四十二話 眷属を作ることにした


 朝を迎えると、さっそく二十三階層へと出発する。

 二人にはすでにどのような階層かは教えてあるので、それほど驚きはないだろう。


「うわーっ! なにこれ!」


 と、思っていたが二人は竹林を見ると驚きの声を上げた。

 どうやらこの世界では竹は珍しい植物のようだ。


「竹を見るのは初めてか?」

「サナルジアでは見たことない植物ね」


 エルナは細い竹を触ると、堅さやしなやかさを確かめる。

 さすが大森林で育ったエルフだ。植物の特性を把握することに長けているようだ。


「これらは竹と言って、釣り竿はもちろん弓や食器と様々に加工できる」


 儂は剣で竹を切ると、中を二人に見せてやる。


「へぇ、面白い植物ね」

「中が空っぽ……」


 ちなみにだが鑑定を使うと竹は”バブー”と表示される。

 この世界では正式名称は竹ではないのだろう。

 だが、中身が五十六歳の儂がバブーと連呼する訳にはいかないのであえて竹と呼ぶことにする。


 カタカタカタ


 不意に音が聞こえる。

 たとえるなら骨同士を打ち鳴らしたかのような軽い音だ。

 エルナを見ると、すでに気がついているようで杖を構えている。


「お父さん、向こうから臭いがする」


 ペロは鼻をクンクンと鳴らし、竹藪を指さしていた。

 儂はスキル索敵を使うと、視界にレーダーのような緑色のウィンドウが開く。

 ウィンドウには青い点と赤い点が表示されており、儂らは青い点だと推測した。

 だとすれば、赤い点は敵と言うことか。


「敵は四体だ。距離はおよそ十m先」

「分かったわ。私の魔法で吹き飛ばしてやるんだから」

「まて、今回はペロにやらせる。お前が魔法を放つと、この階層があっという間に火の海になるからな」

「火の海……」


 なぜかエルナはうれしそうだった。

 大魔道士と破壊魔を勘違いしていないか心配だ。


 カタカタカタ


 音の主が竹藪から現れる。

 頭から足先まで真っ白な骨で構成され、目があるだろう場所には二つの穴だけが存在していた。

 一言で言うのなら骸骨だ。


 すぐに鑑定を使った。



 【鑑定結果:スケルトン:スケルトンとは死者がアンデッド化することにより作り出される魔獣のことを指す。生前の身体的特徴により強さはばらつきが見られる。骨は強度が高く素材として重宝されている:レア度D】


 名前:スケルトン

 種族:アンデッド

 魔法属性:闇

 習得魔法:シャドウ

 習得スキル:体術A(中級)、硬質化(中級)、魂喰



 アンデッドとは厄介だ。

 相手はすでに死んでおり、苦痛も恐怖も感じない不死の存在。

 しかも見た限りでは、胸当てやすね当てなどの装備を身につけている。スキルから察するに体術で攻撃をしてくるのだろうが、どこまで知恵があるのか気になる。

 そんなことを考えていると、竹藪から残りの三体が姿を見せた。

 スケルトンは全部で四体。ペロの力で倒せるか見ものだ。


「ひぃいいい! アンデッド!」


 エルナは儂の後ろに隠れておびえている。


「たかが骨ではないか」

「真一はアンデッドのことを知らないからそう言えるのよ! 奴らは死者の魂を食って仲間を作るの! そして食べられた魂は永遠の闇に囚われるのよ!」


「永遠の闇……」


 もしや魂喰というスキルの事だろうか?

