七十九話 連合軍VS帝国軍1
地平線から現れた膨大な数の兵は、待ち構えていた連合軍と交戦を始めた。
三十万の帝国軍と四十五万の連合軍の激しい戦いは、いつしか乱戦へと突入する。
「エルナ! 状況は!?」
「連合軍がわずかに押してるわ!」
真一は次々に目に入った敵兵を斬り殺す。
エルナはドラゴニュートの攻撃を避けつつフレイムボムを放った。
乱戦となった戦場では敵味方が入り乱れ、地面には大量の死体が散乱していた。
武器を打ち合う音に怒声と悲鳴。
咲いていた花々は踏みつぶされ、血によって紅く染まった。
巨躯を誇るドラゴニュートは、数十人を相手にしようと勇猛に武器を振るう。
対する連合軍の兵士も、種族的な特性を生かしつつ数で押し返していた。
そんな中、一部の者達が帝国軍へ猛威を振るっていた。
「振り落とされないでねフレアさん!」
「もちろんです! ペロ様のモフモフから離れるなどあり得ません!」
ペロが狼のように戦場を疾走する。
背中にはフレアを乗せており、すれ違うたびに敵兵の首を槍で切り落としていた。さらに彼らの周囲には二本のミスリルの槍が浮いており、背後から近づこうとしても一瞬にして串刺しにされてしまう。
戦場で爆発が起こる。
クレーターの中心では一人の男が白い煙を纏いながら立ち上がった。
「ぐはははははははははっ! 愉快愉快! 本当に戦いとは我の血をたぎらせてくれる!」
炎神の籠手を装着した獣王は軽やかに駆け出すと、帝国兵が集まるど真ん中へと拳を突き出した。それだけで籠手から発する爆炎が敵兵を吹き飛ばす。
地面に拳をたたきつければ、爆発と衝撃がクレーターを形成した。
圧倒的強者に、敵兵は背中を見せて逃げ始めた。
「ライトニングサンダー!」
エルナの杖から紫電が走る。
直撃した敵兵は黒焦げとなって地面に倒れた。
「真一時間を稼いで!」
「分かった!」
真一はエルナへと近づいてくる敵を切り下す。
押し寄せる膨大なドラゴニュートを彼はたった一人で押しとどめていた。
振り下ろされる多数の剣をブルキングの剣が刹那に切断する。
スキル竜斬波を発動と同時に横薙ぎに一閃。体が真っ二つとなった死体が一度に数十と量産される。
その様子を見ていた敵兵は恐怖から一斉に後退する。
「出来た! これが私のオリジナル魔法”
エルナの周囲に水の鮫が十匹ほど創り出された。
全長は五mほどもあり、口には鋭い歯が並んでいた。
鮫は空中をゆっくりと泳ぎ出すと、近くに居た敵兵を瞬きほどの時に食いちぎる。鮫たちは獲物探して戦場を自由に泳ぎだした。
「あれがオリジナル魔法なのか?」
呆れた顔で真一はエルナへ質問する。
反対にエルナは大きな胸を突き出して自信満々に答えた。
「砂漠で見たサンドシャークからアイデアが浮かんだの。私の魔法すごいでしょ」
「いや、もっと大きな魔法を期待していたのだがな……」
「あのね、魔導術ってすごく大変なのよ? ピスケスだけでも魔力と精神力をごっそり奪われるんだから」
「そうなのか。それは悪かった」
二人が会話をしている間も、鮫は帝国兵だけを狙って攻撃を続ける。
いつしか透明な鮫は血によって紅く色を変えていた。
「態勢を立て直せ! 魔導部隊は援護しろ!」
ルアン将軍は兵へ指示を飛ばす。
遠距離攻撃を得意とするエルフは、弓と魔法でサポートを続けていた。
力では圧倒的にドラゴニュートが上だと理解している彼らは、前線で戦う獣人とドワーフを助けるために懸命に矢と魔法を撃ち続ける。
「おりゃぁ! 三十人目! こっからが勝負だ、てめぇら気を抜くな!」
グリル将軍が敵兵の一人を斧で斬り殺すと、すかさず味方の兵に声をかける。
ドワーフたちは重装備に身長の低さを活用し、密集隊形で帝国兵へと攻勢をかける。さすがのドラゴニュート達も、足下からの攻撃に四苦八苦していた。
「王が最前線で戦っておられる! 我らも先へ進むのだ!」
ジャギ将軍の号令により、獣人の兵は解き放たれた獣のように牙をむき出しにした。その様子はもはや人と人の争いではない。
敵兵に数人の獣人がしがみつくと、動脈を狙って噛みつく。
