七十三話 キシリア聖教国


 砂漠の強風に耐えつつ街の入り口へ近づく。

 開かれた門には二人の兵士が門番として待ち構えていた。

 薄茶色のローブにフードをかぶり、その背中には灰色の大きな翼が見える。

 眼はゴーグルを装着しており顔ははっきりとは確認できない。


「そこの二人待て! ここは聖都ビネアである! ヒューマンを入れることは出来ない!」


 やはりと言うべきか、兵士は儂の顔を見た途端に冷たい対応を見せる。

 これでは街に入る事も出来ないようだ。

 獣王の話では翼人はヒューマンと獣人を嫌っている。仲が良いのはエルフとドワーフ。

 エルナだけなら街の中へ入ることが出来るのだ。


「連れはエルフなのだが中に入ることは可能か?」

「エルフならば問題ない。中へ入るがいい」


 兵士はエルナの耳を見てすぐに道を空けた。

 儂は彼女の背中を押す。


「ちょ、真一。私だけ中に入るなんて出来ないわ」

「儂は後から別の方法で中に入る。先に入って待っていてくれ」


 グイグイとエルナを押すと、渋々彼女は中へと入ってゆく。

 何度も振り返って心配そうな表情を浮かべていた。

 その背中を見送ったあとで、儂は一度入口から離れる。

 別の方法とは言ったが、実は何も考えていない。出来ることと言えば、どこからか抜け道を見つけて中へ潜り込む事くらいだろう。


「さて、どうしたものか……」


 儂は街を見ながら思案する。

 空から入る事は不可能と考えるべきだろう。

 街を覆っている虹色のドームは、どう見ても人を通してくれるような感じには見えない。

 だとすれば残る選択肢は壁の一部を壊すか、地下からの侵入である。


「おーい! 田中真一君!」


 誰かが儂を呼ぶ。

 後ろを振り返ると、一人の男性が儂を追いかけてきていた。もちろん翼人である。


 ひとまず立ち止まると、翼人の男性が近づいてくるまで待つことにした。


「はぁはぁ、ヒューマンなのにスイスイ砂漠を歩くね。驚かされるよ」


 男性は目の前まで来ると、息を整えてから顔を上げる。

 その顔はやはりゴーグルがつけられており、年齢は三十代後半くらいに見えた。

 髪は黒に肩ほどの長さ。革製の軽装備から翼人の冒険者だと推測できる。


「それで儂に何か用か?」

「僕は君が来るのを待っていたんだ。門番には話を通してあるから、一緒にギルドに来てくれないか」

「ギルド?」


 儂は首をかしげた。

 なぜ儂の名前を知っていて、なおかつギルドに行かなければならないのか。

 とはいえ、街の入る方法も思いつかない現時点では、渡りに船なのは間違いない。

 ひとまず彼の言葉に従うことにする。


「儂は田中真一だ」

「僕はハサンだ。詳しい話はギルドでするよ」


 ハサンが歩き出すと、儂は後ろからついて行く。

 そのまますんなりと門を通過してしまった。


「ようこそ聖都ビネアへ」


 ハサンが振り返って笑顔を見せた。

 街の中は豊かな緑にあふれ、上空には小鳥が飛んでいる。

 遠くにはピラミッドのような建築物がちらほらと見え、どことなくエジプトと似た景観を作りだしていた。


「腹はへっていないかい? この国の名物を御馳走するよ」

「それは嬉しいが、儂には連れが居る。すぐに見つけて合流したいのだ」

「ああ、彼女の事だね。それならギルドで待っているはずだ。彼女を見つけたおかげで、君がこの街に着ている事も分かったからね」

「ギルドに居るのか……」


 儂は少し安心した。

 一人だけで街の中へ入らせたのは不安だったのだが、どうやら無事に合流は出来そうだ。

 と言うわけでハサンの言葉に甘えて、少しだけ食事をいただくとする。

 先ほどから屋台から漂う匂いがたまらないのだ。


「僕らは宗教上の理由で豚肉は食べないんだ。その代わりなんだが、牛肉の他に鳥肉をよく食べている」


 ハサンの案内した屋台では、鳥の足を丸ごと揚げた物が売られていた。

 店員から料理を受け取ると、さっそく鶏肉を口に運ぶ。

 香ばしい鳥の皮がぱりぱりと良い食感だ。

 それに塩とスパイスが絶妙に合わさり、噛むごとに旨味が弾ける。


「これは美味いな」

