第四章 四人の王とホームレス

六十一話 サナルジア大森林国


 木々に囲まれた山道を黒きユニコーンが駆け抜ける。

 儂らを狙った魔獣はその速さに追いつけず、運が悪ければ踏み殺された。

 時々、すれ違う旅人は儂らのユニコーンを珍しそうに見る。

 黒いユニコーンなど見たことがないからだろう。


 エルフの国へ行くまでに、山賊というものにも出会った。

 数は三十人ほど。体中から魔退香の臭いが漂い、狩人のように魔獣の毛皮をかぶっていた。

 奴らは行く手をふさぎ、エルナと金とユニコーンを要求する。

 ならばと奴らに小竜息の火炎放射をプレゼントしてやった。

 数人が焼き殺されると、奴らは顔を青くして逃げ出したのだ。

 儂は追うことはせずに、先を急ぐことにした。


 そして、マーナを出てから三日目に、サナルジア大森林国の首都であるザーラへと到着したのだ。


「あそこに見えるのが森都ザーラよ。街の中央には御神木様があるわ」


 丘の上から森を見下ろす。

 エルナが指し示す方角には大きな街があった。さらにその中心には一本の巨大な樹が見える。

 山ほどもある樹はあまりにデカく、ここからでも遠近感が狂わされそうだった。


「御神木とはどれほど生きているのだ?」

「うーん、聞いた話によると十万年は生きているって事らしいけど……」

「十万年!?」


 桁違いの樹齢に驚愕する。それだけ生きていれば、御神木と呼ばれるはずだ。

 さすが異世界。儂の常識を何度も壊してくれる。


 儂らは街を目指して馬を走らせる。街に近づくにつれて、道では多くの人とすれ違うようになった。

 そのほとんどが耳が長く、整った容姿をしている。

 エルフとは美男美女の種族だったようだ。


「もうすぐ街の入り口よ」


 進行方向には白亜の外壁に、凱旋門にも似た入り口が大勢の人々を飲み込んでいた。

 門では五人もの兵士が、槍を片手に通行人を観察する。

 儂らは兵士に止められる前にユニコーンから降りると、自ら話しかけることにした。


「儂らは旅のものだが、街の中へユニコーンを入れても良いだろうか?」

「黒いユニコーンというのは初めて見たが、街の中で暴れさせないと約束できるのなら許可する」

「感謝する」


 ユニコーンはともかく、儂らは怪しい者としては引っかからなかったようだ。

 ひとまず安心して街の中へ入ろうとしたところで、兵士に呼び止められた。


「ちょっと待て。そこのお前……もしかしてエルナじゃないのか?」

「ち、違います。気のせいです」


 エルナはとんがり帽子を深くかぶる。

 しかし、兵士は回り込んで嬉しそうに声をかけた。


「俺だよ! 忘れたのか!? ほら、三軒隣のケビンだよ!」

「え? ケビン?」


 エルナは顔を上げて兵士を見る。

 すぐに知り合いだと分かると、エルナの顔がほころんだ。


「久しぶりね! 元気にしてた!?」

「ああ、見ての通り軍に就職したがな。それにしてもエルナは変わったな。特級魔導士だし、昔よりもさらに綺麗になった」

「そ、そうかなぁ。見た目は変わらないと思うけど、魔法の実力はあの頃よりもだいぶ変わったと思う」


 エルナは照れくさそうにはにかむ。対するケビンという兵士は顔を赤くしていた。

 他のエルフを見た感じでは、エルナの容姿は一線を引いた美しさだ。

 若い男が緊張するのは仕方のないことだろう。

 ただ、二人の様子を見ていると妙にムカムカするのだ。


「エルナ、そろそろ行くぞ」

「うん! すぐに行く! それじゃあケビンまたね!」


 エルナは儂へと駆け寄ってくる。

 ケビンへ二人で手を振ると、街の中へと足を進めた。


 森都ザーラは白亜の街と言っていいほど、多くの大理石によって建物や石畳が造られていた。

 至る所に女性や男性の彫像が設置されており、華やかな都といった印象が強い。

 特に計画的に植えられている木々が街と融合しており、街の空を覆い隠す御神木の枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日が神秘的に見せる。