 とするならペロが危険なようにも思うが、エルナは死者の魂と言った。

 アンデッドが魂を食べるには標的を殺す必要があると推測できる。


「一つ聞くが、アンデッドは生きた者の魂を食べるのか?」

「それはないわ。魂は何重にも壁で覆われているらしいの、だから死んだ後でなければ魂を食べることはできないはずよ」

「それだけ聞ければ十分だ。ペロやってしまえ」

「わうぅ!」


 走り出したペロは、スケルトン達の攻撃をよけて的確に頭部へ拳を当てる。

 一秒にも満たない時間で一体が倒され、あっという間に四体を倒してしまう。

 どうやらスケルトンは頭部が弱点のようだ。


「お父さん終わったよ!」

「よくやったペロ」


 頭をなでてやると、目を閉じて気持ちよさそうにしていた。

 我が息子が優秀なのはうれしいことだ。


「さて、スケルトンを確認するか」


 倒されたスケルトンは頭部が破壊されて粉々になっている。ペロの一撃はかなりの威力だったようだ。

 頭部の中を見ると、脳のような物はなく空っぽだった。

 どうやって動いていたのか不思議だが、ここは儂の理解を超えた世界だ。

 考えるだけ無駄だろう。

 と言うことで骨をリングに放り込む。


「スケルトンはいいスキルを持ってた?」

「いや、たいした物はなかった。魂食とやらも取得する気にはなれないな」

「ひぃい! 私の魂は美味しくないからね!」


 エルナはペロの背中に隠れる。

 魂食は取っていないと言ったのだが……まぁいいか。


 儂らは竹林を進み出すと、次々にスケルトンが現れる。

 この二十三階層はスケルトンのたまり場のようだ。


 十体目のスケルトンを倒したあたりで、この世界へ来た時のことを思い出す。

 転生した儂の近くには白骨化した死体があったが、今思えばアレはスケルトン化した冒険者だったのではないだろうか。

 だが、まだ二つの謎が残されている。

 なぜあの場所にスケルトンがいたのか。

 そして、どうしてスケルトンは死んでいたのかだ。

 転生した儂には非常にありがたかったわけだが、今更ながらに不自然に落ちていたスケルトンの死体は謎である。


 倒したスケルトンをリングに収納して、儂らは再び歩き出す。


「竹ばかりで方向感覚が狂いそう」


 エルナの言うとおり、二十三階層は巨大な箱庭のようにとてつもなく広い。

 それでいて周囲はどこを見ても竹だらけで、目印になるような物がないのだ。

 かろうじて進めているのは手元にある地図のおかげだろう。

 地図を見ながら方位磁石を確認しないと、とてもじゃないが階段を見つけるのは困難だ。


「もぉ疲れた! 歩きたくない!」


 エルナが地面に座り込んだ。

 かれこれ五時間ほど歩き続けている。

 ここで休憩を挟む方がいいだろう。


 カタカタカタ


 そう思っていると、スケルトンの独特の音が聞こえた。

 索敵範囲では数は十体を捉えるが、超感覚では全部で二十体を確認した。

 どうやら二部隊に分けて儂らを襲うつもりらしい。骨のくせに知恵が回るようだ。


「エルナ、ペロ戦闘態勢だ!」


 二人が構えると、竹藪からスケルトンが続々と現れる。

 奴らは個体の装備によって戦い方が変わる。

 剣を持っていれば、無駄にすることなく使用するし、何も持っていなければ素手で戦おうとする。

 骨だが知恵はあるのだろう。


「ねぇ、真一のスキルでスケルトンを眷属化できないの?」

「んん? 眷属化か?」


 エルナの思わぬ言葉にはっとする。

 眷属というのは家族や血縁者のことをさすが、時には奴隷や配下のことをそう呼ぶらしい。

 ならば、あいてがスケルトンでも通用する可能性は十分にある。何事も挑戦だ。


 儂はスケルトンの一体に、スキル眷属化を使ってみる。


 視界にウインドウが開き、赤いゲージが表示された。

 100%だった赤のゲージが、緑のゲージに押され始める。

 赤のゲージは80%から50%と緑のゲージに押されて、最後には緑のゲージが100%となった。

 だいたい二秒ほどの出来事だ。


 カタカタカタ


 一体のスケルトンが反旗を翻し、味方を攻撃し始める。

 儂はすぐにそのスケルトンを鑑定した。



 【鑑定結果:スケルトン:スケルトンとは死者がアンデッド化することにより作り出される魔獣のことを指す。生前の身体的特徴により強さはばらつきが見られる。骨は強度が高く素材として重宝されている:レア度D】


