三十六話 1UP
領主の屋敷へ到着すると、門には二人の兵士が立っていた。
そこで儂はひとまず兵士へ声をかけた。
「領主が儂らを探していると聞いてやってきた。不都合がなければ面会を申し出たい」
「……もしや噂となっているホームレスか?」
儂は兵士にギルドのカードを見せる。
カードは身分証明書みたいな物らしいので、こういった時には非常に役立つ。
「上級冒険者のカードか。間違いないようだな、しばしここで待て」
兵士の一人が屋敷の中へ入って行く。
領主の屋敷は塀に囲まれ庭には木々が生い茂っていた。
門からは屋敷が何処にあるのかすら覗き見ることはできないようだ。
ぼんやりとそんな事を考えていると、兵士がメイドを連れて戻って来た。
「ホームレスの方々ですね、それでは私に着いて来てください」
メイドは一礼すると、儂らを敷地の中へ案内する。
やはりと言うべきか庭は広く、木々だけではなく多くの花々を見ることが出来た。
「領主は植物を育てるのが好きなようだな」
「ええ、領主様はとても心優しい方です。くれぐれも無礼のないようにお願いいたします」
メイドは領主に大きな信頼を寄せていることが分かった。
ならばなぜその領主が儂らを探していたのか疑問である。まさか街を救った者へ褒賞を出そうという訳でもあるまい。
歩いて数分ほどで屋敷へと到着した。
王都の公爵の屋敷と比べると小さなものだがそれでもかなり大きい。
メイドは玄関には向かわず、そのまま屋敷の裏側へ誘導する。
「客人をお連れいたしました」
裏庭には一人の男性がいた。
彼は黙ったまま花にジョウロで水を撒いている。
メイドは何かを察すると、儂らを裏庭に置いてある椅子へ座らせテーブルに紅茶を用意した。
何かを言わずとも仕事ができるとはなかなかのメイドだ。
男は初老と思われるが、身体は痩せており頭は白髪交じりである。
貴族らしく鼻の下には髭が生えており、左目にはモノクルを装着していた。
「このお菓子おいしい」
「おかしおいしい」
エルナとペロはテーブルにある菓子をモグモグと食べていた。
二人とも緊張感がないぞと言いたかったが、この裏庭は非常に落ち着く。
「待たせてしまったな。すまない」
領主がようやく椅子に座る。
しわがれた声は落ち着いていて、話しかける相手に安心感を与える。
それだけで儂は緊張した。今まで会った人物とはどこか違う印象を受けたのだ。
「私の名は覚えなくていい。この街のしがない領主とでも覚えてくれ」
「それはさすがに無礼では……」
「いや、構わない。マーナ領主とでも好きなように呼んでくれ」
儂はひとまず領主殿と呼ぶことにした。
やはり今まで見てきたどの貴族とも違う感じだ。
領主はメイドが持ってきた紅茶に口を付けると、ゆっくりと話し始める。
「君たちを探していたのはそこに居る聖獣様の件だ」
「ペロの?」
「そうだ。領主としては今後も君たちにこの街へとどまってもらいたいと思っている。どうだろうか?」
「それは別に構わないが、儂らはこの街ではなくモヘド大迷宮に住んでいる。街へ住めというのなら断るぞ」
そう言うと、領主は再び口に含もうとしていた紅茶を噴き出す。
「し、失礼。それよりも君たちはあの最悪の大迷宮に住んでいるのか?」
「うむ、どこかとは言えないが確かに住んでいるぞ」
儂の返答が予想外だったのか、空を見上げて深呼吸をしていた。
そりゃあ普通は大迷宮に住もうなどと考えないだろうな。
地球で言うのならばサバンナのど真ん中で生活をしているようなものだ。正気の沙汰ではない。
「ひとまずそれはいいとしよう。それよりも私が気にしているのは、君たちがこの街をどう思っているかだ」
「良い街だと思っている。今のところはどこかに行こうとも思っていない」
「ならいいのだ。私はそれを強く望んでいる」
領主はお菓子を食べるペロを見て口元を緩める。
「聖獣様は守り神だと言われている。そこにいる聖獣様が街に居ると知っているだけで、人々は安心して暮らしてゆけるのだ。ぜひ、今後もこの街を中心に活動をしていただきたい」
ようやく領主の目的が分かった。
儂らをこの街へ留めようとしているらしい。
マーナの支配者であり貴族である領主にお願いをされるとは、こちらの常識に乏しい儂でも異常なことが理解できる。それほどまでに聖獣とはすさまじい生き物なのだろう。
「儂はこの街を気に入っている。よほどのことがない限りは、この街を主に活動の拠点にするつもりだ」
「それが聞けただけでも嬉しい。もちろんだが、聖獣様だけでなくホームレス自体にも期待をしているのだ。ドラゴンモドキの件は非常に感謝をしている」