 ここがエルナの故郷かと妙な感動を誘った。


「……ところで、先ほどのケビンというのは?」

「近所に住んでる幼なじみよ。昔はよく遊んだの」

「ほぉ、幼なじみか」

「うん。すっかり疎遠になっていたけど、元気そうだったから安心したわ」


 エルナはニコニコと嬉しそうだが、それよりも向けられる視線が儂は気になっていた。

 どこからかエルナに対し、憎悪の籠もった視線を感じるのだ。

 周囲を見渡すと、建物の影からこちらを覗く五人組の女性を見つけた。

 いずれも見目麗しいエルフだが、その顔は憎しみでゆがんでいた。

 おそらくはエルナをいじめていたフェリアの仲間だろう。

 だったら遠慮は必要ない。


 儂はさりげなく五人組へ麻痺眼を使用した。


 バタバタと五人は建物の影で倒れてしまった。

 死にはしないので、問題はないだろう。


「どうしたの真一?」

「なんでもない。それよりも、この国の重要人物とはどうやって会えば良い?」

「じゃあ私の家に来た方が良いわ。お父様とお母様はこの国の要人なの」

「それはいい。ではさっそく訪問しよう」


 エルナは「う、うん」と顔を赤くして足早に進み出した。

 やはり男を家に連れて行くのは恥ずかしいのだろう。

 しかし、今の儂らにそんなことは言っていられない。

 帝国が本格的に動き出す前に、援軍を集める必要があるのだ。

 最低でも軍事レベルでの連携を約束してこなければ、今回の仕事は失敗と言うことになってしまう。

 まったく面倒な仕事を引き受けてしまったものだ。


 儂らはエルナの自宅へと行くことにした。



 ◇



「ここが私の実家よ」

「で、デカいな……」


 エルナの家は大豪邸だった。

 三階建ての屋敷はお城にも見え、庭には見事な噴水が設置されている。

 花々は咲き乱れ、ウサギのような小動物が怯えることなく散歩をしていた。


「さぁ入って」


 エルナは門を開けると、儂を気軽に招き入れる。

 その門も金で装飾されており、見ているだけで眼が痛くなりそうだった。

 

