五十九話 旅に出ることにした


 儂はマーナの領主の屋敷へと訪れていた。


「帝国兵を再び追い返してくれた件は感謝している。これは少ないが私からの謝礼だ」


 テーブルへ金貨の入った袋が置かれた。

 儂は中も見ないままリングの中へと収納する。


「それよりも話があると聞いたのだが?」

「ああ、ではさっそく本題に移ろう。君は帝国と我が国を除く、四カ国へ訪問して欲しいのだ」

「訪問?」

「まずはこれを読みたまえ」


 差し出された手紙はメディル公爵からだった。

 儂は封筒を開けると内容に目を通す。


「……四カ国からの援軍を約束してきて欲しいと書かれているようだが?」

「そのとおりだ。君には是非この件で動いてもらいたい」


 儂は手紙をもう一度見る。

 帝国に対抗するには、どうやっても他国の援助が必要らしい。

 そこで儂に白羽の矢が立ったそうだ。

 もちろん報酬は払うと書かれている。


「これは本来、儂ではなく高官がする仕事ではないのか?」

「君の言うとおりだ。しかし、我が国はあいにく他国から下に見られていて、素直に協力を望めるような立場にいない。同盟を結んでいるサナルジア大森林国でさえ、我々と共闘する事は不要だと言っているほどだ」

「……なるほど、話し合いではなく力を見せてこいと言うことか」

「そういうことだ」


 弱小国の高官が来たところで、一度固まったイメージというものは変わらない物。

 公爵は儂にそのイメージを破壊してきて欲しいと考えているようだ。

 その上で援軍を引っ張ってこいと。

 さすが貴族だ。なかなか無茶を言う。


「儂も冒険者だ。依頼となれば仕事はきっちりこなす」

「それはありがたい。王国も戦の準備はしているが、勝てる見込みは百の一もないと思っている。これが王国存続の最後のチャンスなのだ。どうか君の力でこの危機を救ってくれ」


