四十八話 リッチの天敵


 スケルトンを引き連れて二十六階層へと到着した。

 儂がほとんどを眷属にしてしまったせいか、がらんとしていて静かだ。


「この階層には敵が居ないのか?」


 槍を握るフレアが異様な静けさに警戒を強める。

 面倒だが儂は説明することにした。


「眷属のスケルトンは元々この階層にいた奴らだ。ほぼすべてを支配下に置いてしまったので、敵と会うことはないかもしれないな」

「さも当然のように語る田中殿が恐ろしい……」


 フレアは恐怖の入り交じった顔で儂を見る。

 失礼だぞ。儂だってやりすぎたなとは思っているのだ。

 しかし、やってしまったものは仕方がない。この階層は今後は冒険者達の休息所として活用してもらおう。


 スケルトン達を先頭に歩かせて、一時間ほどでようやく階段を見つけることができた。

 どうやらこの階層では階段から階段までの距離が短く、上手く行けばスケルトン達を素通りできる仕組みとなっていたようだ。

 今となってはどうでも良い情報だがな。


「二十七階層へ降りるぞ。全員気を引き締めろ」


 メンバーやスケルトン達が頷く。

 モヘド大迷宮はある地点から急激に攻略が難しくなると聞く。

 それが二十六階層か二十七階層かは分からないが、先を進む以上は覚悟をしておいた方が良い。


 儂らはゆっくりと階段を降りてゆく。




「二十六階と同じか……」


 二十七階層は同じようなレンガ調の通路だった。

 相変わらず薄暗く、壁に設置されたクリスタルがぼんやりと光っている。


 べたり


 音が聞こえた。素足で堅い床を歩くような音だ。


 べたりべたり


 通路の先から音が聞こえ、儂らは武器を構える。

 すでに使用しているスキル索敵では、一体の敵がこちらに近づいているようだった。


「うぐぁあああああ」


 地の底から聞こえるようなうめき声は、現れた敵から発せられたものだ。

 体は青白く両目はどこを見ているのか分からないほど視線が定まらない。

 着ている服はすり切れており、よく見ると靴は履いていないようだった。

 儂はその魔獣を知っていた。

 いや、知らない方が珍しいだろう。それくらいメジャーなモンスター。


 そう、ゾンビである。


「いやぁぁああああ!」


 エルナは杖を掲げて魔法を放つ。

 儂は慌てて彼女を止めようとしたがすでに魔法は発動しており、中級魔法のフレイムボムがゾンビへと直撃する。飛び散る肉片に儂らは後方へと退避した。


「急に攻撃をするな! 驚いたじゃないか!」

「しょうがないじゃない……私、ゾンビが大嫌いだもの……」

「それでももっと加減をしろ!」


 儂だってゾンビを好きなわけではない。

 しかし、今の攻撃はさすがにやめてもらいたい。

 人肉が散らばる光景はスプラッター映画を見ているような気分だ。


「お父さん、また来るよ!」


 ペロの声に、スキル索敵を確認すると四体の敵が近づいているようだった。

 すぐにスケルトン達へ命令する。


「隊列を組んで敵を排除しろ!」


 百体のスケルトン達は足並みをそろえて前へ進む。

 スケ太郎はスケルトン部隊の大将みたいなものなので、部隊の後方で指揮をとるようだ。


「うぐあああぁああああ!」


 四体のゾンビがスケルトン達へ襲いかかる。

 しかし、ゾンビ達のかみつき攻撃は黒く染まった骨達には一切のダメージを負わせられない。

 スケルトンはゾンビを蹴り飛ばすと、戸惑うことなく剣を頭部へ落とす。

 数秒で片が付くと、スケルトン達は止まることなく先へと進んでゆく。

 これは冒険ではない。もはや掃討戦だ。


「疲れ知らずの強力な兵士……すごいぞ田中殿! ゾンビがまるでゴミのようだ!」


 フレアは興奮したようにスケルトン部隊を褒め称える。

 まぁ儂としては結果が見えていたのでそれほど驚きはないがな。


 倒されたゾンビをひとまずスキルで鑑定する。



 【鑑定結果:ゾンビ:区別するためにゾンビと呼ばれているが、実際のところはスケルトンと同じ魔獣だと言われている。腐敗した肉を脱ぎ捨てることでスケルトン化することから、脱皮前と呼ばれ嫌悪されている:レア度E】


