六十五話 ドワーフ王との謁見
「ぶははははっ! それで岩石国にいるのかよ! そりゃあ面倒な仕事を押しつけられちまったな!」
ダルはトカゲの丸焼きを食べながら大笑いする。
大地の牙と再会した儂らは、ひとまず一緒に食事をすることになった。
適当な食事処へ入ったのだが、テーブルの上の料理はどれも器からこぼれ落ちそうなほど山盛りだ。これで標準サイズと言うから凄まじい。
「それでどうして大地の牙がこんなところに居る?」
「こんなところもなにも、ここは俺の故郷だ。親の顔を見るために帰郷するのは普通だろ? まぁ今回は武器を新調するために来たんだけどな」
ダルは背中に背負っていた斧を手に持った。
鉄の斧のようだが、以前に持っていた物とは大きさもデザインも違っている。
「それが新しい斧か?」
「いや、これは代わりに渡された物で、新しいのは造っている最中だ」
「それなら以前の斧はどうしたのだ?」
「新しい斧の材料にした。苦労をともにした相棒を、倉庫に眠らせるのはもったいねぇだろ? だから生まれ変わって、もう一度俺の相棒になってもらうことにしたのさ」
詳しく話を聞くと、ダルは昔から岩石国の鍛冶屋で武器を造ってもらっていたそうだ。特に知り合いの鍛冶師は腕が良いらしく、以前の斧もその鍛冶師が制作した物だとか。
やはり噂に聞いたとおり、ドワーフというのは鍛冶に向いた種族のようだ。
「ところで真一、おめぇどうやってドワーフ王に会うつもりだ?」
「どういうことだ?」
「この国の王は、王国の王族を嫌っている。面会どころか手紙すら受け取らねぇぞ」
「また王族か……」
ローガス王国の王族はドワーフにも嫌われているらしい。
一体何をしたのだとローガス国王を問い詰めたい気分だ。
しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかない。面倒だが問題をクリアするしかないのだ。
「ダルは良い方法を知らないか?」
「金貨二枚だ」
そう言ってダルは儂に手を出す。
方法はあるが、タダでは教えられないと言うことだろう。
こういうところはちゃっかりしている。見習わなければならないな。
儂は金貨二枚をダルに渡した。
「よし、俺がドワーフ王に会わせてやる! 任せろ!」
ダル達は立ち上がると、儂らも後を追う。
そのまま店のカウンターへ行くと、店主と話を始めた。
「酒樽は十個だ。とびっきり美味い奴を頼む」
「あいよ」
店主が店の奥からゴロゴロと樽を転がして持ってくると、その間にダルがどこからか持ってきた荷馬車へと樽を積み始める。
ロイとニーナは荷台へ乗ると、ダルはすかさず運転台へと座る。
儂らはユニコーンに乗って後ろからついて行くことにした。
「あのでっかい城がドワーフ王の家だ。見た目はスゲェが、あんまり住み心地は良くねぇらしいぞ」
ダルが指し示す方角には、灰色の石で建造された宮殿が見える。
その見た目は要塞と言っていいほど、無骨で飾り気のない建物だった。
ダル達の乗った馬車は城の入口で一度停車すると、門番と少し会話をしてからすぐに動き出す。
ほとんど顔パス状態だ。
儂はその様子を見て疑問を感じた。
馬車は城の玄関へ到着すると、儂らは馬車から酒樽を下ろした。
そして、そのまま樽を抱えたまま城の中へと入ってゆく。
「おーい! 来たぞー!」
ダルは大声を上げながら大きな扉を開けた。
扉の先では、玉座に座る男と数人の若い女性が見える。
どうやらここは謁見の間のようだ。
「おおおおっ! ダルじゃねぇか! 久しぶりだな!」
「おう、ドドルも元気そうで何よりだぜ。とりあえず再会の挨拶でもしとくか」
ダルと男は互いに歩み寄ると、いきなり殴り合いを始めた。
男の重い一撃を腹部に受けると、今度はダルが男の顔面を殴る。
互いに五発を超えた辺りで激しく抱き合った。
「力は衰えてねぇようだな!」
「馬鹿野郎! 俺はまだ三十代だぞ! まだまだ現役だ!」
男の友情と言う奴だろう。
儂もあのような関係には憧れる。
「男って馬鹿よね……殴り合う意味が分からないわ」
エルナは呆れていた。
よくみるとロイやニーナも苦笑している。
あの男と男の会話が理解できないとは、エルナはまだまだだな。
漢とは拳で語るのだ。言葉など不要である。
「おい、酒樽をここに置いてくれ」
ダルの指示で、両手に抱えていた樽を男の目の前に置いた。
樽の中を開けると、ニカッとダルに笑いかける。
「酒か。と言うことは俺様に頼み事があるって事だな」
