三十八話 キノコ狩り


「そろそろキノコを収穫に行かないと、ストックが無くなりそうだな」


 倉庫の中を確認しつつ今日のやるべきことを考える。

 野菜は十分なほど収穫している。肉も地上で獲ったものが大量にあるので、一ヶ月は飢えることなく過ごせるはずだ。

 そう考えるとキノコがなくとも困ることはないのだが、グルメな儂にはそれでは物足りない。

 もっとぜいたくを言えば、米を食べたいし魚介類だって食べたい。


「もう何か月も米を食べていないな……」


 TKGたまごかけごはんが食べたい。


 実は儂はこの世界に来てからずっと米を探している。

 王都やマーナで米を探し、市場の人間に話を聞いたりした。

 しかし、聞き取り調査の結果、この国ではどうやら米らしきものはないと言う結論が出てしまったのだ。


 その代り似たような植物はある。

 稲に似ていて米に似た白い粒が収穫できるのだ。

 ただ米と違ってあまりに脆く、指でつまむとすぐに砕けてしまうようなものだ。

 多くの人は粉状にしてパンを作ってしまう。

 だが、儂はそれを購入して焚いてみた。

 もしかすればご飯になるかもしれないと淡い期待を持っていたのだが、出来たものはお粥とも言い難いドロドロとした汁だったのだ。


「米に似た植物があるのなら、きっと米もある筈だ。諦める必要はない」


 自身を奮い立たせる。

 儂は絶対に米を諦めないからな。



 ◇



「ひゃー、相変わらずすごい数だよね」

「キノコがたくさん」


 エルナとペロが三番目の箱庭で驚きの声を上げる。

 それもそのはず、ここはどこを見てもキノコばかりのキノコ天国だからだ。

 枯れ木にびっしりとキノコが生えており、地面を見ても草の間からいくつものキノコが頭を出している。


「今日のノルマは、キュアマシューを一人十個収穫する事。あとは好きなキノコをとればいい」

「はーい」

「わんっ」


 大きな籠を背負った二人は、森の中を駆けだす。

 この箱庭には沢山の魔獣が生息しているが、決して儂には近づいては来ない。

 恐らくだが匂いを覚えられてしまったのだろう。

 同様に儂の仲間も非常に警戒されている。

 なのでエルナやペロが単独行動をしても、よほどでない限りは襲われることはない。

 二人ともかなり強いので心配は無用だろう。


「よし、これでキュアマシュー十個は達成だな」


 背中の籠へキュアマシューを放り投げる。

 基本的に冒険者は傷の手当には薬草を使うそうだ。

 水魔法を使う魔導士が居れば回復をかけてもらうらしい。

 しかし、儂らは高価なキノコであるキュアマシューをとることができるので、そのようなものに頼る必要はない。

 面倒なことと言えば、使用した分だけ収穫をしなければならないことだろう。


「なんだこの香り……」


 心地のいい香りを嗅ぎとった。

 どこかで嗅いだことのある香りだが、それが何なのか思い出せない。


「マツタケとも違うな……」


 匂いがする方向へ歩いて行くと、地面から香っていることに気が付く。

 とりあえず地面を両手で掘ることにした。


 出て来たのはスーパーボールほどもある黒い塊。

 鼻を近づけて嗅いでみると、香水のような強烈な匂いを感じた。


「なんだこれは?」


 ひとまず鑑定を使う。



 【鑑定結果:トリュフトン:地中で育つキノコの一種。香りが強く高級料理などに用いられることが多い。珍しい為、貴族の間では高値で取引されている:レア度C】



 なるほどなるほど、ようやくこれが何なのか思い出した。

 これは地球で言うところのトリュフなのだ。

 社長時代に高級料理店でよく食べていたはずだが、すっかり忘れていた。


 ……んん?


 鑑定結果に見慣れない表示がされていた。

 レア度というのは今までなかったはずだが、鑑定が特級になったことで追加されたのだろう。

 珍しさが分かるのはありがたいが、ランクがどこからどこまであるのか不明なのでCがすごいのか分かり辛い。


 その後も、儂は匂いを頼りに多くのトリュフトンを見つけることが出来た。

 ちなみにだが、黒のトリュフトンよりも白のトリュフトンの方が価値があるようだ。

 レア度もBと、黒よりも一つ上だった。

 

