四十話 儂はまた進化するらしい


 二十二階層は湖のような作りだった。

 蓮の葉のような植物が水面に浮かび、遠くでは魚が飛び跳ねる。

 水の中は濁っていて、とてもじゃないが綺麗とは言い難い。

 湖には階段から続く道が水平線まで続いており、かすかに建物のような影が見えた。


「何か出そうだね……」

「うむ、確実になにかいる」

「お父さん、水の中で何かが動いているよ」


 ペロが水の中を覗いていた。

 薄緑色の水の中で大きな魚のようなものが動いている。

 初めて見る魚にペロは興味を引かれているようだ。

 それよりも、魚が居ると言う事は、それを捕食するもっと大きな何かが居るはずだ。

 オークたちが恐れる何かが。


「ひとまず先を進むか」


 儂らは進み始めた。

 道は横幅五mほどであり、かなり古い時代に造られたもののように感じる。

 途中では柱らしきものも見かけ、多くが半ばから崩れていた。


「トンボが飛んでいるな」


 湖の上を何匹ものトンボが飛んでいた。

 この世界にもトンボが居るのだなと、懐かしさを感じつつ眺めてると儂らにトンボが近づく。


「うわっ!?」


 トンボは大きな足を広げて儂を捕まえようとした。

 とっさに避けたが、その大きさは予想をはるかに超えていたのだ。

 羽を広げた大きさは六mほどで、身体の長さも五mはあるだろう。

 頭部はボーリングの球ほどもあり、明らかに捕食対象として狙われた。


「真一、どんどん集まってきているわよ!?」


 トンボ達が次々に儂らの周囲へ集まり始めた。

 不味い状況だ。奴らにとって人間は餌のようだ。


 げごぉぉおおお


 鳴き声が聞こえると、何かによってトンボが水に引き込まれた。

 トンボたちは危険を察知すると、一斉に飛び立ってゆく。



 【鑑定結果:モヘドトンボ:モヘド大迷宮にしか生息しない大型のトンボ。透明な羽は高級素材として高値で取引される:レア度B】


 【ステータス】


 名前:モヘドトンボ

 種族:モヘドトンボ

 魔法属性:風

 取得魔法:エアロボール

 取得スキル:視力強化(特級)、索敵(中級)、飛行(中級)



「ま、待ってくれ!」


 儂は去って行くトンボ達に叫ぶ。

 奴らはまさに宝の塊だったのだ。

 素材もスキルも喉から手が出るほど欲しい物ばかり。

 そんな希望は打ち砕かれ、トンボたちは遠くへ消えていった。


「真一!」


 エルナの声にハッとすると、水の中からナニかが飛び出す。

 今度こそ正体を掴むために超感覚を使った。

 景色がスローになり、儂の目に敵の姿が映る。



 水面から顔を出したカエルが儂らに向かって舌を伸ばしていたのだ。


「ふんっ!」


 儂は剣で舌を切った。

 びちびちと切られた舌が地面で跳ねる。


「げごぉおっ!?」


 水しぶきを上げて巨大なカエルがジャンプした。

 どうやら逃げ出そうとしているつもりらしいが、トンボを逃がした責任を取ってもらわないといけない。


 瞬発的に左手から糸を伸ばすと、カエルの身体に接着される。

 あとは糸を引っ張って仕留めるだけだ。

 着水したカエルは、自身が引っ張られていることにようやく気付く。

 必死に泳いで逃げようとするが、儂の引っ張る力の方が強い。

 数分をかけて道の上に引きずり出した。


「エルナ、魔法だ!」

「うん、ファイヤーアロー!」


 杖の先から炎の矢が射出される。

 矢はカエルの頭部に突き刺さり、小さな爆発を起こした。


「もっと穏やかに仕留められないのか? 肉片が飛び散って困る」

「うーん、ファイヤーアローって爆発しないものなんだけど……私の魔法って最近おかしいのよ」


 口に指を当ててエルナは悩んでいる様子だ。

 それよりも今は目の前のカエルだ。すぐに鑑定を使う。



 【鑑定結果:モヘドフロッグ:モヘド大迷宮にしか生息しない大型のカエル。モヘドトンボを主な主食としているが、オークやその他の生き物を丸のみにする習性を持つ。皮などは素材として人気があり、肉も高級食材として取引されている:レア度B】


 【ステータス】


 名前:モヘドフロッグ

 種族:モヘドフロッグ

 魔法属性:水

 取得魔法:アクアボール、アクアキュア

 取得スキル:味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、脚力強化(特級)、水中適応(中級)



