七十六話 家畜場がすごいことになっていた


「やっと帰ってきたわね」

「そうだな。早くペロやフレアに会いたいものだ」


 地平線にマーナが見えていた。

 儂らはようやく王国へと帰ってきたのだ。

 さすがの儂も住み慣れた街を見ると、疲れのようなものがどっと押し寄せてくる。

 旅は刺激も多かったが、慣れない環境での活動はやはり精神負担が大きい。

 結論を言うと我が家が一番と言う奴だな。

 早く腹一杯に飯を食ってベッドで横になりたい。


 だが、家に帰る前にやるべき事が待っている。

 儂らはユニコーンをマーナへ走らせると、領主の屋敷へと向かう。

 まずは旅の成果を報告だ。


 領主との面会はすぐにできた。

 応接間へと通され、期待に満ちた顔の領主と対面する。


「それでどうだった?」

「依頼は達成した。儂は四カ国の王を説得し、派兵を確約してきたぞ。じきに各国の兵がこの国へやってくるだろう」

「そうか、やってくれたのだな。これで王国は滅ぼされる事はなくなった」


 領主はテーブルにあるティーカップを手に取ると、嬉しそうに紅茶を口に含む。

 ようやく不安から解放されたという感じだ。


「言っておかなければならないことがある」

「なにかね?」

「各国は儂を信用して兵を送ると言っていた。つまり、王国ではなく儂を助けるために派兵されると考えられるのだが、その辺りは大丈夫なのだろうか?」


 儂の言葉に領主は黙り込む。

 しばらく考え込むと口を開いた。


「メディル公と私はそうなる可能性も考えていた。避けたい事態だったのだが、この際やむ得ないかもしれないな」

「メディル公爵には儂から報告をした方が良いのか?」

「いや、それは私がやっておこう。君は長旅で疲れているだろう、ゆっくりと休みたまえ」

「それはありがたい。こちらとしても疲れはあるからな。ところで一つ聞きたいことがあるのだが、この国の王族とはどのような者達なのだ?」


 儂がそう言うと、領主の顔が一変する。

 それは嘘がばれてしまった子供のような表情だった。


「……どこから聞いた?」

「サナルジアの女王とダルタンの王からだ。そんなにも嫌われる者達なのか?」

「良くも悪くもあの方達はヒューマンの王族なのだ。私からはこれ以上は言えない」


 やはり評判は良くないようだ。

 領主がこれだけ言葉を濁すと言うことは相当なのだろう。

 できればこれ以上は関わりがないことを願うだけだな。


「それで今回の報酬を払いたい」


 領主はジャラリと金貨が入った袋をテーブルに乗せる。

 大きさから見てかなりの量だ。一応だが中を確認することにした。


「金貨が五百枚もあるぞ。多すぎやしないか?」

「君はそれだけの仕事をこなした。当然の報酬だ」


 金貨五百枚は日本円でおよそ五億だ。

 破格の報酬となったのは、国の危機を救う糸口を掴んだからだろう。

 懐が温かくなるのは嬉しいが、今のところ使い道もないのでこんなにもらっても困りそうだ。

 ただし、エルナには教えないつもりだ。

 どうせ服が欲しいとか言い出すに決まっている。


「では遠慮なくいただく。また仕事があればホームレスをよろしく頼むぞ」


 儂は席を立つと、屋敷の外へと出た。

 外で待っていたエルナは、串肉をモグモグと食べながら街の様子を見ている。

 どこかの屋台から買ってきたのだろう。


「あ、真一。話は終わったの?」

「うむ、報酬はきっちりいただいた。これでようやく家へと帰ることが出来るぞ」

「あー疲れたぁ。早く柔らかいお布団に入りたいわ」

「そうだな、それじゃあ家に帰るとするか」


 儂らはダンジョンへと帰ることにした。



 ◇



 目が覚めると、ペロが儂に抱きついて眠っていた。

 そろそろちゃんとベッドを買ってやらないといけないかもしれないな。

 儂は体を起こすと、身支度を整える。


 昨日は隠れ家に戻ってきてから、ペロとフレアに旅の話を聞かせてやった。

 それに珍しい魔獣の肉なども料理にして食べたので、なかなか楽しいひとときを過ごすことができた。

 現在は午前五時。

 十分に寝たので、畑の様子などを見に行こうと考えている。


 隠れ家を出ると、箱庭の畑へと移動する。

 旅の間は儂の分身がダンジョンに居たし、ペロとフレアも居たのでおかしな事にはなっていないと思うが少しだけ心配だ。


「む、帰ってきていたのか」


 畑へ到着すると、儂の分身が儂を見て動きを止める。

 丁度クワで土を掘り返している最中だったようだ。


「収穫は?」

「問題ない。本体が居ない間は、儂がアーノルドの下へ野菜を届けていた。強いて報告する事と言えば、暇すぎて色々と改造してしまったことだな」


 儂は嫌な予感を感じる。

 分身は儂なので無茶はしないだろうと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。

 儂はひとまず分身にスキル分析をしてみる。



 【分析結果:分身体ホームレス(王種):異世界より転生されたホームレス。筋肉に魅了されており、理想の筋肉像はアーノルドだと考えている。最近は退屈だったらしく、植物をいじることにはまっていた:レア度SS:総合能力S】


