頂部から尻尾にかけて生えているたてがみは白金に光を反射する。
縦長の瞳孔はぎょろりとスケルトン達を見据えていた。
それは生き物でありながら芸術品のように美しく威厳に満ちあふれていた。
生物としての格の違いとでも言うのだろうか、一目見るだけで体の芯から震えてしまう。
「これがドラゴンか」
儂は上空を飛びながら眼下のドラゴンを観察していた。
恐らくだがあれこそが帝国の聖獣なのだろう。と言うことは、儂の考えた結末が見えてきたかもしれない。
「素晴らしいっ! これが聖獣か! まさに私の理想の力の形だ!」
耳に聞き覚えのある声が届く。
よく見るとドラゴンの頭部に一人の男が立っていた。
片手には剣を握りしめ、子供のようにはしゃいでる。皇族のカールだ。
『頭の上であまりはしゃぐな。我はあくまでも帝国を守るために出てきただけだ。お前の話に乗ったわけではない』
「しかしドラン様、あのスケルトン共をご覧ください! 魔獣にして隊列を組むなど不自然ではありませんか! 奴らは間違いなく帝国を滅亡させようとしている田中真一の手先なのです! 一刻も早くドラン様のお力で王国を潰すべきだと進言いたします!」
『むぅ、またその田中真一というヒューマンのことか。我にはどうもお前の言葉が信用できない。スケルトン共は倒すとしても、王国を滅ぼすなどやり過ぎではないか』
「何をおっしゃるか! ドラン様は世界最強の聖獣と呼ばれるに相応しい御方! 帝国を滅ぼそうとする悪鬼を倒すのは貴方しかいません! 私の勘がそう囁いております! さぁ私にお力をお貸しください!」
『……仕方がない。今だけは指示に従ってやろう。だが、我はお前の言葉を全て信じたわけではないからな。我は自分の目で見て判断をする。それを忘れるな』
ドランはカールとの会話を終えて戦闘態勢に移行する。
儂はその様子を見ていて呆れていた。
カールという男は儂を悪者へと仕立て上げ、聖獣を戦場に引きずり出そうと画策していたようだ。あいにくすでに連合軍の勝利で終わったが、聖獣一匹に結果がひっくり返される可能性は大いにある。
スケルトン軍を見ると、スケ太郎の命令によって全軍は隊列を組み直していた。
総数七十万もの大軍である。それでもドラゴンと戦うには心許ない。
相手は世界最強の種族にして聖獣だ。
すると、ドランが顔を天に向けて息を吸い込んだ。
吐き出したのは真っ赤な閃光。正真正銘のドラゴンブレスだ。
大地は融解し風が吹き荒れる。あまりに強烈な光と熱に儂は腕で目を覆った。
『久々のブレスはキツいな。しばらくは使えないかもしれぬ……』
ドランの声に儂は腕を下ろす。
見えた景色は背筋が凍り付くようなものだった。
地面はドロドロと溶けており、遥か遠くにある山には大きな穴が空いていた。
極めつけは、七十万もいたスケルトンの四分の一が一回の攻撃で消失したことだ。
ありえないと思いながらも、現実と受け止めるしかなかった。
「カタカタカタ!」
スケ太郎は失った兵数など気にしないとばかりに、全軍に突撃を命令した。
敵であるドランは口から白い煙を吐いており、すぐには動けない様子が見て取れる。
あれほどのブレスだ。連続しては使えないのだろう。
儂はドランに分析を使う。
【分析結果:ドラン:元々はエステント帝国十八代目皇帝のペットだったが、皇宮の地下から沸くセイントウォーターを飲んだことで聖獣となった。性格はのんびりとしており基本的に争いは好まない:レア度L:総合能力L】
【ステータス】
名前:ドラン
種族:エンシェントエメラルドドラゴン
年齢:7221歳
魔法属性:風・聖
習得魔法:エアロボール、エアロアロー、エアロカッター、エアロウォール、ライトニングサンダー、ブレイクトルネード、ホーリーロア、ヒーリングタッチ、ホーリーチェーン、ピュリファイ