 笑いが止まらない気分だ。

 トンボは逃したが、カエルもなかなかのスキルではないか。

 スキル拾いで全てを取得した。



 【条件を満たしました。スキルを統合したのち進化させます】


 【統合進化:腕力強化+脚力強化+身体強化=限界突破】



 今度の統合進化で誕生したのは限界突破という強化系のスキルのようだ。

 恐らくだが全身を今まで以上に強化してくれるのだろう。

 ひとまずステータスを確認する。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(変異種)

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(特級)、活殺術(初級)、達人(初級)、隠密(特級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(上級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(初級)、超感覚(上級)、衝撃吸収(初級)、水中適応(中級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(特級)、統率力(特級)、不屈の精神(中級)、スキル拾い、王の器



 次に統合進化あるとすれば五感を強化するスキルだろう。

 以前から超感覚と重なっているなとは思っていたが、統合進化に繋がるのなら納得もできる。

 スキルだけが増えても使いきれなくては意味はないのだからな。


 しかし、どうやらオークたちはこのカエルを嫌っていたようだ。

 二十一階層は湿地であり、モヘドフロッグが階段を昇ってやって来ることは予想が付く。

 いくらオークでも巨大なカエル相手では、手も足も出ないのかもしれないな。


 ひとまず殺したカエルをリングに収納すると、儂らは先を進み始めた。


「そろそろ疲れたよ」

「そうだな、どこかで休むとするか」


 先ほどの戦いのせいで、すっかりトンボは近づかなくなり、それに伴ってカエルの姿も見かけなくなった。休憩を挟むにはちょうどいいタイミングだが、もう少し安全な場所を見つけてからにしたい。


「あそこで休憩できる」


 ペロが指さすと、道の先には建物が建っていた。

 見た感じ二階建ての塔と言った所か。

 儂らは建物の中へ踏み入り、ひとまず安全を確保することにした。


「ペロ、匂いは?」

「何も居ないよ」

「エルナ」

「音も聞こえないわ」


 二人の感覚には敵の反応はないようだった。

 当然だが儂がスキルを使えば索敵は簡単だが、それでは二人の成長にならない。

 なので、それぞれの役割を決めている。

 儂は状況を見極めて近距離遠距離と切り替える。

 エルナは音を頼りに索敵を行い、遠距離攻撃担当だ。

 ペロは臭いを頼りに索敵を行い、近距離攻撃担当だ。

 一人が接敵に気が付かなくとも、もう一人が反応をする二重の構えだ。


「ここらで食事をしておくか」


 儂はリングからオークファイターの死体を取り出すと、すぐに解体に取り掛かり肉を切り分ける。

 リング内では時間が止まっているようなので腐る心配はない。

 肉をフライパンで焼き始めると、その間にペロに野菜をナイフで切らせる。

 唯一の女であるエルナは調理を見ているだけだ。


「私だっていつかは……」

「分かったからペロの邪魔はするな。お前が触ると料理が滅茶苦茶になる」


 儂がそう言うとエルナが悔しそうな表情を見せる。

 何度か料理をさせてみたのだが、それはもうひどい物だった。

 肉は焦がすし、野菜などは皮つきで鍋に放り込む。

 料理人が見たら泡を吹いて倒れるだろうな。とにかくひどいの一言に尽きる。

 元はエルフの国のお嬢様らしいが、料理に関しては教育が足りなかったぞとエルナの両親に言ってやりたい。


 料理が出来ると、皿にのせて食事を始める。

 現在は建物の二階に居るが、何もない殺風景な部屋だ。

 窓からはこの階層が一望でき、天井から降り注ぐ光が湖の水面をキラキラと反射する。


「そう言えば王都で、ダンジョンの最下層の事を聞き損ねたな」

「ああ、そう言えばそうね。すっかり忘れていたわ」

「しかし、最下層に眠るお宝という噂は本当のような気がしている」


 儂は遺跡で回収したリングを見て呟く。

 これは間違いなくお宝だ。

 もし、同じような道具が眠っているのだとすれば、冒険者や学者が興味を持つのは頷ける話。

 このリングも売り払えば、一生遊んで暮らせる額になるかもしれないな。


 そんな事を考えている内に、見覚えのある文字が視界に表示された。



 【まもなく進化が始まります。進化が完了すると、以前に戻ることはできません。進化いたしますか? YES/NO】



 また進化? 嘘だろう??