素早い者は研ぎ澄まされた爪で切り刻み、力に自信のある者はドラゴニュートと正面からぶつかり合った。
「僕らは翼を授かりし翼人だ! アドバンテージを生かせ!」
ヒサン将軍率いる翼人は空を自由自在に舞い、急降下と同時に槍で突き殺した。
攻撃範囲は戦場の全域にまで達しており、エルフからの遠距離攻撃を避けつつ一人ずつ確実に仕留めていた。
「全軍距離を見極めろ! 前線に近づくと、三種族に巻き込まれて死んでしまうぞ! 出来るだけ中距離を維持しろ!」
エドナーの指示にヒューマンの軍は、距離を見計らいながら攻撃を続けていた。
戦うは獣人とドワーフの壁を突破した敵兵である。
エルフの支援攻撃に助けられながら、数で押しつぶす作戦を展開していた。
「ちっ、奴はどこへいったんだ」
「もっと前の方じゃありませんこと? 焦っても良い結果は得られませんわよ」
「分かっている」
フードを深くかぶった二人組が、ドラゴニュート相手に圧倒していた。
一人は剣を握り目にもとまらす速度で敵を斬り殺す。
もう一人は杖を巧みに操り、隙を突いて魔法で仕留める。
彼らは王国軍に同行してきた冒険者である。
一般的に冒険者が戦に参加することは禁じられてはいない。
もちろん無報酬の参加になるのだが、冒険者は戦果を上げることで多額の報酬を国から得られる事となっている。
今回の戦いでも、十数人の王国の冒険者が参加していた。
「奴には借りがあるからな。絶対に返すぞ」
「そうですわね。私もあの女には借りがありますもの」
二人は互いに口角を鋭く上げた。
◇
「状況は?」
「はっ、我が軍は徐々にですが押されている模様です。このままでは負傷者が二割に達するかと」
参謀の報告を受けて、テーブルに足を乗せていたガエンが姿勢を正す。
この場には長男のガエンに次男のグランダル。長女のレゼナに四男のネルの四人が集まっていた。いずれもワインを飲みながら無表情である。
「今回の作戦は兄上が全責任を負うことになっているはず。全滅ともなれば、ただでは済まないのでは?」
グランダルはワイングラスをテーブルに置きながらガエンへと話しかけた。
わずかにだがガエンの眉がぴくりと動く。
「じゃあアタシが皇位継承権第一位になるのかしら? 負けて帰ってくるような息子をお父様は許さないものね」
レゼナはグラスの中を覗きながらささやく。
ガエンは小さく舌打ちした。
「だから僕が全軍を指揮するべきだって言ったのに。次の皇帝は僕が一番相応しいって事をもっと理解しないとさぁ」
ネルはテーブルに出されているチーズをつまむと、口の中へぽいっと放り込む。
三人の言葉にガエンはテーブルを拳でたたき割った。
「そこまで言うのならば戦果を上げて見せろ! それぞれの軍の指揮官はお前達のはずだぞ! 即刻連合軍を潰してこい!」
粉砕されたテーブルを見ながら、三人は苦虫を潰したかのような表情を浮かべる。
彼らは兄弟ではあるが同時にライバルであり、それぞれが次の皇帝は自分だと考えているのだ。ガエンに命令されるのは耐えがたい苦痛だった。
「……まぁいい、今回は私と兄上の力の差を思い知らせてやるさ」
グランダルは部屋から出て行く。
「アタシが大将首をとっても兄様の手柄にはさせないから。アタシの戦果はアタシのものよ」
レゼナが部屋から出て行く。
「僕が一番皇帝に相応しいってはっきりさせてあげるよ。ああ、でも偶然僕の攻撃に当たって兄様や姉様が死ぬこともあるかもしれないけど、仕方のないことだよね? ふふふ」
ネルが部屋から出て行く。
「どいつも頭の中は皇位継承のことばかりか。戦に負ければそれどころではなくなると言うのにな。愚かな奴らだ」
ガエンは呆れたように呟いた。
その様子を見た参謀が口を開く。
「殿下、今後の動きはどうされますか?」
「負傷者が三割に達した時点で撤退だ。父上から預かった兵をこれ以上減らすわけにはいかないからな」
「……承知いたしました」
「心配するな。あの三人が出た時点で、この戦いは勝ったも同然だ。連合軍などと言っているが所詮は寄せ集め。統率する指揮官が消えた時点であっけなく崩壊するだろう」
