七十一話 獣王様はホームレスがお気に入り


 獣王の拳を拳で受け止めたことで、腕はわずかにだがしびれていた。

 信じられないことだが、力だけなら儂を超えているようだ。


 改めて至近距離から獣王の姿を確認する。

 三m近い身長に、金色のたてがみのような髪。

 男らしい引き締まった顔に、鋭い視線を放つ双眸は肉食獣を想起させる。

 腕や首の辺りには虎柄が見え、まるでタトゥーのように存在感を主張していた。

 ライオンの獣人にも見えるが、虎の獣人にも見える。


「もしや獣王はライガーの獣人か?」

「なんだ我が種族を知っているのか、ならば隠す必要もないな。我は獅子の獣人と虎の獣人のハーフである。王として生まれ、王になるべく育てられたのがこの我だ」


 ライガー。それはライオンと虎の間に出来た子供の事を指す。

 性格は温厚とも凶暴とも言われており、成獣になった場合は最大で四百キロ以上もの大型になるそうだ。

 ちなみにだが、父親がライオンに母親が虎である場合はライガーと呼ぶが、父親が虎に母親がライオンであれば生まれる子供はタイゴンと呼ばれる。



 【分析結果:ヴィシュ・ブディー:獅子の獣人を父に持ち、母親は虎の獣人である。そのたぐいまれなる身体能力は、容易に鉄を引き裂き山をも動かすと言われている。国内外問わず実力者として有名である:レア度S:総合能力S】


 【ステータス】


 名前:ヴィシュ・ブディー

 年齢:四十五歳

 種族:獣王人

 職業:国王

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックアロー、ロックウォール

 習得スキル:爆砕拳(中級)、牙王(初級)、爪帝(中級)、剣術(中級)、拳帝術(初級)、危険予測(中級)、身体強化(中級)、自己回復(中級)、独裁力(中級)、不屈の精神(中級)、威圧(上級)、獣化、王の器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:爪帝(特級)、拳帝術(特級)、自己再生(特級)、高潔なる精神>