【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:分身体ホームレス(王種)

 <ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(初級)、活殺術(初級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(初級)、分裂(初級)、危険予測(初級)、索敵(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(特級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(中級)、超感覚(特級)、衝撃吸収(特級)、水中適応(中級)、飛行(上級)、硬質化(特級)、自己再生(初級)、植物操作改(上級)、独裁力(初級)、不屈の精神(特級)、小竜息(特級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(中級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:分析(特級)、活殺術(上級)>



 儂は自分のステータスを初めて分析した。

 驚くべき事にレア度はSSであり総合能力はSである。ホームレス(王種)とは珍しく強い種族であると考えるべきだろう。

 こうしてみると、儂は恵まれた存在なのだなと納得できる。

 それにしても進化の欄は酷くないだろうか?

 今まで見てきた魔獣や人は、進化に最低でも三つは条件をクリアーしなければならなかった。たった二つとは、道理で進化するスピードが速いわけだ。


 さて、問題はスキルの植物操作改だ。

 以前は植物操作だったはずが、いつの間にか進化したようだ。

 すでにランクも上級に至っており、どれだけ改造に夢中だったのかよく分かる。


「なんだ分析で儂を見ているのか? そんなことよりも儂が改造した野菜を見てくれ」


 分身は畑の近くにある小屋へ行くと、野菜の山を抱えて儂の下へ戻ってくる。

 それは見たことのある物から、見覚えのないものまで様々だ。

 一つ言えることは、どれもこの箱庭では育てていなかったもの。


「このブロッコリーやカボチャは育ててなかったはずだぞ?」

「儂が改造して創った。このトマトやピーマンは創るのに苦労したぞ」


 渡されたトマトとピーマンを囓ってみる。

 紛れもなくトマトとピーマンだ。それもかなり美味い。

 そのほかにもナスビやネギなど見知った野菜があり、儂は驚きつつも喜ばずにはいられなかった。


「――だが、これはなんだ?」


 儂が掴んだのはオレンジ色の瓜のような野菜。

 マンゴーを大きくしたような見た目だ。


「それはカボチャを改造した野菜だ。味はカボチャに似ているが、さらに甘みがあって濃厚な味わいだぞ」


 儂は紫と青のまだら模様の野菜を手に取る。

 見た目は毒々しい。


「これは?」

「それは見た目はニンジンに似ているが、味は里芋に近い。煮ても焼いても美味いぞ」


 何を改造すればこんな野菜が出来るのか不思議である。

 味が良いのなら文句はないが、見た目はやはり好きにはなれそうにない。

 そのほかにもいくつかの改造した野菜や果物を見せてもらったが、街の市場に卸せるようなものではなかった。

 ストライプ柄のキャベツを誰が買うというのだ。


「改造したのはコレだけか?」

「いや、家畜場や各階層を色々といじっている。暇なら見に行くか?」

「……そうしよう」


 分身と融合するれば記憶も融合されるのだが、儂はすぐにそうしようとは思えなかった。まずは何をしたのかを、この目で確かめてからの方が良いと判断したのだ。

 そうでなくては、自分の記憶に驚くというあり得ない体験をしてしまいそうで怖い。


 儂は分身の案内で色々と見て回ることにした。


「ここではプロテの果実を育てている」


 二番目の箱庭では、バームの樹のそばに見慣れない樹が生えていた。

 実っている果実はバナナにそっくりだから驚きである。

 儂はすぐにスキル分析で確かめた。



 【分析結果:プロテの果実:プロテの樹に実った果実。一本食べると身体能力が一時的に強化される。味は甘め:レア度SS:総合能力―】



 儂は分身へ視線を向けた。

 まさかとは思うが、これもそうなのだろうか。


「儂がバームの樹から創ったのだ。調整はそれほど苦労はしなかったが、色が少々物足りないところだな。できれば蛍光色のバナナを作りたかったのだが……」

「もういい、次へ行こう」


 ブツブツと呟く分身を置いて儂は三番目の箱庭へ移動する。

 確かリッチCがキノコを育てていたはずだ。


「な、なんだこれは……」


 儂は絶句する。

 キノコ栽培所だった場所は大きな小屋が建てられており、スケルトン達が忙しそうに大量の箱を運んでいた。建物の窓から中を覗くと、大量の箱が並べられておりスケルトン達が霧吹きで箱から生えているキノコへ水を与えている。


