七十七話 連合軍結成


 王国へ戻ってきてから一ヶ月が過ぎた。

 儂は毎日、畑仕事や冒険者業をこなしている。

 特にこれと言ったニュースもなく、のんびりとした日々を送っているのが現状だ。


「ふぅ、結構なお手前だ」

「カタカタ」


 儂は床の上にそっと茶碗を置いた。

 茶を淹れたスケ太郎はすっと一礼する。

 部屋の中には緊張と緩和が混ざり合い、独特の空気が醸し出されていた。


 ここは二十三階層の竹林にある茶室だ。

 分身が儂の居ない間に造ったようで、最近では暇になるとこうしてスケ太郎に茶を淹れてもらっている。

 室内を見ると土壁が古き良き日本の空気感を再現しており、故郷に帰ってきたような錯覚さえ起こす。一応だが掛け軸もかけてあり、ペロ直筆の『肉を食べたい』という荒々しい文字が儂の心を和ませてくれる。

 床は残念ながら木製である。畳の材料であるい草が見つからなかったせいだ。

 それでも和の雰囲気の中で飲む茶は格別。


「お茶苦い……」


 儂の隣で茶を飲むペロは、ちびちびと進みが遅い。

 見た目は青年だが、中身はまだまだ子供だ。茶の美味しさは分からないだろう。


「あ、いたいた。またこんなところでお茶を飲んでいるのね」


 エルナが扉を開けて入ってきた。

 スケ太郎はすぐにお茶を準備する。


「私はいらないわ。そのお茶って苦手なの」

「カタカタ」


 顎を鳴らしたスケ太郎は少し残念そうだ。

 彼が淹れた茶を飲むのは儂だけだからな。ペロもエルナもフレアも抹茶はあまり好きではない。


 こうして儂が抹茶を気軽に飲むことができるようになったのは、それなりの苦労をしたからである。

 茶葉は元々王国内で作られていたので入手は簡単だったのだが、問題は抹茶の作成法だった。記憶を手探りで何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく抹茶を完成させることが出来たのだ。

 日本で飲んだものと比べると風味などは落ちてしまうが、それでも異世界で茶が飲めるというのは大きな前進。和の精神は日本人の心なのだからな。


「真一、こんなところでお茶を飲んでいる場合じゃないわよ」


 エルナの言葉に儂は首をかしげる。

 飲んでいる場合じゃないとはどういうことだろうか?


「来たのよ!」

「来た? 何が来たのだ?」

「四カ国の軍がマーナに来たの! しかも軍の代表者が街で真一を探しているのよ!」


 ああ、なるほど。もうそんな時期か。

 もう少し遅くなると思っていたのだが、各国の王は急いで派兵してくれたようだ。


「ではマーナへ行くか」


 ペロやエルナを連れて茶室を出ることにした。



 ◇



 儂らがマーナへ行くと、街の近くには数え切れない兵士が整列していた。

 全体で見ると四つに分かれており、エルフにドワーフに獣人に翼人で構成されている。

 考えるまでもなく各国の派兵した軍なのだろう。


 街の入り口ではフレアが、鎧に身を包む四人の男性と話をしていた。


「心配は無用だ。もうすぐ田中殿は来る」

「それならば良い、我々は田中真一の指揮下に入れと命じられて来ているのだ。会えなくては非常に困る」


 各国の将軍だと思われる四人の男は、いずれも相当な実力者だと見て取れた。

 彼らは正確には王国の為に来たのではない。儂との友好のために派兵されたのだ。

 つまり各国の王が、儂を助けるために個人的に兵を送ったと言うことである。

 結果的に王国を救うのだから問題はないだろう。


 儂はフレアと四人の男へと近づいた。


「田中殿! よかった! 早く将軍達と話をしてくれ! 私では荷が重すぎる!」


 フレアは儂を捕まえると、四人へグイグイと押し出す。

 元騎士の彼女でも、四人もの将軍を目の前にすると緊張してしまったのだろう。

 早く私をここから解放してくれというオーラがにじみ出ていた。


「貴殿が田中真一殿か?」


 鎧に身を包んだエルフの男性が声をかけてくる。

 儂は「そうだ」と返事をすると、彼は一礼してから自己紹介を始めた。


「私はサナルジア大森林国において将軍を務めているルアンという者だ。女王陛下より貴殿を助けよとの命を受けている。たった今より貴殿の指揮下に入りたいと思うのだが、不都合はないだろうか?」

