七十二話 エルフは砂漠が苦手
「もう行くのか? まだ泊まっても良いのだぞ?」
「いや、気持ちは嬉しいが先を急いでるのでな。いつ帝国が本格的に動き出すか分からない状況だ。のんびりしている場合ではない」
朝日が見える王宮の入り口で、儂らはユニコーンに乗っていた。
見送るは獣王と王妃。
辺りをオレンジ色に染めており、まだまだ夜気が漂っている。
「真一はこれから聖教国へ行くのだな」
「うむ、翼人にも王国への援助を頼みたいからな」
「ならば忠告しておくが、奴らは無駄にプライドが高い。協力を引き出すのは至難の業だぞ」
「分かっている。翼人もヒューマンを嫌う者が多いのだろう?」
「それと聖教国に行く途中で凶暴な魔獣が居る。それにも気をつけろ」
「それも昨日の酒の席で聞いた。心配するな、儂は獣王と渡り合った男だぞ。そう簡単には死にはしない」
意外と心配性な獣王に手を振ると、儂らはユニコーンを走らせる。
これから行くのはキシリア聖教国。翼人と呼ばれる種族の国だ。
夜の眠りから目覚めたばかりの街を駆け抜けると、獣都ガネーシャの出口が見えた。
「おーいニャ!」
出口ではレナが手を振っている。
王宮に泊まったのは儂とエルナだけなので、レナとは数時間ぶりの再会だ。
わざわざ別れの挨拶に来てくれたのだろうか。
儂らはユニコーンをレナの前で止めた。
「もう行ってしまうのニャ? すごく寂しいニャ」
「またいつか会える。それにいつでもマーナの街へ来てくれ。儂らはそこで冒険者をしているからな」
「きっと会いに行くニャ! 二人ともこの国にもまた来てニャ!」
レナと握手を交わす。
短いつきあいだったが、彼女との旅は非常に楽しかった。
縁があればまた会うこともあるだろう。
「ではまた!」
儂らはユニコーンを走らせる。
後ろではレナが手を振っていた。
◇
「あづい……」
エルナがユニコーンの上でぼんやりとしている。
獣都ガネーシャを出てすでに三日。
南に下るほどに気温は高くなり、ジャングルだった景色も荒野へと変わっている。
キシリア聖教国は砂漠にあると聞いたのだが、この様子だとまだ先は長そうだ。
「この辺りには石像が多いな」
周囲を見ると、荒野には石像がゴロゴロしている。
三m程度の物もあれば、十mを超す巨大なものまで大きさは様々だ。
それらは人型でありながら、ワニの顔をしたものもあれば鳥の顔をしたものなど古代エジプトを彷彿とさせる。
「キシャァァアア!」
石像の影から大きな生き物が現れた。
濃紺の甲殻に二本の大きなハサミ。長い尻尾は弧を描き前方へと垂れ下がっている。全長約五mもあるサソリが、儂らを追いかけ始める。
「真一! 向こうからも来たわ!」
エルナの言うとおり、別の石像の影からも次々にサソリが出現した。
奴らは進行方向へ回り込むと儂らを取り囲む。
数は十匹。いずれも馬鹿でかい化け物サソリだ。
【分析結果:ブルースコーピオン:尾の先にある針に猛毒を持っており、捕食対象をハサミで捕まえてから素早く突き刺す。ヴァイオレットスコーピオンの亜種である:レア度D:総合能力D】
【ステータス】
名前:ブルースコーピオン
種族:ブルースコーピオン
魔法属性:土
習得魔宝:ロックウォール
習得スキル:爪強化(中級)、索敵(上級)、硬質化(中級)、砂上歩行(上級)
進化:条件を満たしていません
<必要条件:爪強化(特級)、硬質化(特級)、砂上歩行(特級)>
恐らくそれなりに強いのだろう。ただ危険予測スキルは反応していない。
ならば儂の敵ではないと言うことだ。
とはいえ、いつも儂が始末していてはエルナの成長にならない。
ここは未来の大魔導士に片付けてもらおう。
「エルナ、修行の成果を見せてくれ」
「分かったわ! ムーア様の地獄の特訓の成果を見せる時ね!」