 【ステータス】


 名前:ゾンビ

 種族:アンデッド

 魔法属性:闇

 習得魔法:シャドウ

 習得スキル:剣術(上級)、体術A(中級)、危険察知(特級)、魂喰



 危険察知をスキル拾いで取得する。


 他にもゾンビからスキルを取得し、儂のステータスは変化した。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 <ドラゴニュート>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(特級)、活殺術(初級)、達人(初級)、盗術(上級)、隠密(特級)、万能糸(初級)、分裂(初級)、危険察知(特級)、索敵(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(特級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(初級)、超感覚(上級)、衝撃吸収(初級)、水中適応(中級)、飛行(中級)、硬質化(上級)、自己回復(特級)、植物操作(特級)、統率力(特級)、不屈の精神(上級)、小竜息(上級)、眷属化、スキル拾い、種族拾い、王の器



 索敵がとうとう上級に達した。

 スキルを使うと、性能は格段に上がり以前の1.5倍の範囲を知ることができるようになったのだ。


 視界に文字が映る。



 【一定の条件を満たしましたので、スキルを進化させます】


 【スキル進化:鑑定→分析】



 儂は思わず驚く。

 スキルはどうやら統合進化だけではないようだ。

 単体でも条件を満たせば進化できるらしい。

 だとするなら、スキルは特級で終わりではなく、そのさらに上が存在するという証明だろう。

 どこまで極められるか気になるところだ。


 ふと、新たに得たスキル分析を試したくなりエルナへ試してみる。



 【分析結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。ゾンビが嫌いであり、過去に森でゾンビに追われたことがトラウマとなっている:レア度C】


 【ステータス】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・光

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、フレアゾーン、ライト、スタンライト、カモフラージュ

習得スキル:槍術(中級)、弓術(特級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(上級)、超感覚(中級)、攻撃予測(上級)、不屈の精神(上級)、魔の真髄(初級)

 進化:条件を満たしています。



 まず、気になったのは魔の真髄というスキルだ。

 いつの間に取得したのか分からないが、最近魔法の調子がおかしいと言っていたのはこれが原因のような気がする。

 さらに注目するのは地獄耳と超感覚と攻撃予測のスキルアップだろう。

 エルナとは時々訓練をしていたので、使用頻度は少なくはない。


 そして、もっとも注目すべきは進化という項目だ。

 すでに条件を満たしているにもかかわらず、エルナには一向にそのような気配は現れない。

 もしかすると、条件を満たしてもすぐには告知はされないのかもしれない。


 が、儂の目の前に文字が現れて絶句する。



 【エルナ・フレデリアを進化させますか? YES/NO】


 【進化先選択】

 ・エルフ→ハイエルフ

 ・エルフ→始祖エルフ



 え? え? 儂が進化を決めるのか?

 戸惑いつつひとまずエルナに相談することにした。


「おい、儂の方に進化をしますかと出ているぞ」

「ええ!? どうして私じゃなくて真一の方に出るのよ! ……というか、私って進化できるの!?」

「進化先の項目が出ているのだが、ハイエルフと始祖エルフのどちらが良いのだ?」

「始祖エルフ!? 嘘!」


 エルナはオロオロと挙動不審になった。

 しばらくうーんうーんと悩んだ後に、始祖エルフになりたいと希望を口にする。


「ちなみに始祖エルフとはなんなのだ?」

「そりゃあ言葉通りエルフの始祖よ。大昔の種族はすごい力を持っていたらしいの、特にエルフは飛び抜けていてヒューマンが世界を支配する以前は、エルフが支配していたほどよ。なにより各種族に魔法を教えたのは始祖エルフだって言われているわ」

