五十六話 帝国の復讐


「お腹へった……」


 リズはベッドの端に座ったまま呟く。

 ダフィーはそれどころではない。急激に回復した彼女を診察することであたふたしていた。


「やはり健康そのものだ。どうなっているのだ?」


 医者として患者が元気になることは嬉しいのだろうが、理解を超えた奇跡にはさすがに戸惑いを感じているようだ。


「私は元気。問題ない」

「いやしかし……」


 ダフィーは儂へ顔を向けた。

 どう考えても原因は儂だろう。ダフィーもそれを理解している。


「田中殿、彼女に何をしたのだ?」

「儂にもよく分からない。ただ以前に、仲間の一人を似た方法で治した事があったので、もしやと思って試してみたのだ」

「その方法とは!?」


 ダフィーは眼を血走らせて迫ってくる。

 儂は逃げようとするが、初老とは思えないほどの素早さで腰にすがりついた。


「さぁ、教えてくれ! どうやって治療した!? 教えるまで離さんぞ!」

「わ、分かったから離してくれ! ちゃんと教える!」


 ダフィーにスキルツボ押しのことを説明して、現在は活殺術に進化していると話した。

 彼はメモを取りながら熱心に質問する。


「スキルツボ押しとはどうやって取得するのだ? 憶測でも良い教えてくれ」

「儂はマッサージをよくしていたので、それのせいではないかと考えている。あくまで予想だぞ?」

「マッサージか! それは盲点だった!」


 ダフィーの食いつきはすさまじい。新しい治療法を発見したような騒ぎようだ。

 その様子を見ていたリズが、とうとう怒り始めた。


「私は空腹なの! 早く食事をさせて!」


 彼女は儂を見ながら怒っていた。

 もしかするとダフィーの従者と思われているのかもしれない。


「せっかく元気になったのだ、美味い物を食わしてやろう」

「じゃあ早く作って」

「うむ」


 儂は屋敷の調理場を借りると、鍋を借りて鶏ガラスープを作り始める。

 リングから昨日のご飯の余りを取り出すと、スープの中に入れて少し煮る。

 最後は溶き卵を入れてお粥の完成だ。


 部屋へ戻ると、お粥をリズへと渡す。


「この白い粒は何? スープじゃないの?」

「それはお粥といって、胃に優しい料理だ。お前はまだ回復したばかりだからな、無理はするべきではない」

「……」


 リズはスプーンでお粥を掬うと、ゆっくりと口に入れる。

 塩分控えめなので、味は薄いかもしれない。


「美味しい……」


 リズはそれだけ言うと、黙ってお粥を食べ始めた。

 雑炊に近いお粥だが、実はこれは儂の母が病気の時に作ってくれた料理だ。

 だからこそ自信をもって出せる。


「おかわり」


 リズは口元にご飯粒をつけたまま木器を差し出す。

 儂は二杯までだぞと言いつつお粥を注いでやった。


「これは美味い。病人食には最適かもしれないな」


 お粥をダフィーも食べていた。

 少々作りすぎたと思っていたが、彼が食べてくれるなら残ることはない。


「もう寝る」


 食べ終えたリズはベッドへごろりと横になる。

 これで一安心だと儂は部屋を出ようとすると、リズから声がかかった。


「お兄ちゃん助けてくれてありがとう」


 儂は少し笑って「うむ」と返事した。

 しかしお兄ちゃんとはむずがゆい。今まで呼ばれたことのない響きだ。


「お兄ちゃんの名前は?」

「儂は田中真一だ。マーナで冒険者をしている」

「冒険者……」


 リズが黙ると、儂は今度こそ部屋を後にする。

 一緒に出てきたダフィーは儂へ深々と頭を下げた。


「田中殿! 感謝いたす! 私だけでは彼女は救えなかった! 全ては君のおかげだ!」

「いやいや、彼女がああも元気になったのは、ダフィー殿の治療の成果があったからではないのか? 儂はスキルでほんの少し手伝ったに過ぎない。貴方こそ褒められるべき人だ」


 儂はダフィーへ握手する。

 やはり彼と少女を探して良かったのだ。


「では失礼する」


 儂は屋敷を出た。



 ◇



 日が傾きだした空。

 ユニコーンに乗ってマーナへと帰還を急ぐ。


「夜になると、魔獣が活発になるわ。早く帰りましょ」

「そのとおりだ。私は野宿は遠慮したいぞ」


 エルナとフレアは軽く会話を交わしながら先を進む。

 ただ、儂はずっと忍術というスキルが気になってもやもやしていた。


「なぁエルナ。忍術というスキルを知っているか?」

「忍術? あーそういえばそんなレアスキルあったわね」

「レアスキル? レアスキルとはなんだ?」

「真一の持っている活殺術や超感覚がそうよ。取得方法も分からず、多くの場合は生まれ持った場合でしか手に入れられないわ。たまにスキルが進化して手には入ることもあるらしいけど、そういうのは希だって聞いたわ」


