五十四話 隣町へ行くことにした


 隠れ家へ戻った儂らは、ひとまず仮眠を取ることにした。

 五時間ほどで目が覚めると、身支度を整え隠れ家を出る。

 行く先はもちろんマーナの町だ。


 箱庭にある菜園へ行くと、スケルトン達がせっせと畑仕事をしていた。


「スケ太郎」


 儂が声をかけると、収穫した野菜を箱に詰めているスケ太郎が振り向く。

 市場へ卸すための箱詰め作業中のようだ。


「カタカタ」


 どうやら箱詰めはこれで最後のようだ。

 儂は詰め終わった箱をリングに収納すると、スケ太郎の作業を手伝う。

 白く大きな大根が儂ではなく、別の誰かの口に入ると思うと充実感のような物を感じさせてくれる。


 箱に入れ終わると、蓋をして終了だ。

 リングに収納すると、今度は大豆の様子を見に行く。


「カタカタ」


 第二菜園ではリッチAが大豆を畑に種まきしている最中だった。

 畑の隅には植え替えが完了した親木が葉を広げている。

 土が合わないという問題は今のところ感じられない。

 一週間後の収穫日が楽しみだ。


 儂らは二番目の箱庭へ移動する。

 そこではリッチBを中心としたスケルトン達が、余計な木々を伐採し土を耕していた。

 範囲としてはバームの樹を中心とした半径二十mほど。

 スケルトン達は、耕した土へバームの種を埋める。

 そう、儂はバームの樹を増やそうと考えているのだ。


 すでに超感覚は得てしまったが、果実としてもバームは優秀だ。

 そこで儂はバームを増やすことに決めた。

 ミカンは果実の中でも好物に位置するからな。いくらあっても困ることはない。

 あとはコタツでもあれば最高だ。


「そうだ、フレアもバームを食っておけ。今後の役に立つはずだ」


 バームの果実をスケルトンから受け取ると、フレアに四個ほど投げてやる。

 受け取ったフレアは果実を不思議そうに見つめていた。


「これは?」

「バームの果実だ。感覚が鋭くなるのと、超感覚というスキルを取得することができる」

「それはいい。ではさっそく」


 フレアは皮をむいでモグモグと咀嚼する。

 近くに居たペロが鼻を押さえて逃げ始めた。

 実はペロはバームの果実が苦手だ。

 コボルトは柑橘類には苦手意識はないようだが、ペロは例外らしい。

 種族的な物と言うより個人的に苦手なのだろう。

 なので、ペロはスキル超感覚を取得する気はないらしい。


「うん! 美味い果実だ! 私は好きな味だな!」


 フレアはペロが逃げたことも気が付かず、さらにモグモグと食べる。

 すると、彼女の感覚に異変が訪れる。


「これは……!?」


 どうやら超感覚が来たようだ。

 周りをキョロキョロと見渡して挙動不審。

 慣れない感覚に戸惑っているようだ。


「スキルが身につくと、その感覚もすぐに慣れる。初級が取得できるまで果実を食べて貰うからな」


 とは言っても、四個程度で初級は取得できるだろう。

 フレアにさらに四個ほど持たせると、儂らは三番目の箱庭へ移動する。


「カタカタ」


 リッチCが儂らを見て一礼する。


 三番目の箱庭では、キノコの栽培が行われている。

 ここの担当責任者はリッチC。

 他のスケルトン達がせっせと伐採した木々を運び込んで、キノコの苗床を造ろうと作業をしていた。


 キュアマシューは回復薬として重宝しているので、取り尽くして困るようなことは避けておきたい。

 そこで考えたのが自ら育てること。

 数も把握しやすく、ストックもしておける。

 余りすぎれば、どこか遠くの町で売っても良い。

 それにここには様々なキノコが繁殖している。

 キノコを栽培し、マーナの市場へ卸すことだってできるのだ。

 もちろんキュアマシューは除外してだが。


「あれは……」


 ふと、小屋ができていることに気が付いた。

 どうやらスケルトン達が造ったのだろう。

 中を覗くと、いくつもの木箱が置かれ土が入れられていた。


「カタカタカタ」


 リッチCの話では、魔獣がキノコを食べにやってくるらしいので、貴重なキノコだけは小屋で隔離して栽培するということらしい。そのキノコというのが驚きだ。


 リッチが懐から取り出したのは、ゴールデンマシューだった。


 なんとリッチは二個目の黄金キノコを見つけていたのだ。

