五十一話 隠されし部屋


 エルナ達と合流した儂は、屋敷の中を探索することにした。

 もし大魔道士ムーアが建てたものなら、だたの屋敷ではないだろう。


「思ったよりも風化は進んでいないみたいね」

「フェデラーが使用していたからだろうな。それに埃もあまりないようだ」


 窓際を指で擦ると、人差し指には少量の埃が付着した。

 配下のスケルトン達に掃除などをさせていたのかもしれない。

 魔物のくせに綺麗好きとは面白い。


 儂らは適当な部屋を見つけて漁ってみる。


「真一! これ!」


 エルナが金のランプを持ってきた。

 スイッチを押すと、ランプ内に仄かに光が灯る。


「魔導具だな。まだ使えるし、高く売れそうだ」

「それにランプって光の魔石を動力源にしているから、貴重な魔導具なのよ! これだけで服が何枚買えるかしら!」

「服は買わないからな?」


 服が欲しいとねだるエルナを振り払って、儂は他の部屋も探索する。

 すると、今度はフレアがやってきた。


「田中殿、これなんかは金になるのではないか?」

「銀皿か……悪くないな。売れば良い値段になりそうだ」


 儂は皿をリングに収納する。

 ヴァンパイアというのは銀を嫌うはずなのだが、やはり儂が知っている吸血鬼とは違うのかもしれないな。


「お父さん、これ」


 ペロが持ってきたのは、金の懐中時計だった。

 蓋には美しい女性が金細工で描かれ、中を開くと今でも秒針がカチカチと時を刻んでいる。


「これはいいな。売るのはもったいないかもしれない」

「じゃあお父さんにあげるよ」

「いいのか?」

「うん、その代わりまたお料理作って」


 儂は我が子に感謝しながら頭を撫でた。

 すぐに懐中時計をスキル分析してみる。



 【分析結果:ムーアの懐中時計:時計を集めることが趣味であったムーアのコレクションの一つ。十二人いた妻をモデルとしており、全部で十二個存在している。希少価値と芸術的価値が高く、王国が保管している十個の懐中時計はいずれも国宝級とされている:レア度A】



 儂は時計を持つ手が震えた。

 まさかそんなにも価値がある物とは考えていなかったからだ。

 しかし、見れば見るほど懐中時計は素晴らしく手放せる気はしない。

 このことは儂だけの秘密として黙っておこうと思う。


「そうだ、お父さんこっち来て」


 ペロがどこかへと連れて行こうとする。

 儂は可愛い我が子に連れられながら、とある部屋へと入った。


「この奥に時計があったんだ」


 その部屋は書斎と言うべき、本棚に囲まれた小さな部屋だった。

 棚には千冊を超える本が並べられ、中央には机が置かれている。かつてこの部屋でムーアがペンを手に、文字を書いていたのだろうか。


「こっちこっち」


 ペロは本棚の一つを押し始めた。

 するとギギギときしんだ音を立てながら、本棚が向こう側へと開いてゆく。


「よく気が付いたなペロ」

「うん、お家のことを思い出して試してみたんだ」


 儂はペロの頭を撫でる。

 ムーアとは本棚を隠し扉にすることが好きなようだ。


 さっそく儂とペロは隠された向こう側へ入ってみる。

 下へと続く螺旋階段をおりると、六畳ほどの小さな部屋へたどり着いた。


「この机の上に時計があったんだ」


 ペロが指さす机は部屋の隅に置かれていた。

 机の上には金のランプが置かれ、書きかけの手紙とペンが転がっている。

 それ以外はなにもない。

 ずいぶんと質素な部屋だ。


 ひとまずランプのスイッチを入れると、部屋の中を暖色の光が照らした。


「誰かに宛てた手紙のようだな……」


 儂は手紙を読んでみる。


『拝啓、親愛なる妻達よ。

 私は今、大迷宮の奥で生活をしている。

 ここは静かで心を落ち着かせてくれる。

 突然姿を消したことは詫びよう。

 しかし、最愛の妻であるマリアを失った私に、世俗で生きるのはあまりにもつらすぎる。

 私はもはや――』


 手紙はそこで途切れていた。


「ムーアは妻を亡くしたのか……」


 ムーアに親近感を覚えた。

 儂も妻を失った。死別ではないが、離婚という悲しみを経験したのだから。


「お父さん?」


 ペロが不安そうな顔で見ている。

 いかんいかん、息子を不安にさせては父親失格だ。気持ちを切り替えよう。


 儂は他に物がないか引き出しなどを開けてみることにした。


「なんだこれは?」


 引き出しを開けると、小さな木箱だけが入っていた。


「箱?」


 とりあえず箱を開けてみると、中には一つの丸い宝石が布に包まれている。



 【分析結果:魔宝珠(雷):魔石は魔宝珠の出来損ないと言われており、魔石の頂点とされている。使用すると消費されてしまう魔石と比べ、魔宝珠は永遠に使っても消えることはない:レア度SS】



 永遠に使っても消えることはない魔石と言うことなのか?

