六十九話 ナジィ共和国


 ダルタン岩石国領土を抜けると、徐々に景色はジャングルへと移り変わった。

 シダ系植物がよく見られ、色彩鮮やかな花や果実がちらほらと眼に入るのだ。

 気温も上昇し湿度は不快に感じるほど高い。


「あづい~まだ着かないの~」

「ナジィまであと一時間はかかると、先ほどの旅人が言っていたではないか」


 儂らは道に沿ってユニコーンを走らせている。

 少し前に出会った旅人のドワーフに聞いた話では、この先に獣人の村があるらしいのだ。ひとまず休憩もかねてその村に寄ろうと考えている。


「どうしてこんなにあづいのよ~」


 エルナは水筒を取り出して水を口にする。

 どうやらエルフというのは暑さに弱いようだ。

 まぁ儂は鍛えられた肉体のおかげで、暑さなどはほとんど感じないがな。


「鍛え方が足りないぞ。儂のようにもっと筋肉を養うのだな」

「……真一って時々馬鹿よね」


 エルナは首を横に振って呆れる。

 儂のどこが馬鹿なのか小一時間問い詰めたい気分だ。


 程なくして道の先に村らしき物が見え始める。

 入り口には兵士らしき姿もなく、検問などを受けることもなさそうだ。

 儂らは入り口へ到着すると、ユニコーンから降りて村の中へ入る。


「へぇ、屋台が沢山だね。アレなんか美味しそう」


 村の中は多くの屋台が並んでいた。

 台には野菜や果実が乗せられ、お手軽な軽食を売っている店も見かける。

 そして、それらの店員は全て獣人である。

 猫耳の男性や犬耳の女性。

 そのほかにも猿やネズミやウサギなどの獣人が、店員として客として売り買いを行っている。


「ふむ、獣人とは面白いな。やはり能力は動物と似ているのだろうか?」

「そうね、犬系なら臭いに敏感だし猫系なら高いところが平気よ。その代わりだけど、獣人は魔法が苦手らしいの。魔導士なんかはあまり居ないって聞いた事があるわ」


 エルナの言うとおり、村を見渡すと魔導士らしき姿は見られない。

 ほとんどが半袖に半ズボンの薄着だ。

 しかし、よく見ると魅力的な女性が実に多い。

 健康的な小麦色に焼かれた肌に、胸元を大きく開いたシャツは儂の目を奪ってしまう。

 それに長く綺麗な足が惜しげもなく晒されている格好も素晴らしい。

 どうやら儂は楽園へ来てしまったようだ。


「ウチのパルージャは美味しいよ! そこのヒューマンのお兄さん、ウチでちょっと食べて行きなよ!」


 ウサギ耳の女性から声をかけられた。

 屋台の呼び子らしいが、儂はパルージャという料理に興味をそそられる。


「ではパルージャとやらを二つくれ」

「まいど!」


 女性は鉄板の上にどろりとした白い液体を垂らすと、それを円状に薄く伸ばしてゆく。

 皮が焼き上がると、野菜と肉を挟んでタレをかけてから儂に手渡した。

 どことなくクレープに似た料理だ。

 さっそく一口食べてみる。


「む、これは美味いな」

「本当。これ美味しい」


 儂らは料理に満足すると、そのほかにも串肉やスープを屋台で購入して腹を膨らませた。

 その後は食休みとしてカフェでお茶をすることにした。


「獣人はヒューマンを嫌っていると聞いたが、村を見る限りではそんな感じはしないな」


 儂はお茶を飲みながら呟く。

 道行く獣人は儂らを見てもさほど気にした様子はない。

 それに時々だがドワーフの姿もよく見かける。儂が耳にしたナジィ共和国とはずいぶんと違った印象だった。


「この辺は田舎だからニャ。都会に行けばヒューマン嫌いの奴らがウヨウヨしているニャ」


 声に振り向くと、猫耳美女が儂らを見ていた。

 茶色いショートカットヘアーに茶色い猫耳。顔は非常に整っており、猫のような大きな目が可愛らしい。

 胸は残念ながらそれほどないが、ウェストから足にかけての曲線は実に美しい。

 冒険者らしき格好からそれなりに戦えることが見て取れた。


「お前は誰だ?」

「私はレナ。凄腕の冒険者ニャ」

「……凄腕の冒険者は自分で凄腕とは言わないものだと思うがな」

「誰も言ってくれないから自分で言っているだけニャ! 凄腕なのは事実ニャ!」


 レナとやらは椅子に座ると勝手にお茶を注文する。

 どうやら儂らに話があるようだ。


「私はとある御方から依頼を受けて、ある物を探しているニャ。ぜひ君たちから話を聞かせてもらいたいニャ」

「それは良いが、ある物とは?」

「詳しい事は言えないニャ。でもナジィ国にとって、とても大切な物とだけ言っておくニャ」


 ふむ、突然現れて話を聞きたいというのは、儂らが外国人だからだろうか?

