七十四話 ギガントワーム


「儂は王国から来た腕の良い医者だ。ぜひ翼王様の治療をさせて欲しい」


 儂は医者の変装したまま王宮にいる兵士へ声をかけた。

 二人の兵士はジロジロと儂を見ると、コソコソと相談し始める。


「怪しいな。どう思う?」

「我々では判断できない。ひとまず大臣に相談してみるか」


 兵士の一人が「ここでしばし待て」と言い残すと、羽を広げて王宮内へと飛んでいった。

 儂は後ろにいるエルナとハサンに視線を向けた。


「大丈夫よ真一。きっと上手く行くわ」

「ギルド代表として僕も助けるから大丈夫さ」


 二人ともこの作戦が上手く行くと思っているようだ。儂としてはどうにも不安を感じてしまう。

 そもそも医者を語るほどの知識や腕など持ち合わせていない。

 もし専門的な知識を問われても答えようがないのだ。


 溜息を吐きつつ目の前にそびえ立つ王宮を見上げる。

 隙間もないほどぴっちりと組み合わされた巨大な石によって、定規で引いたかのような美しい三角錐が作られている。壁面は磨かれた鏡のようにピカピカと光を反射しており、高度な技術によって建造された建築物だと言うことがはっきりとわかった。

 まさにこの国の力を象徴したような、見事なピラミッドだった。


 羽音と共に、儂の前に一人の男性が空から降り立った。

 白い法衣を身に纏い、頭にはベレー帽のような物をかぶっている。

 兵士が言っていた大臣とやらだろう。


「お前が王国から来た医者か? どうやってこの国へ入ったのだ」

「僕が呼び寄せたんだ。彼は王国では腕が良いと評判だからね」


 儂が発言する前に、後ろに居るハサンが答えた。

 大臣は彼を見ると舌打ちする。


「またギルドか。いい加減に羽なしどもと付き合うのはやめたらどうだ」

「それは出来ない話だ。ヒューマンだって獣人だって、僕らより優れたところは沢山ある。羽があるかないかで判断するなんてナンセンスだと思うよ」

「戯れ言を。まぁいい、ギルド代表のお前が信用する人物なら、王に危害を加える者ではないと認めてやろう。だが、もし何かあった場合は即処刑だ。わかったな?」

「分かっているよ」


 大臣は兵士に「通してやれ」と命令すると、門をあっさりと開いた。

 ハサンを先頭に敷地内へ入ると、儂はすぐに質問する。


「翼人がヒューマンや獣人を嫌っているのは知っているが、どうしてなのだ?」

「翼がないからさ。僕ら翼人は、神から翼を与えられた種族だと言われているんだ。そのせいか、この国では昔から他種族を蔑む傾向がある。けど、実際は力ではドラゴニュートに負けて、魔法ではエルフには手も足も出ない。知識や技術ではドワーフに恩がある。だから翼人はプライドを守るために、ヒューマンと獣人に特に冷たく当たるようになったんだ。きっと自分たちよりも下がいないと不安だからなんだろうね」

