五十二話 ホームレス大豆を探す


 大豆を探して一時間ほど経過した。

 何度かホブゴブリンと出会ったが、ペロとフレアがあっという間に退治してしまう。

 気が付けば儂とエルナは豆を探すだけの人となっていた。


「これだけ探してもないってことは、この階層には生えてないのよ」

「むぅ、そうかもしれないが……」


 儂はあきらめきれなかった。

 大豆さえ見つかれば、後はいくらでも数を増やすことができる。

 たった一粒でも豆があれば、このダンジョンでは収穫が見込めるのだ。


「それよりも疲れたわ。どこかで休憩しましょ」

「そろそろ夕食時か」


 儂らは適当な場所で休憩をすることにした。

 あらかじめ作っておいたスープをリングから取り出し、パンに肉やチーズを挟んだものを三人に配る。


「これは美味しいな」


 フレアは儂の手料理に満足したようだ。

 そして、セイントウォーターが入った水筒を口につけた。


「なんだこの美味い水は!?」


 フレアはここまで一切水を口にしていなかった。

 そのせいでさらに美味しく感じたのだろうと思われるが、セイントウォーターの美味さは儂もよく知っている。彼女の驚きは普通なのだ。



 【フレア・レーベルを進化させますか? YES/NO】


 【進化先選択】

 ・ヒューマン→ハイヒューマン

 ・ヒューマン→ネオヒューマン



 儂の視界に表示が現れた。

 今度はフレアのようだが、二度目となるとあまり驚きはない。

 そもそもセイントウォーターは、蓄積していた経験値のようなものを急速に吸収させる働きがあると思われる。

 例えるなら貯水タンクの蛇口を全開にしたようなものだ。

 そのおかげで、一気に進化に必要な経験値まで達したと言うことなのだろう。


 しかし、どうして儂に他人の進化の選択肢が出るのか謎だ。

 儂が三人の主導権を握っている事が原因なのだろうか?