 そこまで聞いて脳裏にある物が浮かんだ。


「もしかしてそれは頭にかぶる物か?」

「そうそう、よく分かったニャ。キラキラ光って綺麗な物ニャ」

「とても高価で王妃が身につけたりする物か?」

「そうそう、すごく高価で私もいつかかぶってみたいなんて考える貴重な物ニャ」


 間違いない。レナが探しいるのはティアラだ。

 そして、儂はダンジョンでそれらしき物を見つけている。

 これはチャンスではないだろうか。

 サナルジアや岩石国の前例があることを考えると、獣人の王族が儂に簡単に会うとは考えづらい。そう考えると、やはりここは手に入れたティアラを有効活用するべきだろう。

 しかし、レナは恐ろしく口が軽いな。

 このまま聞けば誰が依頼者か分かってしまいそうな勢いだ。


「それはティアラではないのか?」


 儂がそう言うと、レナは口に含んでいたお茶を吹き出した。


「ニャニャ!? どうしてそれを!?」

「それだけ言えば誰だって分かるだろう。それよりも重要なのは、儂がそのティアラを持っていると言うことだ」

「ニャ、ニャンだってー!?」


 レナはすぐに後ろへ下がると、腰にある短刀を抜いて構える。


「君たちは盗人だったのニャ! さぁ王妃様のティアラを返すニャ!」


 予想通りの反応だ。

 ティアラが盗まれていることは事前に知っていた。

 そうなると、考えられる対応は二通りだ。

 儂らに感謝するか、盗人だと疑うかだ。

 ここは焦らずに落ち着かせる方が良いだろう。


「儂はたまたま見つけたのだ。盗人などとは失礼だぞ」

「ではどうして私が探しているティアラだと分かったニャ! もしかすれば違う国の王妃のティアラかもしれないニャ!」

「普通に考えてその確率は低いだろう? そもそも儂は鑑定スキルを持っている。現物を見れば嫌でもそれが何か知ることが出来るのだ」

「あ、怪しいニャ……でも、私の頭ではこれ以上の追求は出来そうもないニャ」


 レナはすぐに短刀を鞘に収めた。

 素直なのか馬鹿なのかよく分からない娘だ。

 しかし、悪い子ではないことは理解できた。


「まぁ座れ。ティアラを返さないとは言っていないだろう?」

「ニャニャ! 返してくれるのか! それじゃあ今すぐ返してくれニャ!」

「今すぐは出来ない。お前が国王と儂らを会わせると約束できるなら返してやる」

「交換条件って事ニャ?」

「そうだ。儂らはこの国の王と面会をするために、わざわざローガス王国からやってきた。こちらとしてもティアラをタダで返すわけにはいかないのだ」


 儂の言葉を聞いてレナは眉間にしわを寄せて唸り始める。

 やはり簡単に約束できる事ではないだろう。


「分かったニャ! 獣王様に会わせるニャ! でも、もしかしたら会えない可能性もあるニャ!」

「それでも構わない。儂らとしては、王城に入ることが第一条件だからな。それさえクリアしてくれれば返してもいい」

「それじゃあ約束ニャ! もし破ったらさらし首の刑ニャ!」

「お、おう……」


 さらし首とは恐ろしいな。

 エルナも恐ろしく感じたのか顔を青くしていた。

 ひとまず話がまとまったところで、儂らはユニコーンの居る場所へと向かうことにする。


 が、ユニコーンを縛っている木の辺りでは人だかりが出来ていた。

 儂はすぐ近くで様子を見ている男性へ声をかける。


「この集まりはなんだ?」

「ああ、黒いユニコーンを殺そうとした奴らがいたんだが、反対に蹴られて死んだらしい」


 ギョッした儂は人をかき分けてその場所へと向かう。

 そこでは息を荒々しく吐く二頭のユニコーンと、武器を持った六人の男が地面に転がっていた。

 とうとう恐れていたことが起きてしまったのだ。


「馬鹿な奴らニャ。他人の馬を殺そうとするからこうなるニャ」


 レナは人が死んでもどうでも良いという態度だ。

 忘れてはならないが、この世界では命の価値は低い。

 特に犯罪者に対しては非情とも言えるぐらい冷たいのだ。

 ではなぜこんなにも人が集まっているのか、それは儂らの黒いユニコーンを見るためだ。


「黒いユニコーンってのは、普通のユニコーンより強いのかもな」

「殺して奪いたくなる気持ちは分かるが、ありゃあそこら辺の奴らに殺せる魔獣じゃねぇよ」

「あのユニコーンすごく頭が良いのよ。光魔法で眼を潰してから一人ずつ仕留めていたもの。きっと飼い主も素敵な人じゃないかしら」


 人々の声に儂の鼻は伸びる。

 自分のユニコーンが褒められているというのは、なかなか気持ちが良い物だ。

 特に最後の女性には、儂が素敵な飼い主だと知らせてやりたい。


「散った散った! 私たちのユニコーンは見世物じゃないんだから!」


 エルナは杖を振り回して人々を追い払う。

 その間に儂はユニコーンを、縛っていた木から解放した。


