六十四話 ダルタン岩石国


「行くな! 行ってはだめだ!」

「離して! 私は行かないと駄目なの!」


 屋敷の玄関で父と娘がギャーギャーと騒いでる。

 フレデリア卿はエルナの腰にしがみついて必死に引き留めようとしているが、エルナはぐいぐいと一歩ずつ前に進み着実に玄関のドアに近づいていた。

 見守る儂と婦人は呆れていた。


「貴方、いい加減に諦めたらどうなの? エルナはもう十九歳よ。一人でも立派に生きてゆける年齢だわ」

「駄目だ! 可愛いエルナはどこにも行かせん! この家を継ぐのは始祖エルフとなったエルナだけだ!」

「はぁ……」


 婦人は大きく溜息を吐く。


 先ほど女王と御神木との謁見が終わり、用事が済んだ儂らはサナルジアを離れる事に決めた。元々長く滞在する予定ではなかったので、早く話がまとまったのは都合が良かったのだ。

 

 そういうわけで、すぐにでも出発をしたいところなのだが、問題は見ての通りである。


 やはり父親の愛情は行き過ぎているようだ。

 話に聞けば、三姉妹の中で父親と仲が良かったのがエルナらしく、彼女が家を出たときはそれはもう水溜まりができるほど泣いたらしい。

 さらにエルナが始祖エルフに進化したと両親に報告してしまったおかげで、フレデリア家の跡取りはエルナに決まりだと父親が興奮したのも理由の一つだろう。


 始祖エルフというのは、サナルジアでは神聖化された種族の象徴だ。

 御神木と共にこの国を創った始まりの人であり、エルフという種族の出発点だ。

 その上に現在確認されている始祖エルフはエルナのみ。

 父親でなくとも引き留めようとするだろう。


「お前はフレデリア家を継ぐのだ! 冒険者など私は許さんぞ!」

「いや! 私は大魔導士になるの! もっともっと有名になってすごい冒険者になりたいの!」


 若干エルナの方が力が強いようだ。

 ズルズルと父親は引きずられて、エルナは玄関のドアに近づく。

 伸ばしている手は、あと少しでドアノブを掴みそうだった。


「ロックウォール!」


 父親の魔法により、玄関に岩の壁が出現する。

 ドアまであと少しだったエルナの行く手を遮ってしまった。


「お父様卑怯よ!」

「くははははっ! 魔導士とは頭脳に優れた方が勝つのだ!」

「だったらこうよ! ファイヤーボール!」


 エルナが杖を振ると、ソフトボール程度の火球が何個も現れる。

 火球が岩の壁へ直撃すると、壁もろとも玄関を吹き飛ばして大穴を開けた。


「くそっ! その威力は反則だぞ!」

「私は始祖エルフだからね! お父様の魔法なんか相手にならないわ!」


 いい加減止めるべきなのだろうが、仲裁するための言葉が見つからない。

 それに親子の喧嘩に、他人が入るのもどうかと思ってしまうのだ。


「そういえば戦いで何か約束しなかったかしら?」


 真横に居る婦人が肘で儂を突く。

 ああ、なるほど。あの約束を上手く使えって事か。


 儂は父親へ話しかける。


「フレデリア卿よ、儂との決闘を覚えているか?」

「なんだこんなときに。今は忙しいから後にしろ」

「それはできない。なぜならフレデリア卿と儂は、勝負をして負けた方が相手の要求をのむと約束したからだ。そして儂は勝った。この意味が分かるか」

「まさか……」


 フレデリア卿の顔が青くなる。

 そう、そのまさかだ。


「儂の望みは、両親がエルナを冒険者だと認めてやることだ。冒険者は冒険が仕事だ。引き留めるのは約束に反する」

「いやだぁぁぁあああああああ!! エルナは私の可愛い跡取りだ! 私は認めないぞ! そんな約束は反故だ!」


 まるで子供のようにエルナにしがみつく。

 様子を見ていた婦人が杖を振ると、フレデリア卿は白目をむいてバタリと倒れる。


「さぁ行きなさい。後のことは私がなんとかしますから、遠慮せずに冒険をしてくると良いわ」

「ありがとうお母様」


 エルナは母親を抱きしめてから玄関を飛び出した。

 儂も一礼すると、エルナの後を追って外へと出る。


「真一、ユニコーンよ!」


 エルナはユニコーンの手綱を引っ張って二頭を連れてきた。

 儂らはすぐに飛び乗ると、フレデリア家を後にする。