 エルナの言葉に納得した。

 スキルの進化には条件がある。それは必要なスキルが特級へ達していることだ。

 進化でも統合進化でもそれは変わらない。

 必要なスキルを取得し、特級までスキルアップさせなければ起こりえない変化だ。


「でも、忍術はかなり珍しいスキルのはずよ。隠密と索敵の複合型らしいし」

「それは便利だな。ぜひ儂も欲しいスキルだ」


 忍術。それは男の子のロマンだ。

 炎を吐き水の上を渡る。可能か不可能かは問題ではない。

 ただただ忍術はカッコイイのだ。ナ○トを読んだ儂は断言できる。


「まだ強くなる気なの? もう十分じゃない」

「儂も今で十分だと思うが、スキル忍術だけは手に入れたい。この胸の高まりは嘘じゃないのだ」


 エルナはあきれた顔で儂を見ていた。

 だが気にしない。男のロマンは女には分からないのだからな。


 数時間を経て、儂らはようやくマーナへと到着した。

 その頃には空は茜色に染まり、太陽が地平線と沈もうとしていた。


 町の門はなぜか閉められている。

 まるでエステント帝国が攻めて来たときのような雰囲気だった。


 儂は外壁の上にいる見張りの兵士に声をかける。


「おーい! どうして門を閉めている!」

「ホームレスか!? すぐに門を開ける!」


 門が開き始めると、儂らは馬に乗ったまま中へと入る。

 やはり町の中も静かで、空気は緊張感に満ちていた。


 駆け寄ってきた兵士が状況を説明してくれる。


「エステント帝国の奴らが、今度は五百人の兵士を引き連れてきたんだ。しかも、あの男を出さないと町の住人を皆殺しにすると言っている。どうにかして町を救ってもらえないか?」