ガエンは勝利を予感していた。
◇
おいらは心底ぶるった。
これほど帝国軍の兵士に志願したことを後悔したことはない。
最初は兵士になればお金が沢山もらえると考えていた。
それにドラゴニュートが強いって事は常識だから、おいらはこの戦争はすぐに終わると思ったんだ。
けど実際はそんなに甘くはなかった。
帝国を除く五カ国が徒党を組んで、おいらたちドラゴニュートに対抗してきたんだ。
それでもおいらや他の兵士達は勝てるだろうって笑った。
勝てると思っていたんだ。
「勝てるわけない……」
おいらは剣を握ったまま棒立ちになっていた。
あれだけ沢山居た兵士達が山積みとなって地面に転がっていた。
惨状を創り出したのは二人の男女。
一人は黒いローブを身につけたヒューマンの男に、もう一人は杖をもった超美人のエルフの女だった。
おいらが怖かったのはヒューマンの男だ。
銀髪に血のような紅い目。
握っている黒い剣は、切った相手の魂を吸っているかのように禍々しく存在を主張する。近づく敵は振り返りもせずに首をはね、その顔にはどんな感情も浮かびはしない。
「ひっ……」
男はいつしかおいらの前に来ていた。
一回りも二回りも小さく、どこから見てもただのヒューマンしか見えない。
けど、その顔は氷のように冷たくも美しい美青年だった。
おいらは腰が抜けて地面に座り込む。
「んん? なんだ、戦う気はないのか?」
「ああ、あああ…………」
震えが止まらない。
それに股間からは温かい水が漏れ出る。
田舎に母ちゃんを残して出てきた事を何度も後悔した。
母ちゃんごめん。おいら死んじまうよ。
「うわっ、この人漏らしてる……」
「う、うむ……殺すのは可哀想かもしれん」
ヒューマンの男とエルフの女は、おいらを見て苦笑する。
もしかすると、おいらの醜態を笑ってから殺すのかもしれない。
やはり悪魔のような男だ。おいらは心の底から恐怖した。
「こんな奴はどうでも良い。先へ急ぐぞ」
「分かったわ」
震えるおいらを二人は放置した。もしかすると助かったのかもしれない。
周りを見ると、五体満足で生きているのはおいらだけだった。
数百人もの帝国兵の死体が散乱し、中にはまだ生きているだろう者がうめき声を上げていた。
おいらの股間からどばぁぁと更なる放出がなされた。
全て出したと思っていたけど、まだまだ溜まっていたようだ。
「そ、そうだ! 早く逃げないと!」
おいらはすぐに立ち上がると戦場を駆け出す。
もう一秒もこんな場所に居たくない。
田舎に帰って母ちゃんの畑の手伝いをするんだ。おいらもう兵士なんてやめる。
「そこの貴方、どこへ行くつもりかしら?」
後ろから声をかけられ立ち止まる。
振り返るとそこには斧を持った女性が立っていた。おいらはすぐに女性の正体に気が付く。
「レ、レゼナ様! どうしてここに!?」
「アタシがどこにいようとアタシの勝手でしょ? ところで貴方、どこに行こうとしているのかしら?」
おいらは再び震え出す。
帝国では敵前逃亡は重罪だ。見つかれば間違いなく投獄、もしくは死刑である。
特にレゼナ様は反逆者には厳しいことで有名である。どう考えても許してもらえる相手ではない。
「も、漏らしたので着替えてこようかと……」
「え? ああ、盛大に濡らしているわね」
「そうなんです! だから一度テントに戻って服を着替えようかと考えたのです!」
「なるほど。よく分かったわ」
おいらは「それでは!」と言いつつ、レゼナ様から逃げようとした。
だけど、おいらの視界はぐるりと回転する。
地面が頬につくと、ドサリと頭部を失った体が目の前に倒れた。
アレ? 動けないぞ?
「貴方馬鹿? どこの世界に、戦場で漏らしたので着替えてきますなんて言葉を信じる人がいるのかしら。アタシを騙すのならもっとマシな言葉を言いなさい」
視界に斧を握ったレゼナ様が映る。
刃には血が滴っており、おいらには何が起きたのかよく分からなかった。
次第に意識は薄れてゆき、ぷつりと切れた。
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