四十五話 家畜小屋完成!


 トンカンと金槌を打つ音が聞こえる。


 家畜場を造り始めて早くも三日目。

 時間はかかっているが、なんとかそれらしい建物ができあがっていた。


「ふぅ、腰が痛くなっちゃう」


 エルナがぐっと背筋を伸ばす。

 彼女がやっている縄を編む作業は神経を非常に使うものだ。

 そのせいか眼精疲労や肩こりが気になるらしい。

 そこで儂はスキル活殺術を使い、エルナのツボを押してやる。

 もちろんだが疲労回復のツボを押すのだ。今の儂ならどこにどんなツボがあるのか手に取るようにわかる。


「あ~疲れがほぐれる~」


 首筋にあるツボを押すと、エルナはほわぁと表情を緩ませて涎を垂らす。

 この活殺術のツボ押しは効果が強すぎるのが難点だな。

 疲れを取るだけでいいのだが、やる気まで削いでいるようにしか見えない。


「ほら、疲れはとれただろ? 作業に戻れ」

「はーい」


 エルナは再び縄を編み始める。

 竹で建物を造るというのは意外と難しい。

 普通の木材と同様に釘などを使おうとすると、割れてしまうからだ。

 かといって穴を開けてから釘を打とうにも、穴を開ける機械がこの世界には存在しない。

 そこで儂らは、竹を地面に打ち込むと竹同士を縄で結ぶことにした。

 床と壁さえできれば後は簡単だ。

 二十四階層は嵐などは起きないので、適当な屋根を設置するだけでいい。


 三日目の昼過ぎにとうとう家畜場は完成した。

 すべて竹で造られており、緑鮮やかな小屋がいくつも並んでいる。

 その中でも一番大きな建物は家畜を飼う建物だ。

 乗用車十台は入れるだろう大きさを誇り、頑丈な柵もきちんと準備されている。

 これで家畜を飼う環境は整った。


 さて、問題は家畜の餌である。

 この階層には豊かな草が生えているので、放牧すれば餓死することはないのだが、それでは家畜場を造った意味がまるでない。

 儂は家畜場とは最高の食材を生み出す環境を言うのだと考えているのだ。


 そこで家畜場の近くに畑を作ることにした。

 質の良い家畜を作るには、まずは良い餌からだ。


 育てるのはリンゴに似た木と大麦と小麦。

 上手く育つのか不安だが、やってみないことにはわからない。

 それとそれらを食べようとする害獣に対しては、グリフォンを番犬にしようと考えている。

 家畜や畑を狙う獣はホームレスグリフォンによって追い払われる事だろう。


「えーと、この階層にいるのは……ユニコーンとヴァイオレットピッグとミルキーカウとローリングシープね」


 家畜場でなにを飼うかという話になったのだが、ミルキーカウとローリングシープという名前を聞いて首をかしげた。そんな魔獣居たか?