 ステータスを見るだけでその強さがはっきりと分かる。儂の知らないスキルがいくつもあるのだ。

 よく見ると、分析結果に総合能力という項目が追加されている。

 分析がスキルアップしたおかげだろう。ただSが低いのか高いのかは謎だ。


「我にヒューマンがどこまで抵抗できるか試させてもらうぞ!」


 獣王の次なる拳が繰り出される。

 儂も拳を出すと、先ほどと同様に拳同士が激突した。

 重い音が部屋に響き、衝撃波がエルナや騎士達を吹き飛ばす。


「これも耐えるか! ならばまだまだ楽しめるな!」


 獣王は少年のようなワクワクとした表情で肉体に力を込める。

 それだけで威圧感が増した。まだまだ本気ではないと言うことだろう。


「一つ聞くがスキルは使って良いのか?」

「もちろんだ。我はそのような小さき事など気にはしない。遠慮はいらぬ、倒すつもりでかかってこい」

「なるほど、では堂々と倒させてもらおう」


 すぐにスキル限界突破と神経強化と超感覚を発動させる。

 手加減をしていて勝てるような相手ではないのだ。


 獣王と儂は至近距離で殴り合いを始めた。

 互いに避けることも忘れ、一撃一撃に渾身の力を乗せる。

 体術だけであれば技術も力も獣王が上だ。だが、これは殺し合いではない。

 男と男が一対一で力を見せ合う腕試しなのだ。

 熱き魂には熱き魂で返す。これは漢の常識だ。


「どうした! そろそろ限界じゃないのか!」

「儂はまだまだ余裕だ! 獣王こそ限界が顔に出ているぞ!」


 儂の拳が獣王のみぞおちにめり込むと、相手の鈍重な拳が儂の頬へ沈む。

 互いの血が床や壁に飛び散り、全身から玉のような汗が噴き出していた。

 たった一撃をもらうだけで意識が飛びそうだ。

 だが、儂の攻撃も獣王には効いているようだった。

 馬鹿な事をしている自覚はある。それでも男には引けないときがある物だ。


「ぐっ……我をここまで追い詰めるとは……」


 獣王は床に片膝を突いた。

 ようやく戦いの終わりが見えた。


「はぁはぁ、どうだ……負けを認めるか……」

「それはできぬ。我は獣王。誰にも負けぬ」


 獣王の体から金色の体毛が伸び始め、顔は獣へと変化した。

 肉体はより強靱になり、金糸で織られた王族の服はふくれあがる筋肉によってビリビリに破れてしまう。

 いつしか儂の前に人型の獣が現れていた。

 獣王の咆哮が部屋を振動させる。


「グハハハハハッ! 卑怯だと言うなよヒューマン! 我は最初に言ったはずだ、スキルは使用して良いとな!」


 獣王は意地でも負けるつもりはないようだ。ならば儂も本気を出さねばなるまい。

 スキル竜化を発動させると、全身に黒い鱗が現れる。

 お尻からは尻尾が生え、顔はドラゴンのような形状へと変化した。

 人型のドラゴン。それが今の儂の姿だ。


「その姿は……貴様ヒューマンではなかったのか?」

「儂はヒューマンだ。ただし、竜化スキルを持ったヒューマンだがな」


 儂と獣王は再び拳を交えた。

 衝撃波が突風となって部屋の中をかき乱す。互いの攻撃はさらに速度が増した。

 太鼓を打ち鳴らしたかのような音が轟き、顔面に拳を受けても踏みとどまる。

 それだけで床は蜘蛛の巣状に亀裂が入り、足下からビキビキと破砕音が聞こえた。

 儂と獣王の力は互角だ。獣化は竜化に負けず劣らずのスキルのようだ。

 しかし、ベゼルが竜化を使用したときは一部に留まっていたはずだが、儂の竜化はそれを超えてよりドラゴンに近づいた姿だった。

 もしかすれば儂と竜化の相性が良かったのかもしれない。


「我は負けん! 我は獣王だぞ!」

「それを言うなら儂だって元経営者だ! 田中真一のど根性を舐めるな!」


 獣王の拳が繰り出される。

 儂は一瞬の隙を狙って、カウンターを放った。

 奴の左ストレートに合わせて、渾身の右フックを外側から顎先へと打ち込む。

 見事クリーンヒットすると、獣王はぐりんと白目をむいて足下から崩れるように倒れた。

 それを見た儂はニヤリと笑ってから倒れる。


「真一!」


 エルナが儂を抱き起こす。

 獣王も騎士や王妃によってなんとか立ち上がっていた。


「ヒューマンよ……我の負けだ」


 元に戻った獣王は儂に右手を差し出した。

 儂も元の姿に戻ると、右手を差し出して固く握手する。

 やはり男と男の魂は、拳でわかり合える物だと実感した。


「やっぱり男って変な生き物よね……」

「今に始まった事じゃないニャ。男はすぐに殴り合うニャ」


 エルナはレナは呆れた様子で儂らを見ていた。



 ◇



「さぁ盛大な宴だ! 今日は死ぬほど飲み食いしてくれ!」


 テーブルには豚の丸焼きやフルーツの盛り合わせなど、食べきれないほどの料理が並べられていた。空腹だった儂は涎が出そうになる。

 席に座ると、給仕がグラスに赤いワインを注ぐ。

 部屋の片隅では楽器を奏でる楽手が、室内を優雅な音で満たしていた。

 王族だけが味わえる贅沢な空間だ。


 食事が始まると、料理のおいしさに舌鼓を打つ。

 この国では香辛料を使った料理が多い。

 特にカレーに似たカヒラという料理は国民食とも言われ、パンなどと一緒に食べるとスパイシーな刺激を楽しめる。


「美味しいけど辛い! 汗が止まらないわ!」

「そんなに辛いニャ? 私たちにはこれくらいは平気ニャ」


 エルナはカヒラを食べながら汗を流していた。隣で同じように食べるレナは至って普通の様子。

 やはり育った環境が違うせいだろう。儂でもこの国のカレーは辛い。

 神保町で食べ親しんだカレーが懐かしい。


 食事も落ち着いたところで、獣王がワインを飲みながら話を切り出す。


「真一と言ったな、ローガス国王からの手紙は読ませてもらったぞ」

「うむ、ならば答えを聞きたい。王国へ軍を送ってくれるのか?」

「……我はローガス王国とはほとんどつきあいはない。普段なら帝国が王国を攻めようが静観するところだろう。しかし、友である真一が頼むというのであれば派兵しても良いと考えている」


