五十五話 忍術ってなんだ?


 隣町であるクレントへ到着した儂らは、マーナとは違う町のおもむきに心奪われてしまった。


「すごーいっ! お花がいっぱいね!」

「クレントは花の町として人気が高い。特に今の時期は観光客も多いらしい」


 エルナとフレアの会話を聞きながら景色に見入る。

 町の周囲を花畑が埋め尽くし、緩やかな風が吹くたびにピンクや黄色や紫の花びらが宙に舞う。

 漂ってくる甘い匂いは心を晴れやかにするのだ。


「お父さん、あれは何をしてるの?」


 ペロが指さした人物は、道の端でスケッチブックを抱えて鉛筆を走らせていた。

 どうやら花畑の絵を描いているのだろう。


「あれは景色を描いている。恐らく画家なのだろうな」

「へぇ、僕も描いてみたいなぁ」


 ペロは熱心に画家の様子を見ていた。

 その様子を見て、ペロの将来を考える。

 このままでは戦いだけが取り柄の息子になってしまわないだろうか?

 もしそうなったとき、儂はきっと後悔することだろう。


「よし、ペロにスケッチブックを買ってやろう」

「え!? いいの!?」

「もちろんだ。やりたいことがあるなら、儂にどんどん言え」

「わーい!」


 ペロはいつもに増して喜んでいた。

 聖獣と呼ばれるが、まだまだ子供なのだ。幼き時間を大切にしなければならない。


 儂らは町の入り口まで行くと、門番である兵士が行く手を阻んだ。


「待て! 町へ魔獣を入れることは許さん!」


 予想はしていたが、やはりマーナ同様に止められてしまった。

 なんせペロを連れて黒いユニコーンに乗っているのだ、どう考えても怪しい集団にしか見えない。


 儂らはユニコーンから降りると、ギルドから発行されているカードを差し出した。

 受け取った兵士は確認すると、少し驚いた様子で儂らを見る。


「噂になっている冒険者だったか、ではその連れている魔獣の子供はもしや聖獣様か?」

「知っているなら話は早い。ペロは聖獣であり、儂らが乗っているのはユニコーンだ。どちらも町へ立ち入るのは問題ないと聞いているが?」

「問題はないが……黒いユニコーン?」


 門番は首をかしげつつもカードを返してくれた。

 どうやら通してくれるようだが、黒いユニコーンには疑問を感じているようだ。

 実際に見た目はユニコーンなのだから嘘は言っていない。

 ただ色と能力が違うだけだ。


 町の中へ入ると、多くの人が行き交っていた。

 建物の作りはやはりマーナと似ているが、色とりどりの花が至る所に置かれ全体的に明るく華やかに見せている。


「わぁ、すごいお花!」


 花を積んだ荷馬車が近くを通ると、エルナとペロは楽しそうに見ている。

 やはりここは異国の地なのだなと実感する光景だ。


「それで依頼者はどこに住んでいるのだ?」


 フレアの言葉に儂は依頼書の写しを確認する。


「大通りの三番地と書かれている。依頼者はジル教授と言う人物らしい」

「ジル教授と言えば、魔獣研究で著名な人物ではないか」

「ほぉ、そうなのか?」

「ああ、かの『ゴブリンは亜人』という論文を出して、世間を驚かせた事で有名だ」


 そういえばゴブリンを鑑定したときに、そんな記述があったような気がする。

 儂としてはゴブリンが魔獣だろうと亜人だろうと関係なのだが、世の中にはそんな些細なことを気にする人種が居ると言うことだ。


 大通りを歩いていると、一軒の店を見つける。

 画材道具が置かれ、数人の絵描きであろう男性が商品を見ていた。


「ペロ、絵を描くための道具を買いに行くか?」

「うん!」


 エルナとフレアにユニコーンを任せ、儂とペロは店の中へ入る。

 店内は紙の臭いと絵の具の臭いに満ちていた。絵を描かない儂ですら好奇心をそそられる。


「やはり絵の具は高いな」


 手に取った碧色の絵の具は非常に高価だ。

 原因は色を作り出す材料にある。

 絵の具というのは石や植物を原材料にしているのだが、中には宝石などを粉にして使用する場合もある。

そうなるとどうしても値段は上がってしまうのだ。

 現代のような安価な絵の具の登場は、ごく最近の事なのである。

 科学技術が発達していない異世界では、当然のごとく絵の具は高価な物として扱われているようだった。


「僕、ペンと紙だけで良いよ」


 ペロは儂の様子を見て鉛筆とスケッチブックを持ってきた。

 その息子の気遣いに感動してしまう。


「心配するな。儂の財布はまだ金貨がたくさん入っている」

「そうなの? でも、僕はこれだけでいいや」


 ペロは本当に鉛筆とスケッチブックだけで良いらしい。

 まぁ焦らなくとも、必要なときに買いに来れば良いかもしれないな。


 会計を済ませると、エルナ達と合流して教授の家へと向かう。


「ここが三番地らしいわよ」


 エルナが指さした家は二階建てのなかなか豪華なものだった。

 看板にはジル教授と書かれ、ポストには手紙だろう封筒が何通も差し込まれている。


「不在か?」

「さぁ? ドアを叩いてみれば分かるでしょ」


  エルナはドンドンと玄関を叩く。

 一度目は反応がなかった。


「聞こえないのかしら?」


 エルナがさらに力強く叩くと、「誰だ! うるさいぞ!」とようやくドアが開けられる。

 赤いローブに無精髭を生やした中年男性が出てくると、ドアを叩いていたエルナを睨み付ける。


「なんだ! 押し売りか!? だったら帰れ!」

「違うわよ! 指名依頼された冒険者! あなたが依頼したんでしょ!」

「あぁ? 冒険者?」


 男性はエルナに馬鹿にするような表情を見せた。

 話がこじれそうなので、儂がそっと二人の間に入る。


「儂らはホームレスという冒険者だ。先日、ジル教授からの指名依頼を引き受けたのだが、記憶にないか?」

「ホームレス……指名依頼……」


 教授はブツブツと呟く。

 嘘をついているわけではなく、本当に思い出せない感じだ。

 依頼した物も忘れているのだろうか?


