八十二話 連合軍VS帝国軍4


「フレイムバースト!」


 エルナが放った魔法に、巨躯を誇るドラゴニュート達が消し飛ばされる。

 儂らは敵陣に深く入り込んでおり、帝国軍の本営が目と鼻の先にまで迫っていた。


「アハハハハッ! フレイムバースト! フレイムバースト!」


 戦いが始まってからエルナはずっと高威力魔法を我慢していた。

 戦場では味方の兵もいるので、迂闊に魔法など使うわけにはいかない。

 仕方がないことではあるのだが、エルナにとってはストレスとなっていたようだ。

 それが証拠に周囲から味方が消えると、恐ろしくなるほど魔法を連発し始めたのだ。


「嫌だぁ! 俺は死にたくねぇ!」

「来たぞ! 耳の長い悪魔が来たぞ!」

「あのエルフはマジでヤベェ! キ○ガイだ!」


 帝国兵は向かってくるどころか武器を放り出して逃げる始末。

 地形が変わるほどの爆撃を何度も撃ってくるのだから当然だろう。

 もちろんだが敵もただやられているわけではない。

 対抗するために魔導部隊が儂らに魔法を撃ってくるのだ。


「シャドウフィールド!」


 半球状の闇が儂らを覆う。

 エルナの闇魔法によって撃ち出された魔法はいともたやすく弱体化された。

 ピンポイントで狙ってくる魔法に関しては、儂が盾になって防ぐ。

 帝国軍はエルナに手も足も出ない状態になってしまった。


「もういいだろう? これ以上は虐殺だ」

「そうね、すっきりしたしこれくらいにしましょうか」


 満足そうなエルナに苦笑する。

 辺りはえぐれた地面が無数にあり、バラバラに焼け焦げた死体が無惨にも散乱している。

 改めて魔法とは恐ろしい力だと実感するような光景だ。


「ねぇ、あれが帝国の本営でしょ?」


 エルナが指差した場所には無数のテントが並んでいた。

 本営は兵士達が寝泊まりする場所であり、多くの物資を保管している場所でもある。予想通りならあそこに帝国軍の総大将が居るはずだ。


「あそこに軍の最高責任者がいるとみていいだろう」

「じゃあそいつを倒せば、この戦いは私たちの勝ちってことね」

「そうだな。ひとまずの勝利ということだろうな」


 戦争を終わらせるには帝国に敗北を認めさせなければならない。

 それが軍を失った時点か国を落とされた時点かは分からないが、始まった戦争はどこかで終わらせなければならないのだ。儂にはその責任がある。


「真一、誰かこっちに来ているわよ?」


 エルナの声に視線を上げる。

 彼女の言うとおり本営から一人の男性が歩いてきていた。

 頭部は紫の短髪に雄々しい角が生えている。

 彫りが深く男らしい顔は太い眉毛が逆八の字を描き、眼光は獣のようであった。

 体つきは筋肉質であり、身に纏う鎧は金の装飾が施された高貴な雰囲気を漂わせている。両手にはそれぞれ剣を持っており、白くセラミック製のような刀身が目を引いた。


 目の前まで来ると男は立ち止まる。


「たった二人にここまで攻め入られるとは想定外だ。お前達は一体何者だ?」

「儂は田中真一。隣に居るのはエルナだ。王国で冒険者をしている」

「たかが冒険者に我が軍はここまでの打撃を受けたのか……。まぁいい、俺は皇位継承権第一位のガエン・ドラグニルである。いざ尋常に勝負だ」


 ガエンは剣を構える。

 儂はすぐにガエンのステータスを確認した。



 【分析結果:ガエン・ドラグニル:エステント帝国ドラグニル皇家長男。帝国内では有数の実力者として知られており、国民の多くは彼が次の皇帝だと考えている:レア度B:総合能力A】


 【ステータス】


 名前:ガエン・ドラグニル

 種族:ハイドラゴニュート

 年齢:38歳

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックアロー、ロックウォール、ロックバレット

 習得スキル:双剣王術(中級)、拳王術(上級)、牙強化(中級)、限界突破(中級)、索敵(上級)、超感覚(上級)、危険察知(特級)、統率力(特級)、自己再生(初級)、竜息(中級)、竜化

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:双剣王術(特級)、限界突破(初級)、竜息(初級)>



 ステータスだけならはベゼルを遥かにしのぐようだ。

 一応だが剣も見ておく。



 【分析結果:飛竜の双剣:希少な飛竜の骨を加工して造られた双剣。エステント帝国では国宝として扱われているが、現在はガエンの所有物として使用されている:レア度A:総合能力―】



