四十九話 骨も逃げ出すスケルトン軍


「カタカタカタ」


 リッチは顎を鳴らす。

 先ほどまでは笑っていたようだが、今は怯えている様子だ。

 奴は杖を掲げると、今度は闇魔法のシャドウバインドを使用した。

 鎖状になった闇がじゃららと儂の体に巻き付くが、ローブの力によってすぐに霧散する。


「もう終わりか? こちらから行くぞ?」


 儂はじりじりと近づく。

 リッチはその分後ろへ下がった。

 やはり頭が良い。儂との実力差に気がついているらしい。

 そもそも魔法で片がつけられないとするなら、無力とも言うべき存在に成り下がるのだ。

 魔法に特化した魔獣の弱点である。


「カタカタ」


 リッチは逃げ出した。


 ――が、儂がそうやすやすと見逃すわけはない。

 一瞬でリッチの背中へ追随すると、肩から斜め下へ向かって袈裟斬りする。

 地面に転がった奴は、アンデッドらしく這いずりながら逃げようとするが儂はさらに一撃を加える。

 頭蓋骨への斬撃だ。


 ぱたりとリッチの体は動かなくなった。

 すぐにリッチのスキルを取得すると、儂のステータスに眷属強化と眷属召喚が追加される。


「おおっと、素材回収を忘れていた」


 儂はリッチの体をバラバラにしてリングへと収納した。

 これで依頼は達成したわけだが、できればリッチを眷属として欲しいのでさらに二十七階層の探索を続けることにする。



 ◇



「真一! こっちから足音がするわ!」


 エルナの聴覚を頼りに二十七階層を走る。

 遭遇するゾンビどもはスケルトン部隊が排除してくれるので、正直言って攻略が難しいなどという印象は薄い。


「カタカタ」


 ようやく見つけたリッチは、やはり緑色の炎を両目に宿し禍々しい雰囲気を漂わせている。

 すぐにスキル分析を使うと、なんと二体目のリッチもフェデラーという者の眷属だったのだ。


 フェデラーとは何者だろうか?


「ひとまず試してみるか……」


 儂はリッチに眷属化を使う。

 視界に赤いゲージが現れ、すぐに緑色のゲージが押し始める。

 しかし、進みは遅く緑を100%にするには二分ほど時間を必要としていた。


「スケルトン部隊はリッチを押さえ込め!」


 指示を出すと、スケルトン達がワラワラとリッチに群がる。

 当然だがリッチも見ているだけではない。杖を振り回し魔法を連発する。

 近づいてくるスケルトンへ向けてフレイムボムを放つと、炎の中から漆黒の骨達が無傷で現れる。

 彼らはただのスケルトンではない。ホームレススケルトンなのだ。

 逃げ出そうとするリッチを押さえつけ、スケルトン達は命令を達成した。


「もうすぐ100%だ。あと少し」


 緑のゲージは90%まで来ていた。

 スケルトンなら数秒なのだが、やはり他人の眷属を手に入れるのは時間がかかるのだろう。

 二分をかけて100%に達し、リッチの眷属化は成功した。



 【分析結果:ホームレスリッチ:リッチが田中真一の眷属化によって変化した。標準的なリッチと比べると十倍の力を誇り、魔法だけでなく近接戦闘も得意:レア度A】


 【ステータス】


 名前:ホームレスリッチ

 種族:ホームレスリッチ

 魔法属性:闇・火・無

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、フレイムボム

 習得スキル:剣術(中級)、槍術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、索敵(中級)、硬質化(中級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、魂喰

 支配率:田中真一が100%支配しています

 進化:条件を満たしていません

 <進化条件:剣術(特級)、槍術(中級)、攻撃予測(初級)>

 


 体は黒く染まり両目は赤い炎が宿る。

 リッチは前にも増して禍々しくなった。


「カタカタ」


 儂の前で片膝を突いたリッチは深々と頭を下げた。

 まるで王へ挨拶をしているかのようであり、される方としてはなかなか悪くない気分である。


「すごいぞ田中殿! リッチまで配下にするとは!」


 フレアはキラキラとした目で儂を見ていた。

 はしゃぐ気持ちは分からなくもない。

 リッチは浅いダンジョンならボスとして君臨しているぐらい強い魔獣だ。

 討伐をするに際しても上級冒険者以上が目安となっており、中級冒険者では遠距離からのフレイムボムで瞬殺だ。さらに対魔道士用の属性である闇を備えているので、魔法攻撃にも分厚い防御を持っていたりする。