「ではそろそろ行くか」

「そうね、休憩も出来たし出発しましょ」


 儂らはユニコーンに乗ると、ゆっくりと進み始める。

 すると背中に柔らかい物が当たった。


「私も一緒に行くニャ」


 いつの間にかレナが後ろに乗っていた。

 それを見たエルナが怒り始める。


「レナはこっち! 私と一緒に乗って!」

「えー、面倒だニャ」

「駄目! 真一の後ろに乗るのは絶対に駄目! 言うことを聞かないのなら魔法で消し飛ばすわよ!」

「眼が本気だニャ。怖いニャ」


 レナは渋々エルナの後ろへと乗り移ってしまった。少し残念な気分だ。

 できるなら、あの胸の感触をもう一度味わいたい。


 儂らは村を出ると、レナの指示に従って獣都ガネーシャへと向かうことにした。



 ◇



 レナの話によると、ナジィ共和国とは複数の種族が入り乱れた国らしい。

 様々な種類の獣人が村や町を形成し、それぞれがそれぞれのルールに従って生活をしている。

 その中でも獣都ガネーシャは、国中から集まった多種多様な獣人によって造られた中心的都市である。

 獣王のために造られた街とも言われており、獣人達がいかに獣王を大切にしているかよく分かる。


「獣王様はこの国で一番強い御方ニャ。力試しが大好きで、出会った者には必ず戦いを挑まれる勇猛な方なのニャ。認められるには、その力試しで良い結果を残すことが一番だニャ」

「ふむ、ではもし獣王を倒してしまうとどうなる?」

「それはあり得ないニャ。獣王様は世界最強だニャ。誉れ高き獣王様が、ヒューマンに倒されるなんて卑怯なことをしない限り不可能だニャ」


 レナは儂の発言に呆れた様子だった。

 現在は獣都ガネーシャの近くまで来ており、適当な原っぱで昼食を取っている。

 都に到着する前に情報を整理しておこうかと、改めてレナから話を聞いているのだ。


 ちなみに獣人がなぜヒューマンを嫌っているかは、すでにレナから聞いている。

 彼らにとって強さこそが重要であり、強い獣人ほどヒューマンに嫌悪感を抱いているのだとか。

 弱いヒューマンは獣人とは対等ではない。

 それがこの国の考え方だ。


「だが、もし獣王を倒した場合はどうなるのだ? 儂の言うことを聞いてくれたりするのだろうか」

「うーん、一度くらいならお願いを聞いてくれるんじゃないのかニャ?」

「それだけ聞ければ十分だ。儂のなすべき事ははっきりした」


 獣王をぶちのめせばいいのだ。実に単純明快でわかりやすい。

 儂の筋肉が上か獣王の筋肉が上なのか、はっきりさせようではないか。


「そうニャ! 言い忘れていたニャ! ティアラはいつ返してくれるニャ! それがないと陛下に会えないニャ!」

「心配するな。王宮に無事入った後に渡してやる。儂は嘘はつかない」

「それなら安心ニャ。私も生活がかかっているのニャ。手柄を横取りされると困るニャ」

「ちゃんと約束は守るつもりだ。何事も信用第一だからな。ちゃんとレナにティアラを渡す」


 レナは少し馬鹿だが信用の出来る冒険者だ。

 ここに来るまでに何度か魔獣と戦ったが、その全てをレナが倒してしまったのだ。

 本人の言うとおり凄腕なのだろう。


「ねぇ真一、そのティアラを少しだけ見せてよ」


 エルナは先ほどからティアラを見せろと五月蠅い。

 仕方がないので、少しだけ見せてやることにする。


「国宝だからな壊すなよ」

「うん」


 ティアラを受け取ったエルナは「ほわぁぁ」と間抜けな声を出した。

 それを見ていたレナも目を輝かせて見入る。


「すごい……」

「こんなに間近で見られるなんて感動だニャ!」


 二人はまるで子供のようにティアラを見つめている。

 そのとき、一匹の蝶がエルナの鼻へ近づいてきた。


「へっ……くちゅ!」


 くしゃみをしたエルナはティアラをへし折った。

 それを見たレナが悲鳴を上げる。


「なんてことニャー!!」

「……あ」


 エルナはやってしまったと苦笑し、レナは頭を抱えてニャーニャー叫ぶ。

 儂は壊れたティアラを受け取ると、復元空間で元通りにした。


「これで元通りだ。とりあえずこれは儂が預かっておく」

「信じられないニャ! あの真っ二つだったティアラが元通りニャ!」

「一応言っておくが、先ほどの出来事は他言無用だ」


 エルナとレナは頷く。

 いくら直ったとは言え、王妃のティアラを壊したというのは外聞が良くない。

 なので今の出来事はなかったことにするべきだろう。それにレナも儂が預かっておく方が安全だと理解したはずだ。もし壊れても儂が直せるからな。


 儂らは荷物をまとめると、獣都ガネーシャへと出発することにした。



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