五十話 魔物

 

 ヴァンパイアは牙をむき出しにして儂につかみかかる。

 そして、そのまま首筋へ鋭い牙を突き立てた。


「真一!?」


 エルナの叫び声が聞こえる。

 ペロやフレアも驚きで体が硬直しているようだ。

 反対に儂はひどく冷静だった。

 恐怖心よりも好奇心が勝っていたと言った方が良いのだろうか。


 ヴァンパイアとやらがどれくらいの実力を持っているのか知りたかった。


「どうだ? 儂の血は美味いか?」


 声をかけると牙を突き立てていた男は飛び退いた。


「お前の体はどうなっている!? 牙が刺さらないぞ!」

「失礼だな。牙が刺さらないのは儂のせいではない」


 懐からハンカチを取り出すと、唾液に濡れた首筋を拭いた。

 奴は無防備だった儂の皮膚を突き破れなかった。もちろんスキルは使用していない。


「エルナ、確かヴァンパイアは魔物だったな?」

「う、うん……そのはずだけど……」


 魔物は魔獣と比べて数は少ない。

 理由は定かではないが、今まで見かけることがなかったのはそれが原因だ。

 特にヴァンパイアは魔物の中でも上位に位置し、度々人里に現れては人間をさらってゆくと聞く。

 ヴァンパイアは人にとっての害獣なのだ。


 どれ、ステータス見てみるか。



 【分析結果:フェデラー:ヴァンパイア一族のはみ出し者。女王の命令に背いた事から国を追放された。そろそろ大迷宮から地上へ出ようと考えている:レア度D】


 【ステータス】


 名前:フェデラー

 種族:ヴァンパイア

 魔法属性:風・闇・無

 習得魔法:エアロアロー、エアロカッター、エアロウォール、ライトニングサンダー、シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、チャーム

 習得スキル:隠密(上級)、牙強化(上級)、爪強化(上級)、腕力強化(上級)、脚力強化(上級)、視力強化(特級)、危険察知(上級)、自己回復(上級)、飛行(上級)、統率力(中級)、眷属化、眷属召喚、魂喰

 進化:条件を満たしていません

 <進化条件:隠密(特級)、牙強化(特級)、爪強化(特級)、自己再生(初級)>



 さすがは魔物だな。魔獣と比べると強そうだ。

 まず目に付くのは魔法属性だ。

 無属性を持っているので非常に興味深い。恐らく無属性の魔法はチャームと言う奴だろう。


 次にスキル飛行だ。

 やはりヴァンパイアと言うからには、空を飛んだりするのだろうか?

