三十九話 ダンジョン探索


「よっ!」


 ペロの拳を避けると、すかさず足払いを繰り出す。

 側転で避けたペロが回し蹴りを放った。


「うぐっ!?」


 腕でガードしたものの重い衝撃に弾き飛ばされる。

 さすがにこの身体ではワーウルフの蹴りは殺しきれないようだ。


「そこまで」


 もう一人の儂が試合終了を口にすると、儂とペロは互いに一礼する。


「お父さん強い」

「ペロも良い動きをしていたぞ。これなら一人だけでオークと戦ってもいい頃かもしれないな」


 ペロと同じ身長の儂はそう言うと、本体である儂へと近づく。

 本体と手を握ると次第に同化をはじめ完全に吸収されてしまった。


「スキル分裂も悪くないな」


 先ほどペロと戦っていたのは儂の分身だ。

 スキル分裂を使うと幼い儂を創り出すことができる。

 ただ服までは創り出せないので、分身は裸になってしまうのが難点だな。

 それに分身の数も一人までと、まだまだ使い勝手は良いとは言えない。


「ただいまー」


 エルナがリュックを背負って帰ってきた。

 一人だけで街へ行かせたのだが、問題はなかったようだ。


「ロッドマンはどうだった?」

「工房に籠って剣を打っているらしいわ。代わりに息子さんが鑑定をしてくれたの」


 空になったリュックを地面に放り出すと、草むらへ倒れるように横になった。

 いつもは儂が付き添っているが、今日は一人だけという事もあってかかなり疲れたようだ。


「とりあえずどれくらいになったのか見せてくれ」

「大した値段じゃないわよ」


 手渡された金額は銀貨三枚。

 廃棄場で回収した武器や防具はそれほど多くはなかったので、予想通りの値段と言える。

 やはりそろそろ新しい場所を探さないといけないかもしれない。


「よし、昼食を食べたのちに三十階層を目指すぞ」

「えー!? 本当に行くの!?」

「もちろんだ。まだまだ安定した生活が出来ているとは言い難い」

「でも、本当に別の廃棄場があるのかしら?」


 儂だってあるかどうか確信している訳ではない。

 だが、あるかどうかは探してみなければわからないのだから、こんなところで議論をしても始まらないのだ。


 さて、どうして三十階層を目指すと言いだしたのかは理由がある。

 現在使っている廃棄場はほとんど調べ尽くし、新しい死体が追加されないと武器や防具を回収できない状態になっていた。

 そこであることに気が付いた。

 このモヘド大迷宮には、初級冒険者だけではなく中級や上級など良い装備を持った者も過去にはやって来ている。

 死んだのなら彼らの装備も廃棄場になくてはならない。

 しかしだ、現在使っている廃棄場には初級冒険者や中級冒険者レベルの装備しか転がっていない。とするならどこかに別の廃棄場があり、そこに上級冒険者などの装備が蓄積されている可能性があると言う事だ。


 大魔導士ムーアが残した地図にも三十階層に謎の空間が記載されていた。

 少なくとも三十階に何かがあると言う事は確信している。


「美味い料理を食わせてやるから元気を出せ」

「美味しい料理ねぇ……」


 エルナからはヤル気が微塵も感じられない。

 儂がとっておきの料理を作れば気持ちも変わることだろう。


 まず地面に魔法陣を描くと、火の魔石を追加して一定の火力を創り出す。

 大きめに切り分けた肉をナイフで切り目を入れる。

 次に鍋に油を入れて加熱。

 その間に溶き卵に肉を浸して、次にパン粉の中へ放り込む。

 油が程よく熱せられると、肉を入れて黄金色になるまで少し待つ。

 香ばしい匂いが充満すると、横になっていたエルナが起き上がる。

 ペロはすでに涎を垂らして尻尾を振り乱していた。


 肉が揚がると、野菜を刻んでパンに挟む。

 最後に調味料店で売っていたソースをかけると完成だ。


「真一特製バーガーと言った所か」


 エルナとペロは出されたバーガーを掴むとガブリと頬張る。


「ん~!! おいしい!!」

「お父さん、美味しいよ! こんなの初めて食べた!」


 二人ともバーガーを気に入ったようだ。

 それにしてもペロの流暢なしゃべりにはまだ慣れないな。

 言葉を教えてまだ数日だが、信じられないほどの成長ぶりだ。

 訓練もメキメキと腕を上げて、俊敏性だけならすでに儂を超えている。


 儂はペロに鑑定を使った。



 【鑑定結果:田中ペロ:聖獣となったワーウルフ。田中真一を父親だと思っており、父のように強くなろうと頑張っている。現在は特製バーガーに夢中だ:レア度S】


 【ステータス】


 名前:田中ペロ

 年齢:5歳

 種族:セイントワーウルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:風・聖

 習得魔法:エアロボール、エアロアロー

 習得スキル:烈風撃(初級)、体術A(中級)、体術B(初級)、身体強化(中級)、爪強化(中級)、知力(中級)威圧(初級)