 丸い宝石は黄金色に輝く。まさに宝石の王にふさわしい様相をしている。


「待てよ……」


 ふと、名案が浮かぶ。

 魔宝珠はビー玉ほどであり、それほど大きくはない。

 そして、儂が普段使っている魔法剣の魔石もそのくらいの大きさだ。

 だったら魔法剣の魔石として使えるのではと考えた。


 ブルキングの剣を抜くと、鍔の部分には穴が空いたままだ。

 実はロッドマンに依頼をしたときに、魔法剣として使えるように穴とその周りに魔方陣を刻んで貰っていた。

 魔宝珠をつまむと、剣の鍔へとはめ込んでみる。


「ちょっときついな」


 魔宝珠を穴へ押しつけて無理矢理入れる。

 すると、スポッと石が穴へはまった。完成だ。

 純黒の剣に黄金の石が無駄に輝いていた。よく見ると、宝石の中では膨大な光の粒子が渦を巻き、小さな木星のようにも見える。


 試しに魔方陣に触れてみた。


 バリバリバリと刀身に紫の雷光が走る。

 そのエネルギーの大きさは、今までの魔法剣を遙かに超えているようだった。

 部屋を壊しそうな勢いだったので、慌てて魔方陣から指を離す。


「お父さん、それスゴイね」

「うむ、恐ろしい物を手に入れてしまったかもしれん」


 ひとまず剣を鞘へ入れると、部屋の中をさらに探索することにした。

 別の引き出しを開けてみると、そこには女性の裸が描かれた本がぎっしりと入っている。


 すぐに閉めると、ムーアも男だったのだなと妙な悟りを得た。


 その後は収穫もなく、儂らはこの屋敷を後にすることにした。



 ◇



「今が二十八階層でしょ? 二十九階には何があるのかな?」

「さぁな、行ってみなければ分からない」


 儂らは階段を探して二十八階層をウロウロしていた。

 後ろからは一万のスケルトン達がゾロゾロと着いてきている。

 眷属召喚の欠点は、呼び出すのは良いが還すことができないことだ。

 なので、大名行列のように配下を引き連れて歩くしかない。


「田中殿、アレはなんだ?」


 フレアが指さした方向に、鳥の巣のような物が眼に入る。

 中を覗いてみると、白い卵が三個ほど置かれていた。

 握ってみるとまだ暖かく、先ほどまで親鳥が居たことが分かる。



 【分析結果:ナイトチキンの卵:ナイトチキンは暗闇を好み、保護色として体が黒い。その肉質は美味として知られ、鶏肉愛好家の間では幻の鳥として高値で売り買いされている。卵も質が良く、卵黄はつかめるほど濃厚で美味:レア度C】



