七十八話 とうとう帝国が攻めてきた
アーリア平原で本陣を構えてすでに一週間。
じきに帝国軍が到着すると言うが、連合軍の中ではトラブルが続出していた。
他種族が一カ所に集まると、どうしても不満が噴出する。
エルフとドワーフに獣人と翼人。四種族から蔑まれるヒューマン。
長い歴史でできあがった種族同士の確執は、簡単に解決するものではない。
「もう耐えられん! ドワーフ共の毎晩の宴会をどうにかしてくれ!」
「ざけんなよ! おれたちぁ、酒がねぇと生きてゆけねぇんだよ! 森に引き込もっているおめぇらにゃあわかんねぇだろうな!」
会議の席でルアン将軍とグリル将軍がにらみ合う。
それだけなら良いが、隣を見るとジャギ将軍とヒサン将軍が言い合いをしていた。
「腕試しという理由で、僕の部下を痛めつけるのはやめてくれないか! すでに数人のけが人が出ている! これだから獣人は脳筋種族と呼ばれるんだ!」
「空を飛ぶだけしか能がない翼人がどの程度か見てやっただけだ。力のないものに我らナジィ軍の背後を守らせるわけにはいかないからな」
そんな中、エドナーは無表情で会議を見守っていた。
瞬きもせず微動だにしない。さすがは公爵家近衛騎士。
が、耳を澄ますといびきが聞こえる。
よく見ればまぶたに目を描いているだけではないか。
「起きろエドナー!」
「ふぁ!? なんだ敵襲か!?」
椅子から転げ落ちると、キョロキョロと周りを確認する。
喧嘩に居眠りとは、これでは帝国に勝てる気もしない。
「いい加減にしろ!!」
儂は独裁力スキルを発動し、テーブルを叩いた。
会議室の中はぴしゃりと静まりかえる。
「帝国との戦争が本格的に始まるというのに、統率するべき将軍達がこのざまとは儂は情けないぞ!」
儂の言葉に五人は力なく項垂れる。
分かってはいるのだろう。分かっているが我慢できない。
彼らの言葉なき言葉は儂に伝わってくる。
ジャギ将軍が顔を上げて儂に話しかける。
「我らが不協和音なのは、やはり総指揮をとる貴様に力がないからではないのか? 我らが王である獣王様ならこのようなことはなかったはずだ」
彼の言葉に各々「女王様が指揮をとれば」などや「ドワーフ王ならこんなことはねぇな」などと賛同した。
結論を言うと儂が総指揮なのが気にくわないと言うことなのだろう。
責任転嫁もいいところだ。
「全員表へ出ろ!」
儂は連合軍本部テントから出て行く。後に続いて五人も渋々出てきた。
人を束ねる者とは舐められたら終わりだ。少し遅くなってしまったが、ここできっちり力関係をはっきりさせておいた方が良いだろう。
本営では無数のテントが並び、それぞれの兵士が武器を磨いたりと時間を潰している。
もうじき帝国との戦いが迫っているせいか、全体的に緊張した空気が漂っていた。
誰もがそのせいでイライラしている感じだ。
儂らはそんな本営の広場へと来ると、多くの兵士達から視線を向けられた。
「五人とも儂を倒すつもりでかかってこい」
振り返って五人の将軍へ言い放つ。
誰もが驚いたように目を見開いた。
「いいのか? 獣人の中でも俺は相当に強いぞ?」
ジャギ将軍が一歩前に進み出ると、ぎらりと獰猛な気配を滲ませた。
暗に”俺に負けても知らないぞ?”と言いたいようだ。
「構わん、かかってこい。儂に勝てば総指揮の座も譲り渡してやる」
「ほぉ、それはいい。俺は常々、連合軍を統率するべきは獣人だと考えていたのだ。獣王様の命令に逆らうことになるが、やむ得なかったことだと必ず納得してくださるだろう」
儂とジャギは拳を構えて間合いをはかる。
周囲では連合軍の兵士が集まりだし、儂らの様子を見物し始めた。