 ベゼルが使っていたものと同列の物のようだ。

 しかし二刀流とは恐れ入る。単純に考えても苦戦することは間違いない。


「真一……」


 エルナが後ろから声をかけてくる。

 自分も戦いに混ざるべきか悩んでいるのだろう。

 ベゼル戦では彼女の魔法が活躍したが、あの時と今回の状況はあまりに違っている。

 それにガエンはだまし討ちができるほど甘くはなさそうだ。

 なので、エルナには周囲の警戒を頼むことにする。


「敵の兵がやってこないように足止めをしてくれ。儂は奴と一対一で戦う」

「分かったわ。でも気をつけてね」

「うむ」


 エルナは魔法で姿を消すと、その場から走り去っていった。

 これで儂とガエンの戦いの場は整った。


 互いに剣を構えると、間合いをはかりながらじりじりと近づく。

 二本の剣は儂の動きを予想してか上に下にと構えを変化させる。対する儂も上段から下段へとガエンから先手を取るために剣を移動させた。

 頭の中では何度もシミュレーションを行うが、やはり二刀流は戦いづらい。

 最初の斬撃を避けてももう一撃が必ず来るのだ。


「ヒューマンのくせにやるな……隙が見えないぞ」

「儂のセリフだ。二刀流がこうも厄介だったとは」


 ガエンと儂は口元に笑みを浮かべていた。

 強敵と戦えるというのは妙な快感をもたらすのだ。命のやりとりに生きている実感を感じてしまう。


 数時間にも感じる数秒を経て、ようやくその瞬間が訪れた。

 互いに地面を強く踏み出し加速。甲高い金属音に赤い火花が剣と剣の間で散った。

 初撃を剣で受けると二撃目がすかさず出される。

 それも剣で受けると、さらに三撃目に四撃目と連撃が儂を襲う。

 奴の剣圧は重く、一撃を受けるだけで骨までしびれる。力でもベゼルを超えているようだった。


「ヒューマンとは思えない力だ! さては貴様がベゼルを殺したという奴か!」

「そうだ! 儂がベゼルを殺した!」

「なるほど、カールが執着する理由がよく分かる! 間違いなく帝国の脅威だ!」


 ガエンは後ろへ跳躍すると、大きく息を吸い込んだ。

 儂はすぐにスキル竜息の予備動作だと気が付く。とっさに横へと回避する。


 轟音と共に巨大な炎がガゼルから吐き出された。

 その規模は一軒家を二つほど飲み込んでしまうようなものだった。

 儂が先ほどまで居た場所は黒焦げになっており、周囲の気温はグングン上昇する。

 数秒で炎は消えてしまったが、竜息というスキルが強力な物であると言うことは理解できた。


 念のために種族ハイドラゴニュートを発動させる。これで炎には耐性ができたはずだ。ガエンは儂を見てギョッとする。


「貴様はヒューマンではなかったのか?」

「儂は種族を色々と変えられるのだ。お前と戦うならハイドラゴニュートの方が良いと判断した」

「奇っ怪な男め!」


 ガエンは肉薄すると二刀を再び振るう。

 対する儂は剣を避けつつ二撃目を剣で防ぐ。ようやく二刀流の動きが見え始めたのだ。

 奴の動きには癖がある。一撃目二撃目と続くと、次の攻撃にまで隙が生じる。

 つまり勝機を得るにはそこを突くしかないのだ。


 先ほどと同じように剣を避けると二撃目を剣で受ける。

 儂はすかさず足払いをすると、奴はバランスを崩して地面に倒れた。

 絶好の好機だ。


「でりゃ!」

「させん!」


 奴の顔面へ剣を突き立てようとすると、奴は剣を交差させて刃を防いだ。

 儂はさらに力を込めると、防いでいる二本の剣がグググッと押される。あと少しで突き殺せそうだ。


「燃えよ!」


 が、奴は儂の顔へ向けて竜息を吐く。

 とっさに攻撃を躱すと、ガエンは地面を転がって儂から距離をとった。

 