 なかなかの成長ぶりだ。

 特に気になるのは烈風撃だろう。

 これは儂のスキル糸爆弾と一緒で攻撃スキルである。

 スキルには補助や強化などがあるが、攻撃スキルは割と珍しい。

 奥の手ともいうべきスキルである。


 我が息子はどこまで強くなるのか楽しみだ。



 ◇



「この先が二十階よ」


 エルナが地図を見ながら階段を指さした。

 隠れ家から出発して、ようやくたどり着いた階段。

 この先からは儂にとって未知なる領域だ。


「二人とも装備は大丈夫か?」

「私は杖だけだし、いざとなればリングから弓を取り出すわ」

「僕はお父さんの買ってくれたナックルがあるから大丈夫」


 二人とも覚悟は良いようだ。

 しかし特製バーガーでここまでやる気になってくれるとは少々驚きだ。

 今回の探索が成功すれば、もう一度作ってやると言ったことがよほど効いているのだろう。


「では行くぞ」


 儂らは階段を下りた。




「……普通ね」


 エルナの言葉に同意する。

 二十階層は特に変化もなくレンガ調の通路が続くだけだった。


「うがぁぁああああ!」


 早速オークが現れると、ペロが駆け出して殴りつける。

 小さな体で大柄なオークを怯ませる姿は見ていて気持ちがいい。

 尻もちをついたオークへ、ペロが素早く接近すると爪で首を掻っ切った。


「あのオークを一人で圧倒するとはさすがだな」

「ペロ君は聖獣よ、あれくらいは当たり前よ」


 エルナの言いたいことも分かるが、オークは決して弱くはない。

 中級冒険者がギリギリで勝てる相手だからな。

 この世界へ来た当初に勝てたのは本当に奇跡みたいなものだったのだ。


 オークの死体をリングへ収納すると、地図に従い先へと進む。


「二十階層は何かあるか?」

「書き込みはされていないわ。あ、でも転移の神殿があるみたいね」

「じゃあ神殿に行っておくか」


 転移ポイントを取得しておけば、いつでもその階層に行けるのは大きな利点だ。

 面倒だがあとあと役に立つ。


 四時間ほど歩き続け、ドーム状の部屋へと到着した。

 部屋の中心には転移の神殿が設けられており、その中心部には黒い石板があった。


 儂は迷うことなく石板へと触れる。



 【転移の神殿へようこそ。田中真一様の転移ポイントが追加されました】



 これで儂はいつでも二十階へ行くことができるようになったのだ。

 五階ごとに神殿が設置されていると考えれば、次の神殿は二十五階だろうな。

 少し休憩を挟むと、再び階段を目指して歩き出した。

 二十階層は魔獣がそれほどいないが、オークとの遭遇率は高い。どこかに巣でもあるのだろう。


 さらに三時間ほど歩いたところで階段を見つける。

 儂らは迷うことなく下へと降りていった。



「なにこれ」


 二十一階層は湿地だった。

 草が多く生え、ぬかるんだ地面が足を沈めようとする。

 一つの階層が大きな部屋になっているのか、向こう側の壁も見えず地平線は遥か先にある。


 げろげろっ。


 声が聞こえて地面を見ると、鏡餅ほどもある大きなカエルが儂を見ていた。

 危険だと悟ると、大きな足で飛んでゆく。


「ここにオークの巣があるのか……」


 広い空間に豊富な食糧はオークを養うには十分な環境だ。

 奴らは此処から二十階や十九階へやって来ていたのだ。


 その証拠に、すでに視界には三匹のオークが走ってきていた。


「どうやら私の出番ね」


 エルナが杖を構える。

 広い空間なら魔法にはもってこいだ。

 狭い通路でフレイムバーストなんて使われた日には、命がいくつあっても足りない。


「フレイムバースト!」


 轟音が響き、三匹のオークは消し飛ぶ。

 肉片が湿地にばら撒かれ、子犬ほどもあるカエルが舌で拾って飲み込む。


「音を聞きつけたようだ」


 儂はエルナとペロの手を握ると、スキル隠密を使用した。

 駆け付けたオークたちは周囲を見渡すと、首を傾げて何処かへと去って行った。


「さて、先を急ぐか」


 隠密を使ったまま湿地を歩く。

 地図に従い階段のある場所へたどり着くと、儂は頭を抱えたくなった。


 湿地のど真ん中に階段があるのだが、階段を取り囲むようにしてオークの集落が作られていたのだ。

 草で作られた家が並び、縄文時代を彷彿とさせる。


「どうするの? さすがにバレるんじゃないかな……」

