五十七話 ハイドラゴニュート
「俺はエステント帝国皇位継承権第四位のベゼルだ」
並々ならぬ気配を纏った男がそう言った。
つまり目の前の男はエステント帝国の皇族なのだ。
すぐにスキル分析を使う。
【分析結果:ベゼル・ドラグニル:エステント帝国ドラグニル皇家三男。百人近くいる兄弟の中でもトップクラスの強さを誇っている。帝国内でも実力者として知られており、国民からの支持も厚い:レア度B】
【ステータス】
名前:ベゼル・ドラグニル
種族:ハイドラゴニュート
年齢:25歳
魔法属性:火
習得魔法:ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール
習得スキル:竜斬波(中級)、剣王術(中級)、拳王術(中級)、牙強化(中級)、身体強化(上級)、超感覚(上級)、統率力(中級)、小竜息(特級)、竜化
進化:条件を満たしていません
<必要条件:拳王術(特級)、限界突破(初級)、竜息(初級)>
間違いなく今までで一番強い敵だろう。
見たこともないスキルがいくつもあるのだ。
それに種族はハイドラゴニュート。下手をすると、儂よりも強い可能性がある。
「どうしたヒューマン。俺を見て怯えたのか?」
「怯えてはいないが、よく鍛えられていると感心したのだ」
「なかなか話の分かるヒューマンだな。殺すのが実に惜しい」
「儂も残念だ」
ベゼルという男、どうやら筋肉を愛しているようだ。
敵でなければ仲良くなれたかもしれないと思うと非常に残念だ。
「兄上! 早くあの男を殺してください!」
「五月蠅いぞカール。今回の作戦失敗はお前が原因だ。尻ぬぐいをしてやる俺に命令できると思っているのか?」
「で、ですが……くっ!」
カールは儂を睨む。
兄弟と言っても上下関係は厳しいようだ。
ベゼルは腰にある剣を抜くと、ゆっくりとした足取りで儂に近づく。
儂は抜かれた刀身に目を奪われた。
「白い剣?」
ベゼルの剣は刀身が白色であり艶がある。まるでセラミック製のようだ。
長さも二mほどあり、幅は四十㎝ほど。大剣と呼ぶにふさわしい大きさだ。
すぐにスキル分析を使って見る。
【分析結果:飛竜の骨剣:飛竜の骨はミスリルよりも軽く堅いことで知られている。入手が困難であるため希少価値は高い:レア度A】
ブルキングの剣の方が価値は高いようだ。
だが、武器としての性能はどちらが上なのか謎である。
「これは飛竜の骨剣だ。貴重なドラゴンの骨を加工して造った。堅さだけなら魔鋼には負けるが、その代わり折れにくく強靱だ」
「ドラゴンの骨か。なかなか興味深い」
「貴様の持っている黒い剣と俺の剣、どちらが強いか試してやろう」
ベゼルはニヤリと笑う。
どうやら儂の剣が普通でないことはお見通しのようだ。
「では行くぞヒューマン」
「来い」
互いに踏み出すと、剣と剣を打ち合わせた。
甲高い音に火花が散る。
「俺の剣を止めるとは、貴様も剣も並ではないな!」
「当たり前だ! 儂は田中真一だぞ!」
「くははっ! 面白い! やはりお前を殺すのは残念だ!」
ベゼルは至近距離からスキル小竜息を吐く。
強烈な火炎放射に、儂の皮膚は焦げる。だが、耐えられないほどではない。
「俺のブレスを耐えるか! ならばこれはどうだ!」
ベゼルの力が急激に上がる。スキル身体強化だろう。
儂の剣が押され始める。
「身体強化くらい儂だって持っている!」
スキル限界突破を使うと、今度はベゼルの剣を押し始めた。
驚いた奴は、つばぜり合いをやめて後ろへ飛び退く。
「俺よりも力が強いだと? さてはヒューマンではないな」
ベゼルの勘は鋭い。
いくら強力なスキルを持っていても、ヒューマンとハイドラゴニュートでは基礎能力が違う。
力比べでヒューマンが勝つことは異常なのだ。
「はて? 儂はこの通りヒューマンだが?」
