四十四話 スケルトンパラダイス


「普通ね……」


 二十六階層はエルナの言うとおり普通だった。

 レンガ調の通路が続いており、薄暗くじめじめした感じだ。


「クンクン……お父さん、何か臭うよ」


 ペロの鼻に反応があった。どうやら敵が近づいているようだ。

 スキル索敵を使うと、周囲五十mには反応がない。もっと奥にいると言うことなのだろう。


「たぶん……スケルトンかな?」


 エルナも耳をぴくぴくさせて音を探っていた。

 彼女の持っている地獄耳は、単に聴覚が向上するだけではない。

 エルナに敵対する者の音を拾うために、さらに集音範囲が広がるようなのだ。

 そう考えるとエルフとは他人の悪口には敏感な種族だとわかる。儂も不用意な発言は気をつけよう。


「各自攻撃態勢を維持しろ」


 二人に指示を出すと、先へと進みだす。

 大量のスケルトンが居るのなら好都合だ。なんせ家畜小屋建設のために人手を探していたからな。

 しかし、二十五階層のセイントウォーターを超えさせるのは悩みどころだ。

 強い魔獣が上階に上がってこないのも二十五階層があるからだと思うが、かといってスケルトンを聖獣化させるのは難しそうな気がする。骨故に水を飲めないからだ。


 カタカタカタ


 音が聞こえると、複数の足音が聞こえた。

 索敵には四方から百を超える敵が近づいている様子が映し出される。

 しまった。囲まれたぞ。


「真一! 囲まれているわ!」

「わかっている! まさかこんなに敵が居るとは思っていなかった!」


 敵の総数はざっとみても千はくだらない。

 ほとんどの冒険者がこの階層で殺されているのだろう。

 スケルトンの手際の良さがそれを物語っていた。


 儂らはとりあえず直線の通路に逃げ込むと、武器を握ってスケルトン達がやってくるのを待つ。

 ここならば二方向を相手するだけでいい。それに相手は所詮スケルトンだ。


 カタカタカタ


 骨達が現れると、儂らをあざ笑うかのように顎を振るわせていた。

 やはり二十六階層にもなると、スケルトンの中にはミスリル武器を持った者も見かける。

 いい武器を装備して大迷宮へ挑んだが、ここでスケルトン達の仲間になってしまったのだろう。


「真一、フレイムバーストを使うわ!」

「おい、大丈夫なのか!?」

「心配しないで! 上手くやるわ!」


 エルナが杖を掲げると、魔力が揺らめき杖に吸い込まれて行く。

 こんな通路で使って大丈夫なのかと心配になるが、儂には黒いローブがあるので魔法攻撃は効かない。

 念のためにペロを足下に隠すことにした。


「フレイムバースト!」


 真っ赤な火球が出現するとスケルトン達に向けて放たれる。

 着弾した炎は逃げ場を探して爆風とともに広がった。

 儂はエルナをローブの中に引っ張り込むと、爆炎を背中にして二人を守る。


「炎は消えたか……」


 二人をローブから出すと。周りには焼け焦げたスケルトン達が転がっている。

 エルナの作戦は上手くいったようだ。


 ――と思っていたが、焼け焦げたスケルトン達が一斉に起き上がった。


「ななな、なんで生きてるの!?」

「そうか、奴らは闇属性だ! シャドウで威力を半減させたのか!」


 そうだといわんばかりに、スケルトン達は再び押し寄せてくる。

 すぐにでも眷属化したいところだが、そんな時間もなさそうだ。


「エルナ、ペロ! 戦うぞ!」


 儂らは物理攻撃を開始する。

 エルナは弓で応戦し、ペロは拳でスケルトン達の頭蓋骨を砕いた。


 スキル達人のおかげか、骨達の動きは手に取るようにわかり切り捨てる。

 数に肝を冷やしたがスケルトン単体は弱いのだ。


 余裕ができてきたところで儂の頭にアイデアが生まれた。


「二人とも下がれ!」


 儂らは一カ所に身を寄せ合うと、前後の通路に糸を射出する。

 糸の壁と言えばいいのだろうか。スケルトン達は糸に阻まれ、儂らに近づくことが困難になった。


「では眷属化させてもらおうか」


 手頃なスケルトンを支配下に置くと、次々に眷属化してゆく。

 時間さえあれば奴らなど敵ではないのだ。


 敵の白い大群が次第に黒に染まって行く。

 取り込まれたスケルトンは反旗を翻しスケルトンを攻撃し始めた。

