五十三話 三十階層到達


 とうとう三十階層へと到達した。


「二十九階層と同じね」

「そうだな」


 エルナの言葉通り、三十階層は二十九階層とほぼ同じ景観だ。

 通路には草が生い茂り、壁をツタが覆い隠していた。

 ついつい外にいるようで気が緩んでしまうが、ここはまだ大迷宮の中である。


「もきゅう?」


 小さな生き物が草むらから顔を出す。

 体長は三十㎝ほどで茶色い毛に覆われ、姿はコアラによく似ていた。

 つぶらな瞳は儂らを不思議そうに見つめている。


「可愛い生き物だな」


 儂が手を伸ばそうとすると、ガブリと手に噛みついた。

 見た目とは裏腹に、大きな口の中にある牙はサメのように鋭く生えそろっている。

 明らかな肉食だ。


「真一!?」

「心配するな、これくらいは怪我はしない」


 小さな生き物はガジガジと儂の手を噛むが、どうやら皮膚を突き破れないようだ。

 しばらくするとその生き物はあきらめて逃げ出した。


「アレはなんだったのだ?」

「あれはグレムリンと呼ばれる魔獣だ。見た目は可愛らしいが、獰猛な肉食として知られている。しつければ飼うこともできるらしいが、あまりお薦めはしないな」


 フレアの説明に納得する。

 確かにあれだけ可愛ければ、飼う人間がいてもなんらおかしな事ではない。

 世の中にはライオンやトラを飼おうとする輩もいるほどだからな。


 気を取り直して先へ進み出すと、グレムリンと呼ばれる生き物の集団とホブゴブリンの集団が戦っている場所へとやってきてしまった。


 十匹のグレムリンへ二十体のホブゴブリンが取り囲んで攻撃する。

 「もきゅう! もきゅうう!」と悲鳴を上げるグレムリンへ、ホブゴブリン達は容赦なく爪を立てる。

 これは生存競争であり弱肉強食だと考えれば普通のことだ。

 しかし、愛らしい姿の生き物が悲痛な叫びを上げるのは見ていて悲しい。


「スケルトン達よ、ホブゴブリンどもを片づけろ」

「カタカタ」


 百体のスケルトン部隊が進み出した。

 指揮を執るのはスケ太郎。遠距離攻撃担当は三体のリッチだ。


 ホブゴブリン達は攻撃に夢中になっており、スケルトン部隊へは全く気が付いていない様子。

 勝負はあっという間についてしまった。

 五分もかからないうちにホブゴブリンは全滅。

 傷ついたグレムリン達は、身を寄せあい震えていた。


「カタカタ」


 スケ太郎がグレムリンへ手を伸ばす。

 怯えたグレムリンの一匹がスケ太郎の指に噛みついた。

 が、硬すぎて歯が立たない。


「カタカタカタ」


 スケ太郎は顎を鳴らして笑っているようだった。

 グレムリンは囓ることをやめると、じっとスケ太郎とスケルトン達を観察する。

 そして、すぐにグレムリン達はその場から逃げ出した。


 助けたのは儂の自己満足に過ぎない。つまりその場の気分だ。

 次に会えばグレムリンだろうと狩るかもしれない。


「よくやった」

「カタカタ」


 骨達は顎を鳴らして一礼する。

 儂はホブゴブリンの死体をリングの中へ収納した。

 エルナの話によれば、ホブゴブリンはなかなかの値段で取引されるようだ。

 肉はさすがに食べられないが、骨などに需要があるとのことらしい。


 再び歩き出すと、地図を見るエルナの指示に従って先へ進む。


「次は右へ」

「右か。ところで廃棄場まで後どれくらいだ?」

「もうすぐよ。けど、すんなり入れるかしら?」


 エルナの疑問はもっともだ。

 二十階層の廃棄場も隠し扉を見つけたからこそ入れた訳で、三十階も同じように入口は隠されていると考えた方が良さそうだ。


「カタカタ」


 スケ太郎が顎を鳴らす。

 後ろを振り返ると、草の影から十匹のグレムリンが覗いている。

 一匹が恐る恐る出てくると、最後尾のスケルトンに触れる。

 その様子を他のグレムリンはじっと見ていた。


「懐かれてしまったようだな」

「だが肉食獣だぞ?」

「グレムリンは獰猛だが、決して頭が悪いわけじゃない。一度味方だと認識すれば、むやみに攻撃は仕掛けてこなくなる。それにあのグレムリン達は、スケルトンに強い興味を抱いているようだ」