エルナが杖を掲げると、魔力が体から放出される。
そして杖へと一気に収束した。
「ブレイクトルネード!」
周囲の空気が渦を巻き始め竜巻が発生する。
ブルースコーピオンは竜巻に引き込まれてゆき、木の葉のように宙を舞う。
数分で竜巻は消えるが、はじき飛ばされたサソリは地面や岩にたたきつけられ大ダメージを負う。
それでも生命力が強いのか、ピクピクと動いていた。
「エアロカッター!」
トドメの魔法によってサソリはバラバラにされた。
その手際の良さに儂は感心する。
「あの竜巻の魔法は凄まじいな。風の特級魔法か?」
「うん、複数の敵にはブレイクトルネードは効果てきめんなの。広範囲用の魔法って感じかな」
風魔法の特級は広くてごつごつした岩場ではかなり効果がありそうだ。
ただ、これから行く砂漠では頼りには出来ないだろう。
「おっとスキル拾いをしておかないとな」
儂はユニコーンから降りると、サソリの死体に近づいて砂上歩行を取得した。
おそらくこれで砂漠を歩くのが楽になるだろう。
ついでにサソリの足を引きちぎると火で炙ってみる。
濃紺だった甲殻が段々と赤く変わっていった。
「おお、これは美味そうな匂いだな。どれ、食べてみるか」
サソリの身を口に入れると、蟹と似た味が広がる。
巨大なタラバガニの足を食べているような感じだ。美味い。
「エルナ、お前も食べてみろ。なかなかいけるぞ」
「私はやめておくわ。暑さで食欲ないし……」
そう言ってエルナは懐から水筒を取り出して水を飲む。
荒野の暑さに完全にバテているようだ。
儂はそれほど暑くはないのだがな。種族的な差だろう。
しばらくサソリをむしゃむしゃと食べると、残りはリングの中に収納しておくことにした。儂は蟹も好きだからな、これでいつでも味わうことが出来る。
「ねぇ、まだ聖教国に着かないのかしら?」
「んん? まだ砂漠にすらたどり着いていないではないか。聖教国はもっと先だ」
「砂漠って砂が沢山あるって聞いたけど、ここも十分多いわよ?」
「そうか、エルナは砂漠を知らないのだな。見れば分かる。砂漠に着けばもっともっと暑くなるぞ」
「ええっ!? まだ暑くなるの!? もう嫌! 帰りたい!」
エルナは馬の上でジタバタと抗議する。
そうは言っても儂ではどうしようもない。太陽に文句を言ってくれ。
すぐにユニコーンに乗ると、再び道なりに走り出す。
聖教国までは均された道に進んでゆくだけだ。特に迷う事などはない。
それに獣王から聞いた話なのだが、砂漠には聖教国までの道しるべもあるらしい。
見れば分かると言っていたので、とりあえず迷子になるようなことはない。
荒野には時折だが、サボテンのような植物が生えている。
表面は緑色で棘が生えているのだが、触ってみると水風船のようにぶよぶよしている。
面白いのはそのさわり心地だ。
柔らかくしっとりとしていて気持ちいい手触りは、まるでアレのようだ。
夢中になって触っていると、エルナによって魔法で消し飛ばされてしまった。
彼女が言うには形が卑猥だと言うことらしい。
確かに全体的に見るとアレに似ている。
それでもフレイムボムで吹き飛ばすことはないだろと言いたかった。
儂はいつかまた荒野に来ようと決意した。
「うわぁ! すごい! これが砂漠なのね!」
「ふむ、サハラ砂漠のような砂の砂漠なのか」
荒野を進んで二日。
ようやく砂漠へと到着した。ペースとしてはかなり遅い。
今までユニコーンの体力と能力のおかげで、三カ国を予定よりも早く回ったのだが、やはり過酷な環境ではホームレスユニコーンも息が上がっていた。
重ねて砂漠ではユニコーンの能力は大幅に制限される。
そこで儂は砂漠を徒歩で進むことにした。
「さて、ユニコーンを収納するぞ」
儂は二頭のユニコーンをリングに収納する。