王国軍兵士は固唾をのみ、ナジィ軍の兵士はニヤニヤと笑っている。
「行くぞ田中真一」
「いつでもこい」
ジャギが素早い動きで回し蹴りを放つ。
儂はギリギリで避けると、奴はそのまま後ろ回し蹴りへと動きを変えた。
首を狩るような足を、またもや紙一重で避けると再び回し蹴りだ。
足は避けるたびに遠心力で勢いは増してゆく。
後ろへ下がり続ける儂は隙を狙っていた。
「やはり手も足も出ないか! ヒューマン嫌いの獣王様へどうやって取り入ったかは分からないが、俺は貴様の実力をすでに見抜いていた!」
ジャギは蹴りが得意なのか、独楽のように回転しながら儂を追いかけてくる。
実際に腕よりも足の方が力は強い。
当たればそれなりのダメージを負うことになるだろう。
そう当たればだがな。
「ふんっ!」
儂は奴の軸足を足で払う。
回し蹴りはともかく、後ろ回し蹴りは必ず背中を見せるのだ。
タイミングさえ見極めれば、地面に転がすのはたやすい。
「ぐっ、まだだ!」
転んだジャギはすぐに立ち上がろうとする。
だが儂がそのまま何もせず、ぼーっと見ているわけがない。
素早く奴の足と儂の足を絡めると、四の字固めをお見舞いする。
「いだだだだだだっ!?」
「くくく、ギブアップすれば許してやるぞ」
「ギ、ギブアップ! ギブアップする!」
ジャギを解放すると、悔しそうな顔を見せた。
獣王と殴り合ったような、勇猛な腕試しを奴は想像していたのだろう。
あいにくそれをすると、ジャギ程度の者では一発KOだ。
将軍としては面目丸つぶれになってしまう。儂のせめてもの情けである。
「一人リタイヤか。面倒だ、四人とも同時にかかってこい」
「ほ、本気で言っているのか? 我々は将軍だぞ?」
ルアン将軍が額から汗を垂らして驚愕する。
他の三人も武器に手を添えてはいるが、どことなく尻込みした感じだ。
ジャギとは違って、それなりに実力を見抜く目は持っているのだろう。
「来ないならこっちから行くぞ」
儂が動き出すと、三人は武器を抜いてかけだした。
まず最初はヒサンだ。
翼を広げて宙に舞うと、槍を構えて急降下する。
翼人としての特性を生かした良い攻撃だ。ただし、攻撃の隙が大きすぎる。
儂は突き出された矛先を素手で掴むと、槍を握ったヒサンごと地面へたたきつけた。
「あぐっ!?」
気絶するヒサン。これで二人目がリタイヤだ。
次にかかってきたのはグリルだ。
太く頑丈な斧を儂に向かって横薙ぎに振る。
やはりこの攻撃も隙が多い。予備動作だけで昼寝が出来そうだ。
斧を下からの蹴りで跳ね上げると、がら空きとなった腹部へ抉るようなボディーブローを喰らわせる。
「へぐぁっ!?」
地面に倒れたグリルを目の端で捉えつつ、隙を狙って繰り出されたルアンの剣撃を避ける。
彼の得物は細剣のようだ。
柔軟にして鋭い切っ先はピンポイントで急所を狙う。
儂は避けるまでもなく、鋭い突きを胸で受けた。
装着していた胸当ての鉄板は貫かれ、切っ先は儂の心臓の真上に突き立つ。
だが、細剣は儂の皮膚を穿つことはできなかった。
それもそのはず、切っ先は皮膚で止まっているのだからな。
「くそっ! なんて堅さだ! 本当にヒューマンなのか!?」
儂は細剣を握ると、ルアンをぐいっと引き寄せて顎先へ一発入れる。
彼はいとも簡単に気絶してしまった。
「さて……最後は一人か」
エドナーを見ると、彼は剣を抜く事もなく両手を挙げていた。
降参のポーズだ。
「儂が指揮をとることに文句はないのか?」
「いやいや、俺たち王国軍は助けてもらう立場だからな。感謝はあっても文句はないさ。それに四種族の将軍をぶっ倒してしまう君と、正面から戦う勇気はない」
正直な男だ。それに一番場をよく見ている。