領主は儂らに頭を下げた。
そんな姿を見たエルナが慌て始める。
「や、止めてください領主様。私たちは出来ることをしただけで、貴方様が頭を下げる必要はありません」
「いいのだ。こんな老いぼれた者の頭を下げるくらいで感謝が示せるのならいくらでも下げよう」
ようやく他の貴族とマーナ領主の何が違うのか気が付いた。
日本人の気質に似ているのだ。
腰が低くそれでいて芯はしっかりと持っている。
数多くのサラリーマンを見てきたが、目の前の人物はそれと近い感じがするのだ。
当然だが領主は白人だ。
似ていると言えばそれまでである。
「今日は君達と話せてよかった。何か困ったことがあれば訪ねてくると良い」
領主は笑顔で儂らを見送る。
メイドに案内されて裏庭から出ようとしたところで、儂は振り返って領主に話しかけた。
別に何かに疑問を感じたからという訳ではない。ただ聞いてみたい、そんな気分だった。
「領主殿は日本……を御存じか?」
「そんな国は知らないな」
「なるほど……それでは失礼する」
儂らは門から出ると、ダンジョンへ帰るために歩き出した。
「やっぱり領主様って優しい人だったね」
「そうだな」
「おかしおいしかった」
「そうだな」
エルナとペロが話しかけて来るが、儂はずっと頭の中で先ほどの事を考えていた。
日本を知っているかという問いかけに、領主はそんな国は知らないと答えた。
これはどう考えてもおかしい。
儂は“日本と言う国を知っているか?”とは言っていないのだから。
領主は何かを隠している。
「あら、田中君じゃない! 戻ってきていたのね!」
声をかけて来たのは女冒険者だ。
名前は知らないがビキニのような露出の高い防具をつけて活動をしていることから、この街では有名人である。世間話をするくらいは顔見知りだ。
「性懲りもなくまた来たわね!」
エルナが杖を構える。
女冒険者は腰に手を当てると、大きな胸を前に突き出した。
「また邪魔をするつもり?」
「そのつもりよ! 絶対に渡さないから!」
うーむ、二人が何を取り合っているのかよく分からないが、会話から察するに今まで何度か争っているのだろう。それよりも儂は領主の事が頭から離れない。
「私と付き合った男はパフパフ出来るのよ?」
なに!? パフパフだと!? それは聞き捨てならん!
よくみれば相当な美人。さぞかしパフパフも気持ち良いことだろう。
「真一?」
冷たい声が聞こえて正気を取り戻した。
儂はなにをしていたのだろう。パフパフなどに惑わされるとは不覚。
「また邪魔をされたわ。今日のところは帰るけど、次こそは諦めないから」
「何度でも邪魔をしてやるわ! 次はその胸を消し炭に変えてやる!」
女冒険者は去って行く。
パフパフが……儂のパフパフが……。
「さぁ行くわよ! 街の外で狩りをしてから帰るんだから、しっかりしてよね!」
「う、うむ……」
なにで悩んでいたのか忘れてしまった儂は、そのまま街の外へと出ることにした。
◇
「わぅううう!」
ペロが草原を全速力で走ると、危険を察知した魔獣が空へ飛び発ってゆく。
またもや失敗だ。
「フライラビットは危険察知が上級だって言ったじゃない」
エルナの言う通り、フライラビットと呼ばれる魔獣は危険を察知するとすぐに空へ逃げてしまう。
蝙蝠の羽を生やした、ただのウサギだと甘く見ていた。
「仕留めるには弓が必要だな」
「そうだって最初に言ったでしょ。フライラビットは地面にいる間はずっと警戒をしているから、空を飛んでいる間に仕留めないとすぐに逃げられちゃう」
エルナの言葉に納得しながら、儂はリングにあった古木の弓を取り出そうとした。
そこで一つの疑問が生じる。
リングは本当に儂だけにしか使えない物なのだろうかという事だ。
所有者は儂だが、許可を出してやれば他人も使えるんじゃないかと閃いた。
こういうことは確かめておかないと損をすることがある。
可能か不可能かを知ることも生きる上では重要ではないだろうか。
儂は心の中でエルナに許可を出す。
視界に言葉が現れた。
【エルナ・フレデリアにリングの使用許可を出しますか? YES/NO】
心の中で飛び跳ねた。
このリングは思っている以上に優れモノのようだ。迷わずYESを選ぶ。
「ねぇ真一、目の前にステータスみたいなものが現れたんだけど……」
「それはリングの画面だ。試しに古木の弓を選んでみろ」
エルナは戸惑いつつ古木の弓を選択する。
次の瞬間には彼女の手に弓が握られていた。
これの驚くべきは、儂がリングを装着しているにも関わらずエルナは物を取り出したことだ。
