八十話 連合軍VS帝国軍2
「ぐははははははっ! どうした! まだまだこんなものではないだろう!?」
獣王ヴィシュが放つ拳は、数百人ものドラゴニュートを相手にしても衰えを知らない。
骨を砕く打撃力に肉を裂く爪と牙。
炎神の籠手より放たれる炎は骨さえも灰に変えた。
いつしか彼の周囲は、焼け野原へと変わっていた。
「……やりすぎてしまったようだな。すっかり敵が逃げてしまった」
未だ火がくすぶる地面を踏みしめながら、ヴィシュはポリポリと頭を掻いた。
敵兵はとうとう彼を倒すことを諦めたのだ。
いや、諦めるしかなかったと言った方が正しいだろう。
それほどまでに彼の戦闘力は桁違いに高い。
「まぁよい。そろそろ雑兵と戦うのも飽きていたからな。もっと強い相手を探すとするか」
そう呟くと、新たな敵を探すために歩き出す。
が、突如スキル危険予測が警報を鳴らした。
「ふっ!」
その場から飛び退くと、地面は陥没し衝撃波が走った。
ヴィシュは地面を転がると、すぐに起き上がり状況を把握する。
何者かに攻撃されたのだ。しかも周囲には姿は見えない。
「隠密スキルか……」
「ご名答」
何もない場所から姿を現したのは、紫の長い髪を後頭部でくくった男だった。
頭部からは角が生えており体格は細め。
身につけている鎧は深緑に金細工が施されていた。
明らかに兵士や騎士とは一線を引く位の者だ。
「その姿……もしや帝国の皇族か?」
「いかにも、私は皇位継承権第三位のグランダル・ドラグニルだ。貴殿はナジィ共和国国王ヴィシュ・ブディー殿とお見受けするが相違ないか?」
「ふん、我と知っていて攻撃するとは面白い。見た感じ武器は持っていないようだが、戦闘スタイルは体術か。ならば問答無用」
ヴィシュは飛び出すと拳を振るう。
グランダルは攻撃が当たる前に姿を消した。
「ちっ、隠密とは厄介だ。こちらからは何も見え――あぐっ!?」
突然の腹部への攻撃にヴィシュは後方へと吹き飛ばされる。
だが、地面に一度バウンドするとすぐに体勢を立て直した。
「どこだ……どこに居る?」
鼻と耳をピクピクと動かして神経を研ぎ澄ませるが、彼の周囲にはそれらしい反応はなかった。ヴィシュは構えたまま反撃のチャンスを窺う。
「いくら警戒しても無駄だ。隠密は認識不能のレアスキル。戦うしか能がない獣には見破れまい」
「そこか!」
声のする方向へ爆炎を放つ。しかし、グランダルに当たった感じはなかった。
再び警戒を強めるヴィシュは、頭の中で打開策を巡らせる。
隠密スキルとは姿を消すものではない。ただ認識を阻害しているだけなのだ。
だが、それが分かっていても、攻撃を当てられなければ永遠に勝利は得られない。いくら卓越した体術と恵まれた身体能力を持つヴィシュとて、このままではなぶり殺しにされるだろう。
ジャリリ。
土を踏む音が聞こえた。
ヴィシュは瞬発的に攻撃する。
「そこかぁぁぁ!」
音の発生源へと拳を振るうと突風が巻き起こった。しかし、当たった感触は伝わってこない。
すると今度は背後から強烈な攻撃を受ける。
「あぐっぁ!?」
ヴィシュは勢いのまま地面をバウンドし、なんとか空中で体を回転させると地面へと着地した。彼の額からはタラリと血が流れる。
「隠密スキルは想像以上に厄介のようだ。この我がこうも手こずるとはな」
「では敗北を認めたらどうだ? 今ならナジィ国と手を組む事だって可能だ」
「断る。我は覇国などに興味はない。それに、味方になってしまってはドラゴニュートと戦えないではないか」
ヴィシュは不敵な笑みを見せた。
その様子にグランダルは「戦闘狂め」と吐き捨てる。
「そこまで死にたいのなら望み通りにしてやろう」
グランダルは竜化を発動させる。
強化された足でヴィシュへ肉薄すると、強烈なボディーブローを喰らわせた。
「あぐっぁうぁ!?」
くの字へと体が折れ曲がり、両足は宙に浮く。
口からは血が吐き出され、メリメリと肉を伸ばす音が聞こえた。
「まだ終わらないぞ」
今度は左ストレートが顔面を打つ。その次は右ストレート。
グランダルの拳は勢いを増しながら、何度も何度も顔面を強打した。
攻撃が三十を超えたところで、ヴィシュは膝から崩れ落ちる。
「獣王と言ってもたわいもないな。ハイドラゴニュートである私の敵ではない」
地面にうつぶせで倒れているヴィシュを、グランダルは哀れむように見下ろす。
