六十三話 御神木は喋るらしい


「ファイヤーボール!」


 試合開始と同時にフレデリア卿が火球を放つ。

 儂はすぐさま回避した。


「逃がさん! ファイヤーアロー!」


 今度は炎の矢が連続して射出される。

 どうやら儂を近づけさせない作戦のようだ。

 回避を続けている内に、放たれる炎の矢はどんどん数を増す。


「どうしたヒューマン! 私を倒すのではなかったのか! これではあっという間に私が勝ってしまうぞ! くはははっ!」

「すぐに終わっては面白くないので、わざわざ長引かせているのだ。それとも無様に負けたいのか?」

「口の減らないガキめ! ではこれはどうだ!」


 炎の矢の数がさらに増えた。

 一度に放たれる矢は二十本を超え、さすがにこのまま避け続けるのは厳しい。

 儂は木剣を使って矢を防ぐことにした。


 当たらない矢は無視して、確実に儂を捉えているものだけを剣で切る。

 炎の矢は木剣に切断されると、ボッと音を出してかき消えた。

 木剣の耐久度を心配したが、ファイヤーアロー程度では壊れないようで安心する。


「ちっ、木剣で魔法を切るとはふざけた奴め。ますます気にくわない」


 フレデリア卿は攻撃をやめて別の魔法を行使する。

 杖の先から風の刃が鋭い音ともに放たれた。

 中級魔法のエアロカッターだ。


「っつ! これは不味い!」


 エアロカッターはさすがに木剣では切れない。

 風の刃をギリギリで見極めると、体を反らして避ける。

 フレデリア卿は儂が避けた事に舌打ちをして、さらに手数を増やした。

 よほど儂を切り刻みたいらしい。


「くそっ! 避けるな! おとなしく死ねば良いのだ!」

「それはできない話だ。殺されてやる理由がないのだからな」


 ひょいひょいと避けると、通り過ぎていった風の刃は儂の遙か後ろにある木々を伐採してゆく。

 綺麗な庭が持ち主によって破壊されてゆくとはなんとも皮肉だ。


「貴方、エアロカッターはもうやめてちょうだい。庭を直すのにどれだけお金がかかると思っているの?」


 フレデリア夫人が無表情で言葉した。

 すると、フレデリア卿が「そ、そうだな……やめておこう」と顔を強ばらせる。

 ここに来てずっと思っていたが、フレデリア家は夫人の発言力が強いようだ。

 それでいて夫の発言をいさめないあたり、夫人も儂に対し思うところがあるのだろう。


「まぁいい。小手調べはここまでだ。私の魔導士としての実力を見せてやろう」


 フレデリア卿が杖を掲げると、体から魔力が放出される。

 通常ならすぐに杖に吸い込まれるはずなのだが、放出された魔力は一度停滞すると、思い出したかのように杖に吸い込まれる。

 そして、杖から放出された魔力は、ぐにゃりと巨大な蛇のような形に変化した。

 周囲の砂や石が蛇に引き込まれてゆき蛇の体を形成する。

 わずか数秒で岩の大蛇ができあがってしまった。


「これは……」

「驚いたか? これがマスター級魔導士の実力だ。魔力とはすなわちイメージを具現化する力。魔法の枠から外れて魔力を操る事こそが、魔導士と呼ばれる由縁だ」


 魔法の枠、恐らくエルナが普段使っている魔法の事なのだろう。

 儂も気にはなっていた。

 この世界の魔法というのは、ずいぶんと初心者に優しく使いやすい。

 もっと簡単に言うとゲームの魔法のようだ。

 選択するだけで決められた魔法が発動する。あまりにも不自然ではないか。


 フレデリア卿は話を続ける。


「私たちが使っている魔法は、世界の法則に則って発動している。これは我らの先祖が他種族の為に、ことわりに干渉して簡易的にしたと言われている。つまり、本来の魔法とはもっと複雑なものだったと言うことだ。だが、私たちマスター級魔導士はそれに縛られない。保有魔力と属性が許す限り自由自在な魔法を構築する事ができるのだ」

「ほぉ、なかなか興味深いな」


 ふむ、魔法とは覚えるだけの簡単な技術かと考えていたが、思ったよりも奥の深いものだったようだ。

 ただやはり気になるのは、あの魔力の動きだろう。

 フレデリア卿は一度既存の魔法を発動させようとした。

 しかし、先ほどの動きを見る限りでは、それをキャンセルしたと考えられる。

 そこからさらに別のイメージを追加する事によって、発動前とは違った魔法を創りだした。と予想できる。


「言っておくが、魔導士でもない者がこの技術を使うのはお薦めしない。これは魔法操作に長けており、なおかつ魔力操作に秀でた者しかできない芸当だ。私のように火、風、土の三属性を備えた上に、長く経験を積んでいなければ真似はできないだろうな」

