八十一話 連合軍VS帝国軍3


「僕の物にならないのなら殺しちゃっても良いよね! あはははっ!」

「くっ!」


 大鎌が風を切る。かろうじて避け続けるフレアは焦りのような物を感じていた。

 竜化を発動させたネルは身体能力が大幅に上がっており、今のフレアでも動きを捉えるのがやっとだったのだ。しかも超感覚と身体強化を発動していてこの状態なのだ、勝利を得るのはあまりにも難易度が高い。


「ほらほら、ちゃんと避けないと死んじゃうよ?」


 鎌はフレアの肌に切り傷を作る。

 攻撃速度は徐々にだが上がっており、不安をさらに加速させた。

 一撃でも受ければ致命傷。確実に死の入口は近づいている。


「念動力!」


 フレアは距離を取るために、ネルを念動力ではじき飛ばす。


「わっ!?」


 見えない力によって吹き飛ばされたネルは、空中でひらりと回転すると地面へ着地した。その間にフレアは念動力で二本の槍を射出。しかし、槍は大鎌によってたやすくたたき落とされる。


「その力って反則だよね。使い方次第では無敵になれそうだし。まぁ、有効範囲がそれほど広くないのが救いなのかな」

「私の力を分析しているのか?」

「まぁね。ほら、僕って珍しい種族が好きだから、ついつい気になっちゃうんだよ」


 ネルはそう言いつつ隙を窺う。

 対するフレアも警戒だけは解くことはない。二人の間の空気は緊張し張り詰めていた。


「ファイヤーアロー!」


 フレアから火の矢が撃たれる。

 ネルは大鎌で矢を防ぐと魔法で反撃に出る。


「エアロカッター!」


 風の刃がフレアを狙う。

 地面を転がることで回避すると、ついでに落ちていた二本の槍を回収。

 再び周囲をミスリルの槍が回転し始めた。


「逃がさないよ! エアロアロー!」


 追撃の魔法が撃たれた。

 風の矢が何本も追いかけるように発射され、駆け抜ける真後ろで次々に突き刺さっていった。ここではフレアは再び攻勢に出る。

 これ以上やっても勝てる見込みは薄い。そう考えた彼女は賭けに出ることにしたのだ。


「流星突き!」


 跳躍したフレアは技スキルを放つ。

 流星突きはこの一ヶ月の間に彼女が習得したスキルである。

 突き攻撃でしか発動しないスキルだが、通常の二倍もの威力を発揮することができ、なおかつ攻撃動作が小さいことから連続攻撃にも使用しやすい。


 回転がかかった突きを、ネルは素早く避けると大鎌ですかさず反撃。

 ――が、宙を舞う二本の槍が大鎌の斬撃を的確に防いだ。

 その様子にネルは舌打ちする。


「もういい、槍ごと首を切り落としてやる!」


 至近距離で二人は次の攻撃を繰り出す。

 ネルはフレアを守るミスリルの槍ごと切断するために渾身の一撃を振るう。

 フレアも槍に全力を乗せて流星突きを放った。


 鎌は二本の槍を見事切断し、首を落とそうかと言うところまで迫る。

 しかし、そこでフレアの念動力が力を発揮した。

 ネルの両目がトマトを潰したかのように破裂する。


「うぐっ!? 目がぁあ!?」


 両目を潰されたネルは、おもわず攻撃の手を止めた。

 最大の好機にフレアは限界を超えて槍に力を乗せる。


「これで終わりだぁぁあああ!」


 高速回転する槍はネルの胸の中心を穿つと、彼女の手の中で回転を止めた。

 矛先は完全に貫通しており、ネルは胸に刺さった槍を左手で触れると自身に起きた事を理解する。


「なんだよこれ……うそだろ……」


 ずるりと胸から槍が抜けると、彼は仰向けで地面に倒れた。

 それを見たフレアは地面に座り込む。


「危なかった。下手をすれば死んでいたのは私だったな……」


 彼女は苦笑する。

 フレアは戦いが始まったときから念動力での攻撃を狙っていた。

 だが、人体の一部を破壊するのは容易な事ではない。

 スキル念動力は発動者から離れるほど力は弱くなり、現在の彼女の力では半径二mにまで近づかなければ不可能である。

 さらに力が及ぶのは発動者が視覚で確認できるところに限定されていた。

 言葉通り、一歩間違えれば死んでいたのはフレアだったのだ。


 彼女の脳裏にペロがよぎる。


「そうだ、こうしてはいられない。すぐにペロ様の元へ行かないと」


 槍を杖代わりに立ち上がると、彼女はペロがいるだろう場所へ歩き始めた。




 ◇



 フレアがネルと死闘を繰り広げている頃、ペロとレゼナは言葉を交わしていた。


「魔獣……と言うわけではなさそうね。人語を解するのなら聖獣かしら?」

「うん、僕は聖獣だよ。駄目かな?」

「駄目なわけないじゃない。聖獣というのならアタシにとっては最高の相手だもの」

「最高の相手? 僕が?」

