四十三話 ついに見つけた!
草原を進むと見慣れない生き物が群をなして駆け抜けていた。
儂はすぐにエルナに質問する。
「アレは何だ? 馬なのか?」
「あれはユニコーンよ。魔獣だけどおとなしい性格で、人間の女性を好むと言われているわ」
「好むとは……食べるのか?」
「違うわよ。好意のこと。ユニコーンは草食だから、人を襲って食べたりしないわ」
ユニコーンと呼ばれる角の生えた馬は体表が白く魔獣には見えない。
しばらく目で追っていたが、彼らは儂らに興味がないのか地平線の彼方へ消えていった。
エルナの話によれば、ユニコーンは珍しい魔獣らしく角や皮は高値で取引されるらしい。
馬車馬としても活用できるらしいが、女性にしか懐かないことと金に汚い人間がすぐに殺してしまうことから人気はないそうだ。
「でも貴族の間では未だに人気なのよね。見栄えもいいし足は速いし賢いから、馬としては最高なのよ」
「それ故に狙われるとは皮肉だな」
日本でも高級車は盗難に遭いやすい。
フェラーリなどに乗れば、タイヤや部品を盗まれてしまうことも珍しい話ではないのだ。
車本体を盗むより足がつきにくいからな。実に犯罪者らしい考え方だ。
さて、話を戻して。儂はユニコーンを見て足に最適ではないのかと考えた。
ホームレスは今はマーナを拠点に活動しているが、いずれはどこかの町へ行くこともあるだろう。
そうなった時、いちいち馬を借りていては金がかかりすぎる。
しかし、この二十四階層ならば牧場として馬を飼うこともできるのではないだろうか。
それどころか馬を殺しに来る輩も現れないはずだ。
「ユニコーンを捕獲する」
「え!? 急に何を言い出すの!?」
「ユニコーンを捕獲して飼う事に決めた。儂らもちゃんとした足が必要ではないか?」
「そりゃあそうだけど……」
エルナは提案に微妙な表情だった。
言いたいことは分かるが、捕獲するユニコーンもただの魔獣ではない。
最悪のモヘド大迷宮に生息するユニコーンなのだ。
そこらにいるユニコーンとはそもそも格が違う。
たとえ盗人が現れようと、逆に殺してしまうほどの実力を持っていると儂は考えている。
とは言っても、ユニコーンの大群は地平線の彼方へ行ってしまったので、しばらくは捕獲のチャンスは巡っては来ないだろう。
儂らは地図を頼りに、家畜場とやらへ向かう。
◇
徒歩で三時間ほどの場所に、それらしい建物を見つけた。
木造の家のようだが今はボロボロになっており、家畜を飼っていたであろう家畜小屋も壁に穴が空いて生き物の姿はどこにもなかった。
放置された家畜たちが、ここから逃げ出したと考えるべきだろう。
「たぶん……五百年以上は放置されているわね」
エルナは家畜小屋を見ながら呟く。
大魔道士ムーアが生きていた時代は一千年前だ。
普通に考えれば当然の答え。それでも木造の建物があるのはダンジョンの不思議な環境のせいだろう。
「建物を再利用するのは難しそうだな……」
壁を触ると、風化が進んでいるのかボロボロと崩れた。
ここを新たな牧場とするには、相当量の木材が必要になりそうだ。
「お父さん、竹で家を作れないの?」
ペロの一言は天啓のようだった。
そのとおりだ。二十三階層は竹が腐るほどある。
スケルトン達に手伝わせて、牧場を作ることも可能ではないだろうか。
……いや、スケルトンは二十二階層への道を作っている。
中断させてまで牧場を作るのは段取りが悪すぎるだろう。
「新たな眷属を作るしかないな」
ひとまず二十四階層は放置して、新しい眷属を作る必要がある。
我が儘を言えば新たな眷属がほしい。スケルトンだけでは物足りないのだ。
儂らは二十五階層を目指すべく、家畜場を出発する。
ほどなくして奇妙な生き物を見つけた。
見た目は完全に豚なのだが、体色が紫色に大きさも三m近くとかなりのものだ。
それらは集団で草を食べ、儂らに対しては無警戒だった。
「エルナ、あれはなんだ?」
「あれはヴァイオレットピッグね。高級豚として人気よ」
「魔獣なのか?」
「違うわよ。普通の家畜よ」
と言うことはヴァイオレットピッグはムーアが持ち込んだ家畜なのだろう。
豚達の先祖が家畜場から抜け出し、この階層で繁殖を続けたと考えた方が良さそうだ。
試しに豚の一頭をスキル活殺術で弱らせて仕留めることにする。
不思議なもので豚を見ていると、妙に腹が減ってくるのだ。なにより豚肉は好物の一つである。
豚の背中に赤い点が一つだけ表示されたので、隠密で近づいてポチッと押してみると、豚は鳴き声を上げることもなく地面に横たわった。