 儂は領主と握手を交わした。



 ◇



「――と言うわけで、儂は四カ国へ行くことになった。マーナの守りはペロとフレアで頼むぞ」


 隠れ家で今後の動きを報告する。

 ペロとフレアはソファーに座って話を聞いているが、エルナは床に座って本を読んでいた。


「おい、エルナ。聞いているのか?」

「聞いてるわよ。それで私は何をすれば良いの?」

「お前は儂と四カ国を回る。すぐに旅の準備をしろ」

「え~、私も行くの? スケ太郎を連れて行けば良いじゃない」

「スケ太郎は魔獣だ、町にすら入れないだろ。それにあいつには別の仕事があるのだ」


 エルナは面倒なのか、のそりと立ち上がって寝室に向かう。

 そして、慌ててリビングへ戻ってきた。


「ちょっと待って! それってサナルジア大森林国にも行くって事!?」

「そう言っているだろ?」

「わ、私は絶対に行かないからね! 真一だけで行ってきて!!」


 エルナは寝室に逃げ込む。

 部屋の中を覗くと、布団に包まってぶるぶると震えているようだった。

 そういえば故郷にトラウマがあったことを忘れていた。


 一部始終を見ていたフレアが言葉を発する。


「エルナが行けないと言うのなら、私が代わりに行こう」

「いや、気持ちは嬉しいが、儂はエルナを連れて行くつもりだ。いつまでも故郷からは逃げられないのだからな」


 儂は寝室へ入るとエルナのそばへ座る。

 そっと丸まった布団の上に手を乗せた。


「お前は強い」

「…………」

「今までなんのために頑張ってきたのだ。馬鹿にした奴らを見返すためではないのか? ならば、故郷から目を背けるな。立ち向かい、今のお前の力を知らしめてやれ」

「…………う゛ん」


 布団から出された顔は、涙を浮かべ唇をかみしめたものだった。

 彼女も分かっているのだ。己の過去と対峙するべきだと。


 儂はエルナの頭を撫でてやる。

 どのような事があったのかは詳しく聞いていない。

 だが、きっと彼女は乗り越えられる。

 なぜなら儂がついているからだ。


「よし、食事にでもするか」

「うん」


 気持ちを切り替えて、リビングへ戻る。

 そこではすでにフレアが調理を始めていた。


「なんだ、フレアが作ってくれるのか?」

「ああ、ここに来てから世話になってばかりだから、せめて食事だけでも思ってな」


 フレアは四本の腕で、器用に二種類の野菜を切り刻んでいた。

 確か彼女のスキルには調理術があったはずだ。

 ずっと気になっていたので、どれくらいの腕前なのか見てみるのもいい。


 三十分ほど経ってから、皿に盛られたハンバーグが出される。

 じゅわぁぁと肉汁が表面からわき出しており、食欲をそそる匂いが部屋へ広がっていた。

 さりげなく儂にはご飯を用意してくれている。素晴らしい心遣いだ。


「ほいひい!」


 眼を赤くしたエルナが、はふはふとハンバーグに笑顔を見せる。

 ペロもフォークで口に入れると、嬉しそうに尻尾を振り始めた。


「これは美味いな」


 儂もハンバーグを食べて唸る。

 口の中で肉がほろりと砕けて、脂の旨味と白米の甘みが絡み合う。

 間違いなく美味い一品だ。


「私は元々料理が趣味だったからな、いつの間にか調理術が身についていた。味では田中殿に負けるかもしれないが、悪くない程度にはできていると思っている」

「いやいや、これは儂でも敵わないかもしれないな。調理術というのは、是非欲しいスキルになった」


 攻撃スキルばかりに眼をむけがちだが、こういった人を幸せにするスキルこそ重要ではないかと気づかされた。フレアには感謝をしなければならない。


「お父さん、絵を描いても良い?」


 ペロがスケッチブックを持って儂の近くに来る。

 わざわざ聞くと言うことは、儂の姿を描きたいのだろう。

 本当に可愛い息子だ。


「では儂の筋肉を描くと良い」


 服を脱ごうとすると、ペロは首を横に振る。


「お父さんの顔を描きたいんだ」

「おお、そう言うことか。ならば」


 額の目を開いて正座する。

 じっとペロを見つめると、またもや首を横に振った。


「自然な感じで描きたいんだ。だから僕を見ないで」

「むぅ、難しい注文だな」


 儂はぼんやりと天井を見ることにした。

 これで少しは、ペロの言う自然な雰囲気が出ていることだろう。



 【報告:新しい魔法が追加されました】



 ……ん? 魔法?

 視界に表示された文字が飲み込めない。

 とりあえずステータスを開くことにした。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ハイドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:分析(初級)、活殺術(初級)、達人(中級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(初級)、分裂(初級)、危険予測(初級)、索敵(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(特級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(中級)、超感覚(特級)、衝撃吸収(特級)、水中適応(中級)、飛行(上級)、硬質化(特級)、自己再生(初級)、植物操作(特級)、独裁力(初級)、不屈の精神(特級)、小竜息(特級)、麻痺眼(上級)、竜斬波(中級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、竜化、スキル拾い、種族拾い、王の器



 復元空間と隔離空間?