 スケルトンへ触れたグレムリンは、じっとスケルトンを見上げる。

 反対に見下ろすスケルトンは困っている様子だ。


「もきゅう!」


 グレムリンが鳴くと、隠れていた他のグレムリンがわらわらと出てくる。

 スケルトン達の足下で座り込むと、互いに負った傷を舐めあいだした。

 どうやらスケルトン達の近くが安全な場所だと思ったようだ。


「可愛いわね」


 エルナはグレムリンにうっとりしている。

 確かに可愛いが、これでは出発できない。どうしたものか。


「怪我をしてるから、守って欲しいんじゃないかな?」


 ペロの言葉に儂はなるほどと頷く。

 だったら怪我を治せば良い。

 リングからキュアマシューを取り出すと、グレムリン達へ放り投げた。


「食べないか……」


 放り投げたキュアマシューには見向きもしない。

 肉食なのだから当然だ。

 そこで儂はキュアマシューを細かく切り刻むと、ミンチにした肉と一緒に混ぜることにした。

 生肉の団子を放り投げると、今度こそグレムリンは食いつく。

 ホブゴブリンに負わされた傷が徐々に消えてゆくと、グレムリン達は元気よく走り始めた。


「よし、これで出発――んん?」


 号令を出そうとすると、グレムリン達はスケルトンの体へよじ登る。

 そして、肩の上や頭の上などに腰を下ろした。

 行動から察するに着いてくるつもりらしい。


「仕方がない、そのまま連れて行くか」


 儂らはようやく歩き出す。



 ◇



「この壁の向こうが謎の空間なのだな?」

「ええ、地図ではそうなってる。大きさもだいたい廃棄場くらいね」


 儂らは目的の場所へと到着した。

 しかし、問題はどうやって中へ入るかだ。

 すでにスケルトン達が隠し扉を探し始めているが、それらしい物を発見した報告は来ていない。


「儂らも隠し扉を探すとするか」


 それぞれが壁を叩きながら捜索を開始する。

 儂は十体のスケルトンと、エルナとスケ太郎は五十体のスケルトンにペロとフレアは四十体のスケルトンで別行動をすることにした。

 その方が効率も良いので、見つけられる確率も高まることだろう。

 それとグレムリンは儂のグループで預かることにした。

 見た目は可愛いが肉食動物なのだ、噛まれても平気な儂が対応した方が無難だろう。


「もきゅう」


 グレムリンはスケルトンの体の一部をぺろぺろとなめている。

 毛繕いと言うかグルーミングだな。

 多くの動物は寄生生物を取り除いたり、清潔さを保つためにやっている行為だ。

 もちろんそれだけではない。ご機嫌取りなどや仲間意識の共有など、別の意味も含んでいる。

 スケルトンはすっかりグレムリン達のお気に入りとなってしまったようだ。


「しかし、一向に見つからないな……」


 壁を叩きつつ探しているが、それらしき場所は見つからない。

 これでは数日かかってしまうかもしれないな。


 そう考えていると、一匹のグレムリンがスケルトンから離れて壁の前に立った。

 何をするのかと見ていると、そのグレムリンは壁を押し始めて隠し扉を開け始める。

 そして、開いた穴へ迷うことなく飛び込んだ。


「もきゅう!」


 後に続いて他のグレムリンも隠し扉を開けて入ってゆく。

 儂はその様子を見ながら呆然としていた。


「もきゅう! もきゅきゅ!」


 グレムリンはスケルトンへ着いてこいと言っているようだった。

 ならばとスケルトン達を先へ行かせると、後ろから儂もついて行くことにする。

 隠し扉の向こうは予想通り床が一段下がっていた。

 その奥にはまっすぐと通路が続いている。

 入ってきた隠し扉を見ると、完全に閉まっていた。

 やはり一方通行の仕掛けが施されているようだ。


「もきゅ!」


 グレムリン達はスケルトン達へ着いてこいと声を上げていた。

 儂とスケルトン達はグレムリンに従って奥へと行くことにした。


「これは……」


 通路の一番奥は予想通りの空間が広がっていた。

 正方形の部屋に、壁にはクリスタルが青白く光っている。

 だが、それよりも目を引くのは百匹を超すグレムリンの集団だ。

 草で作られた絨毯は彼らの寝床であり、小さなグレムリンの赤ちゃんが何匹も寝ている。


「儂らはグレムリンの巣を探していたのか……」


 そう考えると笑えてくる。

 まさか隠されているはずの廃棄場に、巣があるとは考えもしなかった。

 今回はグレムリンとの縁を感謝したい。