「そうだろう? キシリアへ来たのならこれを食べないと始まらないよ」


 ハサンもむしゃむしゃと肉を頬張る。

 儂は彼の背負った槍に目を向けた。ずいぶんと使い込まれていてボロボロである。

 それに形状は三つ叉だ。儂は興味をそそられる。


「槍が気になるのかい?」

「うむ、王国では見ない槍だからな。この国ではそんな槍を扱う者が多いのか?」

「そうだね、この辺りの魔獣はほとんどがから、こんな形状になるのは仕方ないんだ」

「泳ぐ?」

「あれ? ここに来る間に魔獣を見なかった? ほら、サンドシャークとか」


 儂は首を横に振る。

 ここまで魔獣と遭遇しなかった。彼の言うサンドシャークらしき生き物も見ていない。


「まぁ出会わなかったのは幸運だよ。あいつらは血の臭いでどんどん集まってくるからさ」

「そんなに強い魔獣なのか?」

「最大で五mにも成長する砂漠の鮫さ。泳ぐ速度はかなりのもので、狙った獲物を鋭い牙で丸かじりする。過去には十m級のサンドシャークも居たらしいけど、僕はただのデマだと思っているよ」


 砂漠の鮫か。砂漠をどのように泳ぐのか見てみたい気もする。

 それに鮫が居るなら、もしかするとマグロやクジラもいるかもしれない。

 砂漠で海鮮料理とは面白い話だ。


「さぁ、そろそろギルドへ行こうか」


 食べ終えたハサンは歩き出す。

 儂も鳥の骨をゴミ箱に入れると、彼の後ろを追いかけた。


 街の中はほとんどが翼人だ。

 背中に灰色の大きな翼を備え、首にはゴーグルを下げている。

 砂漠を飛ぶために必要な物なのだろう。出来れば儂も購入したい。


 街の中をしばらく歩くと、石造りの建物へと到着した。

 ハサンはそのまま建物の中へと入り、二階へと案内した。


「真一!」


 部屋へ入ると、エルナがソファーに座っていた。

 すぐに駆け寄ってきて儂に抱きつく。


「心配かけたな。どうにか街に入ることができた」

「よかった! 一人だけですごく不安だったんだから!」

「悪い」


 儂が謝ると、エルナはスンスンと鼻を鳴らし始めた。


「……ねぇ、なんだか美味しそうな匂いがするけど? まさかどこかで食事してた?」

「き、気のせいだろう」


 儂はエルナを体から離すとソファーへと座る。

 まさか匂いに負けて食事をしていたなどと言えるはずもない。

 エルナは隣に座ると半眼で儂を見ていた。


 ハサンは対面のソファーへ座ると、ゴーグルを外す。

 垂れ目にシャープな顎。なかなかのハンサムな顔だった。


「さて、改めて自己紹介をしようか、僕はこのキシリア聖教国本部ギルドの代表取締役ハサンだ」

「儂はローガス王国の冒険者である田中真一だ。隣に居るのはパーティーメンバーのエルナ。他にもあと二人メンバーがいる」

「ホームレスという名前の冒険者パーティーなのはすでに聞いている。ローガス王国からはるばるキシリアによく来てくれた。ささやかだけど君たちを歓迎するよ」


 ハサンは手を差し出す。儂は彼と握手をした。

 まさかギルドの代表者だったとは少々驚きだ。


「ところで、儂らのことを知っているのはなぜだ?」

「王国ギルド本部のエドモンドさ」

「エドモンド? 代表取締役のあのエドモンドか?」

「そうさ、彼から君たちを助けるようにお願いされた」


 儂とエルナは顔を見合わせた。

 どうしてここでエドモンドの名が出てきたのか疑問だ。

 確かに顔は知っているが、助けてもらうような関係ではない。

 ハサンは話を続ける。


「エドモンドは少し怒っていたよ。どうしてギルドを介して依頼を引き受けなかったのかって」

「今回の仕事は極秘であったのだから、ギルドに口外するわけにはいかない。そもそもこれは個人的なつきあいで引き受けた依頼だ」

「もちろん君の言うことは分かるけど、エドモンドはギルドの外交ルートを使って欲しかったんだよ。冒険者ギルドは六カ国に独自のルートを築いている。これを使えば、どんな国だって入国は簡単だったんだ」


 世界中にギルドがある事は知っているが、儂はてっきりそれぞれの国が独自に運営している組織だとばかり思っていた。つまり最初からギルドにお願いをしていれば、もっと早く依頼をこなせたってことだ。