彼は皇帝より、獣王は覇国をする上での驚異だと聞いていた。
それが戦ってみれば手も足も出ない弱者だったのだ。
やはりドラゴニュートこそが世界最強の種族だと確信した。
「う……」
ヴィシュは震える手でグランダルの足を掴んだ。
あまりに弱々しい抵抗に彼は鼻で笑う。
「……ま……えた」
「なんだ?」
「捕まえたぞ」
足を掴んでいる手が凄まじい握力を発揮する。
ヴィシュの体からは金色の体毛が生え始め、服を破きながら筋肉は隆起していった。
強烈な獣の気配にグランダルは逃げようともがく。
しかし、その手は離れるどころか、さらに肉へと食い込む。
「ぐぎゃぁぁぁあああ! 離せ! 離せ!」
「ようやく捕まえたものを逃がすわけがなかろう。さぁて今までのお礼をさせてもらおう」
グランダルは必死でヴィシュへ攻撃を叩き込むが、獣化した鋼の肉体はびくともしない。
ゆっくりと立ち上がった彼は、グランダルを力のままに振り上げると、全力を込めて地面へとたたきつけた。
「ぐがぁっ!?」
「まだまだ!」
再びグランダルを振り上げると地面へたたきつける。
十回ほど繰り返すと、グランダルの足を離してしまった。
「死んだか?」
グランダルはぐったりとしており、地面に倒れたまま動かなかった。
しかし、胸はわずかに上下し呼吸をしていることは見て取れる。
数分ほど経過すると、よろよろとグランダルが立ち上がった。
「なぜ殺さない……?」
「殺さないわけではない。ただ、すぐに終わらせてはつまらないだろう? 我は血がたぎるような戦いがしたいのだ。さぁ構えろ」
ヴィシュは拳を構える。
グランダルはここにきてようやく獣王に恐怖心を抱いた。
獣王にとってこの戦いはただの余興であり遊戯。獅子が獲物で遊ぶような物である。
しかもその相手が自分だと分かると、本能的恐怖が奥底からわき上がる。
最初から狩る者と狩られる者ははっきりしていたのだ。
「ひっ!」
グランダルは隠密を使って姿をくらます。
生まれついての強者故に、死の恐怖を体験したことがなかった。
自分が死ぬことすら想像していなかったのだ。
彼は姿を消しまたまま無我夢中で駆けだした。
戦うためではない逃げるためにだ。
「どこに行こうと我からは逃げられぬ!」
ヴィシュが地面に向けて拳を打ち込むと、炎神の籠手から真っ赤な炎が渦を巻いて広がる。地面を舐める火炎はグランダルに追いつき、彼の居場所を浮き彫りにした。
「ぐはははははっ! 見つけたぞ!」
一カ所だけ認識できない場所を見つけると、ヴィシュは天高く跳躍する。
空中で拳を引くと、着地と同時にスキル爆砕拳を放った。
ズドンッと衝撃が空気を振動させると、直径五mにも及ぶクレーターができあがっていた。
右の拳はグランダルの背中を貫通し、地面へと深々と突き刺さっている。
ゆっくりと拳を引き抜くと、グランダルの生死を確認した。
「死んだか。もう少し楽しみたかったのだがな……やはり我を満足させるのは真一だけかもしれぬな」
ヴィシュはグランダルの死体を置いて、その場から移動を始める。
◇
「ふっ! たぁっ!」
紅き槍を巧みに操るフレアは、敵兵に囲まれながらも果敢に攻めていた。
彼女の周りを二本のミスリルの槍が旋回し、攻撃に防御と自由自在に動きを変える。血飛沫を全身に浴びた姿は、まるで紅き戦乙女である。
「がるるるるっ!」
風のごとく疾走するペロは、すれ違う敵兵の首をいともたやすく掻っ切る。手甲を装備した拳は鎧をぶち破り、内部へ熱と衝撃を叩き込んだ。ペロを見た帝国兵は白き悪魔などと口々に叫ぶ。
いつしか二人の周りからは敵はいなくなった。
「ペロ様、どうやら敵は私たちを諦めたようですね」
「うん、でもまだまだ油断は出来ないと思う。ベゼルみたいな相手が出てこないとも限らないからね」
ペロはそう言って鼻をスンスンと鳴らす。
先ほどから風に乗って香水の甘い香りが感じられるからだ。
こんな戦場に香水などと、どう考えても不自然である。
「ペロ様!」
フレアが叫ぶと、二人はその場から飛び退いた。
直後に上空から落下してきた何者かによって、地面は大きくえぐれてしまう。
「避けるなんて失礼よ。ちゃんとアタシの攻撃を受けなさい」
土煙から現れたのは斧を持った女だった。
紫のショートヘアーに、頭部には羊のような角が生えている。