 儂は喉を鳴らしてしまった。

 念願のTKGたまごかけごはんが食べられるのだ。

 卵を無言でリングに収納すると、親鳥を探すためにあたりを見渡す。


 少し離れた場所で二羽の鶏が草をつついていた。

 見た目は真っ黒であり、日本で知られている烏骨鶏うこっけいにそっくりだ。


「スケルトン達よ! あの鳥を捕まえよ!」


 命令にスケルトン達は鳥へと群がった。

 鶏は迫ってくる骨達に驚いてコケー!?と鳴き続ける。

 儂はリングから木材を取り出すと、釘と金槌で小屋を作る。

 小屋の中には藁を敷いて、後は餌を小さな小箱に入れて小屋の中に設置するだけだ。


 スケルトン達は二羽だけでなく、さらに遠くまでナイトチキンを探しに行っていたようだ。三十羽ほどのナイトチキンが集まると、小屋の中へ入れて様子を見ることにした。


「これで卵が定期的に収穫できるようになるな。くふふ」


 小屋を覗きながらニヤニヤが止まらない。

 TKGを作るための材料が二つそろった。あとは醤油だけだが、すでに儂は我慢の限界に達している。

 岩塩でも振りかけて食べれば、十分に美味いと思うのだ。


「鶏を見て笑ってる……」

「田中殿は食に並々ならぬ情熱を持っているのだな」


 エルナとフレアがあきれたように見ていた。

 異邦人である儂の気持ちなど、二人には分からないだろう。

 どんなに遠き地へ来ようとも、故郷の味だけは決して忘れることはないのだ。

 ましてや美食あふれる日本に住んでいた儂だ。

 今更、不味い飯で満足などできるはずもない。


「お父さん、卵楽しみだね」


 ペロは小屋の中を覗きながら嬉しそうだ。

 我が子は種族は違えど、いつだって儂の味方だ。


「真一、そろそろ行きましょ」

「ん? ああ、そうだな」


 儂は九千九百人のスケルトンへ命令を下す。

 この小屋の鶏を世話をすることと、小屋へ儂ら以外の人間を近づけてはならないと。

 スケルトン達へ一ヶ月分の鳥の餌を預けると、儂らは百体のスケルトンを引き連れて先へと進むことにした。



 ◇



「ここが二十九階層かぁ」


 階段を降りた先には、草が生い茂っていた。

 ただ、今までと違うのはレンガ調の通路に光る天井。

 床からはびっしりと草が生えており、壁にはツタが張り付いていた。


「真一、獣の気配がするわ」


 エルナが耳をぴくぴくと動かす。

 どうやらここは、ちゃんとした生き物が生息しているようだ。

 地面を見ると、見覚えのある植物が眼に入る。



 【分析結果:エド豆:豆科の植物。若い内に摘み取ると皮ごと食べられる。発芽したばかりのものも食材として食べられている】



 儂は飛び跳ねた。

 これはエンドウ豆だ。だとすれば、サヤエンドウや豆苗とうみょうが手に入る。

 エンドウ豆というのは、いろいろな顔を持った植物として有名だ。

 未成熟の状態をサヤエンドウとして収穫し、成熟するとエンドウ豆として収穫。

 さらに発芽したものを豆苗として収穫する。


 まぁ儂はグリーンピースなどはあまり好きではないので、サヤエンドウとして収穫するかもしれないな。


 エド豆をブチリとちぎると、リングの中へ収納する。


「それはエド豆か……私はあまり好きではないな」

「儂もあまり好きじゃないが、サヤエンドウと豆苗は捨てがたいからな。菜園に持ち帰って育てるつもりだ」


 フレアは「なるほど」と言って納得したようだった。

 それにしても、エンドウ豆があるとすれば、大豆があってもおかしくないのではないだろうか。

 だいたい、ダンジョンの中は植生や成長速度を無視しているのだから、同じ階層に大豆があったとしてもなんら不思議には思わない。


「全員戦闘態勢」


 指示を出すと、儂は大豆を探して先を進む。

 逸る気持ちを抑えて植物を次々に分析してゆく。


 どうして儂がこんなにも大豆を求めているか、それは醤油が作れるからだ。

 醤油、味噌は大豆が原料となっている。

 醤油を作ることができれば、自然と味噌も作ることができる。

 むしろ味噌の方が簡単だ。


「お父さん! 何か来るよ!」


 ペロの声に儂らは立ち止まった。

 通路の向こう側から三匹ほどの何かが近づいていた。


「あぐぅぅぅ」


 姿を見せたそれは、若草色の肌に成人男性ほどもある体格。

 悪人のような人相に長い鷲鼻がゴブリンを思い出させる。


「真一、ホブゴブリンよ!」


 エルナの声に、すぐにスキル分析を使った。



 【分析結果:ホブゴブリン:ゴブリンの上位種族であり、あらゆる点においてゴブリンを超える。群れで行動し、それぞれが役割を持って狩りに貢献する:レア度D】


 【ステータス】


 名前:ホブゴブリン

 種族:ホブゴブリン

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール、ロックアロー

 習得スキル:麻痺眼(上級)、爪強化(上級)、腕力強化(上級)、脚力強化(上級)、危険察知(上級)、威圧(初級)、強制妊娠

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:爪強化(特級)、腕力強化(特級)、脚力強化(特級)、統率力(特級)>



 さすがにゴブリンとは比較にならないほどのステータスだ。

 気になる点は麻痺眼というスキルだろう。

 眼を使ったスキルだと考えられるが、名前から察するに対象とする敵を麻痺させるのだろうか?


「あぐぁあ!」


 一匹のホブゴブリンが、儂に向かって睨み付ける。

 すると、体にしびれのようなものが感じられた。


「おお、これが麻痺眼か!」


 体をじわじわとしびれさせる。

 これが妙に気持ちいいのだ。だが、動けないほどではない。


「お父さん、僕が行くよ」

「うむ」


 ペロが前に出ると、ホブゴブリンの一匹を爪で瞬殺する。

 一瞬の出来事に驚いた二体のホブゴブリンは、背中を見せて逃げようとする。

 しかし、ペロの足はそれよりも速く。壁を蹴って二体の進行方向へ回り込む。

 一体を正拳突きで殺すと、もう一体を飛び回し蹴りで仕留める。


「田中殿、後ろの敵は私が仕留めておいた」


 フレアが戻ってくる。

 儂の索敵には、後ろから迫ってくる敵影も感知していた。

 なので後方の敵はフレアにまかせることにしたのだ。


「後ろの敵はホブゴブリンだったか?」

「ああ、奴らは囮を使って狩りをするからな」


 予想通りだな。ホブゴブリンとはいえ、知能はコボルトと変わらないようだ。

 ホブゴブリンのスキルを取得すると、儂は大豆を探して再び歩き出した。




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訂正報告:えんどう豆のモヤシと記載していましたが、正しくは豆苗であり、えんどう豆ではモヤシを作るには向いていないようです。ちなみに現在モヤシとして流通しているのは大豆・緑豆・黒豆と呼ばれるものです。特に緑豆は安価で作ることができるために、主力モヤシとして出回っているそうです。



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