「ええ、アタシにとって貴方は最高。早くその毛皮をはぎ取ってコートにしたいわ」


 ペロはレゼナの言葉を聞いてブルリと体を震わせた。

 レゼナ・ドラグニルは毛皮収集を趣味とした少し変わった人物である。

 彼女の部屋には今までに狩った魔獣の毛皮が飾られており、夜な夜な毛皮のコートを身に纏い夜の街へ繰り出す。そして、出会った相手に武勇伝を語るのだ。


「ぼ、僕の毛皮はあげられないよ」

「もちろん分かっているわ。だから殺して奪うつもり」


 舌なめずりをするレゼナにペロはますます震え上がる。

 今までの相手とは違い、濃密で絡み付くような殺意は彼を恐怖に陥れた。

 生理的嫌悪感と言った方が良いだろう。ペロの毛が寒気で逆立つ。


「じゃあ手早く殺しちゃいましょうか。じっとしててね、わんちゃん」


 斧を担いだレゼナは、にっこりと微笑みながら構える。

 ペロも拳を構えると警戒を強めた。


「ふっ!」


 短い呼吸と共にレゼナはペロの至近距離へ入った。

 鋭く振られる斧を地面に伏せるように避けると、真上から振り下ろされた二撃目を後ろへ飛ぶことで回避する。


「烈風撃!」

「うぐっ!?」


 ペロの拳から風が発生する。

 手甲の効果によって風に炎が追加されていた。さしずめ横に発生した火炎旋風である。

 風はレゼナを直撃するが、服の一部を燃やした程度に留まった。


「アタシはハイドラゴニュートよ? この程度の炎なんか効くわけないでしょ」

「じゃあこれはどうだ!」


 次の攻撃に移っていたペロは、風を切るような右ストレートを放つ。

 レゼナは拳を簡単に捌くと、ペロの顔面へ蹴りを叩き込んだ。


「きゃうん!」


 強烈な一撃に吹き飛ばされる。

 六mほどで地面に落ちると、痛みに耐えながらもペロは立ち上がった。

 しかし、すでに目の前には斧を振りかぶるレゼナが居た。


「アハハハッ! さようならわんちゃん!」


 決死の一撃が振り下ろされようとすると、ペロは刹那の時に死を覚悟した。

 ゆっくりと下ろされる斧は、彼の頭蓋骨を砕こうと鈍く光を反射する。

 もはや逃げられる状態ではない。


 だが、彼は妙なことに気が付いた。

 よく見ると周囲の時間がずいぶんとゆっくりと流れていたのだ。

 斧は未だに振り下ろされる途中にあり、レゼナは無防備だった。

 よく分からないがこれはチャンスではないか? ペロはそう判断すると、斧を避けつつレゼナの顔面へ拳をめり込ませる。


「ぶべっげっ!?」


 時間が元の流れを取り戻すと、顔面を殴られたレゼナは凄まじい勢いではじき飛ばされた。数回ほどバウンドすると、まるで投げられた人形のように力なく地面に転がる。


「さっきの感覚はなんだったんだろう……」


 ペロはレゼナの生死よりも、先ほどの感覚が気になった。

 父親が言っていた、超感覚スキルでも手に入れたのかと首をかしげる。


「くっ……一体何が起きたの……」


 ふらつく足でレゼナは立ち上がった。

 口の端からは血が流れ落ち、全身には至る所に擦り傷ができている。

 ペロの一撃が予想以上に効いていているようだった。


「アタシに一撃を入れるなんてあり得ないわ。きっと何かの間違いよ。今度は本気で殺すわ」


 レゼナはもう一度ペロへ駆け出す。

 ペロもすぐに走り出すと、右手の爪を伸ばした。

 互いに至近距離まで来ると攻撃を繰り出す。


「今度こそ!」


 斧が目にもとまらぬ速さで切り上げられる。

 対するペロは再び謎の感覚に襲われた。

 周囲の時間がゆっくりと進み始め、レゼナが斧をゆっくりと振っている。

 彼はこの不思議な感覚に首をかしげつつも、レゼナの太腿を爪で切り裂いた。


「ぐぎゃぁぁあああ!?」


 時間が元に戻ると、大腿部から出血をしたレゼナが痛みに叫ぶ。

 ペロはその様子をただ呆然と見ていた。


「僕の時間だけ加速している?」


 彼は不思議な感覚の正体を時間の加速だと考えた。

 それ以外に説明がつかないのだ。


「うぐ……よくもアタシを……本気で怒らせなたなぁぁあああ!」


 怒りに狂うレゼナが竜化を発動させた。

 首や腕に深緑の鱗が生え、空気を震わせるようなプレッシャーが体から放出された。

 圧倒的気配に全身の毛穴が収縮する。


 レゼナは急加速で接近すると亜音速で斧を振り抜く。

 時間の加速によって攻撃はかろうじてよけたものの、先ほどとは段違いに速度が跳ね上がっていた。


「絶対に確実に間違いなくぶっ殺す!! アタシを傷つけた事を地獄で詫びさせてやる!!」


 斧は瞬きほどの時間に何度も振られる。

 そのたびにペロは自分の時間を加速させて回避し続けた。