 ただし、そのキノコは半分近くが失われている。

 リッチの言うとおり獣に食べられたのだろう。

 と言うことは、現在小屋の中で育てているのはゴールデンマシューと言うことになる。

 儂はリッチCのアイデアに感動してしまった。

 社員なら幹部にしてやりたいほどだ。


「キノコ栽培はお前に一任する。見事に成し遂げて見せよ」

「カタカタ」


 リッチCは片膝をついて頭を垂れた。



 ◇



 地上へ出ると、いつものように冒険者がダンジョンの入り口で列をなしていた。

 ほとんどは若い連中で、冒険者としてのし上がってゆくと、期待に胸を膨らませている印象を受ける。

 モヘド大迷宮から死体がなくなる日は、永遠に来ないかもしれない。


 よく見ると、数人の冒険者がフレアを見てギョッとしていた。

 しまった、フレアは進化で大きく見た目が変わったのだ。

 四本腕のヒューマンなど珍しいを通り越して異常に見えるはず。

 儂はすぐにリングから、黄土色のローブを取り出すとフレアに渡した。


「ありがとう。私もすっかり進化したことを忘れていた」

「うむ、ローブから出す腕は二本だけにしておいた方が良い」


 マーナの住人に限ってそんなことはないが、人間というのは異端を嫌う。

 自身と違うものを排除しようとするのだ。

 なので、トラブルを避ける意味で隠しておいた方が良いだろう。


「郵便物は……」


 儂は転移の神殿に設置している郵便受けの中を探る。

 手紙は一通来ていた。


 差出人はマーナの領主殿から。

 内容は儂がエステント兵を撃退した事への感謝がつづられていた。

 まぁ撃退と言っても逃がしたのは一人だけだからな。殲滅に近い。

 それとお礼の金貨をギルドに渡してあるので、受け取るようにと書かれていた。


「別に金のために戦った訳ではないのだがな」

「いいじゃない。真一はそれだけのことをしたんでしょ?」


 エルナはニコニコと嬉しそうだ。

 脳天気な彼女の顔を見ていると反論する気も失せてしまう。

 それにどうせ、沢山の服を買って貰おうとか考えているのだろう。


「そうだ! お金が入るんだったら服を買おうよ! それがいい!」

「却下だ」


 現時点では服を何枚も買わせるほど余裕があるわけではない。

 仲間も増えたのだから、なおさら倹約しなければならないのだ。


「えー! 真一のケチ!」

「好きに言え」


 儂は町に向けて歩き出す。


「今日はよく晴れていて気持ちが良いな」


 フレアの言葉に儂は賛同する。

 天気も良く散歩日和だ。

 やはりダンジョンの中と違って、息苦しさのような物は感じられない。

 弁当があればピクニックをしても良いくらいだ。


 町に到着すると、顔見知りの兵士が儂を見つけて敬礼する。


「今日は良い天気ですね。ギルドに用があるのですか?」

「うむ、そろそろ顔を見せておこうと思ってな。そうだ、これをやろう」


 儂はリングから箱に入れた野菜を取り出す。

 今回は多くの野菜を収穫したので、売るにしても多すぎると考えていた。

 それにスイカも余っているので、兵士を労うのにはちょうど良いだろう。


「こんなに……貰っても良いのですか?」

「余っているから兵士達で分けてくれ」


 兵士は再び敬礼すると、他の兵士を呼び寄せて喜び合っていた。

 その姿を見るだけで儂の心は満たされるようだ。


 兵士に別れを告げると、儂らはギルドへと向かう。

 いつものようにギルドへ入ると、目に飛び込んだのは多くの冒険者達だった。


「本当にホームレスはこの町にいるのですか!?」

「俺たちはホームレスの一員になるために王都から来たんだぜ!」

「ねぇ、ホームレスってどこに住んでいるの!? 良いから教えなさいよ!」


 ギルド内は五百人を超す冒険者達であふれていた。

 しかも彼らは初級ではなく、中級や上級冒険者のようだ。

 対応するギルド職員は泣きそうな顔だった。


「スゲェだろ?」


 儂の肩を叩いたのはバドだ。

 片手に瓶を握っており、昼間から酒を飲んでいるようだ。


「これはどうしたのだ?」

「どうしたもこうしたも、こいつら全部ホームレスの噂を聞きつけてやってきた奴らだ。おかげでギルドは大騒ぎだ。まぁこいつらが飲み食いするおかげで、町の利益にはなっているようだがな」

