六十七話 大魔導士ムーアはドSらしい


 皇居 謁見の間


「ではまた失敗したと申すか?」

「はい。申し訳ありません」

「兵数五百を失いベゼルまで失って、お前はおめおめと逃げ戻ってきた。そう申すのか?」


 玉座に座るドラグニル皇帝は怒気を漂わせる。

 跪いているカールは顔を伏せたまま震えていた。

 その様子を壁際の四人が鼻で笑う。


「し、しかし陛下、王国の田中真一というヒューマンは常軌を逸した強さです。私だけの責任ではありません。もう一度兵をいただけないでしょうか? 今度こそ奴を仕留めて見せます」

「ならぬ。お前に任せていては兵がいくらいても無駄死にだ。よって指揮官から外し、戦まで謹慎処分とする」

「そんな父上!」

「ここでは父と子ではない! 立場をわきまえよ!」


 カールは慌てて「申し訳ありません陛下!」と謝罪する。

 それを見た四人の一人が壁際から歩み出る。


「陛下、カールはともかくベゼルが負けたことは由々しき事態。これでは帝国が王国に手も足も出ないと各国に認知されてしまうのでは?」

「グランダルか。お前の言うことはもっともだ。しかし、そんなものは覇国を成し遂げればどうにでもなること。今の内に好きなだけ言わせておけばよいのだ」

「ということは、やはりサナルジアを一番最初に落とすお考えで?」

「いや、一番最初はローガス王国だ。どうやらあの国に、各国の兵が集まってきているようなのだ。ならば好都合ではないか。正面から堂々とたたきつぶしてやるわ」

「ではその指揮をこのグランダルに」


 次男グランダルは床に片膝を突いた。

 それを見た他の三人が笑う。


「ここは長女のアタシが任されるべきじゃないかしら?」


 長女レゼナが歩み出る。


「こんな大役は兄上には任せられないよ。ここは僕が引き受けないとね」


 四男ネルが姿を見せる。


「くだらん。全軍を率いるのは長男である俺の仕事だ」


 長男ガエンがそう言い放つと、皇帝に視線を送る。

 ドラグニル皇帝は四人の兄弟を見て口角を上げる。


「ならばここはガエンに全軍指揮を任せよう。他の三人にはそれぞれ十万の兵を預ける。三十万の軍にて王国を落として見せよ」

「「「「御意」」」」」


 今も頭を垂れ続けるカールは悔しさに震えていた。

 あまりに屈辱。あまりに惨めだった。

 もしあの銀髪の男を殺せていたのなら、自身は今頃王国を攻め落としていたであろうと悔しさが滲む。


「もうよい下がれ」


 謁見の間からカールを合わせた五人が退室してゆく。

 その背中を皇帝は静かに見送った。




「くそっくそっ! ようやくここまで地位を上げたというのに! 田中真一め!」


 カールは聖域と呼ばれる、皇居から少し離れた森の中で暴れていた。

 美しい木々はへし折られ、花々は彼によって踏みつぶされる。


『小僧よ、それ以上はこの森を荒らすな』


 カールは動きを止めた。

 ここには誰も居ないはずなのだが、彼の耳には確かに声が聞こえたからだ。

 彼は周囲を見渡して声の主を探した。


「どこだ!? どこに居る! ここは皇族以外は立ち入り禁止のはずだぞ!」

『何故に立ち入り禁止なのか知らぬようだな。カール・ドラグニルよ』

「なぜ私の名を知っている!? 貴様は誰だ! 姿を見せろ!」

『目の前に居るではないか』


 彼は森の中にある、小高い山に手を触れる。声はその山から聞こえていたからだ。

 ぎょろりと彼の目の前に巨大な眼が出現した。カールは思わず腰を抜かす。


「ば、ばけものか!」

『化け物ではない。我をよく見よ』


 小高い山は鎌首をもたげ、カールの真上に上昇した。

 それはよく見ると巨大なドラゴンの頭部だったのだ。

 エメラルドとも言えるほど美しい鱗に、最強種族として生まれた故の凶暴な面構え。

 雄々しい角に縦長の瞳孔は黄色く、視線だけで射殺す雰囲気すらあった。


「ひっ、ドラゴン!」