 見た目だけでなく実力も怖い魔獣なのだ。


「では、先へ進むとしよう。目指すは二十八階層だ」


 地図を見ながら階段へと向かう。

 次の階層は地図によると大部屋のようだ。今度はどのような場所か胸が躍る。

 今まで見た大部屋は、湖や竹林や草原などの興味深い場所が多かった。

 特に食材を手に入れるには絶好の場所ではないだろうか。


 儂らは階段に到着すると、迷うことなく下へと行く。



 ◇



「暗いわね……」


 エルナの言うとおり二十八階層は真っ暗だった。

 とは言っても、儂の目は暗闇すらも昼間のように見通している。

 視界にはむき出しの地面が地平線まで続き、所々にわずかな草が生えている程度だ。


「ライト」


 エルナが魔法で光を創ると周囲が白光で照らされる。

 景色を見た感想はなにもないだった。


「お父さん、なにもないよ?」

「そうだな。とりあえずそこの草でも掘ってみるか」


 ペロと一緒に草の根を掘ると、地面から長細い物が出てくる。

 表面は茶色くとてもじゃないが食べ物には見えない。


「……まてよ」


 儂はその根っこを水で洗い、ナイフで皮を削り落とした。

 そしてそのまま根っこをかじる。


 そうだ、これはゴボウだ。

 間違いない。



 【分析結果:ゴボーン:水はけの良い土地で育ち、多くの食物繊維を含んでいる。調理法としては、サラダや揚げ物などが多い:レア度D】



 分析結果でもやはりそれらしい事が記載されていた。

 ならば迷うことはない。ここでゴボウを手に入れられるだけ手に入れようではないか。


「ねぇ、アレってもしかしてスケルトン……?」


 エルナが指し示した方角から、膨大な数の足音が聞こえる。

 儂の目にははっきりとその数が映った。


 およそ一万のスケルトンがこちらへと押し寄せていたのだ。


「全員戦闘準備!」


 スケルトン部隊へ指示を出すと、ザッと漆黒の骨達が剣や槍を構える。

 スケ太郎とリッチは後方で部隊を見守る。


「私の進化した力を見せる時ね」

「お父さん、僕も戦うよ」

「田中殿、私も仲間として戦いに出る」


 三人はスケルトン達に任せるだけでなく、自分たちも戦いたいと申し出る。

 確かに百体のスケルトンだけでは倒しきれないだろう。

 ならば今こそ眷属召喚を使うとき。というか使ってみたい。


「眷属召喚!!」


 天に人差し指を向けて格好良くポーズする。

 取得してから使ってみたくてウズウズしてたのだが、ようやくそのときが来た。

 地面に無数の光が現れると、その中から配下のスケルトン達が現れる。

 彼らはすぐにスケルトン部隊と合流すると、陣を組んで敵のスケルトンと交戦を始めた。


 二千対一万の戦いは大迫力の光景だ。

 しかもこちらの軍勢が押している。

 スケルトンとホームレススケルトンではここまで力の差があったのかと驚くほどだ。


「フレイムボム!」


 エルナの魔法が敵へ直撃する。

 その威力は以前のフレイムボムの比ではない。

 中級魔法が上級魔法並みに威力を増していた。

 スキル魔の真髄のせいだと思うが、威力が強すぎてこちらにまで被害が及ばないか不安だ。


「烈風撃!」


 ペロが繰り出した拳からは暴風が発生する。

 巻き込まれた敵は骨を粉砕され、風とともに吹き飛ばされていた。


「てやぁ! せいっ!」


 フレアは槍を使い、着実に敵の数を減らしている。

 やはり近衛騎士であっただけのことはある。実力は折り紙付きだ。


 儂はその間に眷属化を行う。

 敵のスケルトンはすべてリッチの支配下に置かれていた。

 どこかにリッチが居るのだと思うが、今は敵戦力をそぎ落とす事だけを考えることにする。


「しかし、リッチから奪うとなると時間が……」


 そう言いつつ敵のスケルトンへ眷属化を使うと、数秒で支配権を獲得した。


 んん? 前と変わらないぞ?