習得スキル:鑑定(上級)、牙帝(上級)、爪帝(中級)、千里眼Z(初級)、地獄耳Z(特級)、悪魔鼻Z(上級)、高速飛行(中級)、王竜息(上級)
進化:条件を満たしていません
<必要条件:牙神、硬質化(特級)、帝竜息(初級)>
ステータスも桁違いだ。
唯一の救いは身体強化スキルや技スキルがないことだろう。
それでも総合能力Lを考えると、今までの敵とは比較にならないほどの強さだと分かる。
スケルトン達はドランをぐるりと取り囲むと、一斉にシャドウバインドを放つ。
さらに足や尻尾にしがみついてよじ登り始めた。
『骨共が!』
数千にもなる闇の鎖がドランを縛り上げる。
ドラゴンといえど数の力には勝てないのだろう。そう思っていたが、ドランが力を込めると鎖はブチリとちぎれ始めた。
「カタカタ」
スケ太郎をはじめとする上位組が骨の海を颯爽と駆け抜けると、動きを止めているドランの体へと飛び乗った。
「な、なんだ貴様らは!」
カールは突然現れたスケ太郎達に警戒心をむき出しにした。
そんなカールを無視したまま彼らはドランの体へ剣を突き立て始める。
『ぐがぁぁあぁぁあああ!?』
「ドラン様!? くそっ、すぐに攻撃をやめろ!」
カールはスケ太郎へと斬りかかる。
――が、攻撃はいともたやすく防がれた。
カールの手元から剣は離れ、遥か下にある地面へと突き刺さる。
「カタカタ」
カールの攻撃を弾いたのはスケ次郎だった。
手に持った飛竜の骨剣は光を反射し眩く輝く。
「その剣は……兄上の……」
わなわなと体を震わせるカールを、スケ次郎は数秒ほど眺めてから迷うことなく剣を振った。宙に飛ぶカールの頭部は、そのまま重力に従いドランの眼前へと落下する。
『カール……』
ドランは目に映るカールの頭部に言葉を失った。
儂としてはようやく厄介な相手が死んだと安心したのだが、やはりドランからすればショッキングな出来事だろう。
『許さぬぞ! 貴様らぁ!』
地を揺るがすほどの怒声がドランから発せられる。
スケルトン達によって縛り付けられていた鎖は一瞬にして引きちぎられ、体に乗っていたスケ太郎達は激しく暴れ始めた聖獣から転げ落ちた。
激昂に身を任せるドランは無差別に魔法を行使する。
「ブレイクトルネード!」
彼の周りで四つの竜巻が発生した。
風の渦はスケルトン達を巻き込んで荒れ狂う。
空には暗雲が立ちこめ、稲光が聖獣の怒りがどれほどだったのかを物語っていた。
『カールは我のような年寄りの元へ、足繁く通っていた心優しい若者だ! それを貴様らは!』
ドランの顔は鬼の形相になっていた。
目を見開きむき出しにする牙は、ドラゴンが獣である事を思い出させる。
儂はドランの言葉に少しだけ悲しさを覚えた。敵同士でなければこのような事にはならなかっただろうと。
しかし、それは”たられば”の話だ。現実は殺しあいをしている。
今は感情に流されるときではない。
やるべき事をやるのだ。
儂は剣を抜くと、暴れ回るドランへ急降下した。
狙うは背中にある赤い点だ。
『許さぬ! 許さぬぞ!!』
ドランは息を吸い込むと、地上に向かってブレスを吐く。
真っ赤な閃光は地面に当たると、スケルトン達を消し飛ばし大穴を作りだした。
このままでは帝都すら火の海にしてしまいそうな勢いだ。
やはり儂が終わらせるしかないだろう。
「聖獣ドラン、討ち取らせてもらう!」
儂は背中へ降り立つと同時に剣を突き刺した。
刀身はエメラルド色の鱗を砕き、深々と根元まで沈む。
『ぐがぁぁぁあああああああああああああああ!?』
奴は顔を空に向け、口を大きく開いて断末魔を上げる。
周囲で荒れ狂っていた魔法は消え去り、ドランの瞳孔は生気を失ったように大きく開いた。ゆっくりと体が傾くと、重い音を響かせて地面に横たわる。
「……今回はあまり気持ちの良い勝利ではなかったな」
