七十五話 ギガントワーム2


「ぐぉぉおおおおおおおおお!」


 地上に出るたびに、長く巨大な体がアーチを描く。

 それはまるで布に糸を縫い付けているかのような動きだ。

 顔を出すたびに大量の砂が口から吐き出され、砂に潜る時も爆発にも等しい衝撃が巻き起こる。

 さらにすぐ後方からはサンドシャークが血の臭いにどんどん引き寄せられ、二十匹もの数が儂を追いかけている。


「真一君! そのままの速度を維持してくれ!」


 真上を飛行するハサンが指示を出した。

 抱えられているエルナは、ワームのデカさに恐怖したのか顔が青い。


「エルナ、お前ならやれる! 自分の実力に自信をもて!」

「そんなこと言っても、あんなに大きいなんて聞いていないわ! 化け物じゃない!」


 エルナはワームを見て文句を口にする。

 儂だってあれほどデカイとは思っていなかった。せいぜい大型トラック程度だろうと考えていたのだ。

 だが、実際は想像を遥かに超えていた。



 【分析結果:ギガントワーム:砂漠に住む巨大ミミズ。生まれたては普通のミミズと変わらないが、百年ほどで全長一キロにも及ぶ生物へと成長する:レア度C:総合能力A】


 【ステータス】


 名前:ギガントワーム

 種族:ギガントワーム

 魔法属性:土

 習得魔法:なし

 習得スキル:牙王(中級)、消化力強化(特級)、衝撃吸収(特級)、砂泳(特級)、3UP

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:牙帝(初級)、衝撃無効(初級)、索敵(特級)、砂泳Z(初級)>



 レア度はそれほど高くはないが、攻撃力は間違いなく高いことが分かる。

 スキル牙王で強化された口で噛まれた日には、儂の体などバラバラになってしまうことだろう。


 儂はステータスを見ていて、ある文字に反応した。

 3UP? まさかあの3UPなのか?

 だったらとんでもないお宝スキルだ。ぜひ入手したい。


「エルナ! 魔法をお見舞いしてやれ!」

「どうしてそんなにやる気なのよ! アレを見たでしょ! あんなの魔法じゃどうにもならないわよ!」

「そんなのはやらなければ分からないだろ! フレイムバーストでもなんでもぶつけて動きを封じてくれ!」

「あーもう! わかったわよ! やれば良いんでしょ! 失敗しても私のせいじゃないからね!」


 エルナを抱えたハサンは急上昇する。

 その間に儂は時間を稼ぐのだ。

 鮫の死体を引きずりつつ、サンドシャーク達を逃がさないように引きつける。

 後方からは鮫を追いかけるギガントワームが、どんどん距離を縮めていた。

 あと数分もすればサンドシャークもろとも、ワームに飲み込まれるかもしれない。


「グラウンドハンマー!」


 エルナの魔法が行使される。

 ワームが飛び込もうとした砂の中から、巨大な岩の柱が出現する。

 それはワームの顔面を下から殴りつけ、すぐにガラガラと崩れてしまった。

 衝撃でくの字へと折れ曲がったワームに、エルナは追い打ちをかけるようにさらなる魔法を行使する。


「フレイムチェーン!」


 じゃらららと赤く発熱する鎖が地面から伸びると、ワームの体へと巻き付いてゆく。

 同じ魔法を複数発動しているのか、鎖の数は数え切れないほどだ。


「ぐぉぉおおおおお!」


 ワームが重い鳴き声を響かせて、地面へとゆっくり倒れる。

 儂はチャンスだとばかりに、鮫の死体を投げ捨てるとその場から飛び立つ。

 サンドシャーク達は捨てられた仲間の死体に食らいついた。


「よくやったエルナ! これで儂がトドメをすれば作戦成功だ!」

「だったら早く仕留めて! 私の魔法でも長くは留めておけないわ!」

「了解だ。すぐに息の根を止める」


 儂は旋回して、横たわっているギガントワームの体の上に着地する。

 ぐにょんと柔らかい弾力が足から伝わった。


「さて、これほどの大物だ。一撃で仕留めるのが――」


 がくんと足下が揺れる。ワームが暴れているのだろう。

 ぶちんと何本かの鎖がちぎれる。急いで仕留めた方が良いだろう。

 儂はスキル活殺術を使用すると、死のツボを探し始めた。


「ないな……」


 ワームの体に出現する赤い点を探すのだが、それらしいものは見当たらない。

 あまりに巨大ですぐに見つけることは困難のようだ。


「ぐぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 鎖がぶちりぶちりちぎれ始め、ワームが体をくねらせる。