「おうよ、俺とおめぇの仲で話を聞いてもらいたい。おい、真一」
ダルに呼ばれて儂が前に出る。
どうやら紹介をしてくれるようだ。
「こいつは俺の幼なじみでドドルって奴だ。まぁ格好を見れば分かると思うが、この国の王様をしている」
「おう、俺様がこの国の王ドドルだ。よろしくな」
ドワーフ王は儂と握手を交わす。
ダルの紹介と言うこともあってか、ずいぶんと友好的な雰囲気だ。
ただ、問題はこれからだろう。少し緊張する。
「それでこいつが田中真一だ。ローガス王国で冒険者をしている」
「冒険者か。しかし、俺様のところに来る理由がよく分からねぇな」
ドドルは儂らを見て頭を掻く。
ダルは部屋の中に居る女性達に目を向けた。
すぐにその様子に気が付いたドドルが女性達へ命令する。
「大事な話がある、この部屋から出てゆけ」
女性達は一礼すると、静かに部屋を出て行った。
それにしても、ドワーフの女性というのは小学生のように幼い。
ロリコンと言う輩がこの場にいたのなら、大層喜んだに違いないな。
「それで話は?」
「俺よりも真一から聞いた方が早いだろう。頼まれたのはおめぇと会わせるまでだからな」
ドドルが儂に顔を向けた。
儂はリングから書簡を取り出すと、ドドルへと渡す。
「こいつは……てめぇローガス王族からの使者か」
「儂も頼まれただけだ。それよりも、ドドルは帝国の動きを知っているか?」
「馬鹿にするな。これでも俺様はドワーフの王だぞ。帝国が戦争の準備を進めていることくらい把握している」
「では、すでに侵略を行っていることは?」
「それはまだ噂程度にしか知らん。王国へ帝国がちょっかいを出しているのだろう?」
そこまで知っているのなら説得はたやすい。
岩石国も帝国に負けるのは嫌だろうからな。
「そこまで知っていて、なぜ動かない。王国が取られれば、もう岩石国の目と鼻の先だぞ? ドワーフはドラゴニュートに支配されて良いのか? 早期に帝国を抑え込む必要があるのではないのか?」
「ぐ……そのくらいのことは、俺様でも分かってはいる。けどな、ローガスの奴らに力を貸せば損をするのはこっちなんだ。同盟国のサナルジアにでも泣きつけば良いだろう?」
「もちろんサナルジアには援軍を要請している。だが、それだけでは帝国には敵わないだろう。奴らは今までずっと力を蓄えてきたのだ、ヒューマンとエルフだけでは抵抗は難しい。さらに言えば、二カ国が脱落した時点で岩石国は落ちたも同然だ。岩石国は王国と大森林国に接している。二方面から攻められて、この国が持ちこたえられるとはとても思えない」
「…………」
ドドルは黙ったまま玉座に座る。
その顔は何かに悩んでいる様子だった。
「何を悩んでいるのだ?」
「……俺様はローガスの王族が大嫌いだ。あいつらに力を貸すくらいなら、死んでも良いとさえ思っている」
「では儂に力を貸してくれ。サナルジアは儂に協力すると言っていた」
「てめぇにか? 言っちゃあなんだが、ヒューマンのてめぇを信用できる自信はねぇな。俺たちを裏切らない証拠でも出せれば信じてやっても良いがよ」
今度は儂が悩む。信用できる証拠を出せと言われても持っているわけがない。
そもそもそんな物があるのなら、とっくに出している。
「ならば儂を信用できるかどうか試してみろ」
「ほぉ、それは面白いな。その話に乗ってやる」
ドドルは持っていた手紙をビリビリと破いた。
儂は内心で焦りながらも、冷静を装って質問する。
「どうして破いた?」
「ローガス王からの手紙など見るに値しない。それよりも、俺様はてめぇを信用するかしないかで協力を考えるつもりだ。つまらない結果なら、この話はなかったことにする」
「……分かった」
ドドルは手を叩く。
すると、ドアが開けられて兵士が入ってきた。
「倉庫からアレを持ってこい」
「御意」
しばらく待つと、兵士は木箱を二人ががりで持ってくる。
静かにドドルの前に置かれると、兵士達は部屋から退出した。
「これはダルタン岩石国初代国王ダルタン一世の金槌だ」
木箱の蓋を開けると、そこには根元からポッキリと折れた金槌が収められてあった。
しかも表面はさび付き相当の年月を想起させる。
儂にコレをどうしろと言うのだろうか。
「この金槌を直してみろ。もし、これを元通りに修理できたら助力も考えてやる」
「持ち帰ることは?」
「駄目だ。ここで修理しろ。溶かして作り直すことも許可しない。俺様の目の前でこれを元通りにするのだ。もしできなければこの話は終わりだ」