 儂は導かれるままに敷地へ入ると、今度は屋敷までの遠さに驚かされる。

 二十分ほど要して敷地を抜けると、ようやく屋敷の玄関に到着する。

 王国のメディル公爵の屋敷でもこれほどの大きさではなかった。

 サナルジア大森林国が大国だと言うことを嫌でも見せつけられた感じだ。


「ただいまー」


 エルナはドアを開けて屋敷の中へと入る。

 儂も恐る恐る中へと入った。


「おお……」


 屋敷の中は豪華絢爛。

 様々な美術品が飾られており、正面の壁には五人の人物を描いた肖像画が掛けられていた。

 男性は短金髪に鼻下には髭を蓄えている。

 その身に纏うのは焦げ茶色のローブだった。

 女性はエルナによく似ていて非常に美しい。

 やはりその身に纏うのは焦げ茶色のローブだった。

 二人の足下にいる三人の女の子は、全員がエルナに似ていて一人は確実にエルナそのものだと分かった。

まるで海外の王宮へ来たような錯覚を起こす。


「お帰りなさいませお嬢様」

「ただいまセバスチャン。お父様とお母様は?」

「当主様も奥様もご在宅でございます。すぐに呼んで参りますので、応接間にでもお待ちいただければと」

「分かったわ」


 セバスチャンと呼ばれる老人執事は一礼すると、奥へと歩いて行った。

 エルナは応接間だろう部屋へと儂を案内する。


「なんだか広すぎて落ち着かないわ。ダンジョンの隠し部屋になれすぎたせいね」


 ソファーに座っているエルナは、儂よりもソワソワした様子だ。

 彼女の気持ちはよく分かる。この屋敷は無駄に広すぎるのだ。

 良くも悪くも儂らは庶民感覚と言うことだ。


「エルナ!」


 バンッと扉が開けられ、一人の男性が入ってきた。

 肖像画に描かれていた男性とそっくりなので、エルナの父親なのだろう。

 彼は立ち上がったエルナを抱きしめて頬ずりする。


「ああああ! 私の可愛いエルナ! やっと帰ってきたのだな! ずいぶんと心配したのだぞ!」

「う、うん……心配させてごめんね……」


 エルナは引き気味だが、父親は溺愛する我が子をかわいがろうと強く抱きしめる。

 子を思う気持ちは儂も分かるが、ちょっとやり過ぎではないだろうか。


「ところで……そこの男は誰だ?」


 父親は儂をギロリと睨む。

 その目は殺気に満ちていた。


「パーティーメンバーの真一って言うの! 私がこうやって一人前の魔導士になれたのも、ぜーんぶ真一のおかげなの!」

「んん? 一人前の魔導士だと?」


 父親はようやくエルナのローブの色に気が付いたようだった。

 その色は紫と、明らかに特級魔導士の格好だ。


「ななななななんと! エルナが特級魔導士だと!? とうとうポンコツと呼ばれていた我が娘が覚醒したのだな!!」

「ポンコツは余計よ!」


 父親は今度は嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねる。

 なんというか表情がコロコロとよく変わる人物だ。


 しかし、彼は再び儂を見ると手に持った杖を向けてくる。


「娘を助けてくれたのは感謝しよう。だが、たかがヒューマンの分際でエルナの隣にいるのは気に食わん」

「お父様! やめて! 真一は――」


 エルナが何かを言う前に、儂は父親の持っている杖を剣で細切れにする。


「なっ!? 私の杖が――ぶげぇ!!?」


 さらに隙だらけの父親の腹部へ、後ろ回し蹴りをお見舞いしてやった。

 彼はそのままドアを突き破ると、廊下の壁に激突して倒れる。


「あー、だから止めようと思ったのに……」


 エルナは倒れた父親を見てあきれているようだった。

 魔導士の武器は杖だ。それが向けられると言うことは、銃口を突きつけられたと同義。

 脅しだったのか攻撃をするつもりだったのかは分からないが、儂はやられたらやり返す主義だ。

 それが例え仲間の父親だとしてもだ。


「一つ聞くが、まさか今のはエルフ式の挨拶だったわけではないよな?」

「違うわ。お父様は昔からすぐに頭に血が上るのよ。どうせ私が男を連れてきたから、ついカッとなったんでしょ」


 そう言いつつエルナは父親を助けには行かない。

 自業自得だが、少々可愛そうな気もする。


「あら、また馬鹿なことをしたのね」


 倒れている父親のそばに、一人の女性が現れた。

 胸の谷間が強調されたモスグリーンのドレスを着こなし、その容姿はエルナに似ている。

 恐らく母親だろう。


「お母様!」


 エルナは母親に抱きつく。

 二人は倒れている父親を無視して話し始めた。


「ずいぶんと綺麗になったわね。それに特級魔導士だなんて、ポンコツ魔導士と呼ばれていた事が嘘のようだわ」

「ポンコツって言わないで! でも、私すごく強くなったの! ドラゴンモドキを倒したし、マーチブルだってバタバタ倒したんだから!」

「フフ、恋する乙女は強くなるのね」


 母親は儂に視線を向けた。

 すると、エルナが顔を赤くする。


「ち、違うから! 真一はそんなのじゃないから!」

「あら、そうなの? 私てっきり……」


 母親はニコニコと、あたふたするエルナの様子を眺める。

 すっかり手のひらで転がされている感じだ。

 まぁエルナは年頃だからな、儂と恋人同士などと勘違いされて恥ずかしいのだろう。

 儂だって急にそんな話をされると照れる。至って普通の反応だ。


「う……私は何を……」


 父親がフラリと立ち上がる。

 すると、母親が手に持った杖で父親の頭部を軽く叩いた。


「貴方、客人に失礼なことをしたのじゃなくて?」

「違う! 私が杖を向けると、向こうから仕掛けてきたのだ! 私は悪くない!」

「やっぱり貴方が悪いじゃない。ちゃんと客人に謝ってください」

「くっ……」


 父親は渋々儂に近づくと、ふてぶてしく謝罪した。


「先ほどのことは詫びよう、すまなかった。……だが、私の大切な杖をこのようなゴミクズにするとは許せん! そして、私がヒューマンにやられたのはなにかの間違いだ! 再戦を申し込む!」


 人差し指を儂の眼前に突きつけて、つばが飛ぶほどの勢いでまくし立てる。

 どうやら心の底から謝罪をする気はないようだ。


「お父様、いい加減にして! 真一はお父様が勝てるような相手じゃないのよ!」

「ますます気に食わん! この国で魔導士として一、二位を争う私がヒューマンに勝てないなど、あってはならない! 特にエルナが連れてきた男というのが実に腹が立つ!」


 父親は頭に血が上りすぎて、エルナの言葉は聞こえていないようだ。

 しかも本音がほぼ口から出ているのもなんとも言えない。

 要するにエルナが儂を連れてきたのが許せないのだろう。ずいぶんな親ばかだ。


「分かった。では試合形式で勝負というのはどうだろうか? 儂も仲間の父親を殺してしまうのは忍びないからな」

「ほ、ほぉ……ヒューマンが私をコロスだと? なかなか面白い冗談だ。ではその話を受けてやろう。私がお前を殺さないように試合形式にしようではないか」


 父親はこめかみに血管を浮かせて笑っている。

 あまりの怒りに顔の筋肉が痙攣していた。


「うむ、では試合は明日と言うことにしよう。場所はそちらの都合に合わせる」

「よかろう。では今日は我が家に泊まってゆくといい。を、たらふく食わせてやるからな」


 父親は儂を睨むと、部屋からゆっくりと出て行った。

 すぐにエルナが駆け寄ってきて言葉をかけてくる。


「お父様と試合ってどういうこと? まさか殺さないわよね?」

「心配するな。そのための試合形式だ。それに儂がここへ来たことを忘れたのか?」

「へ?」

「儂は王国の代表としてここへ来たのだ。エルフにヒューマンが対等の存在だと見せつけなければならないのだ」

「ああ、なるほど。お父様を納得させれば、それも可能かもしれないわね。だってお父様はこの国の大臣だもの」


 儂はギョッとする。

 要人とは聞いていたが、まさかこの国の大臣だったとは。

 だとすれば、なおさらチャンスではないだろうか。

 ヒューマンにも強い者が居ると思い知らせてやればいい。


 儂は父親の言葉に甘えて、エルナの実家で一晩泊まることにした。



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