「なにがおきたのだ?」

「儂とリッチCで話し合って、本格的なキノコ栽培所を建設したのだ」


 後ろを振り返ると、いつの間にか分身がそばに来ていた。

 その手には見たこともないキノコが握られている。


「これはレインボーマシューだ。儂が栽培したゴールデンマシューを改造して創った、万能回復キノコだ」

「レインボーマシュー? 万能回復キノコ??」


 分身が持っているキノコは、形はゴールデンマシューと似ているが、カサの色はレインボーだった。あまりにメルヘンすぎる見た目である。


「これはゴールデンマシューの持つ、どんな病気も治す効果に付け加えキュアマシューを超える回復力をもったキノコ界のニュージェネレーションだ。もはやコレさえあれば、腕がちぎれようが足が消し飛ぼうが、いくらでも再生可能なのだ。どうだ驚いたか?」


 分身は興奮した様子でレインボーマシューが革命児だと力説する。

 ひとまずレインボーマシューが素晴らしいと言うことは分かったので、家畜場へと向かうことにした。


 転移の神殿を抜けると、二十五階層へと到着する。

 そこで儂は、またしても驚かされた。


 二十五階層には視界を埋め尽くすほどの稲が生えていたのだが、現在はそれらしい植物は一本も生えていない。一本もだ。


「カタカタ」


 音に顔を向けると、スケ太郎や軍団長である十体のスケルトンが黙々と苗を植えてるではないか。頭にはタオルを巻き、日本の古き良き田植えスタイルが再現されていた。

 そこへ分身がやってくる。


「現在植えているのは、儂が改造したコシヒカリに近い品種だ。まだ一度しか収穫できていないが、収穫した米を食べきる前に次の米が収穫できるはずだ」

「コシヒカリに近い? では以前のものより美味くなったと考えていいのか?」

「うむ、出来はかなり良いぞ」


 儂は心の中で飛び跳ねた。

 米は儂のソウルフードだ。さらに美味くなるのなら文句はない。

 作業中のスケ太郎達へ手を振ると、彼らは顎を鳴らして手を振り返した。


「では家畜場へ行くとするか」


 儂は二十四階層の家畜場へ足を運ぶ。

 そして、すぐに仰天することとなった。


「なんだこりゃあ!」


 家畜場のあった場所は、さらに建物が増築され東京ドーム一個分の敷地を埋めていた。

 近くに作っていた畑はさらに広大になり、植えたリンゴの木は列をなしてずらりと並んでいた。

 急いで家畜場の中へ入ると、以前とは比較にならないほどの多くの家畜が飼育されている。ユニコーンに羊に牛に豚など、どの動物もおとなしく餌を食べていた。


「すごいだろ? 儂とペロとフレアの三人で捕まえたのだ。増築に関してはスケルトン達に任せてあったが上手くやってくれた」

「こんなにも増やしてどうするつもりなのだ。食料とするには、あまりに多すぎやしないか?」

「そこもちゃんと考えてある。それよりもこっちに来てくれ」


 分身の案内で小屋の奥へ行くと、窓のない暗い場所へとたどり着いた。

 耳にはコケコケと鳥の鳴き声が聞こえる。

 よく見ると、部屋の中に大量のナイトチキンが飼育されているのだ。

 鳥は餌を食べて白い卵を産む。担当するスケルトンは生まれた卵を素早く回収していた。


「ナイトチキンをいつまでも、二十八階層に置いておくわけには行かないと判断した。ここなら餌も環境も最適だ」

「す、素晴らしい! さすが儂だ! これは良い! これでいつでもTKGが食べられると言うわけだな!」

「そう言うことだ! 儂は天才かもしれんな! クハハハ!」


 儂らは互いに笑い合う。

 これほどまでに事を上手く進めるとは自分が恐ろしい。

 この分だと、醤油を手に入れるのもそう遅くはないかもしれない。



 その後、儂と分身は融合し、無事に一人へと戻ることが出来た。




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