四十七話 探索再開


「これだけ?」

「はい、ホームレス様に出された依頼はこれだけです」


 ギルドで渡された指名依頼はたったの一件だった。

 ホームレスは有名になったのじゃないのか? 


 儂の疑問を察した受付嬢が理由を説明してくれる。


「基本的に大きな依頼は王都の冒険者へ頼む傾向にあります。ここは辺境の田舎ですし、有名な上級冒険者に渡すような仕事は不足しがちです。ああ、でも今回のように物好きな学者が依頼を出すことは結構ありますよ」


 依頼書を見ると、隣町に住む学者が出した依頼のようだ。

 内容はモヘド大迷宮に生息する、リッチと呼ばれるアンデッド系魔獣を調達してきてほしいと書かれていた。特に頭蓋骨が欲しいらしい。確かに物好きだ。


「フレア、リッチというのはどんな魔獣なのだ?」

「スケルトンの上位だ。魔法に特化していて、物理攻撃には弱いらしい。ただ魔法が強力で至近距離に入る前に全滅させられることもよくあるそうだ」


 スケルトンの上位なら、眷属にしても良さそうな気がする。

 なんだかんだ言ってスケルトンは親しみがあるからな。依頼のついでにリッチも眷属にしてしまおう。

 それがいい。


 さらに受付嬢に話を聞くと、リッチはモヘド大迷宮の二十六階から三十階に目撃情報があったらしく、儂らが探索している階層とドンピシャだった。

 これはもう引き受けるしかないだろう。


 依頼を引き受けた後、儂らはいくつかの買い物をしてからロッドマン武器店へ足を運んだ。

 いつものように店のドアを開けると、ぼんやりとタバコを吸うロッドマンが目に入る。


「いらっしゃい――おおっ! 田中君!」

「ロッドマンが店番をしていると言うことは……完成したのか?」

「もちろんだ! とにかく見てくれ!」


 店の奥から持ってきたのは、高級な布に包まれた武器だった。

 布を開くと一mほどの剣と二十㎝ほどのナイフが姿を現す。


 剣は黒塗りの鞘に収められ、柄の部分は革でしっかりと滑り止め加工をされている。

 鍔の部分は穴が開けられており、穴の周りには魔方陣が刻まれていた。要望通りのできばえだ。


「抜いてもいいか?」

「俺の力作だ! ぜひ見てくれ!」


 ロッドマンは興奮した様子だ。

 よほど情熱を込めて造ったのだろう、儂は剣を鞘からそっと抜く。


 しゃりぃぃぃん。


 鈴のような音色が聞こえ、引き抜かれた剣は光を反射した。

 黒曜石のような真っ黒だがさらに闇を入れたように底なしの黒を連想させる。

 闇を固形化したような剣は、まさに純黒とよんで差し支えないものだった。

 重量はほどよく、手に吸い付くようになじむ。

 素人目だが、これは業物と呼ぶにふさわしい出来だろう。


 鑑定を使って見る。



 【鑑定結果:ブルキングの剣:魔獣ブルキングの角を加工して造られた剣。すべてにおいてミスリルを上回り、魔導率は二倍の性能を誇る:レア度S】



「素晴らしいな……」

「そいつは苦労した! とにかく素材が堅くて、研ぐだけでも一苦労だ! まぁ、俺の腕にかかれば、そんなもんよ! うははははっ!」

「そうか、ところでそのナイフはどうした?」

「おお、これは余った角の部分で造ったものだ。オマケとして受け取ってくれ」


 ナイフもかなりの出来だった。

 これほどの剣とナイフなのだから、制作費用は相当な額になることだろう。

 どれほどになるのか少々不安だ。


「それで……こいつが今回の制作費だ」


 渡された紙を見ると、そこには金貨八枚と書かれていた。およそ日本円で八百万。安すぎる気もするが、商人であるロッドマンにもなにか理由があるのだろう。


「武器の値段ってのは、だいたい材料で高くなるんだが、今回は持ち込みだからその点は計算に入らない。加工料や柄や鞘の材料費を合わせるとこんなもんだ」

「そうだったのか、前回のミスリルナックルを思い出して身構えていた」

「いやまぁ、それでも十分に高い値段ではあるんだがな」


 指摘されてハッとした。

 どうやら儂は金銭感覚が麻痺していたようだ。

 最近は金貨をポンポン受け取ることが多くなったので金貨の価値を忘れていたが、一枚で普通の家庭は一年食べていけるのだ。

 それが八年分と考えると、今回の支払いはかなり高い。

 お金の大切さを肝に銘じておこう。


 儂はロッドマンに金を払うと、ダンジョンへ戻るために店を出ることにした。

 帰り道の途中でフレアが気になったことを質問する。


「ところでホームレスは近接が二人に遠距離が一人なら、私は中距離を担当した方がいいのではないのか?」

「うん? そうだな……しかし、槍なんか使えるのか?」

「こう見えて私は槍術は上級だぞ? 武器さえあれば、剣でも槍でも上手く使いこなしてみせる」


 そういえばフレアは槍も使えたのだったな。

 すっかりステータスの事を忘れていた。

 今一度、フレアのスタータスを確認することにしよう。



 【鑑定結果:フレア・レーベル:公爵家近衛騎士を退職し、冒険者パーティーのホームレスへ就職した。根っからの犬好きであり、聖獣であるペロは彼女にとってアイドル的存在へと昇華されている:レア度D】


 【ステータス】


 名前:フレア・レーベル

 年齢:18歳

 種族:ヒューマン

 職業:冒険者

 魔法属性:火

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー

 習得スキル:剣術(上級)、槍術(上級)、盾術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、腕力強化(上級)、調理術(上級)



