六十二話 フレデリア家の夕食


 エルナの実家に泊まることとなった儂は、ひとまず街で情報収集をする事にした。

 もちろんエルナも一緒だ。


「真一、やっぱり屋敷に戻りましょうよ……」

「戻って何をするというのだ。まだまだ日は高い、今の内にこの国の内情を探っておく方が有益だ」


 エルナは儂の後ろに隠れて着いてきている。よほど知り合いに会うのが怖いようだ。

 まぁその気持ちは分からない訳ではない。

 儂だってホームレスになったばかりの頃は、知り合いと会うのは恐怖だった。

 あの田中真一が落ちぶれたと笑われる光景が脳裏によぎるのだからな。

 だが、現実が想像と違っていることはよくあることだ。

 誰も儂の事など気にしてなどいないし、儂がどうなろうとどうでも良いのだ。

 それが現実。それが社会だ。


 ただ、儂とエルナが違うことは落ちぶれたわけではないということ。

 見返すほどの強さを手に入れて故郷へ戻ってきたのだ。

 大手を振って堂々と帰郷を知らせれば良い。


「もっと堂々としろ。お前は特級魔導士ではないか。それとも、もう大魔導士になるつもりはないのか?」

「なるわよ! 私は大魔導士になるんだから!」


 エルナは儂の前に飛び出して声を荒げる。

 すると、周囲の人々はエルナを見てコソコソと話し始める。


「あれってフレデリア家の出来損ないの子じゃない? たしか初級魔法しか使えないって聞いていたけど……」

「出来損ないが帰ってきていたのか。けど、特級魔導士の格好をしているのはどうしてなんだ?」

「名家の出来損ないが、よく戻ってこられたものだ。メリッサ様とクララ様の足下にも及ばないくせに」


 街の中でザワザワと話声が聞こえる。

 儂はエルナが国を離れた理由をなんとなく察した。


「あ……う……」


 耳の良いエルナは話し声が全て聞こえる。

 いや、街の住人はわざと聞かせているのだ。


 名のある魔導士の家に生まれたエルナは、この国の人々から才能を期待されていたのかもしれない。

 だが、彼女はその期待に応えられなかった。

 次第に人々は哀れみを怒りと侮蔑に変え、エルナの才能の無さが罪であるかのように攻めるようになったのだろう。

 そして、とうとうエルナは国を出た。

 彼女が故郷を避けるのは当然だったのだ。


 儂はこの国の人々に怒りを感じた。

 コソコソと話をしている奴らに、いかにエルナが強い魔導士なのかを見せつけてやりたい。申し訳なかったと謝らせたい。


 儂は街中に聞こえるような声でエルナに話しかけた。


「エルナは帝国のドラゴニュートを百人以上も倒したのだったな! それに帝国皇族のベゼルに放った特級魔法は凄まじかった! 恐らく帝国はこの先百年は、サナルジア大森林国のエルナ・フレデリアを忘れることはないだろうな! 儂はサナルジアが本当に羨ましい!」

「し、真一?」


 儂の突然の言葉にエルナは戸惑っていた。

 話を聞いた街の住人はザワザワと会話を交わす。先ほどとは打って変わり、エルナがドラゴニュートを百人以上も倒したことに驚愕しているようだ。

 少々大げさに言ったが戦果に嘘はない。

 