 気を取り直して廃棄場の中心部へ視線を向けると、そこには想像以上の宝の山があった。

 ミスリルの剣にミスリルの斧。さらにミスリルの盾に、弓や杖までもが山となって積み上がっている。とにかく数え切れないほどの武器の山。

 それに防具や道具なども大量にある。


「これはすごい! やはり来て良かったな!」


 手当たり次第に物をリングへ収納する。

 廃棄場の仕組みは儂もよく分かっていないが、基本的に無機物はゴミとして蓄積される。

 革などの有機物製品はもちろんだが使い物にはならない。

 だが、中には風化に耐えられる物もあるようだ。

 樹木や骨で造られただろう弓や杖があることが何よりの証拠。



 【分析結果:大樹の弓:二千年生きていると言われる大樹の枝から削り出した弓。風の属性を宿し、放たれる矢は鉄の壁すらも貫く:レア度A】



 【分析結果:極楽鳥の杖:ハーデス島に住む鳥の骨で造られた杖。魔導率が非常に優れており、重量は軽く鋼鉄よりも硬い。風属性との親和性が高く、威力を跳ね上げる効果がある:レア度A】



 【分析結果:魔鋼の槍:魔鋼から造り出された槍。切れ味、強度ともに優れており、魔導率はミスリルを超える:レア度A】



 【分析結果:炎手甲:フレイニウムとミスリルを合成して造られた手甲。流される魔力の量によって炎の勢いも増大する:レア度A】



 さすがにレア度Sはなかった。

 レア度Aが最高でありBが十数個。Cなどが大部分だった。

 冷静に考えれば、レア度Sの武器を持った人間が三十階層までに死ぬだろうか?

 答えは否。

 儂でもここまでは順調に来ている。

 だとすれば、A以上の武器が転がっているのはさらに下の階層だ。

 探しに行きたいが、それをする理由は今のところない。

 儂は生活のために武器を回収しているだけで、別にコレクターなわけではないからだ。


 山のほぼ全てをリング内に収納すると、儂は出口を探して廃棄場を見渡す。

 ふと、数匹のグレムリンが壁を押して出て行く姿を見かけた。

 どうやらそこから外へと出られるらしい。


「グレムリンよ、邪魔したな。これはほんの礼だ」


 儂は肉の塊をグレムリン達に渡してやる。

 リング内にはホブゴブリンの肉が大量にあるので、整頓するにはちょうど良い。

 食べられない肉を持っていてもあまり意味はないからな。


 グレムリンは肉食獣らしく、肉へ殺到した。

 見ていてあまり気持ちの良い光景ではないので、儂はさっさと出口から出て行くことにする。


 外へ出ると、エルナ達が座り込んで雑談をしていた。

 どうやら隠し扉が見つからないので、捜索を一度中止したようだ。

 三人は儂を見ると、すぐに駆け寄ってくる。


「真一! 中には入れたの!?」

「うむ、廃棄場はグレムリンの巣だったらしく、後を追いかけて入る事ができた。すでに武器などは回収しているから、ダンジョン探索はこれにて終了だ」

「やった! やっと帰れるのね! もうクタクタよ!」


 三人は嬉しそうにはしゃぐ。

 帰れば美味い物を食わせてやらなければならないな。


「そうだ、回収した武器で良さそうな物があったので渡しておく」


 エルナには大樹の弓と極楽鳥の杖を渡す。

 ペロには炎手甲を渡した。

 フレアには魔鋼の槍だ。

 それぞれが受け取ると使い心地を確かめる。


「今までの杖よりも格段に性能が良いみたい」

「この手甲、指が出るようになってる。それに魔力を流すと発熱するみたいだ」

「これはいい。この槍はミスリルと比べるとかなり重いが、私にはちょうど良い重さだ。ミスリルの槍をサブウェポンとして、こちらをメインに使おう」


 三人は満足そうだ。

 やはり今回は大収穫と考えて良さそうだな。


「よし、それでは帰るとするか」


 儂らは三十階層にある転移の神殿へと足を向ける。

 二時間ほどして神殿へと到着した。


「転移するぞ――」


 儂は神殿の中にある石版に触れようとして動きを止めた。

 よく見ると、何体かのスケルトンにグレムリンが抱きついている。

 このまま転移すればスケルトン共々連れて行くことになってしまうのだ。


「スケルトン部隊よ命令だ。この階層に残り、廃棄場への入り口と出口を守れ」

「カタカタ」


 スケルトン達は顎を鳴らして命令を承諾した。

 この階層には十体居れば十分だろう、指名した以外のスケルトンは儂らと一緒に転移で戻ることにした。




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