 共和国にとって帝国は敵ではない認識なのだろう。

 それが自信から来るものなのか、それとも別の理由があるのかは定かではない。

 儂の知らない事情があってもおかしくないのだからな。

 だが獣王は儂のためなら帝国と事を構えると口にしたのだ。

 これほど嬉しい言葉はないだろう。


「ならば頼みたい。儂のために王国へ力を貸してくれ」

「無論だ。我を倒した男の頼み、しかと受け取った。すぐにでも兵を王国へ送ろう」

「感謝する」


 儂が獣王に頭を下げると、グラスにドボドボとワインが注がれる。

 注いでいるのは獣王だ。


「話はもう良いだろう? 今宵はとことん飲むぞ」


 満面の笑みで彼はそう言った。

 ドワーフ王の言ったとおり、獣王はかなりの酒好きのようだ。

 ならばと儂も付き合うことにする。


「ところで真一は、五大宝具と言う物を知っているか?」

「五大宝具? 初耳だ」

「かつてドワーフの始祖が造ったとされる五つの武器だ。どれもが凄まじい性能を秘めているそうだが、実はこの国にその内の一つがある」

「それは興味深い話だ。ぜひ見せてもらいたい」


 獣王が手を叩くと騎士の一人がやってくる。

 短いやりとりをすると、騎士は部屋から出て行った。


 そして、騎士は宝石や金で彩られた箱を持ってきた。


「この中に五大宝具の一つ”炎神の籠手”が入っている」


 儂は箱をそっと開ける。

 中には紅い二つの籠手が入っていた。

 表面はホログラム柄であるために、光を強烈に反射している。

 手の甲の部分には深紅の玉がはめられており、内部で光の粒子がキラキラと流動していた。


「まさか魔宝珠がはめられているのか?」

「おお、魔宝珠を知っているのか。ならばこれの価値が分かるだろう? アダマンタイトで造られた籠手に炎の魔宝珠を備えた至高の一品。やはり宝具はいつ見ても我を興奮させてくれる」

「五大宝具……そんな物があるのだな」


 儂は籠手をしばし見入る。

 細部には金色の装飾も施されており、芸術品としても価値が高そうだ。

 なにより漂わせる厳かな空気は、物以上の何かだと思わせるほど。

 籠手に触れようとして儂はすぐにやめた。なんとなく嫌な予感がしたからだ。


「さすがだな、真一は勘がいい」

「それはどういう意味だ?」


 儂は獣王の言葉に疑問を感じた。

 彼は籠手の一つを掴むと、自らの右腕にはめる。


「この籠手は持ち主を自ら選ぶのだ。我は認められた故にこうして触れることが可能だが、そうでないものは見えない壁によって弾かれてしまう」

「見えない壁?」

「そうだ。なんせ我も最近になって認められたほどだからな。これを造った始祖ドワーフは、扱える者の実力をずいぶんと高く設定していたのだろう」


 儂は籠手を見ながらとある杖を思い出した。

 それを見つけたときも儂は触れることをしなかった。

 まさかとは思うが、あれは五大宝具の一つだったのではないだろうか。


「ちなみにだが、五大宝具の所在は全て分かっているのか?」

「残念だが、現在わかっているのは二つだけだ。残り三つはこの世界のどこかで眠っていることだろう」


 とするならますますあの杖が宝具の可能性が高まった。

 国へ帰った際は、一度スキル分析で確認しておいた方が良いだろう。


「今日は我が宮殿に泊まってゆくだろう?」

「いや、しかしさすがにそこまで世話になっては……」

「なにを言う! 拳を交わした仲ではないか! 遠慮せずに宮殿に泊まってゆけ!」


 獣王は豪快で気の良い男だ。勝負に負けたのに儂を友と呼んでくれる。

 実に嬉しいではないか。


 結局、儂と獣王は深夜まで酒をのんで話を交わした。



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