六十六話 ムーアの修行場


 街を出て数時間。

 険しい山道を登ると、ユニコーンでも通れない道へとさしかかる。

 岩壁に造られた鎖の橋は、大人一人通るのがやっとの危うい物だった。

 下を見ると標高が高いせいか、雲がすぐ真下を通り眼下には岩都ペルンが見えた。


「ここから先は徒歩で行くしかなさそうだな」

「や、やめようよ。落ちたら死んじゃうわよ」

「心配するな。もし落ちても儂が助けに行ってやる」

「落ちる前提で話さないで! 怖いじゃない!」


 エルナはガクガクと震えている。

 どうやら高所恐怖症のようだ。

 儂はユニコーンから降りると、好きなところに行ってこいと命令する。

 どこに行っても眷属召喚で呼び出せるのが便利だ。


「さて行くか」


 儂は橋に足をかけた。

 きちんと点検されているのか、思ったよりも橋はしっかりしている。

 十歩ほど行くと、後ろから「真一! 助けて!」と声がかかる。


「……何をしているのだ?」

「足が竦んで立てないの! 助けて!」


 エルナは二歩ほどの場所で座り込んでいた。

 仕方ないので彼女を背負うことにする。


「ひっ、落ちないでね! 私は飛べないんだから!」

「おい、あまり強く首を絞めるな。苦しいだろ」


 しがみつくエルナは藁にもすがる感じだ。

 よほど高い場所が苦手なのだろう。


 先へ進むと、断崖絶壁の岩肌に大きな穴が空いていることに気が付いた。

 どうしてこんな場所に修行場を造ったのか分からないが、当時のムーアは人目を避けて修行をしたかったのだと推測する。


 穴の中へ入ると、エルナが背中からするりと降りる。


「長く険しい道だったわ……」

「お前は背中に乗っていただけだろう」


 儂らは奥へと続く通路を進み始めた。

 壁には松明が設置されており、洞窟の中をぼんやりと照らしている。


「ここが一番奥か」


 洞窟の最奥には重厚な扉が設置されており、一人の老人が椅子に座って眠っていた。

 儂は老人に声をかける。


「ご老人、ここはムーアの修行場と聞いたのだが間違いないか?」

「ん?……なんじゃ客か。悪いがまだ入れないぞ。先に二人組が入ってしもうたからな」

「その二人はいつ出てくる?」

「そうじゃのぉ、かれこれ五時間は籠もっておるし、そろそろ出てくる頃じゃないかの」

「五時間? その二人組は観光で来ているのではないのか?」


 儂の質問に老人は笑う。


「ここは観光名所になっているが、まだまだ現役の修行場じゃ。儂に使用料を払えば中に入って魔導士の修行ができるぞ?」


 老人の言葉にエルナが眼をキラキラさせる。

 なんとなくだが言い出す内容が予想できた。


「真一、私に修行させて!」

「しかし、儂らには余り時間もないのだがな……」

「お願い! 一生の頼みだから!」


 エルナは儂の腕にしがみつく。

 すると、彼女の大きな胸が儂の腕を柔らかく挟むのだ。むふふ、これは堪らん。


「し、しかたないな、少しだけだぞ。時間が来ればすぐに出発するからな?」

「やった! ありがとう真一!」


 エルナはすぐに体を離した。

 くっ、もう少し渋ればよかった。作戦ミスだ。


 ガコン。


 大きな音を立てて扉が開き始めた。

 中から薄茶色のローブを身に纏った二人組が出てくる。

 しかし、その顔はフードをかぶっていてよく見えない。


「……っ!? お前は!!」


 二人組の一人が儂を見て剣を抜こうとした。

 すかさずもう一人がそれを止める。


「ここは我慢ですわ。私たちにはやるべき事がありますのよ」

「ちっ、そうだったな。ここは我慢しよう」


 二人組はコソコソと会話を交わしつつ、この場から去って行った。

 儂とエルナは顔を見合わせて首をかしげる。


「なんだったの今の?」

「さぁな。知り合いにでも似ていたのだろう」


 儂はさっさと老人に銅貨十枚を払うと、扉を開けて中へと入る。

 中は先ほどの洞窟とは違い、継ぎ目のない半球状の部屋だった。

 部屋の奥にはさらに扉がある。


「ああ、言い忘れていたが奥へ入るのは修行をする魔導士だけだからな。そうでないものはここで待て」


 老人が扉を開けてそう言った。

 と言うことは儂はここで、エルナを待たなければならないようだ。


「じゃあ私も五時間くらいでいいかな」

「ではこれを渡しておこう」


 儂はムーアの懐中時計をエルナに渡す。

 中に時計があるか分からないが、念のために渡しておく方がいいだろう。


「じゃあ預かるね」


 エルナは時計を受け取ると、扉へと向かっていった。

 そして手を振ると、そのまま扉を開けて入ってゆく。


 少々不安だが、エルナならさらなる成長を得ることだろう。



 ◇



「う~暗いなぁ。ライト」


 魔法で明かりを創り出すと、私は恐怖心をぐっと堪えた。

 レンガ調の通路は奥へと続き、それはまるで化け物の胃袋へと繋がっているような錯覚さえ起こす。