 コウモリに変身できるのなら是非見てみたい。


 最後に進化という項目である。

 スキル鑑定が分析になってから追加された項目だが、今までの事も含めて考察すると、条件を満たすことで進化することができると思われる。

 もちろんそれだけではないだろう。

 ステータスには表示されない経験値のような物が、一定数まで蓄積されなければ条件を満たしたとしても進化はできないことも十分に考えられる。

 これらのことを考えると、人種族がなかなか進化できない理由が浮き彫りになる。


 エルナの話では、ヒューマンがハイヒューマンに進化する者は希だと言っていた。

 これがもし、条件を満たすだけで進化するのなら、この国の人間はとっくの昔に進化方法を確立していたはずだ。

 よって、現時点で分かることは、進化とは一定数の経験値を満たし、条件を達成することで得られると言うことだろう。


「エアロカッター!」


 考え事をしている間に、フェデラーから魔法が放たれる。

 少々考えに没頭しすぎたようだ。


 風の刃は儂に当たると霧散する。


「儂には魔法は効かぬぞ?」

「そんな馬鹿な! いつの間にシャドウを使っていた!」


 フェデラーは儂がシャドウを使って魔法を防いだと考えたようだ。

 シャドウではなくローブが消しただけなのだが、敵に説明してやる義理はない。


「ライトニングサンダー!」


 今度は雷撃を放つ。

 紫の光が儂に直撃すると、またもやローブが消し去った。


「エルナ、今の魔法は?」

「ライトニングサンダーは風の上級魔法よ」


 上級魔法を操るとはさすが魔物。

 いや、さすがヴァンパイアと言った方が良いか。殺すのは惜しい相手だ。


 儂は眷属化を使用してみる。



 【報告:ヴァンパイアに眷属化は効きません】



 視界に映った言葉になるほどと納得する。

 儂の勘だが種族的特性で眷属化を弾いているのではないだろうか。

 なかなか一筋縄ではいかない敵だ。


「魔法が効かないならば! 物理で殺せば良いだけのこと!」


 フェデラーが右手を振ると、床からいくつもの光が出現する。

 スキル眷属召喚だろう。

 十体ほどのスケルトンが光の中から現れると、カタカタと顎を鳴らす。


「眷属がこれだけ……だと? おかしい。もっとたくさん居たはずだ。それにリッチが出てこないぞ」


 十体のスケルトンを見てフェデラーは狼狽えた。

 それもそのはず、奴の配下は儂が奪ったのだからな。


「これを見て分からないのか?」


 眷属召喚をすると、光の中から三体のリッチが出現する。

 額にはA、B、Cと書かれており、赤き炎の眼が暗闇で光る。


 リッチ達は一斉に杖を掲げると、十体の敵スケルトンを魔法で消し飛ばした。


「馬鹿な! 俺から支配権を奪ったというのか!? それにそのリッチの姿は!?」

「教えて欲しければ儂の質問に答えろ」


 儂はリッチ達を脇に押しやり前に進み出る。

 言葉の分かる魔獣は貴重だ。この際、色々と聞いてみたい。


「ふざけるな! ヒューマン風情に語る言葉などない! チャーム!」


 フェデラーは視線をフレアへと合わせる。

 すると、槍を持った彼女が儂へ攻撃を仕掛けてきた。


「フェデラー様のために!」


 突かれた槍を剣で弾く。

 噂で相手を魅了する魔法があると聞いたことがあったが、チャームという魔法がそうなのだろう。

 しかも、仲間の中で一番弱いフレアを狙うとは姑息だ。


「スケ太郎!」


 儂が命令を下すと、スケ太郎はすぐに動き出す。

 向かう敵はフェデラー。


「金色のスケルトンだと!? うぐっ!?」


 スケ太郎はフェデラーへ肉薄すると、奴の腹部に向けて回し蹴りをたたき込む。

 そのまま屋敷の壁を突き破って、スケ太郎とフェデラーは外へと転がり出た。


「愛するフェデラー様のために死ね!」


 フレアの攻撃は鋭さを増す。

 こんなときにアレだが、フレアは気持ちで力が増すタイプなのだろう。

 いつもよりもスピードやパワーが増加しているように感じる。


 儂は槍を避けつつ、スケ太郎達の後を追うことにした。


「待て!」


 破壊された場所から外へ出ると、予想取りフレアが追いかけてきている。

 このまま彼女を訓練してやろうじゃないか。


 屋敷から離れた場所で立ち止まると、再びフレアとの戦いは再開する。


「やぁ! たぁ!」


 繰り出される槍を儂は紙一重で避けた。

 すでに剣は鞘に収めている。仲間と戦うには切れ味が良すぎるからな。


 何度も突きが顔の横をかすめるが、儂にはスロー再生のように見える。

 改めて思うがホームレス(王種)とはとてつもなく強い種族だ。

 ヴァンパイアの強化された牙でも、貫けなかった皮膚は異常ではないだろうか。


 試しに槍を腹部に受けてみる。


 ブスリと槍は突き刺さり、鮮血が刺された箇所から吹き出す。

 想像ほどの痛みはなかったが、じんわりと鈍い痛みが腹部から広がる。


「わ、私はなにを……」


 フレアはようやく正気を取り戻した。

 どうやら魅了にはショック療法が有効らしい。


「ふむ、ミスリルとなると儂の皮膚を貫くのだな」

「そんなことを言っている場合ではない! 早く手当てをしないと!」


 慌てるフレアを余所に、儂は槍を引き抜いて傷口を押さえる。

 スキル自己回復のおかげか、深い傷は数分で完治してしまった。


「田中殿はバケモノか……」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 ステータスを確認すると、スキル衝撃吸収が上級へとランクアップしていた。