 そして何度も試す内に能力の特性を理解し始める。


 分かったことは自身の時間を加速させる事と、加速させていられる時間には限界があるということだった。

 加速させられている時間はペロの体感で5秒。

 連続使用は可能だが、三回使うと次の発動までに一秒のタイムラグが発生する。

 それらのことからペロは、三回目の使用時にはレゼナから距離を取るように移動した。


「死ね! 早く死ね! わん公はむごたらしく死ねば良い!」


 鬼気迫る表情のレゼナにペロは恐怖心がわき上がる。それでも戦えない相手ではない。

 加速した時間の中で何度もレゼナへ反撃の一撃を入れる。

 だが、顔に打撃を受けようが爪で切られようが、レゼナは動きを止める気配はない。竜化によって防御力も格段にアップしているようだった。

 首に至っては鱗で守られており、彼の爪ですら傷を付けることはできない。


「逃げるな! おとなしく殺されろ!」


 斧が地面に落とされると、爆発したように土がえぐれる。

 次の瞬間には斧は一文字の軌道を描きペロの首を狙った。

 レゼナからひとまず距離を取ると、ペロを見つけた彼女は強烈な踏み込みで追随する。いつしかペロとレゼナの追いかけっことなっていた。


「どうしよう……このままだと勝てない……」


 ペロは回避を続けながら手詰まりを感じていた。

 負けることはないが勝つこともできない。彼の手持ちの技ではもはやレゼナは止められないことが分かっていた。


 ふと、自分の体が光っていることに気が付く。


「まさかこのタイミングで成長!? 不味いよ! 僕死んじゃう!」


 彼の気持ちとは裏腹に、体から放出される光は強さを増していた。

 レゼナはそんなことには気が付かず、猪突猛進のままにペロを殺そうと追いかける。

 そして、彼の成長の瞬間がやってきた。


 全身から閃光が放たれ、彼の姿はかすんでしまう。

 目を覆いたくなるほどの光量にレゼナは視力が麻痺した。


「何が起きた!? 目が見えない! なんで!? どうして!?」


 ペロを見失った彼女は目を押さえて狼狽える。

 その間にもペロの体は急成長を続けていた。

 成人男性ほどの身長はさらに伸び、二m五十㎝となった。

 顔はさらに狼らしくなり、生えそろった牙は鋭さを増す。

 腕や足は木の幹のように太くなり、体毛の上からでも筋肉の盛り上がりが確認できる。装着していた手甲はバラバラにはじけ飛び、指先からは鋭利な爪がナイフのように出ていた。


 光が収まると、ペロは自身の成長に目を見開いた。

 漲る力に抑えきれないほどの生命力を感じる。

 彼はようやく成獣となったのだ。幼き面影はすでに見えない。


「ははっ、ようやく見えるようになったわ! これでわん公を殺すことができ――」


 立ち上がったレゼナはそう言いつつ、ペロを見て絶句する。

 ほんの数秒で姿がガラリと変わったのだ。その面構えは先ほどの逃げ惑う獣のものではない。捕食者。狩るものとして成長を遂げた獣の顔だ。


「ぐるるがぁぁああああああああ!!」


 ペロの咆哮が圧力となってレゼナを震わせた。

 身長は彼女と変わらないはずなのに、ペロの体は何倍も大きく見える。


「す、すこし成長したからといってアタシの力には敵わないわ! こけおどしも良いところね! 毛皮が増えてアタシには好都合だわ!」


 レゼナは動揺しつつも斧を亜音速でペロへと振る。

 勝負は一瞬で決した。


「あ……れ?」


 目の前からペロは消え失せ、いつの間にかレゼナの胸には大きな穴が空いていた。

 後ろを振り返ると、心臓を持ったペロが彼女を見ている。

 手の上では今もどくんどくんと鼓動し、鮮血が指の間からぽたぽたと地面に落ちていた。


「さようなら」


 ペロが心臓を握りつぶすと、レゼナは思い出したかのように地面へと倒れた。

 死んだことを確認すると、ペロはフレアの元へ歩き出す。


「ペロ様! ご無事でしたか!」

「フレアさん!」


 傷だらけのフレアは槍を杖代わりにしつつ歩いてきていた。

 駆け寄ったペロは彼女を腕に抱える。


「ああ、ペロ様はさらに成長をされたのですね。誠に素晴らしいモフモフです」


 フレアはペロの胸の中に顔を埋め、フガフガと鼻息を荒くした。

 その様子に苦笑しつつも、お互いに生き残れて良かったとペロは安堵した。


「フレアさん、ここはもう敵が居ない事ですし、ひとまずお父さんの元へ行きましょう」

「そうですね」


 二人は真一とエルナを捜して戦場を歩き出した。




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