 ようやく魔法を得たというのに、あまりピンとこない。

 もっとこうエアロカッターなどの魔法らしい魔法を期待していたのだが、どうやらホームレスという種族はそういうものからは遠い位置にいるようだ。


「ひとまず使って見るべきか……」


 儂は何もない壁に向かって、復元空間を使用した。

 すると、目の前に半透明の青い正方形が現れる。

 一応触ってみるが、手は正方形を通り抜けてしまう。


「お父さん、それ何?」


 絵を描いていたペロが、儂の魔法に気が付いたようだ。

 エルナとフレアは話をしていてこちらを見てはいない。


「さきほど魔法を覚えたのだが、どのようにして使うのかさっぱり分からん」

「じゃあ、このフォークで試してみたらどうかな?」


 ペロはテーブルから鉄のフォークを持ってきた。

 儂は箱を操作すると、床に置いてあるフォークに重なるように固定した。


「…………何も変わらないな」

「お父さん、よく見て!」


 ペロはフォークを指差す。

 くすんでいた鉄色のフォークが、次第に造りたてのように光沢を帯びてゆく。

 それにペロが使用したせいで少し曲がっていた爪も、購入前と同じような状態へと綺麗に整えられてゆく。

 儂は魔法を解除した。


 手に取ったフォークは、まさに新品同様に輝きを取り戻したのだ。


「復元空間とは、物を復元する魔法だったのか」

「すごいよお父さん! これで武器が壊れてもすぐに修理ができる!」

「ペロの言うとおり、すごい魔法だ」


 復元空間がどこまで直してくれるのかはまだ謎だ。

 だが、壊れた物を復元することができるのは、どう考えても破格の魔法だろう。

 もし金に困れば、壊れた物を新品にして売りまくる事だってできるわけだ。


 となると、もう一つの魔法もなかなか有能かもしれない。

 儂はフォークをもう一度床に置くと、隔離空間を使用する。

 今度は緑色の正方形が現れ、フォークと重なると同時に消えてしまった。


「どこに行った?」


 触ってみるが、フォークはどこにもない。

 完全に消失したのだ。



 【報告:空間を隔離しました。次は入室許可を出す相手を指定してください】



 儂の指先から緑色のレーザーのような光が伸びた。

 ペロを指差すと体の周りがわずかに光る。ここまで来て、ようやくこの魔法がなんなのか予想ができた。


「隔離空間は、文字通り空間を隔離するようだ。しかも指定した人物だけが中へ入ることができる」


 魔法を解除すると、フォークは床に現れた。

 もう一つの魔法もなかなか優秀のようだ。有効な使い方さえ見つければ、戦いでも生活でも活躍してくれることだろう。


「お父さん、そろそろじっとしててね」

「すまん」


 すっかり絵のモデルとなっていたことを忘れていたようだ。

 深く反省する。



 ◇



「準備はいいか?」

「うん、荷物も持ったし完璧よ」


 大迷宮の入り口で最後の確認を行っていた。

 儂とエルナは四カ国へ行き、ペロとフレアは留守番だ。


「気をつけて行ってこいよ」


 もう一人の儂が手を振る。

 スキル分裂で創りだしたもう一人の儂だ。


 どういうわけか分裂を使うと、もう一人の儂は幼くなってしまうのだ。

 身長は九十㎝に肩までの銀髪。

 幼い顔は見ていると頭を撫でたくなる可愛さだ。

 自分で自分の頭を撫でるなど、変な感じではあるがな。


 本体である儂はエルナと旅に出るが、もう一人の儂はこれから別行動をする。

 幼いとはいえ、スキルや能力は同じだ。

 十分に計画を遂行してくれる事だろう。


「子供の真一は可愛いわね」


 エルナが分身である儂を抱きしめて頬ずりする。

 その言い方では、今の儂は可愛くないと聞こえるではないか。


 子供の儂はエルナから離れると、翼を広げて大空へ舞い上がる。

 そして、そのまま北東の空へと消えていった。


「行ったか……それじゃあ儂らも出発するとするか」


 儂とエルナはそれぞれユニコーンへ乗ると、颯爽と走り出す。

 後ろを見ると、ペロとフレアが手を振っていた。

 あっという間に二人の姿は見えなくなり、すぐに目的地へ意識を向けることにした。


「こうして国外へ出るのは初めてだな。どのような旅になるのか楽しみだ」

「真一の考えているより、世界ってつまらないわよ?」

「それはエルナにとってだろう? 儂にはこの世界の全てが面白い。生きているとはこういうことなのだなと実感するのだ」

「ふーん」


 エルナは興味のなさそうな返事をする。

 この世界で生まれ育って、当たり前に見てきた景色だからこそ感動はないのだろう。

 いつか儂もそんな感情を抱くのかもしれない。


 ユニコーンは均された道を猛スピードで駆け抜ける。

 最初に向かうのはサナルジア大森林国。エルナの故郷だ。


「故郷まではどれくらいかかりそうだ?」

「そうね、このペースだと早くて三日かしら?」

「やはり地図で見るよりも遠いのだな」


 サナルジア大森林国の領土は広大だ。

 無事に領土内へ入れたとしても、目的地である森都ザーラまでは遠い。

 本来なら長旅を覚悟しなければならないところだ。

 しかし、儂らにはホームレスユニコーンが居る。

 まさにこのために眷属にしたような物だ。


「さぁ、ザーラまで頼むぞ」


 漆黒のユニコーンは大きくいなないた。



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