 ふむ、彼女の言うとおり槍に適正があるようだ。

 ならばホームレスとしては喜ばしき人材だな。中距離担当はフレアで決まりだ。


「では、これを渡しておこう」


 儂はリングから槍を取り出す。

 受け取ったフレアは槍を不思議そうに見ている。


「田中殿、この槍はミスリルのように見えるが……」

「確かにミスリルだが不満か?」

「ふ、不満など! ミスリルは高級金属だぞ! むしろ受け取って良いのか不安だ!」


 彼女の言うとおりミスリルは高い。

 ロッドマンの店に行くまで、そんな事実すら知らなかったのだから恥ずかしい話だろう。

 とはいえミスリルの武器は、隠し部屋に元々あったタダ同然の武器なのも事実。

 槍に関しては二本もあったので、仲間に渡すくらいは些細なことだ。


「そうだ、フレアは細剣も使うのだったな。ミスリルの細剣があるが、必要ならやるぞ?」

「ひぃいい! 結構だ! 槍だけで十分!」


 うむうむ、欲をかかない姿勢はなかなかだな。

 良い仲間を迎えられて儂も嬉しいぞ。


 こうして儂らはダンジョンへ帰還した。



 ◇



「――で、ここが儂らの家だ」


 フレアに色々と案内をして、ようやく隠れ家に到着した。

 彼女はポカーンとした表情で隠れ家を見ている。

 畑や廃棄場を案内したときも同じように無言だったが、そろそろ何か言ってもらいたい。


「田中殿はいったい何者なのだ……?」

「儂はただのホームレスだ」

「ただのホームレスはこんなところには住まないぞ……」


 フレアは本棚に近づいて本を一冊抜いた。

 パラパラとめくり「まさか……」と呟く。


「そのまさかだ。ここはかつて大賢者と謳われたムーアの隠れ家だったらしい」

「これはとんでもない発見だぞ! すぐに国へ報告をせねば!」

「待て待て! それはだめだ!」


 走り出そうとするフレアを捕まえると彼女に事情を話す。


「ここは誰にも知られたくない場所だ! 仲間だからこそ教えたのだから、そんな裏切り行為をするんじゃない!」

「し、しかし……」


 フレアはしばらく葛藤すると、力なくうなだれた。

 どうやら納得してくれたようだ。


「田中殿の信頼を裏切るところだった。申し訳ない。このことに関しては、私はもうなにも言わないことにする」

「うむ、悪いがそうしてくれ」


 儂は一安心してソファーに座ると、フレアは本棚から本を抜き取っては中を確認し始める。

 彼女もムーアには強い興味があるようだ。


「ムーアに興味があるのか?」

「当然だ。ムーア様は歴史上で最も賢く最も強かった魔道士だ。しかもヒューマンだぞ? この国で育ったものなら憧れない者はいない」


 そう言って本を本棚へ戻そうとすると、力が入ったのか本棚が横へスライドし始めた。


 寝室ではちょうどエルナが着替えの真っ最中だった。

 ピンクの下着が丸見えで、白くスタイルの良い体が儂の目に入る。


「……」


 エルナはズボンをはこうとして固まっている。

 儂も凝視したまま固まっていた。


「キャァァアアアアアアア!!」


 声が聞こえると、慌てて本棚を閉める。

 寝ていると思っていたが、おきていたとは予想外だった。

 しかし、良いものが見られたのは眼福だ。


「すまない、本棚がドアになっていたとは……」

「気にするな。こんな狭いところで生活をしているとよくあることだ」

「よくあるのか……」


 フレアは顔を赤くする。

 凜としているが、彼女は紛れもなき女性だ。

 そろそろちゃんと決まり事を作った方が良いのかもしれないな。