「父親に使った魔法はなんだったのだ?」

「アレはお母様のオリジナル魔法よ。私もよく分かってないんだけど、お母様はお父様にあの魔法をよく使うの」

「オリジナル魔法か」


 フレデリア卿はマスター級の魔導士になると、自由に魔法を使えるようになると言っていた。それがオリジナル魔法なのだろう。

 だとすれば、使い方次第では魔法はさらに便利な力となるわけだ。

 やはりエルナにも体得してもらいたい技術である。


「一つ聞くが、エルナはオリジナル魔法を創れそうか?」

「今すぐは難しいわ。噂ではマスター級の魔導士は特殊な訓練を積むらしいけど、私はその方法も知らないし、魔力操作の技術もまだまだ未熟だもの」

「特殊な訓練……そう簡単には得られないと言うことか」


 儂はそれだけ聞くと口を閉じた。

 もうすぐ街の外へと出ようとしているからだ。


「おーい、止まれ!」


 街の出口では一人の兵士が手を振っていた。

 顔を見ると、エルナの幼なじみのケビンという男だった。


 儂らはユニコーンを止める。

 ケビンはエルナに駆け寄って声をかけた。


「エルナ! もう街を出るのか!? まだ帰ってきたばかりだろ!」

「うん、もう用事を済んだし旅立とうかなって」

「そんなー!!」


 ケビンは頭を抱えてショックを受けていた。


「もう良いかな? 私たち先を急いでいるから」

「ま、待ってくれ! じゃあ次に帰ってきたときは、俺とデートをしてくれないか!?」

「デート?」


 エルナは少し考えてから笑顔で返答する。


「いつ帰ってこられるか分からないし、今の私はそんな余裕もないから……ごめんね」

「そ、そんな……」


 ケビンは儂に憎悪の目を向ける。 

 もしかしてとは思うが、ケビンとやらは儂がエルナと交際していると思っているのではないだろうか? 

ならばそれは勘違いだ。


「それじゃあケビン、またね」


 エルナはユニコーンを走らせる。

 儂もすぐにユニコーンを走らせると、あっという間に街の入り口から遠ざかっていった。


「あの青年はなかなか人柄が良さそうだったぞ。付き合わなくて良かったのか?」

「ケビンに興味はないわ。せめて真一を超えるくらいの人じゃなきゃ、誰かと付き合うなんて考えられない」

「儂を超える人物か。居るとは思うが、都合良く出会えるのか分からないぞ?」


 自慢ではないが、これでも力も知恵もそれなりに自信を持っている。

 その儂を超える人物を探すとなると苦労しそうだ。

 エルナが行き遅れにならないか、今から心配である。


「……真一って鈍いわよね」

「んん? 儂は鈍くないぞ? これでもなかなか頭のキレる男だと評判だったからな」


 エルナは半眼で儂を見る。

 どうしてそんな眼を向けるのだ。儂は鈍くないと言っているだろ?


「もういいわ」


 エルナは何かを諦めてユニコーンの足を速めた。



 ◇



 連なる山々を越えると、鬱蒼と茂っていた木々が数を減らしてゆく。

 次第に大きな岩が増え始め、断崖絶壁の岩山をよく見るようになった。

 さらに道に沿って進むと、草原が広がる山岳地帯へとたどり着いた。


「この先にドワーフの国があるらしいわ」

「ダルタン岩石国だな。それにしても、どうしてそんなに深く帽子をかぶる?」


 エルナは紫色のとんがり帽子を、顔が見えないほど深々とかぶっていた。

 その様子に儂は違和感を感じたのだ。


「忘れているかもしれないから言っておくけど、エルフとドワーフは仲が悪いのよ」

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな」


 あれは確か大地の牙と自己紹介をしたときだったな。

 ダルとエルナがなぜ喧嘩腰なのかを、ロイが丁寧に教えてくれたのだ。


「しかし、ダルはなんだかんだ言いつつ世話好きだったじゃないか。ドワーフはみんなあんな感じではないのか?」

「全然違うわよ。ダルは長く王国に住んでいるから、他のドワーフと違って他種族には優しいのよ。でも岩石国のドワーフは違う。よそ者が来ると対応は冷たいって言うし、特にエルフは入国を禁止しているくらいなんだから」