『我はエステント帝国を守護する、聖獣ドランである。この聖域は我の庭だ、皇族でも荒らすことは断じて許さぬ』

「……聖獣? まさか、あの伝説のドラン様ですか?」

『伝説かどうかは知らぬ。我にとっては、百年も五百年もさほど変わらぬからな』


 ドランと名乗るドラゴンは再び首を下ろすと、頭部をゆっくりと地面につけた。

 カールは自分が座り込んでいることに気が付いて、慌てて立ち上がる。


「失礼しました。私はドラグニル皇家十男のカール・ドラグニルです。聖獣ドラン様とお会いできて光栄の極みでございます」

『御世辞はよい。して、なぜ我の庭を荒らす?』

「恐縮ながらこのたびの王国陥落作戦を失敗し、陛下より指揮権を剥奪されてしまったのです。抑えきれない怒りに私は木々に怒りをぶつけていました」

『くだらぬな』

「申し訳ありません! なにとぞお許しを!」


 カールは土下座をしてドランに詫びる。

 その様子を見たドランは「違う」と口を開いた。


『我がくだらぬと言ったのは侵略のことだ。帝国は十分な領地を持っていながら、何故他国をほしがるのか。それが我には理解ができぬ』

「しかしお言葉ですが、かつてこの世界をエルフが支配し、その次はヒューマンが支配しました。優れたる我らドラゴニュートが、なぜそのような下等種族に虐げられなければならないのでしょうか。今こそ我らの時代を切り開くべきではないかと私は思います」

『それがくだらぬと言っているのだ。他国を支配してその後はどうするのだ? 他種族を奴隷にでもして悦に浸るか? それともドラゴニュート以外を地上から消し去りたいのか?』

「そのようなことは考えていません。陛下も他種族が我々の足下にひれ伏せば、それ以上のことは望まないはずです。これは帝国の誇りをかけた戦いなのです」

『誇りのために食べもしない生き物を殺すのか。相変わらず人とは愚かだな。だが、その愚かな生き物に力を貸す我も愚かか』

「ではドラン様も戦争にご参加を?」

『そのような事はしない。我は帝国が危機に陥ったときだけ動くと決めているのだ。他国の聖獣も我と同様だろう。人の争いは人で終わらせるのが筋ではないか』


 カールはドランの言葉を聞いて落胆した。

 もし聖獣が戦いに出れば、帝国が世界を支配下に収めるのは簡単である。

 そうなった時、皇族であるカールは広大な領地を与えられる可能性が高い。

 金に女に名誉に彼の欲しいものは全て手に入るのだ。


「ドラン様、たまにですがここへ来てもよろしいでしょうか?」

『別に構わぬ。我はここからほとんど動かぬからな』

「感謝いたします! それでは今日のところはこれにて!」


 カールは足早にドランの元から立ち去る。

 彼の頭の中には一つのひらめきがあった。


「聖獣を説き伏せれば、戦の手柄は全て私のものだ。まだ神には見放されていなかったようだな」


 彼は薄暗い笑みを浮かべながら、軽い足取りで皇居へと戻っていった。



 ◇



「遅いな……もう十時間は籠もっているぞ」


 儂は床に寝転がって扉を見つめていた。

 エルナが修行場に入ってから十時間。出てくる気配は一向にない。

 予定よりも時間が延びている事に、儂はだんだんと不安が募っていた。

 まさか中で死んでいるのでは。そう考えてもおかしくない状況だ。


 ガコン


 扉がようやく開く。

 儂はすぐに駆け寄ると、少しだけ開いた扉を開けてやった。


「もう……動けない……」


 開けた扉からボロボロになったエルナが、倒れるようにして出てくる。

 儂は慌てて彼女を抱えた。


「おい、大丈夫か!?」

「うん、それよりも……水を飲ませて」


 リングから水樽を取り出すと、飲みやすいようにコップに汲んだ。

 水を口にしたエルナは一心不乱に飲み干す。


「はぁ、つかれたぁ。ほんとに死ぬかと思ったわ」

「そんなに大変な修行だったのか? 先に出た二人組はそんな風には見えなかったが……」

「違うわよ。原因はコレ」


 エルナがムーアの懐中時計を儂に手渡す。

 んん? 時計が原因?