 ガラッと本棚が開くと、顔をピンクに染めたエルナが出てくる。

 以前の赤いローブとは違い、今は紫のローブを身につけている。


「とうとう紫にしたのか」

「うん、もう特級の魔法を覚えているし、そろそろ着ても良いかなって。それよりもどうしてフレアがいるの?」


 儂はマーナであったことをエルナに説明した。


「――と言うことは、フレアは正式な仲間になったってこと?」

「そうなるな。エルナに相談をしなかったのは悪かったが、フレアは王都でのこともあってすでに信用がある。仲間として雇うには十分だと判断した」

「そういうことなら別に良いけど、この家にはベッドが一つしかないわよ?」

「問題ない」


 儂はリングからベッドを二つ取り出す。

 一つはフレア用。もう一つは儂とペロ用だ。

 そろそろソファーで寝るのも苦しくなってきていたので、購入するには頃合いだと思ったのだ。


「ちょっと待て、二つと言うことはペロ様の分は?」


 フレアは興奮気味で質問する。

 なんとなく考えが透けて見えるが、どうするかはペロ次第なので素直に答える。


「フレアの分と儂の分だな。ペロはいつも儂と一緒に寝ているから、あえて買う必要はないかと思ったのだ」

「だ、だったらペロ様は私と一緒に!」


 フレアはハァハァと変質者のように息を荒くする。

 それを見たペロは儂の足にすがりついて首を横に振った。


「しばらくは儂と一緒に寝たいそうだ」

「うわぁぁあああ!! ペロ様ぁぁあああ!!」


 うるさい奴だ。ペロに執心なところ以外は美人騎士なのだがなぁ。

 どうも残念な感じがにじみ出ている。


 フレアのベッドは寝室に設置すると、儂のベッドは暖炉の近くに置くことにした。

 どこかにもう一部屋あれば便利だが、贅沢は言っていられない。



 ◇



 探索を再開するために二十四階層へ戻ってくると、家畜場では熱心に作業をするスケルトン達を見つけた。


「カタカタ」


 スケ太郎が近づいてくると、とある小屋へ連れて行かれる。

 そこでは収穫された小麦や大麦が保管され、小さな山となっていた。


「もう収穫していたのか」


 ひとまず畑の方へ行くと、スケルトン達は休まずに耕し続けているのか広大な土地が畑と化していた。

 畑からは新たな芽が出ており、スケルトン達はジョウロで水をやっている。

 どこから水を運んできているのかと見てみれば、なんとわざわざ二十二階層まで行って水を汲んできているようなのだ。

 疲れ知らずのスケルトンならではの方法だが、ずいぶんと気の長い作業をしていたのだと感心する。


「カタカタ」


 スケ太郎は顎を鳴らす。

 なんとなくだが言いたいことが伝わってきた。

 どうやら小麦と大麦は水をやると成長速度が速まるので、手が届く範囲まで畑を広げて水をやることに力を注いでいる。と言うことらしい。

 これも眷属化のおかげなのか、意思の疎通が可能なのは嬉しい。

 というかスケ太郎は思ったよりも頭が良いようだ。


 リンゴの木を見ると、さすがにまだ成長途中だった。

 餌として家畜に食べさせるには、もう少しだけかかりそうだ。


 儂はスケルトン達を集めると、三十階へ行くための選抜を行う。

 数はだいたい百体も居れば十分だろう。

 もちろんスケ太郎も連れて行く。

 戦闘力がどれほどなのか確認しておくには良い機会だ。


「では出発だ!」


 儂らは二十七階層へ向けて出発する。





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