 儂は剣を抜くと、その場に突き刺した。


「真一!?」


 エルナの叫び声が聞こえた。

 その瞬間、ギガントワームは最後の鎖を引きちぎって動き出す。

 蛇のように鎌首をもたげると、アーチを描いて砂の中へと潜る。


「うぐぐぐっ……」


 ワームにしがみついた状態の儂は、呼吸を止めて猛スピードに耐えていた。

 体にまとわりつく砂はとても重く、気を抜けば引きはがされてしまいそうだ。

 儂は剣の鍔へと指を伸ばす。

 このまま地下深くへ引きずり込まれては命が危うい。


「もう一度地上へ行け!」


 バリバリと剣から電撃が放たれた。

 ワームは動きを止めると、痛みに体をよじらせる。

 すぐに地上へと向かい始めた。


 次に目を開くと、太陽が見えた。

 ワームが砂の中から飛び出したようだ。眼下には広い砂漠が見える。

 すぐに体に浮遊感が訪れた。今までの行動から考えるに、ここからまた地面へ潜るのだろう。

 儂はワームの皮膚から剣を抜くと、大きく振りかぶる。

 仕留めるなら今が最大のチャンスだ。


「竜斬波!」


 剣から見えない刀身が伸びると、ワームの胴体へ沈み込んだ。

 切り入れた反対側から剣が出てくると、緑色の血液が宙に舞う。


「ぐぉぉおおおおおおおおおおお!」

「しまった! 浅かったか!」


 半分近くは切れたが、切断とまでにはいかなかったようだ。

 ギガントワームは、そのまま加速を付けて地面へと潜り始めた。

 儂はすぐにワームの体へと再び剣を突き刺す。このまま逃がしてなるものか。

 皮膚にしがみついた儂はある物に目が行った。


「あれは……死のツボか?」


 少し離れた場所に赤い点が見える。

 しかしここからではギリギリ届かない。

 それに、もうすぐ儂の居る部分も砂の中に飲まれるのだ。

 もはや一か八かだ。


「万能糸!」


 糸を射出すると、ツボの近くへ接着させる。

 そのまま糸を操作して、儂を右斜め上へと一気に引き上げた。

 目の前に死のツボが近づく。儂は剣をツボめがけて振り下ろした。


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 断末魔はまるで、楽器のチューバを吹き鳴らしたかのような音だった。

 ワームはゆっくりと地面に倒れると、完全に動かなくなった。


「勝ったか……」


 儂は息を吐き出して安堵する。

 すぐにスキル拾いで消化力強化と3UPを取得した。

 もうランクアップさせるスキルは決めているのだ。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(中級)、活殺術(上級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(中級)、分裂(特級)、危険予測(中級)、索敵(特級)、神経強化(中級)、消化力強化(特級)、限界突破(上級)、超感覚(特級)、衝撃吸収(特級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、飛行(特級)、硬質化(特級)、自己再生(中級)、植物操作(特級)、金属操作(中級)、分離(特級)、威圧(特級)、独裁力(初級)、不屈の精神(特級)、小竜息(特級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(上級)、眷属化、眷属強化(特級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器