「その時計があると、特別訓練コースが受けられるらしいの。最初は喜んだけど、途中から帰りたくて仕方がなかったわ。ムーア様ってドSなのよ」


 エルナは「生きて出られて良かった……」とポロポロと涙をこぼし始めた。

 一体どれほどキツい修行を受けたのか恐ろしくなる。


「とにかく修行は終えたのだろう? ひとまずキュアマシューでも食べて体を癒やせ」

「うん」


 彼女はモグモグとキノコを食べる。

 儂はその間に、ボロボロとなったエルナの帽子やローブを魔法で修復した。

 帽子もローブも切り裂かれたり焼かれた後が見受けられるので、過酷な修行の一端が見えた気がした。


「だいぶ元気になったわ! ありがとう!」

「うむ、それじゃあどれほど強くなったのか、見せてもらおうか」


 儂はエルナにスキル分析を使用する。



 【分析結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。憧れていた大魔導士ムーアがドSだったことにショックを受けており、しばらくはムーアの名前は聞きたくないと思っている:レア度S】


 【ステータス】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:始祖エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・水・土・風・光・闇・雷

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、フレアゾーン、アクアボール、アクアアロー、アクアウォール、アクアキュア、スピアーレイン、アクエリアスリカバリー、ロックアロー、ロックウォール、ロックバレット、ロックアーマー、メタルウォール、グラウンドハンマー、エアロボール、エアロアロー、エアロカッター、エアロウォール、ライトニングサンダー、ブレイクトルネード、ライト、スタンライト、カモフラージュ、シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド

 習得スキル:槍術(上級)、弓王術(初級)、拳王術(初級)、地獄耳Z(初級)、超感覚(特級)、攻撃予測(特級)、高潔なる精神、魔の真髄(上級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:攻撃予知(初級)、高潔なる精神、魔の真髄(特級)>



 凄まじい成長だ。

 槍術、超感覚、攻撃予測、魔の真髄がランクアップしている。

 体術は拳王術になっており、地獄耳は地獄耳Zへと進化していた。

 さらに不屈の精神は高潔なる精神に進化している。


 そして、驚くのは習得した魔法の種類だ。

 いつの間にか雷属性も得ており、もはや一目でどれがどの魔法なのか判別は難しい。


「すごいなエルナ。見違えるほどステータスが変わっているぞ」

「でしょ? あれだけの修行を受けたんだから、これくらいの成長は当然だと思うの」

「しかし、雷属性はどうやって得たのだ? 魔法属性は進化でもしない限り増えることはないと思うのだが」

「そうそう、私面白い事をムーア様に教えてもらったの!」


 ムーアに聞いた?

 儂は彼女の言い方に違和感を感じたが、まずは話を聞いた方が良いだろう。

 すると、彼女は懐から何種類かの魔石を取り出した。


「コレを飲み込んでみて!」

「魔石をか? あめ玉じゃないんだぞ?」

「いいからいいから!」


 儂はエルナの言うとおりに火の魔石を飲み込む。



 【報告:魔石からの属性習得は種族ホームレスでは出来ません】



 視界に文字が現れて、属性は習得出来ないと書かれていた。

 つまりホームレス以外なら、魔石から属性を得られると言うことか。


「どう? 属性は現れた?」

「いや、種族的な特性で習得は出来ないと表示された」

「えー! なんなのホームレスって!」


 エルナは床に大の字で寝転がる。

 その姿はずいぶんと残念に感じているようだ。

 儂が属性が欲しいと言っていたことを覚えてくれていたのだろう。

 そう思うとエルナの心遣いは嬉しく思う。


「良いではないか。今は多くの魔法を使えるエルナが居るのだからな」

「ふふ、そうね。真一には私がいないと駄目だものね」

「そこまでは言っていないぞ」


 一応反論したが、エルナは笑顔で嬉しそうだ。


「よし、そろそろ出るか。もう夜だが、ここで泊まるわけにはいかないからな」

「えー、外に出るの? 動きたくないなぁ」

「背負ってやれば良いのだろう?」


 儂はエルナを背負うと、扉を開けて外へと出て行く。

 入り口に居た老人は、すでに帰宅しているのか姿はなかった。


 洞窟を出ると鎖の橋を越えて元の山道へと戻る。

 空には満月が昇り、周囲は夜の暗闇に静まりかえっていた。


「ぶるるる」


 茂みから姿を現したのは二頭のホームレスユニコーンだ。

 どうやら儂らを律儀に待っていたらしい。

 二頭の頭を撫でると、エルナを地面に下ろそうとした。


「……むにゃ……もう無理ですムーアしゃまぁ……」

「疲れて寝たのか」


 儂はユニコーンを引き連れて広い場所まで下山すると、適当な場所に隔離空間を構築した。

 入室対象者は儂とエルナと二頭のユニコーンだ。

 空間内へ入ると、エルナを横にして毛布を掛けてやる。


 実は隔離空間は野営にもってこいの魔法だと少し前に気が付いたのだ。

 なのでこの旅では何度も使用している。


 儂も毛布に包まると、明日から再び始まる旅の事を考えながら眠りについた。




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