「もしやエステント兵を倒したことか? ずいぶんと噂の足が速くて驚かされる」

「ドラゴニュートを単独で五十人倒したとなれば、普通は仲間にほしがるだろう? それとも俺の感覚がおかしいのか?」


 バドは笑いながら酒を呷る。

 彼の言うとおりだ。誰だって強い者と仲間になっておきたいはず。

 ましてや命を危険にさらす職業なら、腕の良い者とパーティーを組むことは自然な考えだ。


「バド、領主より金を預かっているはずだ。儂らはそれを貰ってギルドを離れる」

「はははっ、それが賢明だろうな。ほとぼり冷めるまでしばらくは来ない方が良い」


 バドから金貨十枚を受け取ると、冒険者達に見つからないように外へと出て行った。


「お父さん、大人気だったね」

「まったくだ。ドラゴニュート五十人くらいで……いや、正確には四十九人だな。とにかく、その程度のことで有名になるとは困ってしまう」


 儂がそう言うと、フレアは苦笑いする。


「田中殿にはドラゴニュートが弱く見えているようだが、実際には相当強い種族だ。エステント帝国の兵士一人だけで、ヒューマンの兵士百人に勝ってしまうからな」

「と言うことは、十人で千人を倒す事になるのか。帝国が調子に乗るのも無理はないな」


 そうなると四十九人に一人で勝ってしまった儂って……。


「あはははっ! 真一ってバケモノね!」


 儂はエルナの頭にげんこつを落とす。

 人が気にしていることを口にするな。


 そのまま市場に居るだろうアーノルドの元へと行くことにした。


「ふはははは! やっときたな! 待っていたぞ!」


 店主のアーノルドは相変わらず上半身裸で笑っている。

 店の品を見ると、儂が売った野菜はどこにもなかった。


「その口ぶりでは、出荷した野菜は売れたようだな」

「もちろんだ! 珍しさと質の良さに客は大満足だったぞ! ぜひ、今後も俺と取引をしてほしい!」


 売れるだろうとは思っていたが、完売とはなかなかの結果だ。

 それにアーノルドとは今後も取引をするつもりだったので、彼からの申し出は都合が良い。


「儂もそう考えていたところだ。今後ともよろしく頼む」

「ふはははは! こちらこそだ!」


 彼と握手を交わしてから、儂はリングから野菜が入った箱を取り出す。


「これが今回の売る野菜だ」

「やはりどれも良い! またもや客は大満足だな!」


 彼はスイカを叩きながら大笑いする。

 底抜けに明るいので、こちらまで笑ってしまいそうだ。


「では一週間後ぐらいにまた来る」

「待っているぞ!」


 アーノルドから金を受け取ると、市場を後にする。


「田中殿、これからどうするのだ?」

「ひとまず隣町へ行こうと思う。依頼をしてくれた学者へリッチの頭蓋骨を届けなければならないからな」


 儂とフレアの会話を聞いて、エルナが割って入ってくる。


「隣町って割と距離があるわよ? 歩いて半日はかかると思うし……」

「それについては問題ない。儂らにはちゃんと足があるではないか」


 そう言って儂は眷属召喚をする。

 地面に現れた光の中から三頭のユニコーンが現れた。


「ユニコーンね! さすが真一!」


 エルナはさっそく乗ると、乗り心地を確かめる。

 すでに馬鞍は装着してあるので、どこから見ても飼い馬にしか見えない。


「わぁ! ホームレスがまた変な生き物を連れてるぞ!」


 町の子供達がわぁぁと集まってくる。

 変な生き物とは失礼だ。


「これはユニコーンと言って、非常に優秀な馬だぞ」

「ユニコーンって白くて綺麗なんだぜ! これはユニコーンじゃないよ!」


 子供の一人が反論する。


 ……む、ユニコーンに見えないのか。それは困った。

 儂としては反論したいところだが、子供にユニコーンだと説明するには時間がかかりそうだ。


「子供達よ、これは特別なユニコーンだ。そこら辺にいるものとは格が違う」


 フレアの言葉に、子供達は「すげー!! ちょー強いユニコーンだってよ!」と、勝手に納得してしまった。子供は”特別”と言う言葉に弱いのを忘れていた。


「では行くか」


 儂らはユニコーンへ乗ると、颯爽と走り出す。

 その足は風になったように速く、みるみるマーナの町から遠ざかっていった。


 儂が先頭に走りながら後ろはエルナ。

 その後ろからフレアとペロが着いてきている。

 三頭しか眷属化をしていなかったので、フレアとペロは一緒に乗って貰っているのだが、ペロの顔は少し怯えた様子だ。


「はぁはぁ、ペロ様と一緒……」


 やはりフレアは興奮していた。

 その顔は美人が台無しなほど、だらしなく緩んだ顔だ。

 幸いユニコーンは頭が良いので、フレアが操らなくてもちゃんと目的地まで運んでくれるだろう。


「そういえば隣町って、真一が二股ムカデを渡した人が住んでいなかった?」

「ダフィーという人物だったと思うが、確かムカデが薬になると言っていたな」


 ダフィーはムカデを薬にして、難病に苦しんでいる少女を助けると言っていた。

 あれからどうなったのか気になる。


「がるるるっ!」


 道から狼らしき魔獣が飛び出した。

 が、ユニコーンは止まることなく跳ね飛ばす。

 すぐに後続のエルナのユニコーンが狼を踏み殺すと、何事もなかったかのように足を速めた。

 流れるような連携攻撃に感心してしまった。

 一頭だけでも強いが、三頭は協力もできるのだ。

 やはりユニコーンを眷属化したのは正解だったようだ。


 儂らは三時間ほどで、隣町であるクレントへと到着したのだった。




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