四人の将軍を先に戦わせ、勝てるチャンスを探っていたのだろう。
ヒューマンらしいと言われればそれまでだが、こういう人物が戦場では生き残るような気がする。
儂は剣を抜くと、天に掲げて宣言する。
もちろんスキル独裁力は発動中だ。
「全兵士に告ぐ! 我らは意思を共にする同志である! 帝国を打倒し、世界に平和を取り戻すために集められた戦士だ! 種族の違いはあろうと、その身に宿す魂に違いなどはない! 我らは同じ誇りを胸にここに居るのだ! 儂についてこい! 必ずや栄光を見せてやる!」
兵士達は儂の言葉にうぉおおおおおおおおおっ!!と歓声を上げた。
スキルの力が彼らの心を鷲掴みにしたのだろう。
あっという間に「ホームレス! ホームレス!」と兵士からコールが始まる。
有頂天になった儂は高笑いする。
「獣王様がお見えになったぞ!」
ナジィ軍から聞こえる声に、儂は後ろを振り返る。
いつの間にか腕を組んだ獣王が仁王立ちしていたのだ。
「数週間ぶりだな!」
「うむ、獣王も元気そうでなにより」
儂らはハグをする。すでに数年来の親友のような感覚だ。
しかし、どうして獣王がこんな場所に居るのだろうか?
質問をする前に獣王から事情を話し始めた。
「帝国との戦いは将軍と真一に任せようと思っていたのだが、どうも血が騒いでしまってな。妻と民を説得して急いで駆けつけたというわけだ」
「それは嬉しい話だ。儂も獣王が出てこないことを残念に感じていた。獣王ほどの力を持つ者が参加となれば、この戦いは勝ったも同然だな。よく来てくれた」
儂と獣王は互いに笑みを浮かべる。
対等の友とはいいものだ。
「しかし、真一は不思議な男だな」
獣王はそう言いつつ連合軍の兵士達を一望する。
種族の違う兵士達が、儂の鼓舞によって闘志を漲らせていた。
「不思議とは?」
「これほどの王としての力を持ちながら、ただの冒険者というのだから信じられん。本当はどこかの王族ではないのか」
「ばかばかしい。儂はただのホームレスだ。それ以上もそれ以下でもない」
ばさり。
空から翼人の兵士が舞い降りた。
着地と同時に儂の前で片膝をつくと、偵察から得た情報を報告する。
「ここより二十キロ先に帝国軍を確認いたしました! 数時間もすればここへ到着するかと!」
連合軍本営がざわつく。とうとう帝国のお出ましだ。
儂はすぐに命令を出す。
「全軍陣形を作れ! 各将軍は儂からの指示があるまで進撃はするな!」
「「「「「はっ!」」」」」」
本営の中は慌ただしくなる。
横を見ると、いつの間にか獣王は居なくなっていた。
ここへ来たときにすぐに気が付いたが、獣王は武器として炎神の籠手を装備してきている。実力に装備を考えると、心配する必要は皆無だろう。
「真一」
エルナ達がやってきた。
一応だが三人も戦うことになっている。
儂としては危険な目に遭わせたくないという気持ちもあるが、そんなことを言っていては冒険者なんて危険な仕事はこなせない。
なので共に最前線で戦ってもらうつもりだ。
それに離れて戦うより、儂の近くに居た方が助けやすい。
「三人とも準備は良いか?」
「バッチリよ! 大魔導士エルナの名前を帝国に刻んであげるわ!」
「うん、大丈夫だよ。僕とフレアさんで沢山練習したから」
「はぁはぁ、とうとうペロ様と戦場デビューですね。ドキドキしてキュンキュンします」
勝手に興奮するフレアは無視する。
エルナもペロも準備は万端のようだ。
「行くぞ!」
儂らは帝国と決着を付けるために、戦場へとかけ出した。
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