「小賢しい嘘を。だが対等な敵というのは歓迎だ」
再び剣が交差する。
今度は超感覚を使ったのだろう、奴の反応速度が上がっていた。
もちろん儂も超感覚を使用する。
剣が打ち合わされ火花が散る。
すでに太陽は沈み辺りは暗くなってきている。
剣と剣を交差させるたびに明るくなり、一瞬だけベゼルの顔が浮かび上がった。
すでに何合交わしたか分からない。
「弟が負けて帰ってくる訳だ。これは王国侵略作戦を考え直さなければならないな」
「そうするといい。逃げるなら今の内だぞ」
「その冗談は笑えないな。俺たちドラグニル皇家に敗北はない。生き恥を晒すくらいなら自害した方がマシだ」
大剣が振り下ろされると、軌道を見切ってギリギリで避ける。
すかさず跳躍すると、奴の肩へ剣を叩き込んだ。
「あぐっぁ!?」
ベゼルから距離を取ると、肩から真っ赤な鮮血が垂れていた。
ようやく決定的な一撃を加えたのだ。
「この俺に一撃を入れたこと褒めてやる。しかし、ここからはそれも不可能だ」
奴の皮膚が変化した。
小さな緑色の鱗が全身を覆うと、出血していた肩の傷も急速にふさがってゆく。
纏っていた空気がより刺々しくなり、奴から圧力のようなものを感じる。
「これがハイドラゴニュートだけが使える竜化だ」
奴は急加速で踏み出すと、大剣を横薙ぎに一閃する。
スキル危険察知でかろうじて避けると、地面を転がって起き上がりに糸爆弾を放った。
「なんだこれは?」
ネバネバとした大量の糸がベゼルへ絡み付く。
が、すぐに奴は小竜息で自身を焼いた。
「俺に小手先の技など効かん」
燃える糸が地面に落ちる。
炎に包まれる奴は、竜化したことで炎耐性も上がっているようだった。
「なるほど。そのようだな」
「貴様との戦いは非常に楽しかったぞ。俺を傷つけたことを誇って死ぬがいい」
ベゼルが振り下ろした剣は儂を両断し、その後方にある岩までも切断した。
恐らくスキル竜斬撃だろう。
効果としては、見えない刃を刀身から伸ばして切ると言ったスキルだろうか。
切られた儂の体は二つに分かれ、地面に倒れた。
「俺との実力差にあきらめたか」
「んん? まだ諦めてはないぞ?」
「っ!?」
ベゼルは儂の声に目を見開く。
殺したはずの男が何事もなくしゃべっているからだ。
しかも平然と立ち上がる。
「どうした? 儂が死んでいないので驚いたのか?」
「だが……確かに切ったはず……」
儂は無傷だ。確かに切られたが、そのような傷はどこにもない。
ベゼルの驚きに満ちた表情を見ていて、笑いそうになった。
「フレイムチェーン!!」
奴の体にじゃららと赤く発熱した鎖が巻き付く。
突然のことに、ベゼルは為すがままに拘束された。
「見ている方向が違うぞ」
奴が振り向くと、儂とエルナがニヤニヤと笑っている。
そう、奴が切ったのは幻の田中真一だ。
まずエルナがどうしてここに居るのかを説明しなければならない。
エルナは弓で支援攻撃をしていたが、ほとんどの敵が逃走すると、今度は光魔法のカモフラージュを使って儂の近くへと移動した。
そして、タイミングを見計らって儂と幻を入れ替えたのだ。
ちなみにカモフラージュは、幻を出したり姿を消すことができる魔法だ。
あまり使う機会はなかったが、今回は非常に役立ったといえる。
「こんな魔法! くそっ!」
「始祖エルフとなった私の魔法は、そう簡単には破れないわ」
エルナの言うとおり、ベゼルは鎖から脱する事はできない。
竜化した奴でもビクともしないのだ。
「特級魔法フレアゾーン!」
杖を掲げたエルナを中心に魔力が放出され、一気に杖へと収束した。
ベゼルを半球状の赤い空間が覆うと超高熱が発生する。
空間内の地面は赤くドロリと溶け、炎に耐性のあるベゼルですら皮膚が焦げ始めていた。見ている儂は熱などは感じないのだが、赤い空間内はもはや溶鉱炉と化している。
「卑怯者め! 俺を罠にはめたのか!!」