 儂はもっと珍しいキノコはないかと、森の奥へと進む。

 人間とは不思議なものでレア度を知らされると、さらに珍しい物を探そうとしてしまうのだ。


「箱庭の端まで来てしまったな」


 歩き続けてとうとう箱庭の壁へたどり着いた。

 コンクリートのようなつなぎ目のない壁が遥か天井まで延びている。

 こうやって改めてみると、この場所は地球人の技術を超えた何かによって造られていることが分かる。

 ダンジョンとは何度見ても不思議なところだ。


 地面に目を向けると、壁際に見慣れないキノコを発見した。

 カサは茶碗くらいだが、色が金色と非常に目立つ。


 鑑定を使ってみる。



 【鑑定結果:ゴールデンマシュー:百年に一度しか発見できないと言われるほど珍しいキノコ。食した者はあらゆる病気を治し健康な体を取り戻す:レア度A】



 すぐにゴールデンマシューを抜き取ると、そのままリングの中へ収納した。

 レア度Aとは大収穫だ。効能も素晴らしく百年に一度しか見つけられないとまで書かれていた。

 興奮をするなと言う方がおかしい。

 儂は鼻歌を歌いながらエルナとペロの元へ戻ることにした。


「なんだかご機嫌ね」


 合流したエルナから声をかけられる。

 今は隠れ家へ帰っている途中だが、つい鼻歌を歌っていたようだ。


「これを見てみろ」


 儂は籠からトリュフトンを取り出すと渡してやる。


「これってもしかして!」

「そうだ。トリュフトンだ」

「すごいじゃない! キュアマシューも珍しいけど、同じくらいトリュフトンも珍しいんだから!」


 あえて調べなかったが、キュアマシューとトリュフトンは同じ珍しさなのか。

 価値としては回復できる分キュアマシューの方が高そうだが、貴族の間ではそれなりに需要があるのだろう。


「ああ、すごく良い匂い」


 エルナは匂いに興奮している。

 ペロも嗅いでみるが、鼻を鳴らして首を横に振る。

 儂はそれを見てあることを思い出した。

 そもそもトリュフというのは日本人にとってそれほど魅力的なものではない。

 何故ならトリュフを好んでいるのは日本人ではなく白人であり、日本人が好むのはマツタケのような香りだ。

 儂もトリュフの塊を社長時代に嗅いだが、はっきり言えば悪臭だ。

 評価は人それぞれだが、日本人の鼻はそう感じやすい。

 だが、今の儂は良い香りだと感じている。

 進化したことで日本人とは違った感覚になっているのかもしれないな。


「そうだ、こんな物を見つけたぞ」


 リングからゴールデンマシューを取り出した。


「なにそれ?」


 きょとんとした顔でエルナは不思議そうだ。

 なんせ幻とも言えるキノコだからな、分からなくとも仕方がない。

 儂が教えてやろう……くくく。


「これはゴールデンマシューだ」

「ごーるでんましゅー? なにそれ?」

「あらゆる病気を治す幻のキノコだ。百年に一度しか発見されない程の超希少なものだ」

「百年!?」


 エルナはまじまじとキノコを見つめて、すぐにニヤリと笑う。

 どうせ売れば大金が手に入るとでも思ったのだろう。


「売らないからな?」

「ええっ!? 売らないの!? これを売れば大金が手に入って、私も沢山の服が買えるのに!」

「大金が手に入っても服は買わないぞ。それよりも、これがいつか儂らの窮地を救うかもしない。大切にとっておく方が賢い」

「ぐぬぬ……」


 異論はないようだ。

 まぁ、あったとしても絶対に売るつもりはないがな。



 ◇



 キノコ狩りの後は廃棄場にて死体漁りだ。

 しばらく来ていなかったので、新たな死体が追加され山が高くなっていた。


「それじゃあ気になったものを回収するか」


 ひとまずキノコ入りの籠を床に置くと、三人で死体の山を漁り始める。

 ペロに手伝わせるのはどうかと思ったが、儂が死んでしまったときのことも考えてちゃんと教えておく方がいいと判断した。


「金貨を二枚見つけた!」


 エルナが声を上げた。

 今日は悪くない収穫になりそうだ。


「おとうさんコレ!」


 ペロが何かを持ってきた。

 受け取った儂はじっくりと観察した。


「ティアラのようだが……」


 ダイヤモンドやエメラルドなどの宝石がこれでもかとふんだんに使われ、中央には大きなピンクサファイヤが埋め込まれている。相当に価値のある物だと勘が囁いていた。


 鑑定を使う。



 【鑑定結果:ナジィ王家のティアラ:ナジィ家に嫁いだ歴代后が使用していた物。歴史的価値と希少的価値に芸術的価値から聖銀貨五十枚は下らない国宝。現在は盗まれており田中真一の手の中にある:レア度A】



 思わず身体が硬直した。

 ナジィ王家のティアラだと……?

 しかも聖銀貨五十枚と言えば、日本円で約五十億だ。

 国宝ともなればさすがに手が震える。


「おとうさんどうしたの?」


 ペロは儂の反応に疑問を感じたようだった。


「ペロ、これをどこで見つけた?」

「こっちにあった」


 ペロが走り出すと、儂も追いかけて走る。

 案内された場所にはごく最近追加された死体が転がっていた。

 見た目は男性のようだが、お尻には茶色い尻尾が生え頭部には犬のような耳が生えている。

 心臓をえぐり取られ、胸に大きな穴が空いていた。


「このひとがもってた」

「そうかよく見つけた。偉いぞ」


 ペロの頭を撫でると、目を閉じて気持ちよさそうにする。

 褒めてはみたものの、どう見てもティアラは厄介ごとを招き寄せそうな感じだ。

 とは言え捨てる訳にもいかないので、ひとまずはリングの中で保管することにする。


「何をしてるの?」


 エルナが近づいて来たので、儂は男の死体を指さした。


「この人と獣が混ざったような者はなんだ?」

「獣人でしょ? ローガス王国から東へ行くとナジィ共和国って国があって、そこの人たちはほとんどが獣人らしいわ。でも、この国で獣人を見るのは珍しいわね」

「獣人……」


 この世界は本当に色々な種族が居るのだな。

 いつかナジィ共和国とやらにも行ってみたい。


「ところで獣人がどうしたの?」


 エルナは何かに勘づいたのか質問をする。

 できればティアラを見せたくはないので、ここは誤魔化すことにした。


「珍しい種族だったので気になっただけだ」

「ふーん……」


 ジト目で儂を観察する。

 エルナに高価なティアラなど見せてしまうと、きっと欲しいと言い出すはずだ。

 そうなった時に持ち主へ返すことが困難になるかもしれない。

 彼女には悪いがここは秘密にさせてもらう。


「……まぁいいわ。早く回収を終わらせましょ」

「そうだな」


 エルナが離れると、儂はペロへ何も言うなとジャスチャ―する。

 息子に嘘をつかせるのは罪悪感があるが、トラブル避けるためには仕方がない。


 こうして死体漁りを再開したが、その後は目立った物は回収できなかった。





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