八十三話 黒き軍勢
「皆よくやってくれた。これで帝国もしばらくは大人しくなることだろう」
儂は作戦室にあつまる将軍達を褒め称えた。
ただ、喜んでばかりもいられない。今回の戦いで連合軍の死傷者は十万に上っている。あと少しでこちらが撤退しなければならない状況だった。
それでも勝てたのはガエンを討ち取ったからなのだろう。
儂はそっとステータスを確認した。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス(王種)
<ハイエルフ・ハイドワーフ・ハイ獣人・ハイ翼人・ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:復元空間、隔離空間
習得スキル:分析(中級)、活殺術(上級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(中級)、分裂(特級)、危険予測(中級)、索敵(特級)、神経強化(中級)、消化力強化(特級)、限界突破(上級)、覚醒(初級)、衝撃無効(初級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、飛行(特級)、硬質化(特級)、自己再生(中級)、植物操作改(上級)、金属操作(中級)、分離(特級)、威圧(特級)、独裁力(初級)、高潔なる精神、竜息(中級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(上級)、眷属化、眷属強化(特級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器
種族が増えている。これは戦場で見つけた兵士の遺体から取得したものだ。
故人から追いはぎをするような行為を躊躇わなかったのかと聞かれれば、もちろんあると答えることだろう。
儂とて戦友とも言うべき兵士達から種族を剥がすのは忍びなかった。
だが、儂は今までこうやって生きてきたのだ。今更自己否定をしてどうなるというのだろうか。なので遠慮なくいただくことにしたのだ。
「今宵は勝利の宴だ。失った仲間達の魂が安らかに眠れるように酒で祝おうではないか」
儂の言葉に将軍達はグラスを掲げる。それぞれが戦いが始まる前と後では顔つきが変わっていた。
やり遂げた男の顔だ。彼らはワインをぐいっと飲み干すと会話を始めた。
あれほど確執があった種族同士が、今では仲間として会話を弾ませている。
テントから出ると、すでに宴会を始めている兵士達が馬鹿騒ぎをしていた。
種族の違いはあれど、今だけは失った仲間を想い勝利を共有しているのだ。
これを機会に各国が深い繋がりを作ることができればと思う。
「こういうのも悪くない」
儂の横へ獣王がやってきた。
手には酒瓶を握っており、もう片方の手にはグラスを持っている。
彼はグラスに酒を注ぐと儂に渡す。
「そうだな。儂もこういうのは悪くないと感じる」
受け取ったグラスには琥珀色の酒が入っていた。
夜を明るく照らす多くの焚き火は、グラスの中の酒を幻想的に見せる。
儂は酒を一息で呷った。
「ぶはっ、なかなか度数がキツい物のようだ」
「そうだろう? ドワーフ達の物資からくすねてきたのだ」
「今のは聞かなかったことにしよう」
ふと、ポケットに入れてある懐中時計を取り出すと時間を確認する。
現在は午後八時。そろそろ出かける時間だ。
「獣王よ、儂は少し用事があるので後のことを頼んでも良いか?」
「むう? そうなのか? ならば我に任せよ」
獣王は白い歯を見せてニヤリと笑う。
一国の支配者に仕事を任せるというのは恐れ多い気もするが、連合軍をまとめられるとすれば獣王しかいない。彼がこの場にいることは非常にありがたのだ。
儂は本営から出ると翼を広げた。
見上げると黄色い満月と輝く無数の星が地上を照らしている。
今夜は美しい夜だ。儂は風を受けながら本営から西へと飛翔する。
◇
「参謀殿、これからどうされるのですか?」
「ひとまずは帝都に戻る。ガエン様もグランダル様もレゼナ様もネル様も討ち取られたのだ。今の我々には撤退することしかできない」
連合軍本営から約四十キロの地点。
敗退した帝国軍は悲壮感を漂わせて野営をしていた。会話をするのは軍団長と参謀の二人だ。