豚を確認すると、トドメをすることなく絶命していたのだ。
豚達は仲間が死んだことに気がつかないままその場を去って行く。
あまりにあっさりと仕留めた儂は、何が起きたのか分からないまま固まっていた。
「活殺術とはまさかその名の通り、生かすも殺すも儂次第のスキルなのか?」
使う機会がなかったので気がつかなかったが、これは反則級のスキルではないだろうか。
活殺術というよりは暗殺術が正しいような気がする。
「とりあえず解体するか……」
気を取り直して、確保したヴァイオレットピッグを解体する。
血抜きをできなかったのは残念だが、血液が暖かい内に少しでも排出させる。
肉や魚を食べると生臭いことがあるだろう。その原因の多くは血液の残留によるものだ。
心臓が動いている内に血抜きが行われないと、どうしても血なまぐささが残ってしまう。そうなると本来の肉の旨味が損なわれてしまうのだ。もったいない話ではないか。
程なくしてピッグを解体し終えると、ブロック肉を分厚く切り落としフライパンで焼いてみる。
「うむ、これは美味い。脂身が多くてとろけるように柔らかい」
エルナとペロも豚肉には満足したようだ。
これで米があれば最高なのだが、ないものを求めても仕方のないことだ。
ここはぐっと我慢しよう。
豚肉で小腹を埋めると、儂らは階段を探して歩き出す。
草原と言うだけあって景色はのどかでダンジョンとは思えないほど平和だ。
ついついピクニック気分になってしまう。
「お父さん! 鳥が飛んでる!」
ペロが天井に向けて指さした。
確かに大きな鳥が飛んでいるが、シルエットが鳥のそれとは違っていた。
「真一! あれはグリフォンよ!」
エルナは叫ぶと杖を構える。
空を飛ぶ影は急降下して儂らの前に降り立った。
「ぐるるるる」
ライオンのような体躯に、
背中には大きな翼が生えており、全身は白い羽毛に覆われていた。
猛禽類である目は鋭く、黄色いくちばしをぱくぱくさせてから首を少し振る。
その様子は獲物を捕らえるための準備体操に見えた。
【鑑定結果:グリフォン:非常に獰猛な魔獣。空のハンターとして名を馳せており、力と俊敏性に優れている。羽毛が高値で取引されている:レア度B】
【ステータス】
名前:グリフォン
種族:グリフォン
魔法属性:風
習得魔法:エアロカッター
習得スキル:爪強化(中級)、威圧(中級)、飛行(中級)
悪くないステータスだ。
白い羽毛は美しく、ライオンと鷹を合わせた独特の王者の風格を感じさせる。
特に空を飛べるというのは運搬には最適だ。
「ペロ、時間を稼いでくれ!」
「うん!」
ペロがグリフォンの前に躍り出ると、ナックル付きの拳で攻撃する。
注意がペロに行くと、すかさず儂は眷属化を使った。
赤いゲージが表示され、緑のゲージが増え始める。
十秒くらいで半分まで来たが、グリフォンはなかなか儂に支配権をあけ渡そうとしない。
スケルトンと比べるとやはり強い魔獣なのだろう。
一分ほど経過して、ようやく支配権を奪えた。
その間にペロは鍛えられた体を駆使して、上手く引きつけてくれていたみたいだ。
儂は眷属化したグリフォンに”ホームレスグリフォン”と名付けることにした。
【鑑定結果:ホームレスグリフォン:グリフォンが田中真一によって眷属化されために誕生した種。一般的なグリフォンよりも十倍強く、位置づけでは上位種とされる:レア度A】
【ステータス】
名前:ホームレスグリフォン
種族:ホームレスグリフォン
魔法属性:風・無
習得魔法:エアロカッター
習得スキル:危険察知(中級)、味覚強化(中級)、消化力強化(中級)、視力強化(中級)、聴力強化(中級)、嗅覚強化(中級)、爪強化(中級)、威圧(中級)、飛行(中級)
支配率:田中真一が100%支配してます。
全身の体毛は漆黒に変化し目は赤くなった。
まるで大きなカラスのようにも見えるが、くちばしは変わらず黄色いのでグリフォンに見えなくもない。
儂はステータスを見て眷属化のシステムをようやく理解した。
主人である儂からスキルをコピーしているのだろう。
それも眷属の魔獣に最も適したものだけがチョイスされている。
さらにいえば、超感覚のような希少価値の高いスキルはコピーできないと考えた方が良さそうだ。
眷属はあくまでも眷属であり、主人を上回ることはないのだろう。
「ぐるるる」
グリフォンは儂に頭をすりつけると、甘えたようにのどを鳴らす。これで運搬役は確保できた。