「お父さん、あれがミルキーカウだよ」


 ペロが指さした方角には、若干茶色がかった体色の牛が草をはんでいた。

 牛乳多めのカフェオレの色みたいな牛だ。


「ミルキーなのか? カウって事は乳牛だとわかるが……」

「ミルキーカウは珍しいのよ? その絞り出されるミルクは最高級だと噂なんだから」

「ほぉ、最高級か……」


 飲んでみたい。ミルキーと言うくらいだから濃厚なミルクなのだろう。


「それじゃあローリングシープはどこに居る?」

「あそこ」


 エルナが指さすと、茶色い大きな毛玉がいくつも転がっていた。

 よく見ると申し訳程度に毛玉から四本の足が出ており、かろうじて生き物だとわかる。

 シープと言うことはアレは羊なのだろうな。


「転がって目は回らないのか?」

「さぁ? でも毛を刈るとちゃんと自分の足で歩くらしいわよ」


 ずいぶんと横着な羊だな。

 まぁあれだけの毛が生えているなら、おそらく地面に足が届かないのだろうな。

 それなら転がる方が早い。


「よし、四種類すべてを飼うぞ」

「じゃあさっそく捕まえないと行けないわね」


 儂らは家畜場から離れると、目についた動物を片っ端から捕獲していった。

 糸を網状にして放り投げるだけだから簡単だ。


 捕まえた動物たちは、ユニコーン三頭、ヴァイオレットピッグ十頭、ミルキーカウ二頭、ローリングシープ十頭だ。

 多いか少ないかはわからないが、ひとまずはこれで様子を見ることにする。

 ちなみにユニコーンだが、儂とペロが近づくと鼻息を荒くして背中には乗せようとはしなかった。

 女性好きというのは本当らしい。


 そこで儂は三頭を眷属化することにした。

 ユニコーンは四種類の中で唯一魔獣であり、家畜とは言いがたい野生の馬だ。

 今後のことも考えて従順な方がいいだろうとの判断だった。



 【鑑定結果:ホームレスユニコーン:田中真一の眷属化によって誕生した種族。すべてにおいて通常のユニコーンの十倍を誇り、その目は真実を見抜くとされる:レア度A】


 【ステータス】


 名前:ホームレスユニコーン

 種族:ホームレスユニコーン

 魔法属性:光・無

 習得魔法:ライト、スタンライト

 習得スキル:脚力強化(中級)、危険察知(中級)、不屈の精神(中級)、真実の目

 支配率:田中真一に100%支配されています。



 ユニコーンの体色が漆黒へと変化する。

 目は赤く、頭部から生えた角は金色になった。


 ステータスを見ていなかったが、ユニコーンには固有スキルのような物があったようだ。

 真実の目というのがそれなのだろうと推測するが、言葉から察するに嘘を見抜く効果があると思われる。

 あとは魔法属性だな。光属性はエルナ以外に見るのははじめてだ。

 炎、水、土、風の四属性に比べると、光や闇は珍しい部類に入るそうだ。

 なので、ユニコーンはそういう言う意味でも貴重な魔獣らしい。


「たてがみまで真っ黒ね」


 エルナは変化したユニコーンを優しく撫でた。

 見た目はもはやユニコーンと呼んでいいのかわからない凶悪な感じだが、気性は穏やかで人懐っこい雰囲気がなかなか可愛い。

 試しに野菜を与えると、バリバリとかじり出す。


「あはははっ! 楽しい!」


 ペロはすでに乗り心地を楽しんでいた。

 儂もユニコーンの背に乗ると、牧場内で乗馬を試してみる。


「む、これは難しいな……馬鞍が必要かもしれない」


 やはり慣れた者でなければ、素の馬を乗りこなす事は困難のようだ。

 なので近々マーナで鞍を購入するべきだろう。


 家畜場があらかた整うと、後のことはスケルトン達に任せることにした。

 責任者はスケ太郎である。

 ドジなところは抜けていないようだが、周りのスケルトンがしっかりしているので、彼をサポートしてくれることだろう。


 儂らは二十五階層へ行くと、一度隠れ家へ戻ることにした。



 ◇



「はぁぁああああ! ベッドが気持ちいい!」


 寝室からエルナの声が聞こえる。

 隠れ家へ戻ってきた儂らは、ひとまずの休息を取ることにした。休暇である。


 すぐにでも三十階層へ行きたいが、勇み足は無用なトラブルを招きかねない。

 それに焦らずともスケルトン達を率いて行けば、残り四階はあっという間に攻略するだろう。

 なのでここできちんと休んでおこうと言うわけである。


 後は、マーナに必要な物を買いに行っておきたかったというのもあるな。

 金槌などの道具は元々持っていたので不自由しなかったが、クワなどの数は不足していた。

 それと、木材やその他諸々だ。


 家畜場は何かと必要な物が多い。


「儂はマーナへ顔を出しに行くか」


 座っていたソファーを立ち上がると、ペロも同じように立ち上がる。

 顔を見ると青い目がキラキラと儂を見ていた。着いてきたいのだろう。


「エルナ、儂らはマーナへ行ってくる。留守を頼んだぞ」

「はーい! いってらっしゃーい!」


 寝室のベッドから手だけがひらひらと振られていた。

 どうせゴロゴロするつもりなのだろう。


 儂らは隠れ家を後にすると、転移の神殿を通って地上へと移動した。




「太陽が眩しい……」


 ペロが目を細くして地上を眺める。

 確かに太陽の光は強烈だ。地面に反射され草木が発光しているように見えるほどだ。

 しかし、周りを見ると冒険者の姿はどこにもなかった。

 いつもならダンジョンに入るために冒険者がうろうろしているのだが、今日に限ってはだれもいない。


「珍しい事もあるのだな」


 そう言いつつ、神殿に設置している郵便受けを確認する。

 中には三通の手紙が入れられていた。


「一つはギルドからか……もう一つはマーナ領主から。あと一つはだれからだ?」


 ひとまずギルドからの手紙を開くと、指名依頼が来ているので顔を見せろと書かれていた。

 予想通りホームレスの知名度は広がったようだな。

 どのような依頼が来ているのか少し楽しみだ。


 領主からの手紙は”至急マーナへ来てほしい”とだけ書かれていた。

 儂はいやな予感を感じる。手紙からは焦りのような物を感じたからだ。

 まさかとは思うが、またドラゴンモドキが街へ来たのだろうか?

 それとも新たなトラブルが舞い込んできた?