「問題はない」


 次に鎧姿の男性ドワーフが話しかけてくる。

 身長は低いが筋肉は張り裂けそうなほどだ。並々ならぬ雰囲気を漂わせていた。


「おれは岩石国のグリル将軍だ。陛下からおめぇに協力しろって言われてきた。おれらドワーフがつえぇって事を見せてやるぜ」

「よろしく頼む」


 次は虎耳の男だ。

 体格は大柄であり、腰には曲刀を装備している。

 眼光鋭く子供が見ると泣いて逃げるほどの強面である。


「……俺はジャギ。陛下から貴様の指揮下に入れと言われた。今回だけ命令を聞いてやる」

「そうか、では頼んだぞ」


 最後に翼人の男だ。

 腰まである黒の長髪に、将軍とは思えないほど軽装備だ。

 顔はハサンとそっくりである。


「僕は聖教国で将軍をさせてもらっているヒサンだ。ハサンの弟と言えばわかりやすいかな?」

「おお! ハサンの弟なのか! 聖教国ではずいぶんと世話になった!」

「兄も君にお世話になったと言っていたよ。とりあえず陛下からは君の指揮下に入るように命令されているからよろしく頼むね」

「うむ、よろしく頼む」


 自己紹介が終わり、将軍達と儂で話し合いを行う。

 いわゆる作戦会議と言う奴だ。

 街の外へ出ると、適当な場所で腰を下ろして地図を開く。

 エルナ達も一応だが近くで話を聞くようだ。


「先に行っておくが、儂はただの冒険者だ。戦術や戦略には期待しないでもらいたい」


 四人は最初から分かっていると頷く。

 指揮官とは言うが、実際は各将軍が現場の判断をしてくれるそうだ。

 つまり儂のすることは、帝国を迎え撃つ為の方針を打ち出すことだけである。

 ほとんどお飾りと言っても良いほどだな。

 それでもこの連合軍をまとめる為には、儂が必要なのは確かだ。


 ヒサンが手を上げて発言許可を求める。

 儂は許可を出した。


「ここへ来るまでに、僕らの軍は偵察隊を出していた。その者達の報告では、すでに帝国軍は王国へと行軍を開始しているそうだ。早ければ一週間後には……ここ、アーリア平原へと到達する」