「別に真似ようとは思っていない。儂は魔導士ではないからな」

「ふん、私の偉大さが分からないとは残念な奴だ。もういい、手早く終わらせてしまおう」


 フレデリア卿が杖を振ると、岩の大蛇が体をくねらせて近づいてくる。

 全長約十五mに体高は二m近くと、かなり大きな蛇だ。

 移動速度は重量のせいかあまり速くはない。


 大蛇は儂を目の前にすると、鋭い牙をむき出しにして噛みついてくる。

 儂は木剣を地面に捨てて、その口を両手で受け止めた。

 そして、力を込めて一気に投げる。


「でりゃっ!」


 ドスンと大蛇は地面にたたきつけられ、体を構成していた岩がバラバラと崩れた。

 様子を見ていたフレデリア卿は口をあんぐりと開けて固まっている。

 よく見ると、夫人も眼を大きく見開いて驚いている様子だった。

 儂は地面の木剣を拾うと首を横に振る。


「あの程度で倒せると思われたのは心外だ。儂はこれでも、ハイドラゴニュートより力が強いのだぞ?」

「くっ……だったらもう手加減はしない! フレイムバースト!」


 爆発が儂に直撃する。

 真っ赤な爆炎が儂を覆い隠し、すぐに黒煙がもうもうと立ち昇る。

 耳にフレデリア卿の高笑いが聞こえた。


「くはははははっ! つい勢い余って殺してしまった! これでエルナにつきまとう馬の骨とはおさらばだな!」


 馬の骨とはずいぶんな言い方だ。

 別に儂はつきまとってはいないし、そもそもエルナの方から仲間になりたいと言ってきたのだ。

 そこをあの父親は勘違いしている。


 そろそろ頭を冷やさせる頃合いだろう。


 儂が黒煙から飛び出すと、一瞬にしてフレデリア卿の目の前に移動した。


「なっ!?」


 言葉にならない声を発するが、儂は木剣を容赦なく一閃する。

 狙ったのは右鎖骨だ。ポキッと骨が折れる音が聞こえると、フレデリア卿は杖を地面に落として痛みに叫ぶ。


「ぎゃぁぁぁあああ!?」

「鎖骨を折った。これで右腕は動かせないぞ」


 儂は今度は左の鎖骨を折るために剣を振り上げた。


「そこまでです!」


 待ったをかけたのはフレデリア夫人だった。

 彼女はフレデリア卿に近づくと、回復魔法をかけて治療を始める。


「文句なしに真一の勝ちだね」


 エルナが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 どうやらフレデリア卿が杖を手放した時点で、勝負は決したと判断されたようだ。

 まぁ、儂を至近距離に入れた時点で逆転は難しいだろうからな。

 正しい判断と思う。


「くそっ! ハイエルフのこの私がヒューマンごときに!」


 フレデリア卿は治療を終えると、立ち上がって怒りに震える。

 それを見た夫人が無表情のまま話し始めた。


「私も娘の連れてきた男性に興味がありましたが、ここまでの実力を備えた人物なら文句はありません。貴方もいい加減、真一さんを認めてあげたらどうですか?」

「嫌だ! エルナは渡さないぞ! 私の可愛い娘を、どこの馬の骨か分からない者へ渡すなど断固として反対だ!」

「まったく石頭なんだから……」


 んん?? 何か話がおかしいぞ?

 どうして儂にエルナをやるやらないなどと言っているのだろうか?

 儂はエルナに視線を向ける。

 肝心のエルナは顔を赤くして黙っていた。

 収拾をつけるためには、儂が話を切り出すしかないだろう。


「勘違いしているようだが、儂はローガス王国の使いとしてサナルジアに来た。これがローガス国王から預かった書簡だ」


 リングから手紙を取り出すと夫人へと渡す。

 今回の旅のために、実は四通の手紙を持たされていたのだ。

 宛先はそれぞれの国王へ。


「確かにローガス国王の印だわ。と言うことは、真一さんはエルナを娶りに来たわけじゃないのね」

「どうしてそうなる。儂は冒険者であり、仕事としてサナルジアへ来ただけだ。エルナを娶るなど考えていない」


 儂がそう言い放つと、エルナが口を膨らませて杖で叩く。

 その顔はどう見ても怒っているようだった。


「真一なんかもう知らない!」

「な、なぜ怒るのだ? こら、それ以上叩くな! 痛いだろ!」


 年頃の女の子の考えていることは分からない。

 儂は何か不味いことでも言ったのだろうか?