「依頼されたのはリッチの頭蓋骨なのだが……」


 儂がそう言うと、教授はハッと表情を一変させた。


「そうだ! リッチの頭蓋骨だ! 待っていたぞ、早く中へ入ってくれ!」


 教授はドアを開けて、ようやく儂らを家の中へ迎い入れてくれる。

 一応だがフレアとペロを外に残しておいた。

 クレントにユニコーンを狙う輩がいないとは限らないからな。


 教授にリビングへ案内されると、それぞれが椅子に座る。

 儂はリングからリッチの頭蓋骨を取り出すと、テーブルの上に乗せた。


「これが討伐したリッチの頭蓋骨だ」

「確かにそのようだな。それで他の骨はどうした?」

「必要なら出そう」


 儂はリングからリッチの体を取り出す。

 教授はテーブルに乗せられた骨を熱心に観察し始める。


「やはり通常の人骨よりも堅く重い。おそらく魔力の含有量が多いからだろうな。だとすれば、予想通り頭部からつながる魔導回路が内蔵されているのかもしれん」


 骨を触りながら薄ら笑いを見せる。

 時として、研究にのめり込んだ人間は狂ったように見られる。

 まさにジル教授はそんな空気を纏っていた。


「教授よ、そろそろ報酬をいただいても良いか?」

「んん? ああ、まだ居たのか。そこの戸棚に金が入っている。適当に持って帰れ」


 指示された戸棚を開けると、金貨や銀貨が乱雑に置かれていた。

 どうやら彼にとって金はどうでも良い物らしい。

 とりあえず提示されていた報酬額をいただくと、儂とエルナは家を出ることにする。


「なんだか変な人だったね」


 家を出たとたんにエルナが言葉を漏らす。

 そう言いたい気持ちは理解できる。確かに変な人物だった。

 リッチの骨をほしがるのも儂には理解ができない。


「お帰り、報酬はどうだった?」


 フレアがバームの果実を食べながら聞いてくる。

 儂は数枚の金貨と銀貨を懐から取り出して見せた。


「ところで、そこに倒れているのはなんだ?」


 ペロとフレアの近くに五人の男が倒れている。

 いずれもナイフや剣を握っており、白目で気絶していた。


「こいつらがユニコーンを寄こせと脅してきたので、私とペロ様で眠らせてやったのだ」

「フレアとペロを残して正解だったか。じゃなければ、ユニコーンが蹴り殺していたかもしれないな」

「本当だ。殺されなかっただけ感謝して欲しい」


 治安の良さそうな町でも、こういう輩はやはりいるのだな。

 今後もユニコーンの周囲は警戒しておいた方が良さそうだ。


「ねぇ真一。これからどうするの?」

「もう用は済んだのだが、どうしても調べておきたいことがある。少しだけ付き合ってくれないか」

「難病だった少女の事を探すの?」

「うむ、やはり気になるのだ」


 受けた仕事があれからどうなったのか知りたい。

 少女は助かったのか。それとも死んでしまったのか。

 もし、まだ病気で苦しんでいるのなら儂の力で助けてやりたいのだ。


 儂は道行く人にダフィーの事や、難病で苦しんでいる少女の事を尋ねて歩く。


「ダフィーさん? その人なら大通りにある家に住んでいるわよ」


 とある老婆から有力な情報を手に入れた儂は、すぐにダフィーの住んでいる家へと向かった。


 大通りに面した場所に一軒家であった。

 少し古びているが手入れはきちんとされている感じだ。

 儂はすぐに家のドアを叩く。


「どなたかな?」


 ドアを開けた男性は紛れもなくダフィーだ。


「儂は以前依頼を受けた冒険者だ。覚えているだろうか?」

「もちろんだ。ホームレスの田中殿だろ? それで今日はどうされた?」

「実はダフィー殿が治療していた少女の事が気になって、こうやって話を聞きに来たと言うわけだ。どのようなことでもいい、儂に教えてくれないか」


 ダフィーは少し考えると、ゆっくりと微笑む。


「では直接本人と会えばいい」