 それとスキル独裁力を使用した。

 独裁とはつまり人心をつかむことだ。儂の言葉に多くの者の心が動かされたはず。その効果はすぐに現れた。


「エルナ様! 貴方は本当は素晴らしい方だったのですね! 今までを謝罪させてください!」

「エルナ様はサナルジアの期待の御方だったのか! ずっと勘違いをしていたことを謝りたい!」

「さすがはフレデリア家のエルナ様だ! 俺はずっと昔からすげぇ人だって信じていたぜ!」


 エルナの周りに住人が集まってくる。

 彼らは謝罪を口にしながら褒め称えた。

 スキルの力を借りたが、これが本来の形なのだと儂は満足する。


「そんなの嘘よ!」


 怒声に儂や住人は視線を向ける。

 声の発生源は五人組の女だった。


「エルナは初級魔法しか使えないポンコツ魔導士よ! クラスメイトだった私たちがよく知っているもの!」


 五人の一人、天然パーマに茶短髪の女が、エルナを指差して怒りを露わにしていた。

 赤色のローブを着ている事から上級魔導士だと分かる。

 他の四人も赤や橙と魔導士のローブを身につけていた。


「私はもう特級魔導士よ! ちゃんと特級魔法だって使えるわ!」


 エルナが前に出ると、五人へ言い返した。

 五人は待ってましたとばかりに罵声を浴びせる。


「じゃあ魔法を使ってみなさいよ! どうせその格好もはったりか何かなんでしょ!? 出来損ないは出来損ないらしく、フェリア様の靴でも舐めてればいいのよ!」

「だったら見せてあげるわ! 私の今の実力がどれほどなのか――ちょ、何よ真一!」


 儂はエルナを捕まえると、冷静になれと耳打ちする。

 このままでは街中でフレアゾーンを使いそうな勢いだったからだ。


「落ち着くのだ。お前は魔法を使って故郷を破壊する気か?」

「でも、あいつらは私が魔法を使えないって……」

「とりあえず特級魔法は使うな。それよりももっと賢いやり方があるだろう」

「賢いやり方……ああ、そう言うことね。分かったわ」


 エルナが再び前に出ると、杖を掲げて魔法を発動させる。

 彼女の周囲に火、水、風、土、闇、光の球体が出現した。それらはグルグルと円を描き、エルナの周りを漂う。


 その光景に、五人の女達だけでなく住人も口をポカーンと開けて固まった。


「あり得ない……六属性を操るなんて……何かの間違いだわ」

「じゃあ六属性全ての上級魔法を喰らってみる? それなら信じられるかしら?」


 エルナは魔法を操り不敵な笑みを浮かべる。

 ステータスを知っている儂は、それは無理だろうと心の中でツッこんだ。

 ただ、五人はそんなことは知らないので、本当だと信じたようだ。

 彼女たちは悲鳴を上げて逃げ出す。


 エルナは魔法を消すと、街の住人から拍手喝采が贈られた。

 それもそのはず、六属性持ちというのはこのサナルジア大森林国においてエルナ以外に存在していない。つまりとてつもなく希少な存在だ。

 その上で実力も特級魔導士である。

 サナルジアの住人でなくとも絶賛していたことだろう。


「私……帰ってきて良かった……」

「うむ、だから逃げる必要はないといっただろう?」


 儂はエルナの肩に手を乗せて深く頷いた。

 そう、彼女が臆することなどなにもないのだ。堂々と魔導士と名乗れば良い。

 立ちふさがるものが居れば叩き伏せれば良いのだ。


「そろそろ行くか」

「うん!」


 儂らは情報収集をするために、街の中へと歩き出した。



 ◇



「ヒューマンに食べさせるのはもったいないが、今日は特別に高級肉を用意してやったぞ。最後の晩餐だと思ってかみしめて食べるがいい」


 エルナの父親――フレデリア卿が、ニヤニヤとワイングラスを片手にそう言った。


 現在はダイニングにて食事をしている。

 できれば父親とは同じ食卓を囲みたくはなかったが、客人として招かれた以上は避けることはできない。


「フレデリア卿のご厚意に感謝する。ではその高級肉とやらをいただこうか」


 前菜が終わり、次に運ばれてきたのは大きなステーキだった。

 鉄板の上でジュウジュウと分厚い肉が、大量の肉汁を滴らせている。

 ナイフで切り分けて口に運ぶと、その柔らかさに唸ってしまう。

 A5ランクの牛肉に相当する美味さだ。


「どうだ、美味いだろう? それはサナルジア大森林国が誇る幻の牛スィートキャトルだ。口に入れれば人肌で脂は溶けて、甘さと旨味がその肉の美味さを何倍にも高めてくれる。お前のような庶民は一生口にできない高級肉だ」