「なぁエルナ。進化というのは何度も起きるのか?」

「はぁ? そんなわけないでしょ。そりゃあ魔獣や魔物は何度も進化するらしいけど、人種族は一回で終わり」

「じゃあ進化をすると言っているのは冗談なのか?」

「もしかして今から進化するの!? 嘘でしょ!?」


 儂も冗談だと思いたいが、前回同様に進化が告知されたのだ。

 またも食事のタイミングで進化とは、どこかで誰かが儂を観察しているのだろうか。

 ひとまず食事を終えると、儂はリングから毛布を取り出して寝ることにした。


「どれくらい時間がかかるか分からない、二人とも儂が眠っている間は十分に気を付けるのだぞ」

「分かっているわよ」

「お父さんの進化楽しみ」


 ペロはワクワクした様子で儂を見ていた。



 ◇



 目が覚めると、ひどく喉が渇いた。

 すぐにリングから水の入った樽を取り出してのどを潤す。


「ぶはっ」


 三ℓほど飲んだところで、落ち着きを取り戻した。

 周りを見るとエルナとペロの姿はどこにもない。


「二人はどこに行ったんだ」


 立ち上がろうとして違和感に気が付く。

 視界が妙に広いのだ。

 いつの間にスキルを使ったのかと思ったが、スキルを切ろうとしても視界は元には戻らなかった。


「そうだ、儂は進化したのだ」


 ひとまず自分の身体を確かめる為に手足を確認する。

 見る限りでは腕が増えているような事はない。トライバル柄の唐草タトゥーも変わらずにあった。

 儂としては厳つい印象だが、見る人が見ればお洒落なのだろう。

 

 次に力を籠めると、今まで以上にエネルギーが漲る。


「力は強くなったが、何処も変わっていないじゃないか」


 儂は床に座ると、前回同様に長くなった髪をナイフで切る。

 ぱさぱさと銀髪が床に落ちると、程よい長さになってすっきりした。

 よく見ると以前より筋肉が引き締まったように思う。量も増えているだろうが、体型はそれほど変わらない。密度が増したと言うことなのだろう。


 視界に文字が出ていることに気が付いた。



 【スキル王の器により進化が変更されました】



 変更された? じゃあ儂は予定とは違った進化をしたと言う事か?

 すぐにステータスを開く。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(王種)

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(特級)、活殺術(初級)、達人(初級)、隠密(特級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、味覚力強化(特級)、消化力強化(上級)、視力強化(上級)、聴力強化(特級)、嗅力強化(特級)、限界突破(初級)、超感覚(上級)、衝撃吸収(初級)、水中適応(中級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(特級)、統率力(特級)、不屈の精神(中級)、スキル拾い、王の器



 王種? なんだそれは?

 ブルキングと同じでホームレスの王とでもいいたいのか?


「馬鹿馬鹿しい」


 立ち上がると、二人を探すために一階へと降りる。

 だが、二人の姿は見当たらない。


「どこに行ったんだ?」


 首を傾げると、外から楽しそうな声が聞こえた。


「やったねペロ君! 大物だよ!」

「うん、お父さん喜ぶといいな」


 外へ出ると二人はピチピチと跳ねる魚に笑顔を浮かべていた。

 魚は大きく一m程もある大物だ。体色は青いがどことなく鯛に似ている。


「おい、なにをしている?」


 声をかけると、ペロが魚を抱えて駆け寄る。


「お父さん、魚を釣ったんだよ!」

「釣った? 釣りをしていたのか?」

「うん、エルナおねぇちゃんが釣竿を作ってくれたの!」


 エルナを見ると、大きな胸を突きだして得意気だ。

 少々彼女を侮っていたかもしれない。


「それじゃあ儂も釣りをしてみるか」

「ちょっと待って! よく見ると真一の顔がおかしい!」

「あ? おかしい?」


 エルナとペロが儂の顔をまじまじと見る。

 な、何がおかしいと言うのだ。早く教えてくれ。


「額にもう一つ眼があるのよ」

「はぁ!?」


 左手で額を触ると、視界に指が映る。

 指先から確かに眼のような感触が伝わって来た。


「お父さんの目って前は茶色だったけど、今は紅色になってる」

「目が紅色!?」


 水面を見ると、そこに儂の顔が映る。

 そこには儂を見つめる紅い三つの目があった。


「なんだこりゃああああああ!!」


 よく見れば顔も以前とは比べ物にならないくらいに整っている。

 それに光に当たるとよく分かるが、あった筈の体毛が残らず消えていた。

 腕や足がすべすべなのだ。

 急いでズボンの中を見ると、男のジャングルが完全に開拓されて更地になっていた。


「儂の毛がぁぁぁああああ!!」


 幸いなのは髪の毛と眉毛は残されている事。

 進化とは時には大きな犠牲を払うものだと知ることになった。



 第二章 <完>



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