「ガエン様まで倒されるとは……所詮は寄せ集めだと侮っていたことが悔やまれます」
「いや、それでもガエン様を倒すのは異常な事だと私は考えている。あの方は帝国屈指の実力者だ。加えて三人の殿下も並々ならぬ御方達。他種族の兵がいくら集まろうと簡単にやられる方々ではないのだ」
「……ではガエン皇太子様を超える何者かが戦場にいたと?」
「そうかお前は前線に出ていたので知らないのだな。殿下はヒューマンの男に殺されたのだ」
参謀は本営から望遠鏡を使って、ガエンと真一の戦いをずっと観察していたのだ。
そしてガエンが敗北すると、すぐに撤退の角笛を吹き鳴らした。
今もこうして帝国兵が生きているのは彼の迅速な判断のおかげだった。
「ヒューマンの男ですか? 噂では獣王がいたと聞いておりますが、そちらの間違いでは?」
「いや、残念だが事実だ。我々はたった二人に本営近くまで攻め込まれ、数万の犠牲を出した。ガエン様に至っては一対一の決闘で敗れてしまったのだ」
軍団長は口を手で押さえて動揺を抑えようとした。
ガエンがヒューマンに負けるなどと到底信じられなかったのだ。
だが真実を知る参謀がそう語るのだから疑いようのないこと。軍団長は無理矢理納得するしかなかった。
「我々は帝都に戻ってどうなるのでしょうか?」
「陛下は覇国を諦めないだろうな。戦力を整え再び進軍するはずだ」
「これだけの大敗で、陛下はまだ戦争を続けるおつもりなのですか? この戦いに一体何の意味があるのでしょうか?」
「そこまでにしておけ。陛下の御心は我々では推し量れないのだ」
参謀の言葉に軍団長は黙り込む。
彼は戦争が始まるまで帝国による世界統一などと幻想を抱いていた。
事実、帝国はそれだけの戦力を保有していたのだから、ドラゴニュートであれば誰でも信じたくなってしまうだろう。
だが結果は敗退。
軍団長は冷や水をかけられたかのような気分だった。
「とりあえず明日はマルセイ砦を越える予定だ。今の内にゆっくり休んでおけ」
「ええ、そうさせてもらいます」
軍団長は立ち上がると、自分のテントへと向かう。
野営は静かな空気に包まれていた。
彼がテント内に入ろうとした瞬間、西の方角から眩い光が放たれた。
地平線は光に満たされ帝国兵達は何事かと慌て始める。
まるで太陽が昇り始めたような眩さである。
だが、光は数秒ほどで消えてしまうと、何事もなかったかのように夜の静けさが舞い戻った。兵士達は先ほどの光景が信じられなかったのか、茫然自失となっていた。
「先ほどの光は……」
軍団長も呆然としていた。
理解のできない現象が起きたと言うことだけ理解できたようだった。
「な、なんだアレは!!」
兵士の一人が叫ぶ。
闇が支配する夜の地上を、赤い光が埋め尽くしていたのだ。
遥か地平線まで赤い光は続いており、かすかにだが上下している事が見て取れた。
兵士の誰もがソレがなんなのか分からない。
「何が起きている……?」
参謀は事態が飲み込めないままなんとか立ち上がった。
空では満月を雲が覆っており、ドラゴニュート達の目では地上を見通すことはできない。
誰もが赤い光を見つめたまま動こうとはしなかった。
「そろそろ月が出るぞ」
参謀は空を見ながら呟く。
風が強まりようやく満月が顔を出したのだ。
月光が地上を照らし、赤い光の正体を露見させる。
それは地上を埋め尽くすほどの膨大な数のスケルトンだった。
体は黒く目は赤く光っている。
スケルトンは帝国兵を見るとカタカタと顎を鳴らした。
「こんな場所でスケルトンだと!? あり得ない!」
参謀は驚愕のあまり後ろへと下がる。
軍団長はすぐに剣を握ると兵士達に指示を出した。
「戦える者はただちに武器を持て! 負傷者はすぐに退避しろ!」
冷静さを取り戻した兵士達はすぐに行動に移す。
押し寄せるスケルトンの波に対抗するために、ドラゴニュート達は勇ましく駆けだした。
「ま、待て。アレは何かおかしい。戦っては駄目だ」
「参謀殿、ここは危険です。直ちに負傷者と共にマルセイ砦まで避難してください」
「しかし……」
「心配は無用です。我々も時間を稼いだ後に必ず追いかけます」
参謀は軍団長の言葉に頷くしかなかった。
◇
地上を赤い光が埋め尽くしている。
儂は空から見る光景に、風の谷のナ○シカを思い出した。
