閑話 とある冒険者の日記
六国歴2530年 火月の11日
ようやく王都から辺境の町であるマーナへと到着した。
上級冒険者パーティーである俺たちが、こんな辺境に来たのには理由がある。
それは、田中と言う冒険者をスカウトするためだ。
はっきり言って俺は田中と言う奴には興味がない。
しかし、仲間が「スカウトするべきだ」と口うるさいので、仕方なくこのような辺境まで来たと言うわけだ。
もちろん仲間の言うことは理解できる。
最近は実力も伸び悩んでいて、上級冒険者で頭打ちなのではと焦りを感じているからだ。
そこで耳にしたのが、単独でドラゴニュートを五十人倒した冒険者のことだった。
以前からホームレスというパーティーの活躍は耳にしていたが、さすがにドラゴニュート五十人を倒したなんて馬鹿げた話だ。
俺は噂話に尾ひれでも付いたのだろうと考えた。
が、それでも実力者には違いないと判断できた。
噂には元となった話があるはずだからだ。
もし、その田中という奴を仲間にできれば、俺たち”栄光の剣”の戦力増強は確実に望める。特級冒険者にも手が届く事だろう。
だからこそ俺も仲間の意見に逆らうことはしなかった。
問題はその田中が美男子だと言うことだ。
俺だって顔にはそれなりに自信を持っているが、その田中と言う奴は相当の美形らしい。
それだけで仲間が興味を持っているのが透けて見える。
栄光の剣には剣士である俺に、魔導士の女、武闘家の女、槍使いである女(男)、大盾使いの女(男)がメンバーだ。
そう、ウチはオカ……女(男)が二人居るのだ。
いや……これは今は関係ないな。
冒険者は実力が全てだ。性別などどうでも良い。
とにかく、俺よりもモテる奴を仲間に引き入れるのは、あまり気持ちの良いことではない。
はっきり言うと、俺はモテる奴は嫌いだ。
その辺りを我慢してスカウトするのだから、田中と言う奴の性格が最悪ならすぐに王都へ引き返そうと思っている。
火月の12日
マーナのギルドへ行ってみたが、俺たちと同じように多くの冒険者がやってきていた。
どいつもこいつも田中と連呼して五月蠅い。
よく見ると、割と有名なパーティーが来ていたので驚いてしまった。
そんなにも田中が欲しいのかと嫉妬してしまう。
俺だってかなりの腕前の剣士だ。俺をスカウトしろと言いたい。
一つ良い情報を得ることができた。
どうやらホームレスは大迷宮に住んでいるらしい。
あの最悪と名高いモヘド大迷宮に住むとは、とても正気とは思えないが、やはり噂になるほどの実力者なら住む環境も違うのだと感心してしまった。
もしかすれば、田中という男は剣のように鋭く野性的な男かもしれない。
俺の中の田中のイメージが少し壊れた気がした。
火月の13日
俺たちはモヘド大迷宮へやってきた。
現在は十五階層。なかなかのペースだ。
もともと俺たちはマーナで修行していた時期があるので、十階までは転移の神殿でやって来られる。そこから大した敵も出ない五階を降りるだけだ。
ずいぶんと余裕に感じる。
さて、どうしてダンジョンへ来たかを書いておこう。
噂によればホームレスはダンジョンの二十四階層に住んでいるらしいからだ。
あくまで町の住人の噂だが、俺は真実だと思っている。
実は先輩冒険者に、二十四階層へ行ったことのある人が居る。
その人が言うには、二十四階層は広い土地があって人が暮らせる環境が整っているらしい。
だとすれば、ホームレスが二十四階に居を構えている可能性は十分にある。
とは言っても、俺はダンジョンまで田中を探しに来ることは反対だった。
わざわざ危険に身を投じなくとも、田中が冒険者であるのなら、いつかはギルドへやってくると思うからだ。
俺は宿でダラダラしながら田中を待とうと提案した。
魔導士は賛成した。
コイツは面食いの性格ブスだが、危険なことは嫌う傾向にある。
俺の意見は大賛成だったようだ。
武闘家は反対した。
魔導士とは性格が対照的で危険を好む奴だ。
こともあろうに「冒険者らしく危険に飛び込もうぜ!」とガッツポーズを見せる。
どうしてこんな奴を仲間にしたのだろうかと、俺は深く深く反省した。
槍使いも反対した。
女だと言っているが、その見た目はゴリゴリの男だ。
奴は「てめぇ、玉ついてんのか?」と俺を威圧した。
スキル威圧で脅すのは勘弁してもらいたい。
大盾使いは別の意見を口にした。
それは、ホームレスを探しながらモヘド大迷宮で修行し直すと言うことだった。