ベゼルが吠えている。
そもそも儂は一人で戦うなどと一度も言った覚えはないし、一人で戦わなければならない理由もない。前提を勘違いしているのは向こうなのだ。
「悪く思うな。儂だって死にたくはないからな」
儂がそう言うと、奴を縛っている鎖にビキッと亀裂が入る。
まさか、自力で破ろうとしているのか。
「許さんぞ……この俺に……このような姑息な手を……」
「まずい、エルナは下がれ!」
ひとまずエルナを後退させると剣を構える。
すでにフレアゾーンは消えかかっており、奴を縛る鎖も今にもちぎれそうだ。
恐るべきは竜化と言ったところか。
本当のドラゴンとは、一体どれほどの怪物なのか考えるだけでゾッとする。
ぶちりと鎖がちぎれると、フレアゾーンの赤い空間は消え去った。
強烈な熱風が吹き出し、周囲の草花を燃やす。
溶岩となった地面を奴はゆっくりと進み、端へたどり着くと風呂から出るようにして片足を乗せる。
全身は炭化しており、はがれ落ちた部分からはピンクの肉が見えていた。
歩いているだけでも奇跡に近い。
やはりいくら奴でも特級魔法はダメージが大きかったようだ。
「先ほどの女は許さん。貴様を殺した後に、むごたらしく殺してやる」
「ふむ、その状態で儂に勝てるのか?」
「黙れ! フレイムボム!」
ベゼルから放たれた火球によって儂の居た場所は爆発する。
黒煙が昇り小さなクレーターができていた。
「魔法が使えないと思って油断していたな! くははははっ!」
奴は剣を握ってクレーターへ近づく。
弱った儂を斬り殺すつもりなのだろう。
ザクッ
剣を突き出して奴の心臓へ刺した。
「……あ?」
ベゼルは煙の中から、突き出された剣が理解できなかったようだ。
普通に考えれば、儂はダメージを受けて倒れているはず。
もしくは逃げているかだな。
あいにく儂は普通ではない。
煙が晴れると、儂の姿が現れる。
それを見たベゼルはわなわなと震える。
「ば、馬鹿な……傷一つないだと……?」
「儂に魔法は効かん」
剣の魔方陣に触れると、激烈な放電がベゼルを焼く。
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
炎に耐性があっても電撃にはないだろう。
それにしても心臓に剣を突き刺して死なないとは、すさまじい生命力だ。
ベゼルは白い煙を出しながら地面に倒れた。
念のために心音を確認したが、完全に息の根を止めたようだ。
「さて、残りはカールだ――」
カールを見ると、すでに姿はなかった。
兄を囮にして逃げたのだろう。
「やったわね! 私たち帝国を追い返したのよ!」
エルナが抱きついてくる。
「お父さん、すごい!」
次はペロが飛び込んできた。
「ペロ様! 私も!」
フレアは儂はどうでも良いらしい。
ペロが抱きついているので、自分もという感じだろう。
わぁぁぁあああ!と外壁近くに居た兵士や冒険者が歓声を上げる。
ベゼルとの戦闘はなかなか厳しかったが、マーナを守れて良かったと安心した。
戦場となった草原には、いくつもの死体が転がり凄惨な光景だ。
こちらの被害はゼロとはいえ、余裕を持って勝てると考えていた自分の愚かさを反省する。
「帝国は儂が考えているよりも手強そうだな……」
儂はまだまだ強くならなければならないのだ。
そうでなければ、この手にあるものを守れはしないだろう。
「お父さん! 僕の体が!」
目を向けると、ペロの体が発光していた。
それは進化のときに見る光と似ていた。
「落ち着けペロ。お前にも成長の時が来ただけだ」
「僕も進化するの?」
「それは分からない。だが、どんな姿だろうと儂の息子だ」
「うん!」
そして、ペロの体が強い光に包まれた。
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