「なんだそう言うことか。だったらもっと早く言え。私がヒューマンに負けたのが無意味だったではないか」

「あら、無意味じゃないと思うわよ。少なくとも貴方を倒す実力を備えたヒューマンって事ははっきりしたし、信用できそうな人物だってことも分かったじゃない」

「ちっ……仕方がない。この手紙は女王へ渡すとしよう。お前達も着いてこい」


 フレデリア卿はスタスタとどこかへと歩いて行く。

 儂らはその後を追うことにした。


 屋敷を出て街の中心部へとたどり着く。

 そこには、目眩がするほどの巨木が天に向かってそびえ立っていた。


「ここからは神聖な場所だ。無礼は許されない」


 言うとおり、巨木の近くは空気が澄んでいて神聖な雰囲気を漂わせていた。

 ふと、木の根元に一人の女性を見つける。

 白いドレスを身につけ、長い金髪は風になびいて美しい。

 フレデリア卿は女性に近づくと、片膝をついて頭を垂れた。


「女王陛下、ローガス王国より書簡が届きました」

「そうですか、では渡しなさい」


 女王と呼ばれる女性は、手紙を受け取ると中を開いて目を通す。

 そのあと儂に眼を向けた。


「そこの者が王国からの使者か。名はなんと?」

「儂は田中真一。王国のマーナで冒険者をしている」


 女王は儂を観察しつつフレデリア卿に質問する。


「右大臣、この者を信用できるか?」

「恐れながら申し上げますと、私は信用はできると考えております。少々無愛想ですが約束は守る人物かと」

「……ならばその言葉を信じよう」

「感謝いたします」


 女王はあっさりと頷く。

 それよりも驚いたのはフレデリア卿の儂への評価だ。

 怒り狂っていた割には、ちゃんと人を見ていたのだと感心する。

 やはり腐っても大臣と言うことか。


「信じるにたる人物なら、私も援助をすることはやぶさかではない。援軍が欲しいのならすぐに王国へ送ってやる」


 「ただし」と付け加えて女王は振り返った。


「御神木様の答えをお聞かせくださいませ」


 女王は巨木へ声をかける。

 儂はその様子に首をかしげた。まるで人に語りかけるかのようだったからだ。


『……これはまた見たこともない種族だなぁ。見た目はヒューマンだが、中身は全くの別物だぁ』


 体を震わせるような声が響いた。

 巨木の幹に二つの眼が開き、視線は儂を捉える。


 儂はすぐにスキル分析を使用した。



 【分析結果:世界樹トレント:現存する聖獣の中でもっとも永く生きており、聖獣化したトレントの成れの果てだと言われている。サナルジア大森林国は世界樹トレントを中心に形成された国家であり、最終決定権も世界樹トレントに委ねられている:レア度SL】


 【ステータス】


 名前:***

 年齢:***

 種族:世界樹トレント

 魔法属性:***

 習得魔法:***

 習得スキル:***

 進化:***


 これがトレントだと……?

 儂は分析結果をこの目で見ても信じられなかった。

 それにステータスの多くは伏せられている。今のスキルランクでは見られないと言うことだ。

 トドメはレア度だろう。

 儂の見た最高はSSだった。つまりスーパーレアという意味だろう。

 しかし、レア度SLとはどういった意味だろうか?

 考えられるのはスーパーレジェンドのSLなのだが、世界樹を見ていると正解のような気がする。

 目の前の聖獣はまさに伝説級の生き物だ。


『援軍を送るのは良いんじゃないかなぁ。僕が見る限りでは、彼は信用できると思うんだぁ。だから、力を貸した方がこの国のプラスになるかなぁ』

「御神木様の御意志を尊重いたします。それでは女王の権限により、王国へ軍を派遣いたします」

『うん、そうした方がいいよぉ』


 女王は儂に顔を向けると右手を出した。

 儂は恐る恐る手を握る。


「田中真一と言ったか、私たちサナルジアは貴殿との友好関係のために軍を送ることにする。決して王国の王族のためではないと理解せよ」

「儂としては援軍を送ってくれるならそれでいい。それよりも言いたいことがある。どうしてサナルジアは同盟国の王国を助けようとしない? 儂はそれが少々気に入らない」

「もっともな言い分だな。もちろんサナルジアがローガス王国を見下しているのは事実だ。だが、一番の理由はローガスの王族だ。彼らは我々が助けることが当然だと考えている。今まで何度も助けてきた我らを侮辱したのだ。よってサナルジアは王国を助けないと決めていた」


 儂はマーナ領主とメディル公に、話が違うじゃないかと言いたくなった。

 一言も王族がサナルジアから怒りを買ったなどと聞いていない。

 これが事実だとすれば、王国が危機的状況なのは自業自得だ。

 顔も見たこともない王様にムカムカと腹が立つ。


「わかった、儂とサナルジアの友好として援軍をお願いする。決して王族の為ではないと誓おう」

「ならばこちらも気持ちよく軍を送り出せる」


 女王と固く握手を交わす。

 しかし、同盟国でこの対応なのだ。他の三カ国はどのような考えなのか恐ろしくなる。

 この旅はなかなか過酷かもしれないな。


『そうだ、田中君コレあげる』


 御神木は幹の一部かと思われていた巨大な腕を動かして、頭部の辺りを触りだした。

 しばらくすると、巨大な腕は一本の枝を落とす。


「これは?」

『何かの役に立つと思うよぉ』

「そうか、では喜んでいただこう」


 枝とは言うが、その大きさは馬鹿でかい。

 横幅だけで二階建て一軒家が収まりそうだ。

 儂はリングへ収納した。


『やっぱり神器を持っているんだぁ』

「神器?」


 御神木の呟きを聞いて疑問を感じる。

 神器とは何かと聞こうとしたところで、フレデリア卿から声がかかった。


「そろそろ行くぞ。もう用はないだろう?」

「う、うむ……」


 後ろ髪を引っ張られるような気持ちだが、ひとまず聖域を出ることにした。



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