「なるほど……分からなくもないな」


 人というのは特別を好む生き物だ。他者より上でありたいと考える。

 誰だって思うそんな感覚が翼人は強いのだろう。


 敷地を歩くと、王宮への入り口が見えてくる。

 ばさばさと羽音を鳴らして、一人の女性が儂らの前に降り立った。


「ようこそ王宮へ。それでは私が陛下の下までご案内いたします」


 アラビア風の衣装を身に纏った女性は、顔を布で隠していた。

 目元だけはかろうじて見えるが、アイシャドーを塗っておりどこか蠱惑的にも見える。

 儂らは女性の案内に従い、王宮内へと踏み入った。


 第三の目を開くと、目の前を歩く女性の後ろ姿が丸見えだ。

 腰は高く足は長い。実に目の保養である。むふふ。


「真一?」


 エルナの声が聞こえて、慌てて額の目を閉じる。

 前々から思っていたが、エルナは妙なところで勘が鋭くないだろうか。


「こちらが陛下のお部屋です。無礼な発言は即刻処刑になりますので、十分に気をつけてください」


 女性はドアを開けると、儂らを招き入れた。

 広い部屋の中心には、天蓋付きの大きなベッドが置かれている。

 薄いカーテンのせいで、ベッドに横になる翼王の顔が見えない。

 他にも四人の騎士が部屋の中にいた。その目は儂らをじっと観察している。


「陛下、王国から腕が良いと評判の医者がお見えになりました」


 女性がカーテン越しに声をかけると、奥から声が返事があった。


「ヒューマンの医者か……余はこの苦しさから解放されるのなら、どのような人物でも文句は言わん。早く病気を治してくれ」

「かしこまりました」


 女性はカーテンを開けてから儂らに顔を向けた。

 これは治療を開始しても良いと言うことなのだろう。

 儂はリングから調理道具を取り出すと、ゴールデンマシューを切り刻んで食べやすく加工する。

 弱った病人にキノコをそのまま食べさせるのは拷問にも等しいからな。


 ひとまずキノコのスープが出来ると、儂はそばに居る女性へと手渡す。

 儂が直接食べさせるほど、ここの警備体制は甘くはない。

 受け取った女性は、横になっている翼王へ近づくとスープの入った器を差し出した。


「おお、良き香り。これは悪くない」


 やせた体を起こして翼王は器を受け取る。

 見た目はどう見ても老人だ。しかもかなりの高齢だろう。

 顔中に深いしわが刻まれており、頬はやせこけていた。

 鼻は高く人相はゴブリンに似ている。

 王と知らなければ、間違って討伐していたかもしれない。


 スープを口にした翼王はカッと目を見開く。


「おおおおおお! 漲る力! これはまさしく余を助ける至高のスープだ!」


 王はスプーンを放り投げて、器から直接飲み始める。

 あっという間に飲み干すと、もう一杯と器を儂に差し出す。

 翼王は三杯のスープをあっという間に飲み干してしまった。


「余は満足だ。そこの医者よ褒美を取らせる、何なりと望みを言うが良い」


 先ほどとは違い、王の顔は精力に満ちあふれていた。

 目には輝きが戻り、やせ細っていた肉体は若返ったかのように筋肉がパンパンに張っていた。別人かと疑うほどの変化だ。


「ではこの手紙を読んでもらいたい」


 儂はローガス王からの書簡を翼王へと渡す。

 翼王はすぐに手紙を読み始める。


「……王国からの使者だったか。それで望みは、帝国に対抗するための戦力を欲していると?」


 翼王は意地の悪い笑みを浮かべた。


「うむ、すでに三カ国は援軍を送ると言ってくれている。できればこの聖教国からも兵を出してもらいたいのだ」

「ほぉ、あの三カ国が兵を出したと? ならば我が国も出しても良いかもしれぬな」


 儂はその言葉に安堵を覚えたが、翼王は「だが条件がある」と付け加えた。


「兵を出すには食料や武器が必要だ。しかし、我が国にはそれだけの用意が整っていない。これを早期に解決することができれば、王国へ兵を送ることを約束してやろう」

「期間は?」

「一ヶ月だ。詳しい事は将軍にでも聞けば良い。では結果を楽しみにしているぞ」


 翼王は儂らを部屋から追い出した。



 ◇



「ギガントワームか……」


 王宮に居る将軍に話を聞いたのだが、この国の兵糧はギガントワームと呼ばれる魔獣から作られるそうだ。その上、ギガントワームからとれる牙などは武器に出来るらしい。結論を言うと、翼王が出した条件とはギガントワームを狩ってこいと言うことなのである。


 ギルドへ戻ってきた儂らは、その難しい条件に頭を悩ませていた。


「ギガントワームの肉は乾燥に強く水を含むと何倍にもふくれる。それに肉質だって悪くないし、保存食としては最高なんだ」

「それは良いが、どこに居るのかは分かるのか?」

「…………」


 ハサンは黙り込む。

 つまり居場所が分からないのだ。

 この広い砂漠で、どこに居るかも分からない魔獣を狩るのは馬鹿げている。

 しかもギガントワームは地下深くを潜行していて、地上にはたまにしか現れないらしい。


「だが、過去にもギガントワームを倒したことはあるのだろう? そのときはどうやったのだ?」

「空から一斉攻撃って感じかな。街の近くにワームが現れることがあるんだけど、そんなときは腕に自信のある千人が集まって追い払うんだ。運が良ければ仕留めることも出来る」