初心者の修行場と言うことだが、実際は誰も踏破できない難易度最高のダンジョン。
行き詰まっている俺たちが、さらなる実力を身につけるには悪くない提案だった。
俺はかなり迷ったが、その案を受けることにする。
田中には興味はないが、強くなることには強い魅力を感じるのだ。
と言うわけで、こうして二十四階層を目指してここまで来たわけだ。
まだ修行と言えるほどの戦いは行っていないが、この先に出てくる敵のことを考えると、少しだけ興奮してしまう。
やはり俺も冒険者と言うことだ。
火月の14日
今日は疲れているので、日記は短めにしておく。
現在は十八階層。出てくる魔獣が強くなって、ようやく修行らしい修行になってきた。
ただ、上級冒険者である俺たちには、まだまだ弱い相手だ。
それよりも大盾使いが「剣士ってよく見ると男前よね」と言い始めた。
今までそんなことは一度も言ったことがなかったのに、どうして今頃になって言い出したのだろうか。
それにスキンシップの回数が増えた。
別に大盾使いが嫌いとかではないが、俺はノーマルなので勘弁して欲しい。
今日は彼……彼女から少し離れて寝ることにしよう。
火月の15日
二十一階層へやってきた。
ここは湿地のようだ。
何体ものオークを見かけるので、近くに住処があるのだとすぐに分かった。
……そう思っていたのだが、オークの住処だろう場所は蜘蛛の巣だらけで壊滅状態だった。
何者かが、オークの住処を破壊したのだろう。
俺はすぐに田中がやったのだと思い当たる。
しかし、オークの住処を破壊するのは、複数の上級冒険者が居てできることだ。
もしくは特級かマスター級。
やはり田中は相当の実力者なのだろう。
少しずつ俺の中で、田中の強さが見えなくなっていた。
同時に興味が沸いてくる。
田中とはどのような人物なのだろうと。
火月の16日
二十二層をやっと超えた。
この階層では大量の大型トンボや大型カエルが生息していた。
俺たちは手こずりながらも、階段のある建物へと避難することができた。
魔導士は「虫は嫌いなの! もう帰る!」といってギャーギャー五月蠅い。
武闘家は「トンボでかかったな!」とはしゃいでいた。
槍使いは「カエルは苦手だ」と、少し震えていた。
大盾使いは「剣士君の判断が良かったわね」と俺を褒めてくれる。
大盾使いは見た目は美人なのだが、やはり男だと考えると気持ちが上がらない。
彼が本物の女性だったなら、と考えてしまうのは仕方のないことだろう。
それほどまでに彼は俺に優しい。
だが、俺はノーマルだ。これだけは揺るぎない。
火月の17日
二十三階層はバブーの木が沢山生えていた。
それよりも驚いたのは、柵まで設けられた長い道。
とても三人や四人で作ったとは思えない。
ホームレスとは戦いだけでなく、建築にも優れている集団なのだろうか?
田中だけでなく、パーティーメンバーも侮れない。
ただ俺は、これで田中は二十四階層に住んでいると確信できたのだ。
ホームレスは二十四階層に居を構えている。間違いない。
そう考えて二十四階へ来たのだが、俺の考えは少し外れていた。
先輩の言うとおり、二十四階層は非常に広い土地に恵まれた環境だった。
人が住むには十分だと思える。
俺たちはすぐに建物を見つけた。
そこでは家畜が飼われており、隣には広い畑があったのだ。
間違いなくホームレスはここに住んでいると思っていたが、何度建物内を見ても生活の痕跡が見つけられなかった。
俺たちはここはホームレスの家畜場で、本当の家はさらに下の階層にあるのではと結論づけた。
そして、建物から離れようとしたところで、黒いグリフォンに強襲されたのだ。
そいつは空から急降下してきて、俺たちを鋭い爪やくちばしで攻撃してきた。
俺は剣で応戦したが、まるで歯が立たない。
魔導士の魔法だって効果は薄かった。
俺たちは必死で逃げ続け、ようやく見つけた階段に命を救われた。
こうやって日記が書けるのも、二十五階層に運良く逃げ込めたからだ。
ひとまず休息を取って、先を進むか引き返すか考えたいと思う。
火月の18日
先へ進むことにした。
俺は引き返そうと言ったが、やはり武闘家、槍使い、大盾使いが反対したのだ。
魔導士はグリフォンがトラウマになったのか、俺よりも帰りたい様子だった。
しかし、ここで大盾使いが「あのグリフォンは変異種だったんじゃないかしら?」といって、俺たちが勝てなかったのは当然だと口にしたのだ。