 彼は地図のある場所を指差した。

 そこはマーナからかなり西に行ったところにある、アーリア平原と呼ばれる国境である。

 村もなくマーナからは遠い。迎え撃つには最適な場所ではないだろうか。


「では、アーリア平原で本陣を構えることにしよう。戦いは一週間後とし、それぞれの軍は役割を決めておいてくれ」

「そりゃあいいが、王国はどうすんだ? まさか言い出しっぺのこの国が兵を一人も出さねぇって事はないだろう?」


 グリル将軍は、懐から酒瓶を取り出しながら質問する。

 もっともな疑問だ。そもそも助けを求めたのはこの国なのだからな。

 一切の犠牲も払わずに、他国の兵を壁にするなどあり得ない話。


「心配無用だ。すでに王国軍がこのマーナへ向かっている頃だろう。予定通りならそろそろ到着するはずだ」

「それならいいんだ。ヒューマンの兵でもいないよりは居た方がマシだからな」


 ずいぶんな言われようである。

 事実ヒューマンは弱いのだから言い返せない。

 今回の戦いで、ヒューマンが認められれば嬉しいのだが……。


「貴様はどうするのだ。総大将として今回の戦を高みの見物か?」


 ジャギ将軍が儂に声をかけた。

 やはりその目は鋭く、どこか儂を疑っている感じだ。


「儂も戦うつもりだ。総大将とはいえ所詮は飾りのようなもの。最前線で戦い少しでも犠牲を減らす方が良いと思っている」

「ふん……ヒューマンの貴様が、ドラゴニュート共とどれほど戦えるか見ものだな」


 獣王は儂に友好的だったが、配下は儂の実力を怪しんでいるようだ。

 とはいえいちいち腕試しなどしてられない。

 指示に逆らうようなつもりはないようなので、あえて反論する必要もないだろう。


「私も一つ良いか?」


 ルアン将軍が挙手をする。

 儂は発言を許可した。


「もし帝国の聖獣が出てきた場合はどうするか考えているか?」

「聖獣か……儂はあまり詳しくないのだが、帝国の聖獣は強力なのか?」

「伝え聞く限りではかなりだ。我が国の御神木様ほどではないが、現存する聖獣の中でもトップクラスの強さを誇るとみて良い」

「それは不味いな」


 儂は思考を巡らせる。

 こちらにはペロやスケ太郎がいるとはいえ、勝てる見込みは薄いように思う。

 相手は悠久を生きている怪物だ。下手をすれば聖獣一匹に連合軍が全滅させられる事も十分にあり得る。


「他国の聖獣を借りることは?」

「無理だな。我が国の御神木様はそもそも動くことはないし、他の三カ国も護りの要である聖獣を動かすことはない。我々でなんとかするしかないのだ」


 各将軍は深く頷く。

 聖獣に聖獣で対抗する案は却下のようだ。

 王国にも強力な聖獣が居れば良かったのだが、遥か五千年前の世界大戦にて、ヒューマンを守護する聖獣は殺されたそうだ。それ以来この国では聖獣は不在らしい。


「分かった。もし聖獣が出てきたときは儂が対処する」

「出来るのか?」

「やるしかないだろう。出来なければ王国は滅びるだけだ」


 将軍達は儂の発言を受けて少し驚いているようだった。

 聖獣はこの世界では偉大なる存在だ。神の使いなどとも呼ばれており、信仰の対象にもなっている。普通なら殺せるとも思わないし、殺そうとも思わない存在なのだ。

 だが、あえて言おう。儂は聖獣だろうと殺す。

 戦う決意とはそう言うことなのだ。


「真一、あれって王国軍の偉い人じゃない?」


 近くに居たエルナが指差す。

 マーナの入り口を見ると、数人の騎士を引き連れて位の高そうな人物がこちらへ歩いてきていた。格好から見て王国の将軍だろうか。


 彼らは儂らの前に来ると、まるで見下すように話し始めた。


「我輩はオルバン将軍である。このたびはローガス国王陛下の王命に従いよくぞ参った。すぐに帝国との戦争のために会議を始めようではないか」


 オルバン将軍と名乗る男は、傷一つないぴかぴかの白銀の鎧を纏い。

 体格は将軍と言い張るには細い印象だ。

 目は細く鼻は高い。その顔はニヤニヤしており、見ていると無性に腹が立つ。


 四人の将軍は儂に顔を向けた。 

 全員が不愉快と言った表情である。

 同時に”この男はなんだ?”と目でメッセージを伝えてくる。


 とりあえず儂らは立ち上がると、代表して儂がオルバンと話をする事にした。


「将軍の言っている言葉には間違いがある」

「……誰だお前は? なぜここに冒険者がいる?」

「儂は田中真一という者だ。今回の合同作戦の総指揮をつとめることになった」

「ああ、使者として依頼した冒険者か。お前の仕事はすでに終わっている。即刻ここから立ち去れ」

「そうはいかない。儂は各国の王から兵を預かると約束したのだ。メディル公爵からは何も聞いていないのか?」


 オルバン将軍は懐から一枚の紙を取り出すと、儂に突きつけるように見せた。

 ローガス国王のにより、各国の王はただちに援軍を送るようにと書かれている。しかも全指揮権は王国にあり、国王が選んだ代表者が全ての責任を負うと記載されていた。


「分かったか? ではすぐに指揮権を私に明け渡せ」


 オルバンは儂を突き飛ばす。

 突然の事態に思わず尻餅をついてしまった。


「ちょっと! 真一に何をするのよ!」


 エルナがオルバンに魔法を使おうとすると、儂は「落ち着けエルナ」と声をかけて止める。

 よく見るとペロやフレアも武器をすでに握っていた。

 仲間想いで嬉しいが、ここは儂が穏便に話をまとめるべきだろう。

 ゆっくりと立ち上がるとオルバンに近づく。


「そんなもの知るか!」


 儂の拳が腹部へめり込む。

 鎧は簡単にへこみ、オルバンは十m近く吹き飛ばされた。

 付き添いの騎士達は「オルバン様!?」と彼に駆け寄り抱き起こす。

 オルバンは白目をむいて気絶していた。


「くそっ! 仕方がない、すぐに王都へ戻って報告するぞ!」


 騎士はオルバンを担ぐと、逃げるようにしてこの場から去って行く。

 後ろを振り向くと、四人の将軍は満足そうな笑みを浮かべている。


「ヒューマンにしておくには惜しい男だな。さすがは御神木様と女王陛下が認めた男」

「ぶひゃひゃひゃ! 良い度胸じゃねぇか! 国に喧嘩を売るなんてそうはできねぇぞ!」

「……少しだけ見直した。ヒューマンにも骨のある男がいたのだな」

「はははっ、気持ちの良いパンチだったね。ギガントワームを倒しただけのことはあるよ」


 オルバンという男に腹が立ったので一発殴ったのだが、四人の将軍も儂と同じ気持ちだったようだ。

 儂に苦労だけ押しつけて、都合の良い部分だけ奪っていこうなど言語道断だ。

 それに儂の信用も丸つぶれである。

 あのようなふざけた王命はこちらから願い下げだ。

 もしかすると、各王へ届けた手紙にもあのような内容が書かれていたのかもしれない。

 そうだとすれば申し訳ない気持ちだ。


 儂らは会議を再開しようとすると、今度はヒューマンの軍が足並みをそろえてやってきた。

 まだ懲りないのかと剣に手をかけると、その中の一人が駆け寄ってくる。


「久しぶりだな!」

「おお! エドナーではないか! 元気にしていたか!」


 儂とエドナーは握手を交わす。

 メディル公爵家近衛騎士の彼が、どうしてこんなところに居るのだろうか?


「ここにオルバン将軍が来なかったか?」

「来たぞ。儂が殴って追い返したがな」


 エドナーは額を押さえて溜息を吐いた。

 やってしまったなと言いたいのだろう。もちろんそれを承知で殴ったのだから、今更驚くことはない。


「まぁいい、将軍は俺に指揮権を委任して王都に帰った。遅れての参加で申し訳ないが、俺たち王国軍も作戦に協力させてくれ」

「儂は別に構わないが、他の軍からは意見はないか?」


 ちらりと四人の将軍を見ると、彼らは好きにしろといった感じだ。

 文句がないのなら王国軍を受け入れるべきだろう。


「決まりだよろしく頼む」

「こちらこそ」


 儂とエドナーは再び握手を交わした。


 こうしておよそ四十五万の連合軍が結成されたのだ。




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