 革命の始まりだ。

 ホームレス軍と化した黒き集団を周りに留まらせながら、儂らは通路を先へと進んだ。目についたスケルトンはすべて眷属化し、その数は千を超えてもなお増加する。


「うははははっ! どうした骨どもよ! たわいもないぞ!」


 笑いが止まらない。

 後ろでいるエルナとペロはこそこそと話をしていた。


「完全に悪者ね」

「お父さんかっこいい」


 エルナはともかく、ペロは儂の事を理解してくれる。

 男は誰しも一度は支配者になりたいと考えるものだ。儂だってそう考えたからこそ経営者を目指した。まぁ形は違うが、これも一つの支配欲を満たす方法だろう。


 気がつけば二千の骨を引きつれて歩いていた。

 白い骨は見かけなくなり、配下の骨達がどこからかスケルトンを捕獲してくる始末だ。

 二十六階層は儂の支配下に落ちたと考えて良さそうだ。


「さて、そろそろ階段へ向かうか」

「二十七階へ行くの?」

「いや、二十四階へ戻ろうかと考えている。これだけ居れば家畜場を建設するのには十分だろう」

「でも、二十五階層を超えるのは……」


 エルナの言いたいことはわかる。

 セイントウォーターは魔獣にとって大きな壁だ。


 それでもやってみなければわからない。


 ひとまず二十五階層へと戻ることにした。



 ◇



 階段を上がると、案の定だがスケルトン達が立ち止まる。

 二十五階層に満たされているセイントウォーターに怯えているからだ。


「危険はない。立ち止まらずに歩け」


 そう命令すると、スケルトン達はなにを思ったのか一列になって儂の後ろから着いてくるようになった。道幅は広いので落ちるようなことはないのだが、どうしても水には近づきたくないのだろう。


 儂らは二十四階へ行くために歩き出すと、スケルトン達は規則正しく足をそろえて行進する。

 本当に軍隊を率いているようで妙な感覚だ。

 

 ただ、スケルトンの中にもドジなやつがいて、周りとずれて行進をする者がいた。

 そいつは身長は高いのだが、体に鎧を装備しており見るからに重装備だ。

 生前は騎士だったのか見た目は立派ではあるが、見ているだけで不安をかき立てる雰囲気を持っていた。たとえて言うのなら要領の悪い人間を見ているような気分。

 予想通りそのスケルトンは足を絡ませて地面に転んだ。


「全体止まれ!」


 儂はそのスケルトンへ近づく。

 要領が悪いことは罪ではない。儂とて社会から脱落した人間であるのだ、自身を棚に上げて魔獣を責めることは良いことではないだろう。

 何事も支え合いだ。


 転んだスケルトンへ手をさしのべる。


「カタカタカタ……」


 スケルトンは儂を見上げて顎を鳴らした。

 見た目は骨だがよく見ると可愛い。アンデッドの配下というのも悪くない気がする。


 手を握って立ち上がろうとしたスケルトンは、足を絡ませて再び転がった。

 しかも道の端から転落し水の中へ。


「大丈夫か!?」


 水の中でもがくスケルトンは、見るからに苦しそうだった。

 二度もこけるとはドジもいいところだ。骨のくせに個性が強すぎるだろう。

 すると、水の中に落ちたスケルトンに変化が訪れる。


 黒かった全身はみるみる金色になり、まるで黄金で作られた骨のように光を反射した。骨はさらに強化されたのか太くなってゆき、棍棒のように強靱なものへと変わった。

 儂は慌てて鑑定を使う。



 【鑑定結果:ホームレスゴールデンスケルトン:ホームレススケルトンが聖獣となり、さらに進化した姿。その力は並の魔獣では太刀打ちできない:レア度SS】


 【ステータス】


 名前:ホームレスゴールデンスケルトン

 種族:ホームレスゴールデンスケルトン

 魔法属性:闇・聖・無

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド

 習得スキル:剣術(中級)、斧術(中級)、槍術(中級)、鎚術(中級)、弓術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、知力(初級)、硬質化(中級)、統率力(中級)、魂喰

 支配率:田中真一に100%支配されています



 キター!! とうとうレア度SSだー!!