「まて、こっちは隠密(特級)だ。上手くいけば奴らをスルーできるかもしれない」

「本当かなぁ」


 エルナは隠密の力を疑っている。

 まぁ姿を消すわけではないし、あくまで気配を消しているだけだ。

 匂いや音までは効果に含まれていないわけだから、不安な気持ちは理解できる。


「行くぞ」


 儂らは手を繋いで、集落へと入って行く。

 通り過ぎるオークを避けながら、一定の距離を保って奥へと進んで行く。


 集落の中心部に来ると、中央には階段があった。

 ただし、階段は木の板でふさがれていて簡単には降りられないようだ。

 何となくだが、下から来る何かに怯えているように感じた。


「このままだと降りられないよ」

「よし、階段に向かってフレイムボムを撃て」

「それって大丈夫なの? 絶対私たちが居ることがバレるよ」

「心配するな。儂が何とかする」


 エルナは杖を階段向けると、フレイムボムを放つ。

 直後に爆発が起きる。

 階段を塞いでいた木材は吹き飛ばされ、油断していたオークたちはひっくり返る。


「糸爆弾!」


 儂はスキル糸爆弾を乱れ撃ちする。

 集落の中を粘着質の糸が覆い、オークたちは糸に絡めとられた。

 こうも簡単にオークを一網打尽に出来たことに笑いが止まらない。


「よーし、このままオークどもを殲滅してやるぞ」

「お父さん、何かいるよ!」


 ペロの声に振り返ると、糸をかき分けて一回り大きなオークが現れた。

 身体の色は辛子色であり、異質な空気を纏っている。

 今までのオークが一般人だとすれば、目の前に居る奴は戦士のように感じた。



 【鑑定結果:オークファイター:オークが進化したことで、更なる強靭な体を手に入れた。繰り出されるパンチは敵の骨を一撃で粉砕するほど。オークたちの憧れの的だ:レア度C】


 【ステータス】


 名前:オークファイター

 種族:オークファイター

 魔法属性:土

 取得魔法:ロックアロー

 取得スキル:嗅力強化(特級)、腕力強化(特級)、体術A(上級)、不屈の精神(中級)



「オークファイターか……」


 オークの上位種族だと思われるが、ステータスもなかなかのものだ。

 特に腕力強化はぜひとも欲しい。


「がうっがうっ」


 ファイターは拳を構えると、左手でかかって来いと挑発する。

 相撲取りのような身体なのにボクサータイプのようだ。面白い。


「いいだろう」


 儂は上半身の服を脱ぐ。

 男同士の戦いは服など必要ない。


 ファイターと儂は互いに間合いを取りながら、相手の出方を見極める。

 その間にエルナとペロは糸に絡めとられたオークたちを始末していた。


「どうした? 早く儂を倒さないと仲間が死んでゆくぞ?」

「ふがががっ!」


 奴は笑っていた。

 仲間を仲間と思っていないのだろう。

 というか言葉が通じているのかも怪しい。


「ふんっ!」

「がうっ!」


 殴り合いが始まった。

 奴の拳をスレスレでよけて、カウンター気味にパンチを出す。

 顔面に当たったが奴は動じない。

 今度は奴のパンチが儂の腹部にめり込む。

 重いパンチだが、耐えられないほどじゃない。

 何度も何度も至近距離で殴り合い、儂の十発目でとうとうファイターは地面に膝を突いた。


「儂の勝ちだ」


 本気の拳で頭部を殴る。

 奴の頭蓋骨を粉砕した音が聞こえた。

 まだ余力はあったが、なかなかの相手だった。

 オークファイターお前のことは忘れないぞ。


 スキル拾いで嗅力強化と腕力強化と不屈の精神を取得すると、二人の様子を確認した。

 どうやら儂が戦っている間に二人でオークを片付けてしまったようだ。


「お父さん、どうして避けなかったの?」


 近づいてきたペロが質問する。

 確かにファイターの攻撃を避けようと思えばできた。

 むしろ無傷で勝つことの方が簡単だったのだ。


「男のロマンだ」

「男のロマン?」

「うむ、時には殴り合う事も男には必要だ」


 そう言うと、ペロは目をキラキラさせていた。

 エルナは呆れているようだがな。


 儂は殺したオークの死体を回収すると階段を降りることにした。

 なぜオークたちが階段を塞いでいたのか?

 二十二階層に降りてそれは理解できた。





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