七十話 獣王とホームレス


「あそこが獣都ガネーシャニャ」


 小高い丘からレナが指し示す方角には巨大な街が見えた。

 ぐるりと茶色い外壁が街を取り囲み、中央には象を模した王城が見える。

 森都ザーラや岩都ペルンも素晴らしかったが、獣人の国の都も引けを取らないくらいだ。

 儂らはそのまま道なりに進み、街の入り口である門へとたどり着く。


「そこのヒューマン止まれ!」


 予想通り、街の入り口で兵士に止められてしまった。

 やはり黒いユニコーンが原因だろうか?

 ひとまず儂だけユニコーンから降りる。


「このユニコーンは色が黒いだけで気性はおとなしいのだ。街の中では暴れないことを約束しよう」

「ユニコーンなどどうでも良い。なぜヒューマンが獣王様が御座するこの街へ入ろうとしている。すぐに立ち去れ」


 兵士の言葉は儂を驚かせた。

 岩石国に行ったときも、こんな対応はなかった。

 儂の中で少しだけ怒りが芽生える。


「儂はこれでもそれなりに腕のある冒険者だ。なぜその儂が街へ入れない」

「それはヒューマンの中で通用する評判だろう? 我が国では実力のないものは街へ入れることは出来ない。ましてや劣等種族であるヒューマンなどと話すだけでも気持ちが悪い」


 犬耳の男性兵士は嫌悪感を隠すこともなく表情をゆがめる。

 これが弱者を嫌う獣人の姿なのだろう。


「待つニャ! このヒューマンの実力は私が保証するニャ!」


 レナがユニコーンから飛び降りると、兵士の元へ近づいてカードを見せる。

 受け取った兵士はハッとした表情に変わり、レナへ敬礼をした。


「元軍団長にして特級冒険者のレナ様ではありませんか! これは大変失礼いたしました!」

「分かれば良いのニャ。ではこのヒューマンを通すのニャ」

「はっ!」


 兵士はすぐに道を空けた。

 しかし、その目はまだ儂を疑っているようだった。


「レナ、この辺りの岩は硬いのか?」

「もちろんニャ。この国でとれる石はドワーフでも欲しがる硬度を誇っているニャ。それを使ってガネーシャは造られているから、どんな攻撃にも耐えられる街と言われているニャ」

「ではこれならどうだ」


 儂はソフトボール程度の大きさの岩を片手で握りつぶした。

 レナの言うとおり確かに堅いが、今の儂ならリンゴを潰すような物である。


「なっ!?」

「ニャ!?」


 兵士とレナは眼を見開いて驚いた。

 これで儂の疑いも晴れると良いのだが。


「失礼しました! レナ様の言うとおり、実力のある者だったようです! 疑っていた俺をどうか許してください!」


 兵士は今度こそ儂を実力者と認めたようだ。

 儂は深く頷くと、ゆっくりとした足取りで街の中へ入る。

 すると後ろからレナが声をかけてきた。


「どうやって岩を潰したのニャ? なにか仕掛けがあったニャ?」

「なにを言っているのだ? 種も仕掛けもあるわけないだろう」

「ニャニャ!? じゃああれは本当に潰したのニャ!?」


 レナはまだ信じられない様子だ。

 逆にあの岩がどれほどの堅さだったのか気になってくる。

 まさかとは思うが、鋼鉄並みの堅さを誇る岩だったというオチではないだろうな。


「この国の岩を片手で潰すなんて、獣王様以外に居ないと思ってたニャ。もしかすれば真一はとんでもなく強い奴だったのニャ?」

「とんでもないかは分からないが、それなりに実力はあると自負している。それよりも、兵士が言っていた元軍団長というのはなんだ?」

「私は元々軍人だったニャ。だから兵士には顔が利くニャ」

「なるほど、それで儂をあっさりと通したのか」


 納得した儂は、改めて街の中を観察する。

 木造の建造物が建ち並び、ちらほらと見る木々が緑豊かに街を彩っている。

 中心部には象がデザインされた茶色い宮殿がそびえ立っており、儂らの居る場所から宮殿までは大通りが延びていた。

 しかし、道行く人々は儂を見て目をそらす。

 やはりヒューマンは、獣人にとって嫌悪すべき存在なのだろう


「なんなのあの人達。私たちをチラチラ見て腹が立つわ」


 数人の男性がエルナとレナを盗み見していた。

 多分だが儂とは違う理由で、注意を引いているのだろう。

 二人とも相当な美人だからな。当然の反応だ。


 パォォォオオオオオン!!


 体を震わせる鳴き声に、儂は頭を殴られたかのような感覚になった。

 鳴き声の発生源を探すと、街から見える山の上に巨大な生き物を見つける。

 それは磁器のように白い肌で、長い鼻を空に向けて滝のような水を噴出していた。

 シルエットはまさに象だ。


「レナ、アレはなんだ?」

「あれは聖獣アイラーヴァタ様ニャ。この国の守り神として崇められているニャ」


 アイラーヴェタと呼ばれる白き象は、四本の牙を備えており足は六本あった。

 青き澄んだ眼は、遙か遠くからでも儂を見ているような気がした。


「さっそく王宮へ行くニャ。一刻も早く王妃様を安心させたいニャ」

「おお、そうだな。では行くとするか」


 儂らは街の中心にある王宮へと歩き出した。



 ◇



「まだ見つからないのか! 王家の宝であるティアラを盗みだされてあげく、犯人の足取りすら追えないとはこの国の警備はどうなっているのだ!」


 獣王であるヴィシュが怒声を飛ばす。

 跪いている将軍は冷や汗を流すしか出来なかった。


「もうよい、軍にはこれ以上は期待せぬ。後は冒険者に任せることにする」

「へ、陛下! ならず者の冒険者に大切な国宝を探させるのはおやめください! 我ら軍が必ずや見つけて参ります!」

「そう言ってどれほど経ったのだ! お前の言い訳はもう聞き飽きた!」


 再び獣王が怒声を飛ばす。

 隣で様子を見ていた王妃が獣王に声をかける。


「貴方、もういいではありませんか。確かにあのティアラは由緒正しい価値のある物ですが、それが原因で忠臣を失うようなことがあってはなりません。所詮は物なのです。なければ代わりの物を造ればいいだけの事でしょう?」