 先ほどの戦いはちょうど良い経験値になったのだろう。



 【一定の条件を満たしましたので、スキルを進化させます】


 【スキル進化:自己回復→自己再生】



 すでに特級だったおかげで自己回復も進化した。

 まぁこれは狙ってそうしたのだがな。だからこそあえて槍を腹で受けた。


「ライトニングサンダー!」


 バリバリと雷撃が暗闇に走る。

 直撃したスケ太郎は平然としていた。


 フェデラーとスケ太郎の戦いは今も続いている。


 奴は背中から黒いコウモリ翼を生やし、空を舞いながら地上にいるスケ太郎へ執拗に攻撃をする。

 対するスケ太郎は、シャドウを纏いつつ魔法攻撃を受け流している。


「カタカタ」


 スケ太郎が闇の鎖シャドウバインドをフェデラーに放つ。

 じゃららと地面から鎖が伸びると、奴は旋回を繰り返し華麗に避けて見せた。


「骨のくせにやるな! 俺の眷属にしたいが、どうやら難しそうだ!」


 奴の口ぶりでは、スケ太郎を眷属にしようとしたようだ。

 しかし、儂の支配下に置かれているのでは難しいことだろう。

 なぜならフェデラーより儂の方が支配力が強いからだ。


 奴は地上すれすれまで降下すると、真上からエアロカッターを放つ。

 風の刃がスケ太郎へ直撃すると、もうもうと土煙が舞い上がった。フェデラーは一気に上昇を始める。


「じわじわといたぶり殺してやる! おっと、すでに死んでいたのだな! はははっ!」


 じゃりん。


 フェデラーは空中で動きを止めた。

 奴の足には闇の鎖が巻き付いていたからだ。


「カタカタカタ」


 鎖を握ったスケ太郎が顎を振るわせて笑う。

 先ほどの攻撃の一瞬に魔法を発動させたのだろう。


 フェデラーは必死にもがくが、すでにまな板の鯉と同じだ。

 スケ太郎が鎖を振り下ろすと、そのまま奴も地面にたたきつけられた。


「うぐっ……俺がこんなところで……」


 往生際が悪い奴だ。

 未だに鎖は足に巻き付いているので、逃げられはしないだろう。

 儂はフェデラーへ近づくと、もう一度だけ質問する。


「質問に答えろ」

「くそっ! 誇り高きヴァンパイア族のこの俺が、たかがヒューマンに!」


 儂は剣を抜く。それを見た奴は慌てて態度を変えた。


「話す! 話すから命だけは!」

「では質問だ。なぜお前はここに居た?」

「こ、ここは暗くて落ち着くのだ……我々ヴァンパイア族は光を好まない種族だからな」


 真実だが、すべてを話していない印象を受けた。

 儂はこれまで多くの人間を見てきた。その経験から相手の心が透けて見える。


「それだけか?」

「……時折、冒険者という輩が来る。俺はそいつらの血をいただいていた」


 だろうと思った。

 そうでなくてはスケルトンやリッチの大群を説明できない。

 こいつは配下に人間を捕まえさせ、この階層で血をすすって生きていたのだろう。

 そして最後には冒険者をスケルトンにする。なかなか考えられたシステムだ。


「では最後の質問だ。ヴァンパイアの国とはどこにある?」

「それだけは答えられない! 頼む、許してくれ!」

「答えられなければ死ぬだけだぞ?」


 儂は剣をフェデラーに向ける。

 しかし、奴は問いには答えなかった。


「ライトニングサンダー!!」


 雷光が奴自身を包み込む。

 一瞬の隙を狙って自害したのだ。


 残されたのはぶすぶすと焼け焦げた骨と肉片だけ。


「自害とは……」


 儂は奴を殺すつもりはなかった。

 今後、冒険者を襲わないのなら生かすつもりだったのだが、よほど国のことを言いたくなかったのだろう。


 残念だと感じつつ、奴のスキルをいただく。

 あとは種族もいただいておくとしよう。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ドラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:分析(初級)、活殺術(初級)、達人(初級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(初級)、分裂(初級)、危険察知(特級)、索敵(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(特級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(初級)、超感覚(上級)、衝撃吸収(上級)、水中適応(中級)、飛行(上級)、硬質化(上級)、自己再生(初級)、植物操作(特級)、統率力(特級)、不屈の精神(上級)、小竜息(上級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、スキル拾い、種族拾い、王の器



 飛行が上級へと変わった。

 今回の収穫はそれくらいだ。

 牙強化や爪強化は必要だと思えなかったので習得していない。

 

 そんなことよりも、種族ヴァンパイアを取得したことの方が重大だ。

 なんと、儂の背中から翼が生えたのだ。


 種族欄のヴァンパイアを意識すると、コウモリのような翼が現れる事に気がついた。

 次にドラゴニュートを意識すると、頭部から羊のような角が生える。

 種族拾いの真の力はまさにこれだったのだ。

 同時発動も思いのままで、翼が生えたまま角が生えた姿は儂の心をときめかせた。


「これはいいぞー!」


 翼があると、スキル飛行は真の性能を見せ始める。

 縦横無尽に空を飛び回ることができ、あこがれのデ○ルマンになれるのだ。くふふ。


 儂は一時間ほど空の散歩を楽しんでからメンバーと合流した。



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