剣を引き抜くと、スキル拾いでドランからスキルを取得する。
手に入れるのは高速飛行(中級)と王竜息(上級)だ。
これで強力なブレスが吐けると思うと嬉しくなるが、威力がありすぎて使いどころが難しいかもしれない。
「なんてことだ! 我らが守護獣のドラン様が!」
戦いを見ていた帝国軍の兵士達は、涙を流してドランの死を悲しんでいた。
殺されるとは想像すらしていなかったのだろう。
残念だが聖獣とて生物だ。いつかは死ぬし殺されることもある。
それが早く来ただけのことなのだ。
儂はドランの前足を竜斬波で切り落とすと、リングの中に収納する。
一部に留めたのは帝国に聖獣が死んだと認識させなければならないからだ。
そしてその情報は皇帝の耳に入ることだろう。
「カタカタ」
スケ太郎が近づいてくると現在の兵数を報告してくる。
七十万いたスケルトン軍はおよそ三十万にまで減少していた。
聖獣だからなのかドラゴンだからなのかは不明であるが、儂の眷属をここまで追い詰めたドランには称賛を贈りたい。
「カタカタカタ」
今度はスケ次郎が報告する。
どうやら復元可能なスケルトンを回収してきたようだ。
少し離れた場所には骨の山ができており、スケルトン兵はバラバラになった骨を人海戦術でかき集めていた。
儂は復元空間を骨の山に行使すると、次々に山の中から五体満足のスケルトンが飛び出してくる。さすがにブレスで消し飛んでしまったスケルトンは復元は不可能だが、どこか体の一部でもあればこの魔法でいくらでも復活させることができるのだ。最終的に三十万の兵数は四十万へと回復した。
「さて、それでは進軍するとするか」
「カタカタ」
儂の言葉にスケ太郎を頂点としたスケルトン軍が一斉に敬礼する。
疲れを知らない兵士達は恐ろしくも頼もしさを感じさせた。
骨の軍隊は行進を始める。
向かうは帝都。ドラグニル皇帝が居るとされる帝国の中心だ。
◇
「ドラン様が……あぁ、なんてことだ……」
戦いの一部始終を目撃していた帝国兵達は、地面に横たわる聖獣ドランを見て嘆き悲しんでいた。その中には帝国軍をここまで率いていた参謀の姿もあった。
「参謀殿、スケルトン共が帝都へと移動を開始いたしました。どうかご指示を」
「軍団長か……」
参謀は疲れ果てた顔で軍団長の言葉に反応した。
彼らは今日までの一週間を、必死にスケルトン軍から逃げ続けてきた。
逃げざる得なかったと言う方が正しいだろう。
恐ろしいほどの数と力に、帝国軍はたった一度の戦闘で戦意を喪失したのだ。
軍を率いる参謀は帝都へと早急に引き返す決断を下した。
理由は簡単だ。帝国の守護獣である聖獣ドランに協力を仰ぐためである。
そしてとうとう帝都を目前として、聖獣ドランが出現。
帝国軍はこれであのスケルトン共も終わりだ。などとドランの登場に歓声を上げた。
しかし、ドランはスケルトンに敗北。
遠くから戦いを眺めていた兵士達は、絶望に泣き叫ぶしかなかった。
「もう奴らを止めるすべはない。我々はスケルトンが何をするのか見届けるしかないのだ」
「ではスケルトン共が街を蹂躙するのを、指をくわえて見ていろと?」
「ならば君は戦うがいい。もはや我々は、聖獣様を失ったことで立ち上がれぬほどの喪失感を抱いている。あの者達を見よ」
参謀が見つめる先には、地面に座り込んだ兵士達の姿があった。
彼らは今も横たわる聖獣を眺めながら呆然としている。
未だに泣き叫ぶものもいた。軍団長は唇をかみしめると彼らから目をそらす。
「もう……帝国は終わりなのでしょうか?」
「分からない。あとは陛下がお決めになる事だ」
参謀と軍団長は今も帝都に向かって行進するスケルトン達を見ながら、帝国が迎える未来を憂いた。
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