 名前:スケルトン

 種族:ホームレス亜種

 魔法属性:闇

 習得魔法:シャドウ

 習得スキル:体術A(中級)、硬質化(中級)、魂喰

 支配率:田中真一に100%支配されています



 支配率とやらが表示されるようになっている。

 では先ほどのゲージは、儂からの支配とスケルトンの自我が競り合っていたと言うことなのだろう。

 なかなか面白い。


 儂は他のスケルトンにも眷属化を試してゆき、十体のスケルトンを支配下に納めることができた。

 彼らはホームレス亜種になったせいか、みるみる内に体が真っ黒に変色した。


「スケルトンが仲間になったの?」


 エルナは微動だにしないスケルトンを指で突きながら質問する。

 ペロは戦えると思っていたのか、少々つまらなそうな顔をしていた。


「うむ、これでスケルトンは儂の眷属となった。残りの十体も眷属化してやろうではないか」

「でも、何体でもできるって訳じゃないよね?」

「それはまだ分からない。できるかもしれないし、できないかもしれない。何事も試してみなければ分からないからな」


 と言うわけで、現れた残りの十体にも眷属化を試してみた。

 結果は大成功だ。

 儂は二十体ものスケルトンを支配下に置くことに成功した。


「カタカタカタ」


 スケルトン達が儂の前で片膝を突いた。

 どうやら命令を待っているようだ。


「では階段まで案内せよ」


「カタカタ」


 二十体のスケルトンは先頭を歩き始め、出会うスケルトンを片っ端から破壊してゆく。

 漆黒のボディに目には赤い光が宿っていた。すでに以前のスケルトンとは力もスピードも段違いであり、下された命令は忠実にこなそうと行動する。


 儂は彼らを”ホームレススケルトン”と名付けることにした。


 その瞬間に、何かが吸い取られるような感覚を味わう。



 【鑑定結果:ホームレススケルトン:スケルトンの上位種族。田中真一の眷属化によって誕生した新たな種族であり、その力は一般的なスケルトンの十倍:レア度B】


 名前:ホームレススケルトン

 種族:ホームレススケルトン

 魔法属性:闇・無

 習得魔法:シャドウ

 習得スキル:剣術(中級)、斧術(中級)、槍術(中級)、鎚術(中級)、弓術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、硬質化(中級)、魂喰

 支配率:田中真一に100%支配されています



 スケルトン達を鑑定すると、ホームレススケルトンと名が変わっていた。

 どうやら主人である儂が彼らの何かを変更したのだろう。


「ならば武器の一つでも持たせてやらねばな」


 儂は竹を切ると、簡単な加工を施して竹槍を作った。

 槍を全員に持たせてスケルトン小隊の完成だ。

 いずれはちゃんとした武器を持たせるつもりだが、今はこんなものでいいだろう。


「カタカタカタ」


 スケルトン達は喜んでいるのか何度も頭を下げる。

 こうみるとスケルトンも可愛い気がするな。


「では階段へ出発だ!」


 そのまま二時間ほど歩くと、竹林のど真ん中に設置されている階段を発見した。


「はぁ疲れたぁ! はやく食事にしましょ!」


 エルナは地面に大の字で倒れる。

 確かにすでに時刻は昼ほどだ。昼食には頃合いだ。


 儂はリングからタケノコを取り出すと、鍋に入れて煮ることにした。

 しかし不思議なことに、いくら待ってもタケノコから灰汁が出てこない。

 日本ではタケノコを煮ると大量の灰汁が出てくるものだ。

 それをお玉で丁寧に取り除くことで美味しく食べられるようにするのだが、どうもこの世界のタケノコは儂の考えているものとは違っているらしい。

 タケノコが茹で上がると、一口食べてみる。


「む、これは昔食べた最高級のタケノコに匹敵するぞ」


 ひとまず茹でたタケノコに塩を振りかけ二人に食べさせる。


「美味しい! このコリコリ感が最高ね!」

「うん、美味しい」


 二人ともタケノコは嫌いではないようだ。

 時々タケノコを収穫に来てもいいかもしれない。

 それにはこの階層に道がないと不便だろう。そこで名案が浮かぶ。


「ホームレススケルトンよ、二十二階層へ続く道を作るのだ。お前達ならば、きっとできるはず」


 そう言ってスケルトンの一体にクワを渡した。


「カタカタカタ」


 スケルトン達は一礼すると、さっそく道を作り始めた。

 剣を持っているものは竹を切り、クワを持っているものは根っこから掘り返す。

 切られた竹は槌で地面に打ち込まれ、 簡易的な柵を作ろうと作業をしていた。


「アンデッドの社員というのは最高だな」


 食事もしないし休憩など求めない。さらに給料も必要ないし睡眠も不要だ。

 よくよく考えれば最高の人手ではないか。儂の社長時代にほしかった人材だ。

 最高だなスケルトンは。ビバ眷属化。


 休憩を終えると、儂らは階段を降りて二十四階層へと進む。


 次の階層は一面が草原のような場所だった。

 馬のような生き物が駆け抜け、高い天井を鳥のような生き物が羽ばたいている。


 地図を開くと、この階層は”家畜場”と書かれていた。

 大魔道士は儂に負けず劣らずのグルメなのだろうな、なんとなくだがムーアの性格が見えてきた気がする。


「広くて気持ちのいい場所ね!」


 エルナが草原へごろりと寝転がると、ペロもまねして転がる。


「おい、休憩はあとだ。まずはこの階層にある家畜場とやらを探しに行くぞ」

「はーい」

「わうぅ」


 儂らは二十四階層を調べるために進み出した。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る