 私がこんなにも強くなりたいのは、大魔導士になりたいという理由だけではない。

 どんどん強くなって行く真一に、少しでも追いつこうとしているからだ。

 だって好きな人に頼ってばかりじゃ、きっと振り向いてもらえないと思うの。

 だから強くなりたい。


 私が自分の気持ちに気が付いたのは、些細なことからだった。

 出会った時は真一に対して特に思うところはなかったのだけれど、ふとした時に、いつも隣に居る真一に気持ちが向いていることに気が付いた。

 ううん、たぶんだけど出会った時から、この人だって気が付いていたのかもしれない。

 だから私は真一が放っておけなかったのだと思う。


 ただ問題は真一が想像以上にモテることなのよね。

 寄ってくる女どもを、私が追い払っていることを真一は知らないと思う。

 それにデレデレした顔で女性を見ていることだって私はしっている。

 あの第三の眼とか絶対に怪しい。


「いずれ名探偵エルナが、謎を解き明かしてみせるわ」


 決意を新たに私は踏み出す。

 通路は大人一人が手を広げたほどの横幅だ。

 非常に狭く息苦しい。

 あのムーア様がここで修行をしたなんて知らなければ、引き返していたところだ。


 通路を進むと、先ほどと同じような半球状の部屋へとたどり着いた。

 中央の床には獅子の顔が描かれ、ムーア家の紋章だとすぐに分かった。

 私はそれを見るために中央へと歩み寄る。


 ガチリ。


 紋章のある床を踏むと、壁から大きな音が聞こえた。

 さらに壁から緑色の光線が出ると、足下から徐々に上がってゆく。

 光線は私の腰辺りまで来ると停止した。


「時計に反応している?」


 ポケットから懐中時計を取り出すと、光線は時計に当たってすぐに消えた。

 すぐに部屋の中に変化が現れる。


『あーあー、テストテスト。もういいかな? では始めよう。こんにちは、ワシの時計を持った者よ』


 目の前に白いとんがり帽子にローブを纏った老人が現れた。

 その人は長い白髭を蓄えており、右手にはどこかで見たことのある杖が握られている。

 不思議なことに、その老人は半透明で向こう側が透けて見えた。


『まず自己紹介からだな。ワシはムーア。人には大魔導士などと呼ばれている。そして君はワシの時計を持ってここまで来た人物と判断してよいかな?』

「ム、ムーア様!? あわわわ、私はエルナ・フレデリアと言います! 初めまして!」


 床にしゃがみ込むと、私はムーア様にお辞儀をする。

 憧れの偉人に会えたのだ、押し寄せる荒波のように私の心は混乱していた。


『先に言っておくが、ここに居るワシは記録映像だ。挨拶は不要だと言っておく』

「記録映像?」

『さてさて、本題に移るとしよう。ワシはかつてこの修行場を建設した。だが、同時にとある仕掛けも施した。それがこの”特別訓練コース”だ。従来の訓練は対魔獣用だが、これから施す訓練は対魔物用である。ここに来た君がワシの子孫か、それとも赤の他人かは分からないが、学びを望まないのならすぐに帰るといい』


 私は予想外の展開に鼻息を荒くした。

 この流れはムーア様から、特別指導をしてもらえるかもしれないからだ。

 やっぱりここに来て良かったと感動する。


『……やる気はあるようだな。では、修行に移ろう。まず第一に、我々には制限がつけられていると理解せよ』

「制限? もしかして私たちの使う魔法のことですか?」

『我々の使う魔法は、かつてのエルフ達が他種族のために使いやすく制限を設けたのだ。しかし、それ故に魔導士となった者にはそれ以上の成長を望めなくなってしまった。憂いたワシはとある方法を編み出した。それが”魔導術”である』

「魔導術……」

『魔導術を使用することは至って簡単だ。一般的な魔法を発動しキャンセルする。そうすることでことわりから解放された魔力は本来の自由な力を取り戻すのだ。ただし、攻撃手段として扱うには十分な訓練が必要だ』


 私はなるほどと納得する。

 お父様やお母様のオリジナル魔法は、いつも発動までに少し時間がかかる。

 つまり一般的な魔法を、一度キャンセルする手間が必要だったからだ。


『さらに付け加えると、魔導術にはイメージが重要だ。魔力は扱う者の想像によって現象へと変じる。つまり想像力を養わなければ、魔導術は真価を発揮しないと言うことである』

「でも想像力なんてどうやって養えばいいのか……」

『想像力に自信がないと悩んでいるのではないか? 大丈夫だ。ワシの元へ来たからには全て解決だ。鼻水を垂らした小僧でも、一人前の魔導士にしたワシを甘く見るな』


 部屋の壁の一部が動くと、小さな四角い穴ができた。

 そこから赤、青、緑、黄、茶、白の火の玉が出てくる。


『これはウィスプと呼ばれるワシの特別な魔法だ。それぞれが属性を秘めている。君はウィスプの属性を推理し、逆属性にてこれを撃破するのだ』


 六つの火の玉は一度私の周りを回ると、部屋の中へ散らばっていった。

 でも逆属性ってなんだろう?