儂はグリフォンを家畜場建設のための運びとして眷属化したのだ。
建物を建てるには大量の竹が必要だ。
しかし、それをすべてスケルトンだけで運ばせるのは時間がかかる。
そこで役立つのが空輸のできるグリフォンだろう。
そうでなくとも十分な運搬役として活躍が期待できる。
「よく見ると可愛いわね」
「ふかふかしてる」
エルナとペロはグリフォンを撫でている。
家畜場が完成すれば、グリフォンに警備を任せるのもいいかもしれない。
ひとまずグリフォンには自由にしていいと命令した。
今は用がないからな。
飛び立ったグリフォンを見送ってから、儂らは階段のある方向へ歩き出す。
そして二時間ほど歩いたところにそれらしいものを見つけた。
「ねぇ真一。階段の近くに炭が落ちているわ」
エルナの指摘を受けて確認すると、階段の近くにたき火をした後があった。
触ってみると熱はないようで、かなり前にここを訪れたものがいると推測する。
「誰かがここを通ったのだろう。二十二階層でもたき火の後があったはずだ」
「じゃあその人達はさらに下へ行ったってこと?」
「うむ、さすがに生きてはいないだろう。ここは最悪の大迷宮と呼ばれているからな」
儂らは気を引き締めて階段を降りることにした。
◇
ざぁざぁと黄金色の稲穂が風によって揺れる。
そこは不思議な空間だった。
地平線の果てまで黄金色が続き、地面にはキラキラと光る水が地面を満たす。
天井からは太陽光に似た光が降り注ぎ、石で作られた道が稲穂を横断するように地平線まで延びていた。
「すごーい! なにこれ!」
「広い!」
エルナとペロはキャッキャと景色を喜ぶ。
が、儂はそれどころではない。
稲穂を確認すると、すぐに実ったものを集め始める。
茶色い粒を一合ほど集めると、今度は適当な瓶に入れて棒で突く。
本来なら半日から一日かかる作業だが、今の儂は一時間で終わらせる自信がある。
いや、三十分以内で終わらせてみせる。
「真一何をしているの?」
「お父さん、それなに?」
二人が質問するが、儂は何かにとりつかれたように黙々と棒を突く。
おそらくこれは渇望していたものだろう。儂には確信があった。
茶色い実が白くなると、今度は水で洗い鍋に入れる。
水の量は目分だ。とにかく”始めちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣くとも蓋取るな”を参考に火をつける。
鍋に火をつけてからしばらくして白い泡が吹き出す。
だがまだだ。もう少し待ってからがいいだろう。
泡が出なくなると、鍋の周囲に甘い匂いが充満した。
ようやく完成だ。蓋を取ると、真っ白なほかほか白米が姿を見せる。
「やった! やったぞ!! とうとう見つけた!」
儂は炊きあがった白米を頬張りながら涙を流した。
日本人としての魂が叫んでいる。米だ。これは米なのだと。
「真一が泣きながら笑ってる……」
「お父さん嬉しいの?」
エルナは儂にどん引きのようだが、ペロはきょとんとした表情だ。
二人には米の素晴らしさは分からないだろうな。
日本人の儂だからこそ、この出会いは最高なのだ。OKOMEフォーエバー!!
儂は手当たり次第に稲を刈り取ると、ロープでひとくくりにしてリングの中へ放り込む。
気がつけば東京ドーム一個分の土地を刈り終えていた。
「……むにゃむにゃ」
エルナとペロは横になって眠っている。どうやら放置しすぎたようだ。
この二十五階層は魔獣がいないようなので、二人とも気が抜けたのだろう。
ふと足下の水を掬ってみると、キラキラと光を放っていた。セイントウォーターだ。
「儂が住んでいる二十階から流れ込んでいるのか?」
どこから水が来ているのかとスキル飛行を使って移動を始めると、二キロ先にある壁から大量の水がこの階層に流れ込んでいた。大きな滝にしばし見とれてしまう。
「おっと、そろそろ戻らないと行けないな」
ひとまず二人の元へ戻ると、二十六階層へ向けて歩き出した。
途中、転移の神殿を見つけると転移ポイントの登録だけを行う。
これで二十五階層へはいつでも来られると言うわけだ。ククク。
「二十六階はどんな場所かしら?」
「さぁな、行ってみなければわからない」
四時間ほどかかって階段を見つけると、儂らはさっそく降りて行く。
この先に何があるのか少し楽しみだ。
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