「さぁ我が軍勢よ! 敵を追い立てるのだ!」
声をかけると、地上から一斉に顎を鳴らす音が響く。
地獄の軍勢と呼ばれても否定する言葉が見つからないだろうな。それほどまでにスケルトン軍は凶悪な見た目に恐ろしいほどの数だ。
儂は今回の戦争に二重の戦力をもうけておいた。
一つ目は連合軍。各国と協力し帝国を倒すために共に戦う。
二つ目はスケルトン軍。こちらはもしもの時のための切り札的戦力だ。
連合軍が勝利した場合は、スケルトン軍を使ってさらに戦力の削ぎ落としを図る。
「カタカタ」
最後尾にいるスケ太郎が、デュラ之助を身に纏い的確に指示を出し続ける。
命令を受けた十体の軍団長がさらに指示をだし、全体へと命令を伝えた。
副将軍とも言うべきスケ次郎は、大型スケルトンを率いて歩を進めている。
スケルトンの海は帝国軍とぶつかると激戦を繰り広げる。
体の大きいドラゴニュートは体格を生かした強烈な攻撃を繰り出す。一方スケルトン達は物量で押しつぶす。
一人の兵に数百と群がり、抵抗すらさせぬまま殺していた。
ただのスケルトンではないと気が付いた頃にはもう遅いのだ。
二時間が経過した頃に帝国軍は逃げ出した。
ようやく勝てないと悟ったのだろう。およそ二十万の兵が西へと駆けてゆく。
スケルトン軍の歩行速度は遅い。
もちろんわざとだ。じわじわと追い詰める方がトラウマを植え付けるには最適だ。
二度と王国へ侵略をしようなどと考えないように、徹底的に締め上げておかなければならないからな。
赤い海は逃げ続ける帝国軍を執拗に追いかける。
それは夜が明けても続いた。
「砦か……」
儂は朝日が昇る地上へと降り立つ。
追いかけていた帝国軍は一夜のうちに平原を抜けて、山脈へとたどり着いていた。
山と山の谷間には頑強な砦が造られており、帝国の首都である帝都へ行くには必ず通らねばならない要所のようだった。
「カタカタ」
スケ太郎がどうしますか?と声をかけてきた。
もちろん進む。砦だろうと気にすることはない。
儂は攻め落とせと指示を出した。
膨大なスケルトン達は砦の入口をものの三十分程度で破壊すると、流れ込む水のように砦の内部へとなだれ込んだ。
「ふむ、すでにここを捨てていたか」
砦の内部へ入ると、食料だけが持ち出されておりもぬけの殻だった。
まぁ籠城戦をするには相手が悪すぎるだろう。こっちは何年でも戦い続けることのできる不死の軍勢だ。分が悪いとすぐに判断したのかもしれない。
儂らは砦を捨てて、帝国兵を追いかけることにした。
◇
帝国軍を追いかけ始めて一週間が経過した。
今もなおスケルトン軍は順調に敵を追いかけている。
基本的に儂は空からの偵察と大雑把な指示を出しているだけだ。
細かな作戦などはスケ太郎を中心とした上位陣で話し合って決められている。
とはいえ、やることはただ追いかけるだけなのだがな。
一週間の間に帝国軍はいくつもの砦を経由して帝都へと向かっていた。
中には要塞とも言える鉄壁の砦もあったのだが、身軽なスケルトン達は壁をよじ登って内部へと侵入。外側と内部から攻撃を加え、数時間ほどで要塞は陥落した。
儂が感心したのは帝国軍本隊の動きだ。
彼らは要所にある砦に籠もる事もなく、ひたすらに帝都を目指して西へ進んでいた。つまりたった一度の交戦で、スケルトン軍が危険な存在だと悟ったということだ。
どんな人物が指示を出しているのかは分からないが、なかなか勘が鋭いと褒めてやりたい気分だった。
そして、一週間が経過した現在。
ようやく帝国軍本隊にスケルトン軍が追いついた。
地平線には帝都が見えており、ボロボロの帝国兵達は必死で走り続ける。
草原地帯を駆け抜ける彼らを追いかけるのは、膨大な数のスケルトン達だ。
追いつかない程度に追いかけるスケルトン達に、ドラゴニュート達は死にものぐるいで先を急ぐ。
「なんだあれは?」
空を飛ぶ儂の目に見慣れないシルエットが映る。
ソレは帝都からこちらへと向かっていた。
巨大な翼を広げ、逃げ続ける帝国軍の真上を通過。そのまま地上へ降り立つと、空気を振るわせるような咆哮をスケルトン軍へ向けて放った。
帝国の聖獣がとうとう現れたのだ。
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