 次々に敵スケルトンへ眷属化を使うが、すぐに支配権を奪ってしまう。

 もしかすると、フェデラーという謎の相手と比べるとリッチの支配力が弱いのだろうか。

 考えられるとすればそれくらいだが、だとすれば儂には好都合だ。


 三時間も経過すれば、戦力差は逆転していた。


 こちらは一万に敵は五百。

 戦闘不能になった敵スケルトンは地面でもがいていた。


「カタカタ」


 いつの間にか儂のそばにスケ太郎とホームレスリッチが立っている。

 しかも二体の近くには闇の鎖で縛られた二体のリッチ。


「もしかして敵のリッチを探し出してくれたのか?」

「カタカタカタ」


 スケ太郎はそうだと顎を鳴らす。

 骨のくせに優秀すぎるだろう。社員ならボーナスを払ってやりたいほどだ。


「では眷属にさせて貰おう」


 二体のリッチを眷属にしようとしたところで思いとどまる。

 ステータスが気になるからだ。


「……やはりフェデラーの支配下に置かれているか」


 確認すると、二体のリッチはフェデラーの眷属だった。

 何者かは知らないが、向こうがやる気ならこちらも退くつもりはない。


 時間をかけてリッチを支配下に置くと、三体となったリッチに名前をつけることにした。

 最初に手に入れたリッチをリッチA。

 後の二体をそれぞれリッチBとリッチCとした。

 目印として額にそれぞれアルファベットを書き込んだので間違うことはないだろう。


「真一! 勝ったよ!」


 いつの間にか戦いは終わっていた。

 こちらは一万もの兵数にふくれあがり、負傷した味方は皆無だ。

 大勝利といえる戦果なのではないだろうか。


「お父さん、向こうから別の臭いがする」


 ペロが地平線を指さす。

 スケルトンやリッチではない何かが、まだこの階層にいると言うことだろうか?


「すぐに出発するぞ! 一気にこの階層を攻略する!」


 スケルトン達はザッと整列した。

 気持ちが良いほどの統制がとれた軍勢に気分は高ぶる。

 今の儂に怖い物などないに等しい。


 儂らはそのまま二十八階層を進み続け、屋敷のような建物を発見した。


「このような場所に屋敷とは……」


 フレアがブツブツと呟く。

 儂もそう思ったが、もしかすれば大魔道士ムーアが建てた別荘のようなものではないのかと考えがよぎる。

 ここは暗く静かだ。

 人目を避けようとしていたムーアには、悪くない環境のように思えるのだ。


「あの屋敷から臭いがする」


 ペロの嗅覚は屋敷に向いていた。

 こうも反応が強いとなると、生きた何かがあの屋敷に住み着いていると考える方が自然だろう。

 人か魔獣か。それはまだ分からない。


 屋敷はレンガ造りの二階建てであり、入り口は頑丈な木材で作られている。

 いくつかの窓は見られるが、すべてカーテンが閉められ人気はないように感じた。


 ドアを開けるときしんだ音が響く。


 床を踏みしめつつ建物の中へ侵入すると、どこからかカツカツと足音が聞こえた。

 暗闇からスッと現れたのは一体のリッチだった。


「カタカタカタ」


 リッチはすぐに杖を構える。

 しかし、先に攻撃したのはエルナだった。


「ロックアロー!」


 石の矢がリッチの頭部を貫通する。その後に矢は爆散した。

 なかなかエグイ魔法だ。


「……ちょっと待て。エルナは火と光の属性しか持っていなかったはずだ」

「ふふーん。まだ私のステータスを見てないのね?」


 エルナは自慢気に胸を突き出す。

 指摘通り進化後のステータスは見ていない。



 【分析結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。ゾンビが嫌いであり、過去に森でゾンビに追われたことがトラウマとなっている:レア度S】


 【ステータス】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:始祖エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・水・土・風・光・闇

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、フレアゾーン、アクアボール、ロックアロー、エアロボール、ライト、スタンライト、カモフラージュ、シャドウ

 習得スキル:槍術(中級)、弓術(特級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(上級)、超感覚(中級)、攻撃予測(上級)、不屈の精神(上級)、魔の真髄(初級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:攻撃予知(初級)、高潔なる精神、魔の真髄(特級)>



 儂は始祖エルフを甘く見ていた。

 まさか六属性も有している種族だとは考えもしなかったからだ。


「始祖エルフと言うだけあるな」

「でしょ? 私もこれで大魔道士になれるかもしれないわ」


 それは微妙なところだ。

 大魔道士や大賢者と呼ばれるには、それ相応の理由があるはず。

 もっとよく考えれば、ムーアが何者であるかを儂もエルナも理解していないのだ。

 まずはそこからではないだろうか。


「真一!」


 エルナが何かに反応した。


 足音が聞こえ始め、暗闇の中から一人の男が現れる。


 青白い皮膚に充血した眼。

 黒い紳士服を身につけており、黒い髪はオールバックに整えられている。

 紫色の唇から見える歯は犬歯が異常に尖っており、男が呼吸をするだけで血の臭いが充満する。


「なぜここに居る?」


 男は低い声で問う。

 儂は代表して返答することにした。


「儂らは冒険者だ。お前は何者だ?」

「冒険者か……だったらちょうど良い。喉が渇いて仕方なかったのだ」


 男は口を大きく開けて、唾液に濡れた牙を見せる。

 それを見たフレアが叫んだ。


「不味い! ヴァンパイアだ!」




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。

遅くなってしまいましたが、ここで感謝を述べさせていただきたいと思います。

皆様から頂いた星やフォロー一つ一つが私の原動力であり、読んでいただいている方々からの応援の声と思っております。今後とも本作品をどうかよろしくお願いいたします。(作者より)



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