 儂は小躍りする。

 黒のスケルトンもなかなかだが、黄金のスケルトンもかっこいい。

 やはり強力な味方ができたことは嬉しい。

 しかも儂のスキルから統率力をコピーしているとは嬉しい話だ。

 今後はゴールデンを指揮官として、スケルトンを統率させてもいいかもしれない。


 ペロの件や今回の件を考えてみると、セイントウォーターは経験値のようなものの吸収を促進させる働きがあるのかもしれない。

 聖獣になると同時に進化をしてしまうのは、それが原因と考える。

 だとすれば儂とエルナが成長著しいのは当然の結果だ。


 ホームレスゴールデンスケルトンは水から道へ上がると、水をしたたらせながらスケルトンの列へ戻ろうとする。


「まてまて、お前は儂の後ろについて歩け」


 ゴールデンはカタカタと顎を鳴らしてうなずく。

 しかし、ホームレスゴールデンスケルトンというのは長くて呼びにくい。

 いっそうのこと名前をつけたやった方がいいだろう。


「よし、お前は今から”スケ太郎”だ。いいな?」


 スケ太郎はカタカタと顎を鳴らす。

 我ながらいいネーミングだと感心する。


「うわぁ、ダサい名前……」

「くぅぅん……」


 エルナとペロはあきれているようだ。

 太郎なんて男らしくていい名前だと思うが、どうやら二人は儂のセンスを理解できないようだな。

 かわいそうな奴らだ。


 再び列は歩き出すと、数時間を要して階段へと到着した。

 すぐに二十四階層へ上がると、空からグリフォンが降りてくる。


「人手はそろったな、ではすぐに二十三階層へ行くか」


 今度は二十三階層を目指して走り出す。

 ようやく家畜場を作ることができそうだ。



 ◇



 二十三階ではすでに長い道ができていた。

 竹林がざわざわと風で揺れ、道の端には竹で作った柵が奥に続いている。

 まるで日本に戻ってきたかのような懐かしさを感じさせる景観だった。


「この階層に茶室を作ってもいいな」


 道を歩きながら呟く。

 とは言っても、この世界には抹茶などないのだから一から作る必要がある。

 まだまだこの世界で安心して暮らすには先が長いようだ。


「カタカタ」


 儂を見つけた一体のスケルトンが顎を鳴らす。


 道はすでに階段へと到達していた。

 ちょうど作業が終わったのだろう、二十体のスケルトン達は儂を見ると一礼する。

 これでいつでも二十二階へ行くことができる。

 儂はスケルトン一体一体へねぎらいの言葉をかけた。


「道もできたことだ! 次は家畜場を建設するぞ!」


 スケルトン達で大量の竹を確保すると、次々に二十四階へ運び入れる。

 グリフォンも縄で竹を縛り付け、空輸で何度も往復する。

 あっという間に竹が建築予定地へ準備されると、儂らはその間にボロボロになった元家畜場を壊し始める。放牧するには広い敷地が必要だからだ。


 建物を壊し終えると、エルナの魔法で木材に火をつける。

 瞬く間に木は燃え始め、モクモクと白い煙を立ち昇らせた。


「はぁ、疲れた! もう動けない!」


 エルナは大の字で横になり、ペロも疲れたのか寝転がった。


「そろそろ夕方か……よし、建設は明日にして夕食にするか」


 鍋を出すと、収穫した米をリングから取り出す。

 もちろん米は稲穂を収穫しただけでは食べられない。

 まずは米を一粒ずつ集め、その次に精米という作業が待っている。

 米は精米する以前のものを玄米と呼び、表面にはぬかと呼ばれるものがこびりついているのだ。茶色いのはこの糠のせいである。

 糠を取り除く作業を行い、ようやく儂らの知っている白い米が誕生する。

 日本ではすべて機械が行ってくれるが、ここは異世界。当然だがすべて手作業で行わなければならない。


 儂は集めた玄米を瓶に入れると、棒で突き始める。

 この方法は昔からある精米方法だ。

 理屈はわからないが、これが一番いいと知り合いの農家が言っていた。


「カタカタ」


 様子を見ていたスケルトンの一体が作業を代わるとジェスチャーする。

 すると、別のスケルトンも同じ事をやりたいと手を上げ始めた。


「それじゃああるだけ精米をしてもらうか」


 儂はリングから何本も瓶を取り出すと、棒を渡して精米をさせることにした。

 面白いことに、精米をするチームと米を稲から集めるチームに分かれたのだ。

 もちろん命令などしていない。

 彼らは人間並みの思考能力を持っていると考えた方が良さそうだ。


 さて、その間にリングから油、小麦粉、卵、パン粉、ヴァイオレットピッグの肉を取り出すと、肉を塩胡椒で味付けしてから小麦粉→卵→パン粉の順番でまぶして油に落とす。

 ほどよく黄金色に変わると、精米した米を炊いてご飯を作る。

 後はキャベツに似た野菜を刻んで、肉と一緒に皿に盛り付けて完成。


「とんかつ定食の完成だ!」


 ほかほかご飯に特製ソースがかけられたとんかつ。

 何度夢見たことだろうか。

 儂は手を合わせると、がっつくように肉とご飯を頬張る。

 筆舌に尽くしがたい美味さだ。


「なにこれ! すごく美味しい!」

「お肉柔らかい!」


 エルナとペロもとんかつに驚いている様子だ。

 ただ、ご飯に関してはまぁまぁらしい。食べ慣れていないせいだろうな。


 儂はご飯を食べながら、故郷へ思いを馳せた。





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