 3UPは眷属強化に使用した。

 これで儂の配下はますます強力になることだろう。

 それとギガントワームと戦ったことで、ステータスが色々と上がっていた。

 活殺術、万能糸、危険予測、索敵、神経強化、限界突破、飛行、自己再生、竜斬波がランクアップしたようだ。



 【一定の条件を満たしましたので、スキルを進化させます】


 【スキル進化:超感覚→覚醒】


 【スキル進化:衝撃吸収→衝撃無効】


 【スキル進化:不屈の精神→高潔なる精神】



 今回は大収穫ではないだろうか。

 スキルが多数ランクアップし、スキルも進化した。

 ギガントワームはなかなか美味しい相手だったようだ。


「真一!」


 エルナを抱えたハサンが近くに降下した。

 地面に降りると、エルナが走ってきて抱きつく。


「やったわね! こんな化け物を倒しちゃうなんてすごいじゃない!」

「運が良かっただけだ。たまたまツボを見つけたから勝てたのであって、あのままでは逃がしていたことだろう」


 パチパチと拍手をしながらハサンが歩み寄る。


「いやぁ真一君は聞いていた以上の強さだね。まさか本当にギガントワームを仕留めてしまうとは……街で大騒ぎになるかもね」

「だが、これで翼王の条件は達成できたと考えて良いのだな? まさか別の条件を出されるなんてことは御免だぞ」

「いやいや、さすがにそこまで陛下は意地悪じゃないよ。むしろ、快く応じてくれるんじゃないかな」

「快く? それはなぜだ?」

「翼王様は昔から人を試す癖があるんだ。今回の事も真一君を試すためだったと考えて良いと思う。陛下はきっと、君を信頼に足る人物だと評価するはずだよ」


 人に試されるというのはあまり好きではないが、認められるというのは嫌いではない。それに今はワームを討伐したという爽快感が、全てが些細なことだと思わせてくれる。


「それじゃあ街へ戻ろうか」


 ハサンの言葉に従い、儂らは帰ることにした。



 ◇




「ではギガントワームを倒したというのか?」

「うむ、すでに街の近くまで運んできている。これで兵糧や武器は確保出来るのではないのか?」

「しかし……まだ条件を出してから一日しか経っておらぬのだぞ? あのギガントワームをたった三人で仕留めたなど信じがたい話だ」


 翼王へ会いに来た儂らは、謁見の間でギガントワーム討伐を報告した。

 黄金の玉座に座る王は、堂々としており弱々しかった姿はどこにもない。


「そうだと言っている。疑うのなら、誰か街の外へ見に行かせろ」

「む……そこまで言うのなら誠のことと信じるしかないか……だが、念のために兵を見に行かせる」


 王の命令で、兵士が街の外へ行くことになった。

 数分後、部屋に舞い戻ってきた兵士が翼王に報告する。


「――其方が言ったことは事実だったようだ。余は久しぶりに心底驚かされたぞ」

「では王国に兵を送る話は進めてもらえるのか?」

「無論だ。余は其方のような知恵と力に優れた者を快く思う。我が国は田中真一との友好の為に、王国へ派兵をしようではないか」

「感謝する」


 儂とエルナは翼王へ一礼した。

 これで四カ国すべてから、援軍を送ってもらえることが確定したのだ。

 あとは帝国が動く前に、戦力を集結させなければならない。

 間に合えば良いのだがな。


 儂らはひとまず王宮からギルドへと戻ることにした。



 ◇



「やったね真一君。これで帝国もうかつには手を出せなくなったんじゃないかな?」

「そうだと嬉しいが、帝国の者達の発言を知る限りでは、あっさりと引き下がるようには見えなかった。むしろ五カ国を相手でも向かってくる可能性は高い」


 ギルドへ戻ってきた儂らは、戦いの疲れを癒やすために一息ついていた。

 依頼を達成したことで、気が抜けたと言っても良いかもしれないな。

 それにハサンが美味い物を御馳走してくれると言うので、彼の言葉に甘えることにしたのだ。


「そうだ、そろそろ出来ると思うから少し待ってて」


 ハサンはソファーから立ち上がると部屋から出て行く。

 横を見ると、エルナがこっくりこっくりと船をこいでいた。

 魔獣退治で疲れたのだろう。慣れない暑さと緊張は相当のストレスだ。

 よく頑張ったと褒めてやりたい。


「さぁ、持ってきたよ! これが御馳走だ!」


 ハサンが戻ってくると、テーブルの上に分厚いステーキが置かれた。

 じゅううと鉄板の上で焼かれる肉は、空腹だった儂の胃袋を強烈に刺激する。

 特にスパイスの香りが、頬をビンタするかのようにハッとさせる。


「なに……この美味しそうな匂い……」


 目を覚ましたエルナも、目の前にある肉に目が釘付けだ。

 食前の挨拶もそこそこに、儂らは切り分けた肉を口に頬張った。


 熱く熱せられた脂が口の中でとろける。

 それでいて豚の角煮のようにほろりとほぐれつつ、プリプリとしたゼラチン質の食感も相まって美味だ。

 味付けは塩とスパイスだけだが、すでに完璧だ。

 これ以上に手を加える必要はないし、そうする意味も分からない。


「旨い!!」


 儂の一言に、ハサンは肉を食べてにっこりと微笑む。


「実はこの肉はギガントワームの物なんだ。解体中の兵士から特別に分けてもらった」

「これがワームの肉なのか……」

「美味しいだろ? この国は砂漠に囲まれているけど、こんな美味い物があるんだって事を知っていて欲しい。そして、いつかまたこの国へ来て欲しい」


 ハサンは右手を出した。

 儂は手を握ると固く握手する。


「もちろんだ。また来るからな」

「待っているよ」


 彼とは友でありたい儂はそう思った。

 食事を終えた儂らは、支度を整えるとキシリア聖教国を後にする。


 見送ってくれたハサンの、手を振る姿が儂の目に焼き付いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る