どうしても援軍は送りたくないようだ。
無理難題をふっかけて儂を諦めさせようと考えているのだろう。
もちろんこんなことはたやすい。
復元空間を発動させると、金槌に合わせて少し待つ。
すると、ボロボロだった金槌は新品同様の艶を取り戻し始め、折れていた部分も逆再生をするかのように接着する。
だいたい五分程度で金槌は復元してしまった。
「おいおい……うそだろ?」
「直っているとは思うが、一応確認してくれ」
ドドルは絶句している。
よく見るとエルナ以外全員が、口をあんぐりと開けて固まっていた。
ドドルは恐る恐る金槌を握った。
「間違いねぇ……完全に直ってる。これはたまげた」
「今のは儂の魔法だ。物なら何でも元通りにできるぞ」
「マジかよ! じゃあ、玉座も直してくれねぇか! この前背もたれを壊しちまって困っていたんだ!」
言われるままに玉座も復元すると、ドドルは次々に壊れた物を持ってきて儂に修理させた。
中には王妃のティアラだと思われる物も混じっていて、一体どうすればこんな風に真っ二つになるのかと呆れてしまう。
「いや~! 真一はスゲェ奴だ! 俺様は感動したぞ!」
「それはいいが、儂を信用できそうなのか?」
「もちろんだ! 国宝まで元通りにしてくれた奴を疑うはずがないだろ! ダルタン岩石国は田中真一との友好の為に、王国へ援軍を送ることを決めた! これは決定事項だ!」
ドドルはドカッと床に座ると、酒樽を抱えて豪快に飲み始めた。
よほどご機嫌なのか、儂に木器を持たせて酒を飲ませようとする。
仕方がないので、ぐいっと飲み下すとかぁぁと腹の辺りで熱を感じた。
久々の酒に五臓六腑は喜んでいるようだった。
ちなみに儂は、この世界ではすでに成人を迎えているので飲酒は問題ない。
そもそも未成年の飲酒を取り締まる、法律すらこの世界にはないようだがな。
ふと、エルナを見てあることが脳裏に浮かぶ。
「ところでサナルジアが参戦するのだが、その辺りは大丈夫なのか?」
「それは我慢してやるよ。エルフの顔を見るのは反吐が出るが、殺し合いをしたいほどってわけじゃねぇからな。離れて戦えば問題はねぇだろ」
やはり理由はよく分からないが、ドワーフとエルフは互いに嫌っているようだ。
話を聞いているエルナは、必死に帽子で顔と耳を隠そうとする。
可愛そうなので、そろそろ城を出た方が良いかもしれない。
「では儂らは、次の国へ行かなければならないので失礼する」
「おう、獣王によろしくな」
「うむ、ではまた」
儂は部屋を出ると、すぐにダルへ質問をする。
「獣王とは?」
「ナジィ共和国の王様だ。ドワーフは獣人とは仲が良いからな、ドドルも獣王とは酒を飲み合う間柄だと聞いたことがある」
「では、次に行くのは獣人の国か……」
城を出ると、儂は大地の牙へ礼を言う。
「交渉が上手くいったのはダル達のおかげだ。感謝する」
「いいって事よ。道楽冒険者の俺たちと違って、おめぇらは重要な仕事を引き受けてんだからよ。ちっとは力になりてぇじゃねぇか」
ダルは豪快に笑う。
だったら金貨を返せと言いたいところだが、今回はダルの口利きがなければ厳しかった。
やはりここは感謝をするべきだろう。
「お、そうだ。エルナにアレを教えておかねぇといけねぇな」
ダルはエルナを呼ぶと、街から見える山を指差した。
「あそこに見える山に、かつてムーアが修行をしていた場所がある。まだまだひよっこ魔導士のおめぇには早いかもしれねぇが、せっかくここまで来たんだ、見物がてらに見に行くといいぜ」
「あそこにムーア様の修行場が……ありがとうダル」
「お、おう、いいって事よ」
ダルは儂に近づくと、コソコソと話す。
「どうしたんだあのポンコツ魔導士? ずいぶんと素直になっちまったじゃねぇか」
「故郷で色々とな。一回り成長したと言うことだ」
「ほぉ、あのポンコツが一人前になっちまったか……いけねぇ眼から汗が出ちまいそうだ。それじゃあ俺たちは帰る。また王国でな」
ダルは左手で顔を押さえながら、ロイとニーナの三人で去って行った。
やはり娘のように思っているエルナの成長は嬉しいのだろう。
儂までもらい泣きしてしまいそうだ。歳を取ると涙もろくなって困る。
「それじゃあ修行場へ行きましょ!」
「そうだな」
儂らはムーアの修行場とやらへ向かうことにした。
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