「……そうか、そうであるな。ラクシューの言うとおりだ。物のために家臣の忠誠を疑うとは、我は小さきことに眼を囚われすぎていたようだ。すまなかったな将軍」

「いえ、陛下のお怒りは当然です。今後はさらに兵を動員して捜索に当たりたいと思っております」


 将軍の言葉に獣王は静かに頷く。

 そこへ騎士の一人が獣王の前へとやってきた。


「陛下、レナと名乗る冒険者がティアラを見つけたと王宮に来ておりますが、いかがいたしましょうか」

「それは誠か!? ならばここへ通せ!」


 しかし騎士は片膝を突いたまま動こうとしない。

 その表情は何かを言いたけだった。


「どうした? すぐにその者をここへ呼ぶのだ」

「実はレナと申す冒険者の他に、エルフの女魔導士とヒューマンの男が同行しているのです。そちらの者達はどういたしましょうか?」

「ヒューマンか。普段なら会わぬところだが、ティアラを見つけ出した事と関係があるかもしれぬ。二人とも城内へ招くがいい」

「はっ、承知いたしました」


 騎士は部屋から出ると、獣王は椅子に深く腰掛けた。


 彼は強き者を好む故に、この国の誰よりもヒューマンを嫌っている。

 かつて獣王はヒューマンと何度も腕試しを行った。

 そして、そのたびにヒューマンの脆弱さに失望した。

 余りに弱いその種族を、獣王はいつしか獣人の劣等種と考えるようになったのだ。

 もはや期待するに値せず。とうとう彼はヒューマンを見限った。


 それでも会おうと判断したのは、彼の王としての責任だろう。


「貴方にしては珍しいわね。いつもならヒューマンと聞いただけで面会は断るのに」

「我は獣王だ。理由もなく追い返すことはせぬ。それにレナも何か考えがあって連れてきたのではないのか?」

「そうかもしれないわね。貴方のヒューマン嫌いを直してくれればいいのだけれど」

「ふん、我より強いヒューマンがいれば考え直しても良いがな。千年経ってもそんな日は来ぬだろう」


 ガコンッと部屋の扉が開いた。

 最初に入ってきたのはレナである。

 その次にエルナ。最後に真一が静かに入室した。

 彼らは獣王の前で片膝を突くと、頭を垂れて深々と挨拶する。


「特級冒険者のレナがただいま戻りましたニャ。陛下、これが取り戻したティアラでございますニャ」


 レナは手に抱えていたティアラを掲げた。

 それを見た獣王は、身を乗り出して声を上げた。


「おおおっ! それは確かに妻のティアラだ!」


 近くに居た騎士がティアラを受け取ると、獣王の元へと届ける。

 ティアラを手にした獣王はしげしげと見つめ、どこにも傷がないことを確認した。


「まるで造りたてのように傷一つない。これでは新品になって戻ってきたようではないか」

「ですが貴方、ここにある紋章は確かに我が王家のものです。間違いなく私のティアラですわ」


 王妃の指摘に獣王は少しだけ混乱する。

 奪われたはずのティアラが、新品になって戻ってくるなどどう考えてもおかしい。

 彼はレナの後ろにいる、エルフとヒューマンに目を向けた。


「そこのエルフとヒューマンは何故にレナと同行している? ティアラがこのように美しい理由を知っているのではないのか?」


 レナとエルナは真一に顔を向ける。

 誰もが真一が原因だと一瞬で悟った。


 部屋の中が静かになると、真一は立ち上がって話し始める。


「儂は田中真一と言う者だ。そもそもそのティアラは、儂の住まいの近くに落ちていた物。そして、ボロボロだったティアラを儂は丁寧に直した。それが新品同様に美しいのは、儂の修理の腕が良かったと言うことだ」

「ほぉ、これほどまでに美しく修理出来るとは素晴らしいな。ティアラを見つけてくれたことと合わせて礼を言っておこう」


 獣王はティアラを見ながら真一に感謝の言葉を述べた。

 だが、真一は立ったまま獣王を見ていた。


「儂の用はティアラではない」


 真一の発言に部屋に居た騎士達が「無礼だぞヒューマン!」と剣に手をかけた。

 獣王は騎士達に黙るようにと手を上げて命令する。

 彼は憮然な態度である真一に、少しばかりの興味を抱いたのだ。


「……では、何用でここまで来たのだ?」

「儂はローガス王の手紙を、獣王に渡すためにここまで来た。内容を見て王国への援助を考えてもらいたい」

「ではここまで手紙を持ってこい」


 獣王は手紙を渡すために近づいてくる真一に妙な気配を感じた。

 それは獣の勘とも言うべき第六感だ。


「これが王からの手紙――」


 真一が手紙を渡そうとした瞬間。

 獣王は右ストレートを放った。


「やはりな! お前は強いと一瞬で分かったぞ! さぁ腕試しだ!」

「儂もお前が攻撃してくるような気はしていた」


 獣王と真一の拳と拳はぶつかり、びたりと止まっていた。

 衝撃波は部屋に広がり、突風となって埃を舞い上がらせる。


 獣王と真一の戦いのゴングが鳴らされた瞬間だった。



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