「千人で確実には仕留められないと言うことか……どれほどの化け物なのだ」

「はははっ、見れば分かるよ。とんでもない怪物だからさ」


 ハサンは渇いた笑いを見せる。

 彼の様子から言いたいことをなんとなく察した。

 翼王の出した条件は達成不可能と言うことなのだろう。

 だが、無理と言われるとやりたくなるのが男というものだ。

 どうにかしてあの翼王の度肝を抜いてやりたい。


「エルナ、やれそうか?」

「もちろんよ。私の魔法ならどんな化け物だって吹き飛ばしてみせるわ」


 隣に座るエルナは杖を握ってやる気満々だ。

 ハサンも恐らく力を貸してくれるはず。

 この三人でギガントワームを見つけ出して仕留めるのだ。


「問題はどうやって見つけるかだ」

「……一つだけ方法があるんだけど、やってみるかい? たぶんかなり危険だよ」

「他にないのならやるしかないだろう。教えてくれ」

「分かった。それじゃあ説明するよ――」


 儂らはハサンからその方法を聞くと、すぐに実行へと移すことにした。

 内容は確かに危険きわまりないが、ギガントワームが出現する確率がかなり高いらしい。

 だとすれば避けることは出来ない。



 ◇



「奴らが来たら、僕はエルナさんを連れて空に上がる。真一君はそのまま引きつけて欲しい」

「分かった。では今から血を垂らすので、二人は下がっていろ」


 儂は二人が離れるのを確認すると、ブルキングのナイフで腕を切った。

 傷口からぽたぽたと鮮血がしたたり落ち、砂の上で玉を作る。


 現在、街から歩いて三時間ほどの場所に来ている。

 目的はギガントワームの討伐。

 方法は簡単だ。好物であるサンドシャークをおびき寄せ、餌につられてギガントワームも現れると言う寸法である。

 ただこの作戦は、どうしても囮となる者が必要になる。

 ひたすらサンドシャークに追われ、ワームが出てくるのを待たなければならないのだ。

 そこで体力に自信がある儂が、囮役を引き受けたと言うわけである。


 血の臭いに引き寄せられ、砂の中から背びれが出てきた。

 ズザザザと砂の中を猛スピードで泳ぎ、敏感に臭いの発生源へと近づいてくる。

 そして、砂から飛び出すと鋭い牙の生えた大口を開けて、儂へと飛び込んでくる。


「ふんっ!」


 儂はサンドシャークを避けつつ剣で両断する。

 砂上に真っ二つとなった鮫が転がった。



 【分析結果:サンドシャーク:砂漠に住む鮫。性格は獰猛であり、血の臭いに敏感。一匹で行動することが多いが、獲物を見つけると次々に仲間が合流する:レア度D:総合能力C】


 【ステータス】


 名前:サンドシャーク

 種族:サンドシャーク

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックアロー

 習得スキル:牙強化(中級)、嗅力強化(上級)、砂泳(中級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:牙王(初級)、砂泳(特級)、自己回復(特級)>



 ステータスは目立ったものはない。

 砂泳は少しだけ気になるが、砂上歩行があるので必要ないだろう。

 すると、十秒も経たないうちに数匹の鮫が視界に現れた。

 殺した鮫の血の臭いを嗅ぎ取ったのだろう。


 儂は地面に転がる鮫の死体を掴むと、その場から離れることにした。

 後ろからは五匹の鮫が追いかけてきている。


「真一!」


 声に見上げると、ハサンに抱えられたエルナが上空を飛んでいた。

 せいぜい十五m位の高さだ。高所恐怖症のエルナにはあれくらいが限界なのだろう。

 砂の上を走っていた儂の足に変化が訪れた。急に走りやすくなったのだ。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(中級)、活殺術(中級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(初級)、分裂(特級)、危険予測(初級)、索敵(上級)、神経強化(初級)、消化力強化(上級)、限界突破(中級)、超感覚(特級)、衝撃吸収(特級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、飛行(上級)、硬質化(特級)、自己再生(初級)、植物操作(特級)、金属操作(中級)、分離(特級)、威圧(特級)、独裁力(初級)、不屈の精神(特級)、小竜息(特級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(中級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器



 スキル砂上歩行が特級になったようだ。

 あとは、いつの間にか分裂が特級に達していた。

 ずっと分身を出したままの状態なので、スキルアップしたのだろう。


 儂はサンドシャーク達を振り切らない程度の速度にとどめて、さらに足を速めた。

 念のために索敵を使用し、限界突破も発動させる。

 これでいつギガントワームが現れても対応できることだろう。


「なんだこの反応?」


 視界の索敵画面に大きな赤い点が現れた。

 それは急速に近づいており、真後ろからぐんぐん迫ってきていた。


「ぐぉぉおおおおおおおおお!」


 遥か後方で爆発が起きた。

 いや、爆発ではない。巨大な何かが地面から出てきたのだ。

 空気を振動させるほどの鳴き声が体を震わせる。


 は勢いのまま天高く体を伸ばすと、アーチ状になりながら再び砂の中へと潜る。

 横幅は目測で二十m。全長は不明だ。

 頭部には目はなく、鋭い牙が巨大な穴の内部に円状にびっしりと生えていた。

 まるで生きた巨大掘削機のようである。


 そんな化け物が、凄まじい勢いで後ろから追いかけてきていた。

 儂の中のスキル危険予測が五月蠅くサイレンを鳴らす。


 ギガントワームは想像以上の化け物だったようだ。



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