「あの男と言うのは儂の事だろうな。よほど前回の事に怒りを感じているのだろう。まぁいい、儂が今回も解決してやろう」


 儂らはユニコーンに乗ったまま町の西側へと移動する。

 到着すると、ユニコーンから降りて外壁へと駆け上がった。


「今回は兵士と冒険者が対応に出ているのか」


 町から西に位置する草原では、前回同様にエステント兵がいた。

 しかし、今回は油断もなく整列をしている。

 巨人とも言えるドラゴニュートが並ぶと、威圧感が半端ではない。

 対峙する兵士や冒険者の心境はすぐに察した。


「早くあの男を出せ! 我らの兵を殺した銀髪の男だ!」

「彼はこの町には居ない! 即刻このマーナから立ち去れ! ここは王国の領地だ!」

「領地などどうでも良い! すぐに我ら帝国の物になるのだからな! それよりもあの男を出さないと、町の住人を皆殺しにするぞ!」


 紫の髪に騎士の鎧を着けた男が、マーナの騎士へしつこく銀髪の男を出せと言っていた。

 やはり標的は儂なのだろう。それに帝国の騎士らしき男には見覚えがあった。


「儂らも出るぞ! 戦闘準備!」

「分かったわ! 私の魔法で全て吹き飛ばしてやる!」


 西門から出ると、儂らはマーナの兵士や冒険者をかき分けて前に出る。

 指揮官であるマーナの騎士は儂へ駆け寄ってきた。


「良いところに来てくれた! 奴らは田中殿を出せとずっとあの調子だ! いつ町を火の海にされるか冷や冷やした!」

「心配するな。あの程度の相手ならホームレスだけで十分」

「なんと心強い! やはり田中殿はマーナの英雄だな!」


 騎士は兵士や冒険者に指示を出すと、外壁近くまで後退した。

 頼りにされるのは嬉しいが、今回は儂の不手際が原因だ。

 前回逃がしたカール・ドラグニルと言う男が敵を引き連れてきたのだ。


 敵の指揮官であるカールが儂へ話しかける。


「待っていたぞ田中真一! 前回の屈辱をここで晴らしてやろう!」

「カールと言ったか? お前はたった五百で儂に勝つつもりなのか」

「当然だ! これでも過剰戦力だと考えているくらいだからな! 私の前で跪かせて命乞いをさせてやるぞ!」


 ばかばかしい。儂がのドラゴニュートに負けるはずがない。

 せっかく助かったのに、わざわざ命を捨てに来るとは頭がおかしいのだろうか。


「エルナ、フレイムバーストを撃ってやれ」

「え? まだ向こうが話をしてるけど良いの?」

「構わん。儂らは所詮は冒険者だ。騎士などのような立派な精神は持ち合わせていない」

「それもそうね。じゃあ一発いくわよ」


 エルナが杖を掲げて、巨大な三つの火球を創りだした。

 どうやらフレイムバーストを三つ同時に放つつもりらしい。さすが始祖エルフ。


 音もなく発射された火球は、エステント兵のど真ん中で大爆発を起こし黒煙を立ち上らせた。以前の二倍の威力……いや、三倍はあるだろう。馬鹿みたいな威力だ。

 三つのクレーターができた周囲には、エステント帝国の兵士達が倒れていた。


「卑怯な……私が話をしている最中に攻撃とは……」


 よろけつつもカールは立ち上がる。

 怪我はないようだが、土埃にまみれていた。

 それを皮切りに、生きている帝国の兵はゾロゾロと立ち上がる。

 やはり火に耐性があるドラゴニュートには、火属性の魔法は効きにくいようだ。

 それでも全体の四分の一が失われ、腕を失うなどの負傷者が大勢居る。

 まずまずの成果だろう。


「ドラゴニュートには火魔法が効かないって本当だったんだ。あの爆発で生きているなんて信じられない」


 エルナは感心した様子で敵を見ていた。

 儂からすれば、あんな魔法を放つエルナの方が驚きだ。

 あれで上級魔法なのだからゾッとする。


「敵と直接戦闘をするのは儂とペロとフレアだ。エルナは弓と魔法で支援攻撃を頼む」

「了解。負傷しているけど油断しないでね」

「分かっている」


 儂らはエルナを置いて走り出す。

 それぞれが三方向に分かれると、帝国兵と戦闘を始めた。


「僕だってホームレスの一員なんだ!」


 瞬足とも言えるペロの足は帝国兵を翻弄する。

 低い身長を生かして敵の懐へ潜り込むと、赤く発熱した手甲でえぐるように腹部へ拳を沈ませる。ひるんだところで、すかさず爪で喉を掻き切った。

 その姿はまるで白き風のようだった。


「どうしたドラゴニュート! ヒューマンに負けているぞ!」


 フレアは血を浴びながら修羅のごとく帝国兵を突き殺す。

 殴りかかった兵士の拳を片手で受け止めると、宙に舞う槍で串刺しにした。

 念動力で槍を操作しているのだ。

 まるで衛星のようにフレアの周りをもう一本の槍が飛行する。


「いけぇ!」


 エルナは大樹の弓で何本もの矢を放つ。

 矢は放物線を描くと、意思を持っているかのように軌道を変えて敵の眉間に刺さった。

 帝国兵は鉄の盾で矢を防ごうとするが、風の矢は盾を貫通して敵を殺す。


「逃げたい者は逃げろ! 儂は敗者は追わん!」


 ブルキングの剣を一閃させて言い放つ。

 凶暴なほど鋭い刃は、敵の武器もろとも両断してしまうのだ。

 スキルなどを使うまでもなく、儂は帝国兵を蹂躙していた。


「喰らえ!」


 兵士の一人が、スキル小竜息を使う。

 火炎放射が儂へ当たると、わずかに皮膚を炙る。

 魔法ではない攻撃は、さすがにローブも防いではくれないようだ。

 ただ炎を受けたローブは焦げ跡すら付かない。


「バケモノが! スキルを受けて平然としているなんて――ぐえぷっ!?」


 スキルを使ってきた敵の首を切り飛ばした。

 バケモノとは失礼だぞ。儂はちゃんとした人間だ。


「逃げるな! 早くあの男を殺せ! 奴さえ殺せば、この国はすぐに落ちる!」


 兵士はいつの間にか逃走を始めていた。

 巨人と見間違うほどのドラゴニュート達が、背中を見せて逃げるのだ。

 無様というか滑稽な感じだ。

 それでも命を大切にすることは褒めてやりたい。


 指揮官であるカールは必死で兵達を引き留めようと声を荒げる。

 その姿も滑稽だ。

 そもそも王国へ侵略をすることが愚か。

 儂の実力を見誤っているところが無能だ。


「どうした? 儂へ屈辱を晴らしに来たのではないのか?」


 剣に付着した血を振り払いながらカールへ近づく。

 五百人いた敵の兵は半数以上が死んでいる。残りの兵も逃げるか負傷していて、戦える状態ではない。


 ただ、カールの後ろに居る男が気になった。

 そいつは腕を組んだまま動かない。

 身につけているのは、カールのよりも豪華な鎧だ。

 カールが指揮官なら奴は何者だろうか?


「兄上! 助けてください! このままでは負けてしまいます!」

「…………ふん」


 男が動いた。

 その体躯は一般的なドラゴニュートよりも一回り大きく、頭部から生えた角は雄々しい。

 顔は彫りが深く、髪は紫で短く整えられていた。

 さらに深緑に金で装飾された鎧は、地位の高さを知らせる。

 明らかに強者だ。儂の直感がそう告げる。


「俺はエステント帝国皇位継承権第四位のベゼルだ」




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