「もう少しだったのだが、さすがはベゼルの兄だ」


 ガエンは双剣を構えると、白い歯を見せて笑う。


「こんなにも追い詰められたのは父上以来だ。俺はお前と出会えたことを幸運に思うぞ」

「どういう意味だ?」

「お前を倒せば俺は一回り成長するだろう。そうなれば皇帝へと至るのは間違いない。俺は更なる進化を手に入れるのだ」


 恐らく奴の言っていることは経験値の事なのだろう。

 確かに儂を倒せば莫大な経験を得られる可能性は高い。なんせ儂はレア度SSの希少種族だからな。総合能力で考えてもかなり美味しい相手なはずだ。


「それは儂に勝てればの話ではないか?」

「笑止。俺がまだ本気を出していないことを知らないようだな」


 ガエンは全身に力を込める。

 すると、腕や顔に深緑の鱗が生え始めた。竜化である。

 気配が膨張し圧力となって儂にのしかかった。プレッシャーはベゼルの比ではない。


「どうだ絶望したか? これこそがハイドラゴニュートだけが使えるスキ――」

「ふん!」


 儂も力を込めると竜化が始まった。

 顔はドラゴンへ近づき全身に黒い鱗が現れる。

 さらにお尻からは尻尾が生え、ついでに種族ヴァンパイアを同時発動したことで背中から翼が出現した。竜化くらい儂だって使えるのだ。


「……」

「さぁ勝負を再開するか」


 ガエンは儂の姿に唖然とする。

 口はぽかーんと開かれており、目の前にある光景が理解できないという印象だった。

 いや、気持ちは分からなくもない。竜化を自慢しようとしていたところに、相手も使えると分かったときは恥ずかしくて死にたくなるだろう。

 ガエンは少し顔を赤くして剣を構えた。


「き、貴様も使えたのだな。だったらもっと早く言え」

「手の内を明かすようなことを言うわけないだろう? もっと慎重に発言した方が良いぞ」

「黙れ! それ以上は言うな!」


 ガエンは弾丸のように飛び出すと儂へ連撃を打ち込む。

 先ほどとは打って変わり、剣速は驚異的に上がっていた。

 一閃二閃と残像が見えるほどの剣撃を、儂は後退しつつ剣でいなした。


「うぉぉおおおおおお!」


 奴の剣はさらに速度を増す。

 一撃を剣で受けるだけで体ごと持って行かれそうだ。

 しかし、勝てないわけではない。むしろ先ほどとは違って余裕すら感じる。

 竜化をしたことで身体能力が飛躍的に上昇しているからだ。

 さらにスキル覚醒を発動させた事で、儂の能力はさらに上昇した。


 ガエンの動きがスローモーションに見える。さらに次の攻撃すらすぐに予想できた。

 肉体はリミッターを解除し、限界以上の性能を発揮する。

 覚醒とは脳を解放するスキルなのだ。


 儂はガエンの攻撃を避けつつすれ違いざまに刃を滑らせた。


「がはっ!?」


 脇腹を切られたガエンは地面に片膝を突いた。

 どくどくと血液が流れ出し、わずかに臓物が顔を出した。


「降伏するなら殺しはしない。悪いことは言わない負けを認めろ」

「俺は……ドラグニル皇家の長兄だ……そのようなことはできん」


 ガエンは剣を杖代わりにして立ち上がる。

 堂々たる姿に儂は密かに感心した。


「その傷で戦うか。ならば儂も手加減はしない」

「望むところだ!」


 儂とガエンは走り出すと剣と剣と交える。

 奴の振るう一撃はさらに重くなっていた。まるで命を削っているかのような剣撃だ。

 だが、今の儂にはあまりに遅く感じた。


「…………あが」


 儂の剣はガエンを真っ二つにする。

 もう少し戦っていたかったが、命を賭けた戦いである以上は情けは無用だ。

 ガエンはバタリと地面に倒れた。実にあっけない最後だ。


「ガエンよ、スキルをいただくぞ」


 儂はスキル拾いで取得する。

 いただくのは双剣王術に竜息だ。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(上級)、活殺術(上級)、双剣王術(中級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(中級)、分裂(特級)、危険予測(中級)、索敵(特級)、神経強化(中級)、消化力強化(特級)、限界突破(上級)、覚醒(初級)、衝撃無効(初級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、飛行(特級)、硬質化(特級)、自己再生(中級)、植物操作改(上級)、金属操作(中級)、分離(特級)、威圧(特級)、独裁力(初級)、高潔なる精神(初級)、竜息(中級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(上級)、眷属化、眷属強化(特級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器



 スキルアップしたのは分析だけのようだ。

 視界に文字が表示される。



 【報告:スキル双剣王術はスキル達人に吸収されました】



 これで儂も二刀流が使えるようになったのだ。

 さっそく使ってみたいが、周囲には敵の姿はない。仕方ないので飛竜の双剣だけ回収する事にした。


「真一!」


 声が聞こえたので振り返ると、何もない場所からすぅぅとエルナが姿を表した。

 上手く隠れていたようだ。


「攻撃には巻き込まれなかったか?」

「うん、心配ないわ。それよりも、大将を倒したんだから戦いは終わるわよね?」

「だと思うのだがな……」


 大将が死んだというのに帝国軍が引く様子は見られない。

 つまりガエンは指揮官ではなかったと言うことか?

 そう考え始めると、帝国本営から大きなラッパの音が響いてきた。

 音を聞いた兵士達は一斉に退却を始める。


「連合軍の勝利のようだな。ここもじきに敵が押し寄せてくる」


 儂はエルナを抱き上げると、翼を広げて空へと羽ばたいた。



 ◇



「終わったか……」

「みたいですわね」


 フードを深くかぶった二人組が、何もない場所から姿を現した。

 背後には帝国兵の波が足音を鳴らして迫っている。


「奴らが来ると面倒なことになる。すぐに終わらせるぞ」

「ええ」


 一人が剣を抜くと、地面に横たわっているガエンの首を切り落とした。

 そしてもう一人が革袋を取り出し、その中へ頭部を入れた。


「これで俺は一躍英雄だ」

「早く逃げますわよ」

「そうだな」


 二人組は手をつなぐと、その場からフッと姿を消した。

 その場には頭部を失ったガエンの死体だけが残されていた。




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