 彼は家から出ると、儂を連れてどこかへと歩き始めた。

 進行方向は町の中心部であり、大きな屋敷が見えてくる。


「町の中心にある屋敷は男爵様のものだ。今からあそこへ向かう」

「むう? 男爵の屋敷に行くのか?」


 儂は内心で戸惑う。

 まさかとは思うが、難病の少女というのは貴族の娘なのだろうか。


 屋敷前まで来ると、ダフィーは門を守っている兵士に軽く挨拶をして中へ入る。

 恐らくだが彼は貴族の主治医なのだろう。

 そうでなければ顔パスなどはできない。


 問題なく屋敷の中へ入ると、執事が現れてどこかの部屋へと案内する。

 部屋の前に到着すると、ダフィーは迷うことなく扉を開けた。


「リズ、今日はお客さんを連れてきた」


 部屋のベッドで横になる少女にダフィーはそう言った。

 ショーットカットの青い髪に、まだ幼さが残る容姿。

 わずかに開いた蒼い眼は、ダフィーを見てから儂に視線を移す。


「あ……れ……」


 少女の口がわずかに動いて、小さく声を発する。

 しかし、どのような言葉を言ったのかは聞き取れなかった。


「リズは見ての通り体が弱く、言葉も満足にしゃべれない」

「二股ムカデを薬にしたのではなかったのか?」

「この病気は前例が少なく治療法も限られている。彼女がここまでしゃべれるようになったのも、薬があってのことだ」


 薬を服用してこの状態とは……。

 儂は黙るしかなかった。


「う……ど……」


 少女はそっと儂の手を握る。

 その手は弱々しく、壊れてしまいそうだった。


 そして、少女の額に黄色い点が出現する。


「…………ん?」


 儂は目を擦る。

 やはり気のせいではない。確かに額に黄色い点が出現している。

 どうやらスキル活殺術が勝手に発動しているようだ。


「失礼」


 儂は少女の額をそっと押した。

 エルナの例がある以上は、やはり押してみる方がいいだろう。


「あががぁぁあああああ!!?」


 リズは叫び声を出すと暴れ始めた。


「一体何をしたのだ!?」


 ダフィーは必死でリズを押さえつける。

 暴れるリズは少女とは思えない力で、彼をふりほどこうとする。


 一分ほどそれが続いてから、リズは静かになった。


「なんてことをしてくれたのだ……君をリズと会わせるのではなかった……」


 ダフィーは項垂れて表情を暗くする。

 だが、儂は妙な確信を持っていた。リズは回復したのだと。


「お腹へった……」


 すっとベッドから起き上がったリズが呟く。

 その様子にダフィーは、最初は呆然としていたが、徐々に泣き顔になってリズを抱きしめた。


「やった! やったぁぁあああ!!」

「ダフィーさん五月蠅い……」


 大騒ぎするダフィーを余所に、リズは半眼で淡々としていた。

 先ほどまで弱々しかった少女にはとても見えない。


 ふと気になってリズを分析することにした。



 【分析結果:リズ・シュミット:シュミット家の三女。11歳より床に伏せていたが、ようやく回復した。元々面倒なことは嫌いで、ベッドの横で騒がれる事に嫌気がさしていた:レア度B】


 【ステータス】


 名前:リズ・シュミット

 種族:ヒューマン

 年齢:15歳

 魔法属性:水

 習得魔法:アクアボール、アクアアロー、アクアウォール、アクアキュア

 習得スキル:忍術(初級)、身体強化(初級)、視力強化(中級)、忍びの器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣術(上級)、忍術(中級)、体術B(上級)>



 リズは普通の子ではなかったようだ。

 スキルが一般人とは明らかに違っているのだ。

 なにより、忍術ってなんだ?




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