「それで耳を隠すように帽子をかぶっているのか」


 儂は納得した。

 エルフの入国禁止とは相当に嫌っているのだろう。

 過去に何があったのか知りたくなるが、まずはエルナが無事に入国できるかが問題だ。

 そんなことを考えていると、進行方向の茂みから見たことのない魔獣が飛び出してきた。


「グギャウン!」


 身長は約一mほど。

 体は石のような皮膚に覆われ、口には鋭い牙が生えそろい耳は尖っている。

 一見すると悪魔のような姿であり、西洋式建造物に造られているガーゴイルとそっくりだった。


 儂はすぐにスキル分析を使う。



 【分析結果:ガーゴイル:様々な岩石や金属を喰らい、特に鉄や銀などを好んで食べる。背中の翼は飛ぶためではなく、高所からの滑空のために備えられていると言われている:レア度C】


 【ステータス】


 名前:ガーゴイル

 種族:ガーゴイル

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックアロー

 取得スキル:牙強化(中級)、爪強化(初級)、硬質化(中級)、分離(中級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:牙強化(特級)、腕力強化(中級)、硬質化(特級)、分離(特級)>



「見たとおりガーゴイルか」


 ユニコーンを止めると、儂は地面に降りる。

 エルナは他に敵が居ないか周囲の警戒を始めた。


「グギャ!」


 ガーゴイルは牙をむきだして儂に飛びかかる。

 が、その動きはスローに見えた。

 見た目とは裏腹に、なかなか重量のある魔獣なのだろう。


 儂は剣を真上から振り下ろすと、スパンッとガーゴイルの体を一刀両断。

 空中で二つになった魔獣は、儂を避けて地面に落下した。


「エルナ、ガーゴイルの素材は高いのか?」

「うーん、場所によるかな。岩石国ではよく出るらしいから、この辺りで売っても安値にしかならないと思う」

「では王国に帰ってから売るとしよう」


 儂はスキル拾いで分離を取得した後、すぐにガーゴイルの死体をリングに収納する。

 そろそろどこかの街で魔獣の死体を売り払いたい。

 サナルジアを旅立ってからすでに三日目であり、狩った魔獣は二十を超える。

 リングの容量がどの程度なのかは分からないが、整理をしておかないと後々困るのは目に見えている。


「よし、再出発だ」


 ユニコーンに乗ると、儂らは再び道なりに走り出す。

 空を見上げると、そびえ立つ山と山の間を鳥のような生き物が飛んでいた。

 よく見るとグリフォンだ。

 何頭も空を舞い、鳴き声を上げていた。

 その姿は雄々しくも優雅だ。


「む、あれは……」


 地平線に街が見えた。

 灰色の石で築かれた外壁に囲まれており、街全体が要塞と言えるほど堅牢な印象を抱かせる。

 あれがダルタン岩石国の首都である岩都ペルンだ。


 街の入り口へ近づくと、兵士らしき二人の男が手に持った槍を交差して行く手を阻む。


「そこの二人止まれ! この街に魔獣を入れることは許さん!」


 予想通りユニコーンが引っかかったらしい。

 ひとまず儂だけ馬を下りると兵士に返答する。


「これはユニコーンの亜種であり、ホームレスユニコーンと呼ばれる魔獣だ。色は黒いが性格は普通のユニコーンと同じと思ってくれていい」

「ホームレスユニコーンだと? 聞いた事のない魔獣だな。しかし、これはなかなか」


 兵士はユニコーンの体に触れる。

 黒い毛並みは光に照らされて、さらに美しく見える。


「まぁいいだろう。くれぐれも街の中で暴れさせるな」


 兵士は道を空けた。

 儂らは無事に街の中へと入ることに成功した。


「おぉ、これはすごいな」


 岩都ペルンは灰色の石を使った建造物が、所狭しと立ち並んでいた。

 さらに建物の煙突からはモクモクと煙が昇り、街全体が工場のようにも見える。

 大通りでは石を乗せた荷馬車が何台も行き交い、手袋やエプロンを着けた男性ドワーフが空を見ながらプカプカとキセル煙草を吸っていた。


「真一見て! 獣人よ!」


 エルナが指差した方向には、猫耳の男性が歩いていた。

 サナルジアやローガスでは見かけなかったが、この国では獣人は一般的な種族のようだ。


「いや~腹がへったな! 仕事の後の飯でも食うか!」


 聞き覚えある声に視線を向けた。

 声の主は大きな建物から出てくる三人組だ。


「ダル!」

「あ?」


 声をかけると、髭面のドワーフが儂を見る。

 そして笑顔になった。


「真一じゃねぇか!」


 ダルが駆け寄ってくると、儂は彼と握手を交わす。

 彼の後ろにはロイとニーナもいる。


 大地の牙との偶然の再会に儂は喜んだ。



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