『あー、逆属性を説明しておく。一般的な属性とは火、水、風、土、闇、光だと思う。

 しかし、忘れてはならないのは、その他にも属性があるということだ。

 たとえば雷は、風属性と同一視されやすい。

 風魔法の中に内包されていれば勘違いしてもおかしくないだろう。

 だが、あれは大きな間違いだ。かつてエルフ達は雷魔法の強力さを危険視した故にあえて隠したのだ。なんせ国を滅ぼしかねない威力だからな。

 おっと、余談が過ぎたか。話の続きをしよう。逆属性とは、弱点の属性を言う。

 つまり火なら水。風なら土だ。

 君は飛んでいるウィスプの逆属性を突くことで反射神経と、属性の関係を学ぶのだ』

「でも、私の属性は六つまでだし……」

『「でも属性は一つまでだし」などと悩んでいるときは、一つアドバイスをしてやろう。もし手元に屑魔石を持っている場合は、すぐに飲み込んでみろ。魔宝球などを飲み込めば魔力で体が破裂してしまうが、屑魔石程度なら体がすぐに吸収してくれる』

「え!? 魔石を飲み込む!?」


 衝撃の事実に私は唖然とする。

 魔石にそんな使い方があったなんて初耳だ。

 すぐに本当かどうか確かめるために、懐から雷の魔石を取り出した。


「これを飲み込むのかぁ……」


 魔石を飲み込むと考えると、手が止まってしまう。

 けど、あの大魔導士ムーア様がそう言っているのだ。私は意を決して飲み込んだ。



 【ステータス】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:始祖エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・水・土・風・光・闇・雷

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、フレアゾーン、アクアボール、ロックアロー、エアロボール、ライト、スタンライト、カモフラージュ、シャドウ、サンダーボール、ライトニングサンダー

 習得スキル:槍術(中級)、弓王術(初級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(特級)、超感覚(上級)、攻撃予測(上級)、不屈の精神(特級)、魔の真髄(中級) 



 しばらくステータスを見ていなかったから知らなかったけど、いつの間にかいくつかのスキルがランクアップしていた。

 上がったのは地獄耳、超感覚、不屈の精神、魔の真髄。

 あと、魔法属性に雷が追加されている。

 ムーア様の言うとおり、属性は増やせるようだ。


「信じられない……まるで夢のようだわ」


 魔石を飲み込めば属性が増えるってすごい事実だわ。

 真一に言えば喜んでくれるかな? 


『そろそろ準備はできたか? ではウィスプの攻撃が始まるぞ』

「わ、待ってください! すぐに準備します!」


 私は急いで杖を構えた。

 どこからかビーッと音が聞こえて、ウィスプ達が一斉に動きを速めた。

 それだけではない、ウィスプは体当たりをして私に攻撃する。

 スキル攻撃予測で避けると、赤い玉にはアクアボールに茶色い玉にはファイヤーボールをぶつける。


「白には闇!」


 シャドウをぶつけると、白い玉には効いた様子はなかった。

 光属性かと思ったが、どうやら違うようだ。

 ひとまず白は後回しにして、他の属性を逆属性で排除することにする。

 そうしている内に、残りのウィスプは二つとなった。

 黄と白だ。


「雷属性の弱点ってなんなの!?」


 二つの玉を避けつつ思考を巡らせる。

 雷は弱点が分からない。白は属性自体が分からない。

 どうすればいいのか私は悩む。


「雷……雷……土かしら?」


 ロックアローを使うと、黄色い玉は一瞬にして消える。

 最後は白だけど、いい案が浮かばない。

 私は最終手段を使うことにした。


「うぐっ! 冷たい!?」


 白のウィスプの体当たりを受けることにしたのだ。

 腕に当たった感触は氷のように冷たかった。

 私はハッと気が付く。


「白の属性は氷ね! ファイヤーボール!」


 白い球は火球によって消滅した。


『よくぞクリアーした。では第二段階へ行こう』


 ムーア様が拍手をすると、今度は百個の玉が出現した。

 それを見てゾッとする。


『なに心配するな。この特別訓練コースは十二段階に分かれた超ハードモードだ。殺さない程度にみっちり鍛え上げてやるからな。ワハハハハッ!』


 ガシャンと出口の鍵が閉まったような音が聞こえる。




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