実はリングには生き物を入れることが可能だ。
……とは言っても気が付いたのはごく最近。
虫やトカゲを実験台に何度か試した結果、リング内に入れた生き物は時間が停止すると言うことが分かったのだ。
元々よく分からない道具だったのだが、ここまで来るとドラ○もんの秘密道具に匹敵するのではないだろうか。今後はリング様を神棚へ奉るべきなのか考えなければならない。
一瞬で消えたユニコーンにエルナは拍手をする。
「真一って手品師でも食べていけそうね」
「それは嬉しいが、魔導士がいるこの世界に手品師がいることの方が驚きだ」
どうでも良い会話をしつつ、儂らは砂漠へ足を踏み入れる。
ずぶぶと足は砂へと沈んだ。
これは歩くだけで疲れそうだ。
「あづい……疲れる……」
後ろを歩くエルナは、杖を砂に突き刺して一歩一歩進む。
その歩みは九十歳を超えた老人のようだ。
反対にスキル砂上歩行を使用している儂は、先ほどとは打って変わり楽々と進む。
踏みしめる砂を足が確実に掴んでいた。良いスキルを手に入れたようだ。
「ほら、手を貸してやる」
坂になった場所で足踏みしているエルナへ手を伸ばす。
儂の手を掴んだエルナは、急にスイスイと坂を上り始めた。
「真一の手を握ると歩きやすい! なにこれ!」
「……なるほど、砂上歩行は密着した者にも効果が及ぶのか」
だったら手をつないで歩いた方が効率が良いだろう。
「このまま進むぞ」
「う、うん……」
エルナは顔を赤くして着いてくる。
きっと暑さで体温が上昇しているせいだろう。
視界には白い砂の山が、遥か地平線にまで広がっている。
風により砂は舞い上がり、なだらかな傾斜が少しずつ形を変えた。
空気は強烈な日光によって熱せられ、ゆらゆらと陽炎が見える。
儂にはそれほど暑く感じないが、エルナにとっては地獄の暑さだろう。
「ねぇ真一、アレが道しるべじゃない?」
エルナの指し示した方角には、数十メートルはあろう巨像が立っていた。
さらにその向こうにも同じような像が立っており、地平線まで点々と延びている。
「これはありがたい」
儂らは手をつないだまま巨像へと近づいた。
「変な顔ね……」
巨像の足下まで来たところでエルナが呟く。
人型の像の顔には眼が四つあった。その背中には翼があり、右手に槍を握っている。
翼人とは眼が四つある種族なのだろうか?
少しだけワクワクする。
儂らは像から像へと進みながら、ひたすらに先へと急ぐ。
時々エルナを抱えて空を飛んだが、上空は砂嵐が酷く視界は不良だ。
結局、地面に降りて地道に歩く。
夜になると、気温はがくんと下がり寒さが儂らを襲った。
特にエルナは耐えられなかったのか、震えながら儂のそばで身を縮めていた。
そして、砂漠を歩き出して四日目。
とうとう地平線に街らしきものが見えた。
「やった! やっと着いたわ!」
エルナは我も忘れて走り出す。
足を取られながら砂丘へ上がると、頂上から遙か彼方を見下ろした。
「アレが聖都ビネアね!」
儂も砂丘へ上がると、エルナの見ている景色が見えた。
赤茶の外壁が豊かな森を閉じ込めており、街の空を虹色のドームが覆い隠している。
「あのドームはなんだ?」
「あれは古代の技術で造られた魔導結界よ。なんでも翼人のために、始祖ドワーフが造ったって話らしいわ」
「大昔は優れた技術があったのだな」
遙か昔のドワーフは卓越した知識と技術を持っていたようだ。
それがなぜ今は見る影もないのか、儂は歴史的謎に胸を熱くした。
「さぁ、行きましょ」
エルナが右手を出した。儂は左手を出して手をつなぐ。
彼女の手の感触がとても心地いい。
儂らは足並みをそろえて聖都ビネアへと向かった。
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