 最後の国に来てようやく分かった新事実に溜息が出そうだ。


「エドモンドは、君たちが依頼を引き受けたことを知ったのが遅かったみたいなんだ。だから、急いで四カ国のギルドへ連絡を寄こした。僕のところへ連絡が来たのも一昨日だからね」

「その連絡とはどうやってするのだ? まさかこんな砂漠のど真ん中へ手紙を寄こしたのか?」

「残念だけど、それは教えられない。ギルドの独自ルートって言っただろ?」


 つまり前もってギルドに今回の依頼を伝えていたとすれば、王国のギルドは四カ国のギルドへすぐに情報を送る事が出来ると言うわけか。もしかすれば電話に似た魔導具でもあるのかもしれない。


「しかし、エドモンドが儂らを助ける理由が思い当たらない」

「それは簡単だ。彼も王国を存続させたいからさ。君が各国の王を説得出来ると信じているんだ。あのエドモンドにこれほど見込まれているなんて、なかなかないことだよ」

「そうか……」


 数えるほどしか会ったことはないが、エドモンドは儂に期待をしてくれているようだ。

 ならば儂はその期待に応えるべきだろう。


「すぐにでもこの国の王と面会したい。可能か?」


 ハサンは両手を広げて首を振る。

 いくらギルド代表の彼でも、簡単なことではないようだ。


「翼王様は現在、ご病気で床に伏せられているんだ。会うことは難しいだろうね」

「病気? なんの病気だ?」

「噂では”ガガ病”だって聞いている。この辺りじゃあ昔からある病気なんだけど、発病すると高熱に嘔吐や下痢が続くらしい。普段は薬もあるんだけど、あいにくそれも切らしていてね」

「では儂が薬を見つけて会いに行けば良いのだな?」

「まぁ話を聞いてもらえるチャンスがあるとすればそれしかないだろうけど、ガガ病の治療薬は珍しい魔獣の素材で作られているからね。この時期に手に入れるのは難しいかもしれないよ?」


 儂はリングからゴールデンマシューを取り出す。

 ハサンはそれを見てギョッとした表情を見せる。


「それはゴールデンマシューじゃないか! 百年に一度しか手に入らないと言われる幻のキノコ!」

「これがあれば翼王の病気もすぐに治療できることだろう」


 だが、ハサンはすぐに何かを考え始めた。

 ゴールデンマシューでは問題があるのだろうか。


「……言いにくいんだけど、ゴールデンマシューって言うのはあまり知られていない幻のキノコなんだ。特にこんな砂漠の国じゃあほとんどの者が存在を知らない。もし、そのキノコを王宮に持っていったとしても、王の下に届くかは怪しい」

「と言うことは、このキノコだけでは王のところまで行けないということか」

「そうなるね。それにキノコを食べさせるとしても、もっともらしい理由が必要だ。近衛騎士や大臣が陛下に不審な物を食べさせるとは思えないからね」


 まさにハサンの言うとおりだ。

 見知らぬヒューマンが不審な物を王に食べさせるなど、どう考えても家臣が許すわけがない。

 ましてや儂は冒険者だ。信用するには無理がある。


「うむ……」


 儂は腕を組んで頭を悩ませる。

 どうにかキノコを食べさせる方法を考えないと、話すチャンスすら得ることは出来ない。

 するとエルナが口を開いた。


「ねぇ、真一がお医者さんに変装して、王様に会いに行くって言うのはどうかしら」

「医者に変装? しかしな……」

「大丈夫よ! 私に任せて! 立派なお医者さんに変装させるから!」

「う、うむ……」


 エルナの勢いに負けて承諾してしまった。

 彼女は白い布をリングから取り出すと、てきぱきと白衣を作って儂に着せる。

 あとはなぜか鼻の下にちょび髭を付けられた。


「どこからどう見てもお医者さんね! 完璧だわ!」

「どうして髭をつけたのだ? これは別に必要ないだろう」

「なにを言っているの! 変装には髭がつきものでしょ! 真一は変装のなんたるかをわかっていないわ!」


 エルナは変装を熱く語る。

 儂にはどうしてそんなに、変装に熱意を持っているのかが理解できない。


「……うん、悪くないね。もしかすると本当に陛下に会えるかもしれない」


 ハサンは儂の姿を見て感心している。

 ただし、その目は笑っているように見えた。


「さぁ、王様に会いに出発よ!」


 エルナを先頭に儂らは王宮へ向かうことにする。




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