 儂は三つ目の手紙を開けずに、すぐにマーナへ行くことにする。


「ペロ、マーナへ急ぐぞ!」

「うん!」


 走り出すと、以前とは比較にならないほど強力に足が地面をつかむ。

 ぐんぐんと速度が上がり、すぐに時速六十キロへと到達。

 まだまだ余裕があるのだが、これが進化した肉体かと驚きを隠しきれない。

 後ろを見るとペロが息を荒くしながらついてきていた。

 さすがに幼いワーウルフでは儂に着いてくるのが精一杯なのだろう。


 数分でマーナに到着すると、門は固く閉じられ外壁の上からは数人の兵士が見張りをしているようだった。


「おーい! 中に入れてくれ!」


 兵士に声をかけると、すぐに門が開き始める。


「田中殿! 早く中へ!」


 数人の兵士が手招きするので、儂らは素早く中へと入った。

 街の中はいつもと変わって静かすぎるほど音がない。

 家や店は入り口が閉じられ、どこを見ても人気はないようだった。


「良かった、これで少しは状況が変わるかもしれない」


 顔見知りの兵士がそう言って笑顔を見せる。

 儂は今の状況が飲み込めず、ひとまず事情を聞くことにした。


「いったい何があった? 領主からもすぐに街へ来いと手紙であったぞ」

「ええ、実はエステント帝国の兵が街へ来ているのです。ひとまずは街の外で足止めをしていますが、兵力の少ないこの街ではいつまで持つか……」

「エステント帝国か……きな臭いとは聞いていたが、とうとう動き出したのだな」


 兵士の話では街の西側にエステント兵が陣を張っているらしい。

 だとすると、儂らは隙を突いてマーナへ入る事ができたと言うことなのだろう。


「敵は五十です。ただのヒューマンならこちらにも勝ち目はあるのですが、相手がドラゴニュートとなるとさすがに」

「五十か……」


 兵士の言葉を聞いて儂は考える。

 敵が千も万も居るのなら勝ち目は薄いが、五十となると絶望するほどの数字ではなさそうだ。

 それに自慢ではないが、今の儂はかなり強いはずだ。

 ドラゴニュートとやらがどれほどなのか、知るには良いチャンス。


「では儂がエステント兵を追い払ってやろう」

「本当ですか!? ぜひお願いします!」


 街の西側へ行くと、多くの冒険者や兵士が集まっていた。

 彼らは儂の顔を見ると、口々に「やった、これで奴らも引き上げるぞ」と笑顔を見せる。

 少し見ない間に儂は勇者のような扱いだ。恥ずかしくて死ねる。


「あれがエステント兵か……」


 外壁に昇って外を見ると、それほど離れていない場所に五十人が居座っていた。

 今は休憩なのか座って酒を飲んでいるようだが、どいつもこいつも体格はよく深緑の鎧を身にまとっている。

 特に気になったのは彼らの姿だろう。

 ヒューマンと変わらない皮膚に、頭部からは二本の角が生えていた。

 目は瞳孔が縦長で、どことなく爬虫類を想起させる。


「ドラゴニュートと言うが、ヒューマンと姿はそれほど変わりないのだな」

「そんなに強そうじゃないね」


 ペロは奴らを見てぼやく。

 実力で言えばペロの方が上だろう。だが、油断は禁物だ。

 どのような魔法やスキルを持っているのかわからないのだからな。


「よし、儂らで様子を見てみるか」

「うん」


 儂とペロは西門へ行くと、少しだけ開けてもらって外へと出る。

 すると、儂らの後を追って一人の騎士が外へと飛び出した。


「おい、田中殿! 私をおいて行くつもりか!」


 それは王都にいるはずのフレアだった。


「どうしてここに居るのだ? お前は公爵近衛騎士だろ?」

「なにを言っている! 手紙を読んでいないのか!?」


 手紙? そういえば郵便受けに差出人不明の手紙があったな。

 そう思って手紙を開くと、中にはフレアから公爵近衛騎士を退職したと書かれていた。


 …………退職!?


「なにかやらかしたのか?」

「違う! 私からお暇をいただいたのだ!」


 どうも話が飲み込めない。

 近衛騎士をやめて、どうしてここに居るのだろうか。


「私は愛するペロ様とともに冒険者になることを決意した! この想いだれにも止められはしない! さぁ、私をホームレスにしろ!」

「まてまて! 胸ぐらをつかむな! わかったから離せ!」


 まぁ、王都を去るときにフレアだけはペロに対する執着がすさまじかったからな。

 考えると理解できない事もないが、まさか公爵家を去って来るとは。

 ペロも変な奴に好かれてしまった物だな。


「ああ、ペロ様! フガフガ!」


 フレアはペロに抱きついて、クンカクンカと顔をすりつける。

 仕方ないので、ペロとフレアはここで見ていてもらうか。


「じゃあフレアはペロと一緒にここで見ていろ」

「わかった! 私はペロ様と一緒に見ているぞ!」


 ペロは為すがままにフレアに捕まっている。

 儂は二人をその場に残して、エステント兵が集まる場所へと歩みを進めた。





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