容姿は整っており、両耳につけられたイヤリングが蠱惑的に見せる。
身に纏うは金の装飾が施された軽装備であり、さらけ出された腹部が妖艶にすら見せる。
「何者だ? その姿から察するに雑兵ではないのだろう」
フレアは槍を構えつつ女へ質問する。
「アタシはエステント帝国皇位継承権第二位のレゼナ・ドラグニルよ」
「皇族か、ならば相手に不足はなし。私がすぐに地獄へ落としてやろう」
「待ってフレアさん」
攻撃に移ろうとしたフレアをペロがすぐに止めた。
彼の鼻はもう一人を感じ取っていたのだ。
「よっと!」
どすんとレゼナの近くに何者かが着地した。
見た目は少年であり、紫の髪の毛は天然のパーマなのかくるくると渦を巻いている。頭部からは角が生えており、容姿はあどけない幼子にしか見えない。
身に纏うは深緑の鎧であり、金で装飾されたそれは位の高さを表しているようであった。
「ネルも来たのね」
「まぁね、僕好みの相手が居たから、姉様に奪われる前にと思ったんだけど……先を越されちゃったかな?」
「貴方はあの女が目当てでしょ? アタシはあのわんちゃんよ。奪い合う必要はないわよね」
「なーんだ、姉様はあの犬か。じゃあいいか」
レゼナとネルは不敵な笑みを浮かべて、それぞれが戦いたい敵と相対する。
フレアにはネル。ペロにはレゼナだ。
「ペロ様、お一人で大丈夫ですか?」
「心配ないよ。僕だってこの日のためにお父さんと一緒に鍛えてきたんだ。フレアさんこそ気をつけてね」
「分かっています! ペロ様の為に、すぐにあの敵を血祭りに上げますね!」
フレアの言葉にペロは「う、うん……」と小さく返事をした。
そして、二人は気を引き締める。
最初に戦いを始めたのはネルとフレアである。
ネルの武器である大鎌が、フレアの首を刈ろうと高速で振られる。
ギリギリで避けると、今度はフレアが鋭く槍を突き出した。
「ほいっ! お姉さんなかなかやるね!」
フレアの一撃を危なげもなく躱すと、互いに距離を取って間合いをはかる。
「子供が戦場に出てくるとは、帝国はそこまで腐っていたか」
「ああ、お姉さん勘違いしているよ。こう見えて僕は三十二歳だからね? 見た目が子供だと思っていると痛い目に遭うよ」
「その姿で三十二歳だと? ふざけているのか」
フレアは跳躍して槍を振り下ろす。
ネルは地面を転がって回避すると、起き上がりに大鎌を振るう。
甲高い音と共に、フレアの周りを漂っていた槍が鎌を防いだ。
火花が散り、ギリリッと槍と大鎌が競り合う。
「もらった!」
宙を浮くもう一本の槍がネルへ射出された。
すぐにネルは軽やかにバク転して槍を避ける。
「お姉さんヒューマンじゃないよね? 腕が四本だし、飛んでいる槍は固有スキルで操っているのかな?」
「それがどうした」
「僕って珍しい種族の女性が大好きなんだ。お姉さんは美人だし強いから、ぜひ僕のコレクションとして欲しいな」
「断る。あいにく私はペロ様一筋だ。モフモフがない人間の男など興味はない」
フレアは再び攻撃を開始した。
ネルへ肉薄すると連続突きを繰り出す。
「わっ! っつ! たっ!」
バックステップで連撃を回避すると、追撃に空から二本の槍が降ってくる。
それもバク転で避けると、今度はネルが攻勢に出た。
小竜息である。口から火炎が噴き出され、フレアを焼き殺そうと放射される。
「念動力!」
フレアの目の前に見えない壁が創り出される。
炎は壁によって弾かれ彼女までは届かなかった。
「すごい! ますますお姉さんを欲しくなったよ!」
ネルはスキルを発動させると、全身に深緑の鱗を生やした。
顔はドラゴンに近くなり、お尻からは尻尾が生える。
スキル竜化である。
「お前もハイドラゴニュートなのか」
「よく知っているね。そうだよ、僕はハイドラゴニュートのネル・ドラグニル。皇位継承権第五位であり、兄弟の中で最も竜化スキルと相性が良いんだ」
「相性か……ベゼルでもそこまでは姿を変えなかったな」
「あれ? ベゼル兄様を知っているの? じゃあ話が早いや。僕はあのベゼル兄様より強いからね」
フレアは内心で動揺する。
真一が手こずった強敵よりも強いとは思っていなかったからだ。
もし本当にそうなら、無傷では勝てないかもしれない。
彼女の額から一筋の汗が流れた。
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