「フレアよ、進化するかと選択肢が出ているのだがどうする?」

「んんっ!? どうして田中殿に聞くのだ!? そこは私ではないか!?」

「それを儂に聞くな。儂だって分からないのだ」

「ああ、神はとうとう私に失望されたのだな……だから田中殿へ……」


 フレアは天井を見上げると、勝手に絶望し始めた。

 ちなみに神と言うのは、儂が何度も見ている文字の送り主のことだ。

 この世界では、視界に文字が出る現象を神の御業だと認識している。

 儂としても否定する材料もないので信じるしかないのだが、あながち嘘でもないような気はしていたりする。

 実際に文字は視界に現れるし、儂がこうして生きていられるのも神の導きかもしれない。

 もしかすれば仏という可能性だってあり得る。

 人智を超えた何かによって、この世界は成り立っていると考えても不思議なことではないのだ。


「おい、フレア。進化先はどうするのだ?」

「……ハイヒューマンだけではないのか?」

「それもあるが、ネオヒューマンとやらが出ているぞ」

「ネオヒューマン?」


 フレアだけでなくエルナとペロも首をかしげた。

 三人が分からないと言うことは、今までになかった進化。もしくは忘れ去られた進化だろうか。


「むぅう、悩むな……」


 フレアは進化先で悩み始める。

 ハイヒューマンもネオヒューマンも強くなることは間違いないと思うが、人生が変わってしまう選択を簡単にはできない。

 もしかすれば姿が醜くなる事だってあり得る。


 フレアは悩んだあげくペロへ質問する。


「ペロ様はどちらが良いと思いますか?」

「僕はどちらになっても気にしないよ。だって、フレアさんであることには変わりないよね?」


 ペロの言葉を受けてフレアは歓喜に打ち震える。


「決めた! 私はネオヒューマンになる!」

「いいのか? もしかすればハイヒューマンの方が良いかもしれないぞ?」

「ええい、決意を鈍らせるな! 私はなると決めたのだから、早く進化をしてくれ!」


 だったらとYESを選択してネオヒューマンで決定する。

 すぐにフレアは毛布をかぶって横になった。

 彼女を光が包み進化が開始される。


「それじゃあフレアはスケルトン部隊に任せて、儂とペロは大豆を探しに行くか」

「うん」


 エルナとスケルトン部隊を護衛としてその場に置いてゆくと、儂とペロは大豆探しを再開する。


「ないな……」

「うん……」


 草むらをガサガサと探しつつそれらしいものを探す。

 記憶が正しければ、大豆は目立つ植物だ。

 大きな葉っぱの葉柄ようへいに沢山の実をなす大豆は、一目見れば忘れられないほどインパクトのが強い。


「きゅいっ!?」


 草むらから角の生えたウサギが逃げ出した。

 ホーンラビットと呼ばれるおとなしい魔獣だ。

 この階層には小動物が多く生息し、それらを狩るイノシシのような魔獣もうろついている。


「ぶるるる……」


 そんなことを考えている内に、さっそくイノシシが現れた。



 【分析結果:ポイズンボア:牙に毒があり、噛まれると全身が弛緩して動けなくなる。突進力は強力であり、一対一であればマーチブルに引けを取らないと言われている。肉質は堅めではあるが、調理法によっては美味しく食べられる:レア度C】


 【ステータス】


 名前:ポイズンボア

 種族:ポイズンボア

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール

 習得スキル:毒牙(上級)、牙強化(上級)、脚力強化(特級)、嗅覚強化(上級)、危険察知(特級)、威圧(中級)、衝撃吸収(中級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:毒牙(特級)、脚力強化(特級)、衝撃吸収(特級)、不屈の精神(上級)>