「ほぉ、では始祖エルフは魔法のエキスパートだったのだな」


 といいつつ儂は進化のYESをポチッと押した。


「来た! 進化の告知が来たわ!」


 エルナは急いで床に寝ると、ワクワクした様子で目を閉じる。

 儂はリングから毛布を取り出すとエルナにかけてやった。

 それとスケルトン達を引き戻し、周囲を守るように命令する。


「そういえば他人の進化を見るのは初めてだな」


 エルナを観察すると、彼女の体がぼんやりと光り始める。

 その状態が何時間も続き、次第に儂らは食事をしたりお茶を飲んだりと暇を潰すようになった。


「暇だな……」

「お父さんの時もこんな感じだったよ」


 儂がぼやくとペロがフレアに抱かれながら言葉する。

 今後はもう少し場所を考えて進化をした方がいいだろう。エルナとペロの気持ちがようやく理解できた。


 およそ六時間ほど経過して、ようやくエルナの体から光が消えていった。


「う……ここはどこ……」


 起き上がったエルナは、まるで髪の毛のお化けだ。

 長かった金髪がさらに伸びて顔を覆っている。


「ひとまず水を飲め」


 リングから取り出した水樽を渡すと、彼女は一心不乱にごくごくと飲み下す。

 一息つくと、じーっと自分の手の平や体を眺めた。


「そうか……私、進化したんだ……」

「うむ、まだダンジョンの中だ。気分はどうだ?」

「調子は……最高ね。力がみなぎって魔力が体の中で暴れているわ」


 彼女はナイフを取り出すと、美しい金髪をばさりと切る。

 見えてきた顔は以前とは変わって、絶世の美女へと進化していた。

 金色だった双眸はさらに透明度が増し、金色の長いまつげが芸術品のように存在感を放つ。

 唇はぷるんとピンクに瑞々しく、見ているだけで吸い寄せられるような錯覚を感じた。

 これが始祖エルフかと驚嘆を隠しきれない。


「エルナおねぇちゃん綺麗」

「そうだな。エルナ殿は素晴らしい進化をしたようだ」


 ペロとフレアは嬉しそうだ。

 しかし、エルナは儂の目をじっと見ていた。


「う、うむ。あまりに美しくて驚いたが、エルナは良い進化をしたようだ」


 儂がそう言うと、エルナはぱぁぁっと花が咲いたように嬉しそうに笑顔を見せる。

 初めての進化で不安に感じていたのだろうな。

 すぐに褒めるべきだったと反省する。


「さて、進化も完了したが少しだけ休息するか。エルナは腹が減っていることだろう」

「うん、お腹がぺこぺこよ」


 エルナのために料理を作ると、彼女はできあがったものを片っ端から胃に流し込む。

 ようやく食事が終わった頃には、六人前の料理を一人でたいらげていた。

 あの細い体によく入ったと感心する。


「じゃあ、そろそろ出発をするか」


 儂らは再び歩き出すと、スケルトン部隊を先頭にずんずん進んでゆく。


「あ、なんだか耳も良くなったみたい。遠くない場所に敵の足音が聞こえるわ」

「儂の索敵にはまだ反応はないな。ちなみに敵はゾンビか?」

「違うみたい。足音が硬いもの」


 もしやリッチだろうか?

 この階層では未だにスケルトンは見かけていない。

 偶然というのもあるが、リッチという可能性も捨てきれないところだ。


 カタカタカタ


 独特の音が聞こえると、通路の先から異形のスケルトンが現れた。

 白い骨で構成された体に、目は緑色の炎が宿っている。

 茶色く薄汚れたぼろ切れを身にまとい、右手には頭蓋骨を模した杖が握られていた。



 【分析結果:リッチ:スケルトンの上位種族。魔法に特化しているため物理には比較的弱い。スケルトンが大量発生している場合は、だいたいがリッチの仕業である:レア度B】


 【ステータス】


 名前:リッチ

 種族:アンデッド

 魔法属性:闇・火

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、フレイムボム

 習得スキル:剣術(中級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、魂喰

 支配率:フェデラーに100%支配されています

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣術(特級)、槍術(中級)、攻撃予測(初級)>



 なかなか良いスキルを持っているようだが、それよりも支配率に目が行く。

 フェデラーとやらに目の前のリッチは支配されているようだ。

 眷属化を持っていて眷属にされるとは、どういったことなのかよく分からないが、眷属化にも条件のようなものが存在するのかもしれない。

 たとえば支配する者と支配される者の力関係などだろうか。


「カタカタ」


 リッチは体に魔法のシャドウを纏わせる。

 やはりただのスケルトンよりは知恵があるようだ。


「では儂が出よう」


 前に進み出ると、儂は剣を構える。

 リッチがどのような敵なのか知っておく必要がある。


「カタカタカタ」


 リッチが掲げた杖から火球が放たれた。

 いきなり中級魔法とは盛大な歓迎だ。では受けてやろう。


 儂はよけることもなく爆発にさらされた。


「カタカタカタカタ」


 リッチは顎を振るわせている。

 勝ったと思ったのだろう。甘い。


 炎の中から平然と出てきた儂を見て、リッチは後ずさりする。


「儂には魔法は効かないぞ?」


 黒きローブが光の波を走らせて、魔法を無効化した事を教えてくれる。

 魔法に特化した魔獣なら、魔法が一切効かない儂は天敵ではないだろうか。


 ニヤリと笑う儂を見て、リッチは震えたように顎を鳴らした。



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