 フレデリア卿はしつこく儂を蔑もうとする。

 反対にフレデリア夫人はエルナと楽しそうに会話をしながら食事をしていた。

 他にも二人の姉妹がこの場には来ており、儂や父親を合わせると計六人の人間がテーブルを囲んでいる。


「エルナが男性を連れてくるなんて意外ね。いつものほほんとしていて、そう言うことには奥手だと思っていたわ」


 そう言ってクスクスと笑うのは長女のメリッサだ。

 長い金髪を後ろでまとめており、胸の谷間を強調したピンクのドレスを身に纏っている。

 やはりだが母親に似て非常に美人である。


「エルナおねぇちゃんが連れてきた男の人ってカッコイイね。エルフじゃないのにエルフより美形だよ?」


 儂をチラチラと見ながらしゃべるのは三女のクララ。

 金髪をポニーテールにしており、黄色いワンピースを着ている。

 容姿は可愛らしいと言った方が良いだろう。まだまだ大人になりきれていない感じだ。


 儂はそれとなく額の目を開く。

 ここは楽園パラダイスだ。形の良い胸が堪らない。むふふ。


「おい、聞いているのか! 早くそのスープを食べろ!」

「……んん? おお、冷めては良くないな」


 儂はスープを口にする。

 それを見たフレデリア卿が笑みを浮かべた。


「かかったな! そのスープにはしびれ薬を盛ってあるのだ! これで明日の試合は不戦勝で私の勝ちだ!」


 父親は「やーいやーい! ひっかかったー! ざまーみろー!」と嬉しそうだ。

 儂は無視をしてスープを味わう。

 しびれ薬はともかく、スープはなかなか美味だ

 父親と儂の様子を見たエルナが呆れたように溜息を吐く。


「お父様、真一には毒は効かないわよ。前にラッピングスパイダーマザーの毒を受けて平然としていたし。しびれ薬でどうにかなるとは思えないわ」

「なっ!? ラッピングスパイダーマザーの毒で死なないだと!? ありえない! あれは人を数分で死に至らしめる猛毒だぞ!」

「だから効かないんだって言っているじゃない」


 ギャーギャーと父親が騒ぎ立てる。

 この家はなかなか賑やかなようだ。

 なんとなくエルナが素直で明るい理由が分かった気がする。


 ただ、しびれ薬を盛ったのは見過ごせない。

 しびれにはしびれで返してやろう。

 儂は麻痺眼でフレデリア卿を麻痺させた。


「あばばばば……」

「お父様!?」


 倒れた彼をエルナがすぐに介抱する。

 ただの麻痺なので数十分ほどで動けるようになるだろう。

 もし、致死量の毒を盛っていたら、この程度では済ませなかったところだ。


「主人がごめんなさいね? あの人は昔からヒューマンが嫌いなのよ」


 夫人が申し訳なさそうに話す。

 儂は少し笑って返答した。


「別に気にしない。むしろ無条件で好意を寄せてくる相手の方が、信用できないものだからな」

「ふふ、そうかもしれないわね」


 彼女は笑いながらも、その目は儂を観察している。

 警戒心からというよりは、品定めをしている感じだ。

 娘の仲間として相応しいのか確認しているのかもしれない。


 儂は食事を終えると、指定された部屋へと戻ることにした。



 ◇



 翌朝。儂とフレデリア卿は敷地にある訓練場で向かい合っていた。


 近くにはエルナとフレデリア夫人が立っており儂らをじっと見ている。

 エルナには審判をしてもらうつもりだ。

 それと夫人には救護役をお願いしている。

 儂がうっかり殺してしまう可能性もないとは言い切れないからな。


「どうせなら真剣でやっても良いのだぞ?」

「気遣いは無用だ。儂はコレで十分と判断した」


 ルールは簡単だ。

 儂の武器は木剣のみとし、フレデリア卿が使用する魔法は一切制限なし。

 舞台は二十m四方の訓練場内に限り、場外もしくは先に相手を戦闘不能にした方が勝者となる。


「私だけ優遇されるのは少々つまらないので一つ提案をしよう。もしお前が私に勝てば、どんな要求でも一つだけのんでやる」

「それはいい。では儂が負ければそちらの好きな要求を一つ聞こう」


 儂の返事を聞いてフレデリア卿はニヤリと笑う。

 またろくでもない事を考えているようだ。

 要求内容は知らないが、勝てると思い込んでいる辺りが愚かだな。


「それじゃあ二人とも位置について」


 審判であるエルナのかけ声に、儂らは所定の位置に移動する。

 儂とフレデリア卿との距離は五m。

 剣で戦うには遠すぎる距離であり、魔法で戦うには近すぎる距離だ。


 試合開始が迫り緊張感は高まった。

 エルナが手を掲げると数秒ほど動きを止める。


 そして、一気に振り下ろした。


「始め!!」


 試合開始だ。



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