 茶色いイノシシは息を荒くして猛然と走り出す。

 どうやら儂らを獲物と認識したようだ。


「まて、儂がやる」


 走り出そうとするペロを止めて儂が前に出る。

 ホブゴブリンから取得した麻痺眼の威力を試してみたかったからだ。


 イノシシと目を合わせると、スキルを発動する。


「ぶぎぃい!?」


 イノシシはよろけると、壁に当たって最後には倒れた。

 近づいてみると、ぴくぴくと痙攣を起こして白目をむいている。


「儂が受けた麻痺とずいぶんと違うな」


 使う者の差というべきなのだろうか。

 ホブゴブリンが使うのと、儂が使うのではずいぶんと違いがあるようだ。

 しかし、麻痺眼というのはなかなか良いスキルだ。


「今のうちに血抜きをするね」


 ペロは手慣れた感じでイノシシの首を掻っ切ると、傷口からピューピューと血液が噴き出した。心地の良い光景ではないが、嫌悪感などは感じない。

 慣れというのは怖いものである。


 あらかた血抜きが終わると、すぐに解体を始める。

 それが終わるとリングに収納して再び大豆探しだ。


 しばらく歩くと、通路の壁際にそれらしい植物を発見した。

 駆け寄ってスキル分析を使うと、待ちに待っていた表示がされた。



 【分析結果:ダイーズ:豆科の植物であり、若い内に収穫する豆をエダー豆と呼ぶ。成熟した実は発酵食に向いており、調味料を作る材料としても用いられる:レア度D】



 予想通り大豆はこの階層にあったようだ。

 これで醤油、味噌を作るための原材料がそろったことになる。

 しかも大豆を手に入れたと言うことは、酒のつまみである枝豆を食べることができるのだ。

 ペロが居なければ全裸ダンスをしていたところだ。


 大豆を収穫しようとして、儂は手を止めた。

 どうせなら全て持って帰ればいいじゃないか。

 大豆の幹に手を触れると、そのまま丸ごとリングに収納する。

 あとは菜園へ植え替えれば良いだけだ。


「さぁ帰るか」

「うん」


 儂らは二人の元へと戻ることにした。



 ◇



 進化を初めてほぼ七時間。

 エルナの時よりも長く、儂らはスケルトンに見張りをさせながら仮眠をとっていた。


「う……あ……ここは……」


 フレアが目を覚ましたようだ。

 儂は毛布から這い出ると、フレアの前に大量の食事と水を置いてやる。


 むしゃむしゃと一心不乱に肉を食べ始めると、樽に入った水をがぶがぶと豪快に飲み干す。

 二メートル近く伸びた赤い髪は顔も体も隠しているため、どのような進化を果たしたのか確認できない。

ただし、腕が四本あることだけは分かった。


「ぶはっ! もう無理だ!」


 髪の隙間からわずかに見える口元は、満足そうに笑っていた。


「なぁフレア。腕が四本なんだが、違和感はないのか?」

「へ? 四本??」


 自身を確認した彼女は悲鳴を上げる。

 その声に寝ていたエルナとペロが目を覚ました。


「わっ! フレア、腕が四本もあるわよ!」

「フレアさんすごい! かっこいい!」


 エルナは驚いた様子だったが、ペロは子供らしい反応で羨ましそうだった。

 すると、フレアは今度は照れ始める。


「ペロ様にそう言っていただけるのなら、やはりこの進化で正解だったのですね!」


 髪のお化けが体をクネクネと動かして悦に浸る。

 そろそろ髪を切って、どのような姿なのかを確認しておいた方が良いだろう。


「これで髪を切れ」


 儂はブルキングのナイフを渡して、髪を切らせることにした。

 ばさばさっと、髪が肩ほどの長さまで切られると、以前よりも美しくなった容姿があらわになった。


「どうだ? 変ではないか?」

「大丈夫だ。前よりも顔は良くなっている」


 炎のように紅い髪に、紅玉のような双眸は視線を向けるだけで威圧感のようなものを感じる。

 間違いなく十人居れば十人が振り向くような美貌を備えていた。

 さらに四本の腕は、そう言う生物なのだと納得してしまうほど自然に動き、見た目にも不思議なほど違和感を感じない。

 奇妙なのは、彼女が今まで装備していた蒼い鎧が変化していることだ。

 蒼い鎧は紅い鎧へと変わり、四本でも稼働できるように改変されている。

 進化とは装備も変えるのかと感心してしまった。


「フレアさん、カッコイイ!!」


 ペロは彼女の姿に興奮する。

 儂も内心では「四本腕!? 羨ましい!!」と吠えていたほどだ。

 多腕は男のロマン。夢なのだ。


「三人とも少し離れてくれ、槍を使えるか試してみる」


 フレアは槍を握ると、遠心力をつけて巧みに回転させる。

 まるで槍の申し子のようだ。槍が体の一部のように指から離れない。


「うん、この体は素晴らしい。力も漲っていて、どんな魔獣にも負ける気がしない」

「しかし、ネオヒューマンという感じではないな」

「いや、私のステータスで、念動力と言うものが追加されている。おそらく固有スキルだと思うが……」


 そう言って、フレアの持っていた槍が宙を浮く。

 槍が十mほど離れてゆくと、バタリと床に落ちた。


「十mが限界か。体に近いほど念動力は強いようだ」

「「「……」」」」


 儂らは言葉が出ない。

 魔法ではなく、スキルで物を宙に浮かせたのだ。

 儂の知識では念動力は超能力。まさか魔法の世界で超能力を見るとは……。


 すぐにフレアのステータスを確認する。



 【鑑定結果:フレア・レーベル:公爵家近衛騎士を退職し、冒険者パーティーのホームレスへ就職した。ペロに絶大なる忠誠心を抱いている。もはやペロは神:レア度S】


 【ステータス】


 名前:フレア・レーベル

 年齢:18歳

 種族:ネオヒューマン

 職業:冒険者

 魔法属性:火

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー

 習得スキル:念動力(初級)、剣術(上級)、槍術(特級)、盾術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、腕力強化(上級)、調理術(上級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:念動力(特級)、槍王術(初級)、身体強化(初級)>



 いくつか気になる点はあるが、まずは念動力だ。

 どれほどの力を有したスキルなのかは、まだまだ調べる必要があるとして、手を使わなくても物を動かせると言うことは驚異的だ。

 まさに新人類の名にふさわしい進化だと言える。


 それと、彼女の進化の欄を見ると、槍王術という名称が見ることができる。

 恐らくスキル槍術を単体で進化させた先にあるスキルなのだろう。

 まだまだスキルは奥が深くて面白い。


 すっと第三の眼を開くと、フレアの肢体が見える。

 念のために確認したが、胸は四つになっているわけではないようだ。

 残念というか良かったと言うべきか、それにしても少し大きくなったのではないだろうか。

 実にけしからん胸だ。むふふ。


「真一? どうして眼が開いているの?」


 エルナが静かな声で質問する。

 儂はそっと第三の眼を閉じることにした。


「うむ、異常がないか儂の目で確認していたのだ」

「前から聞こうと思ってたけど、その額の目ってなんなの?」

「こ、これは真眼と言って、全ての本質を見抜くことができるのだ」

「ふーん」


 エルナは信じていないようだ。

 これ以上追求されると困るので、それとなく話を逸らすことにする。


「さぁ、フレアの進化も終わったのだ、そろそろ三十階層へ向かうとするか」

「え? 大豆とかは見つかったの?」

「もちろんだ。ちゃんと見つけた。もうこの階層に思い残すことはない」


 儂らは立ち上がると、階段へ向かって歩き出した。



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