変異種ならば俺たちが勝てなかったのも分かる。
グリフォンは上級冒険者でも手こずる相手だ。
ましてや変異種となると何倍も強いのだ。
つまり、偶然強い敵と出会ってしまっただけと言うのだ。
ただ、全く歯が立たなかったのは恐ろしい。
そこで俺は、三十階層まで確認して、ホームレスがいなかった場合は探索を切り上げようと提案する。
全員がそれに同意した。
どうして俺がこんな危険な道を選んだのか。
それは魔退香を持っていたからだ。
最悪の場合は魔退香で、逃げることができる。
そうでなければ、こんな危険な選択をしないだろう。
火月の19日
あっという間に二十八階層まで来た。
どういうわけか、二十六階と二十七階は敵と全く遭遇しなかったのだ。
途中でスケルトンの一部だと思われる骨を見つけたが、不自然なほどに静かだった。
まるで魔獣が荷物をまとめて引っ越したような感じだ。
俺はそのことに引っかかりを覚えていたが、仲間が喜んでいたので気にしないことにした。
長く冒険者をしていると、こんなこともあるのだろう。
そう思うことにしたのだ。
そして、俺たちは二十八階層でとんでもない光景を見ることとなった。
信じたくないほど膨大な数のスケルトンがウヨウヨしていたのだ。
しかもそのどれもが色が黒く、見たこともないスケルトンだった。
奴らは暗闇で赤い眼を光らせて、俺たちを見ていた。
だが、決して攻撃はしてこない。
魔法を撃とうする魔導士をなだめて、俺はスケルトンを念入りに観察する。
いくら近づいても奴らは攻撃をしてこないのだ。
それどころか、スケルトンはどこかに向かって指をさした。
俺は罠かと考えたが、魔獣が人を騙すなんて聞いたことがない。
むしろ騙す意味があるのかどうかだ。
俺は奇妙な話だが、目の前のスケルトンを信じることにした。
そのまま先へ進むと、再びスケルトンと出会い同じように誘導される。
最終的に俺たちは階段へと案内された。
あれはなんだったのか今でも分からないが、俺たちは二十九階層へ降りる前に休息を取ることができた。
火月の20日
三十階層へ到達した。
二十九階層は比較的早く通り抜け、すぐに下の階へ行くことができたのだ。
ただ、ホブゴブリンとの戦闘で大盾使いが怪我をした。
奴らは麻痺眼を使うので、一番攻撃を受ける大盾使いが狙い撃ちにされてしまったのだ。肩を負傷してしまい、しばらくは盾を持って戦えるような状態ではなかった。
俺たちはすぐに地上へ帰ることを決断する。
三十階層なら転移の神殿がある。すぐに脱出は可能だからだ。
俺は大盾使いを背負い、転移の神殿を探すことにした。
そして、運悪くまたホブゴブリンと出会ってしまった。
しかも今度は五体も居たのだ。
俺たちは絶体絶命だと死を覚悟した。
カタカタ。
そんな音だっただろうか。
黒いスケルトンが三体現れると、瞬く間にホブゴブリンを殺してしまったのだ。
俺は一瞬で黒いスケルトンがどれほどの魔獣か理解した。
心底、二十八階層で戦わない選択をした自分を褒めてやりたかった。
戦っていれば、確実に死んでいたからだ。
ホブゴブリンを殺したスケルトン達は、俺たちを無視して去って行った。
その後、俺たちは無事に転移の神殿を発見。
地上へ帰還することができた。
火月の21日
どうやら俺たちがダンジョンへ潜っている頃に、地上ではエステント帝国の奴らが攻めてきていたようだ。幸い全てをホームレスが片付けてしまったようだが、俺は少し残念だと思っていた。
田中と会えたかもしれないからだ。
俺はかつてないほど田中に興味を抱いている。
彼はあのダンジョンで何をしているのだろうか?
あの黒いスケルトンは彼と関係があるのだろうか?
彼はどれほどの強さなのか?
そんな疑問が俺の中で渦巻いていた。
とは言っても、もう田中をスカウトなどとは考えていない。
俺は俺の仲間と強くなるべきだと再確認したからだ。
仲間も俺と同じようにそう思ったらしい。
個人の強さは限界かもしれないが、チームとしての強さはまだまだ可能性がある。
俺は今回の修行でそう感じた。
明日には王都へ戻るつもりだ。
余談だが、さきほど大盾使いから告白された。
どうやら以前から俺のことを気になっていたらしい。
申し訳ないが、丁寧にお断りさせてもらった。
何度も書くが、俺はノーマルだ。
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