「これって私もリングが使えるようになったってことなの?」
「簡単に言えばそう言う事だろうな。今後はリング内の武器を自由に出し入れできるはずだ」
「便利な道具ね」
彼女は感心をしながら弓を引き絞る。
そして、矢を放つ。
風の矢は大きく軌道を変え、そこに当たることが当然のように飛行中のフライラビットの頭部へとヒットさせる。
「まだまだ!」
エルナは次々に矢を放つと、外れることなく飛行中のフライラビットを撃ち落としていった。
あまりに腕が良すぎるので、彼女のステータスを確認する。
【鑑定結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。大魔導士になることが夢であり、夜遅くまで魔法の勉強をしている】
【ステータス】
名前:エルナ・フレデリア
年齢:19歳
種族:エルフ
職業:冒険者
魔法属性:火・光
習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、フレアゾーン、ライト、スタンライト、カモフラージュ
習得スキル:槍術(中級)、弓術(特級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(中級)、超感覚(初級)、攻撃予測(中級)、不屈の精神(中級)
弓術が特級に達していた。
それといつの間にか不屈の精神が中級になっていたようだ。
彼女の成長速度は異常なレベルだと思う。
この世界ではスキルの階級を上げるのに、数年を要することが分かっている。
そう考えれば儂やエルナがどれほど異常なのか分かることだろう。
原因としてセイントウォーターの摂取が考えられるが、それでもエルナの成長度合いはずば抜けている。いままで止まっていた成長を取り戻すかのようだ。
……いや、実際にそうだったのかもしれない。
儂が黄色いツボを押したことから、エルナの遅れていた成長が一気に花開いたのだろう。
ステータスを見ると、もう一つ気になることがある。
魔法が増えているのだ。
フレアゾーンとカモフラージュとやらが追加され、非常に興味をそそられる。
「最後の一匹ゲット!」
十匹ほど撃ち落としたエルナは満面の笑みだ。
「なぁエルナ。フレアゾーンとカモフラージュというのはどんな魔法だ?」
「え? あ! 私のステータスを勝手に見たのね!」
「すまん、少し気になってな。それよりどうなんだ?」
「まだ試してないわ。カモフラージュは光魔法の中級だけど、攻撃魔法じゃないことは知っているの。でもフレアゾーンは火魔法の特級だし、私が知っている限りで最大級に強力な攻撃魔法なの。威力を考えるとすぐには試せないわ」
フレイムバーストはかなりの威力だ。
それを上回るとするなら、彼女の慎重さも理解できる。
「それじゃあ明日辺り人気のない場所で試してみるか」
「それが良いわ。ここは街から近いし、きっと驚かせると思うの」
話が終わると、ペロが拾ってきたフライラビットを儂に差し出す。
見た目通り白いウサギに蝙蝠の羽が生えただけだ。
鑑定を使ってみる。
【鑑定結果:フライラビット:性格は非常に臆病であり、逃げる時は背中の羽を使って空を飛ぶ。飛行時間はそれほど長くはなく、最長で一時間が限度だと言われている】
【ステータス】
名前:フライラビット
種族:フライラビット
魔法属性:風
習得魔法:エアロボール
習得スキル:聴力強化(特級)、危険察知(上級)、スキル1UP
スキル1UP?
初めて見るスキルに身体が硬直した。
あり得ないと思うが、もし考えていることが本当ならとんでもないことだ。
ひとまずスキル拾いで取得すると、ステータスを開いてみた。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス(変異種)
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(上級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、消化力強化(中級)、視力強化(上級)、聴力強化(特級)、腕力強化(中級)、脚力強化(上級)、身体強化(特級)、超感覚(中級)、衝撃吸収(初級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(上級)、統率力(特級)、スキル拾い、王の器、スキル1UP
今度はスキル1UPを使うと念じてみる。
【スキル1UPは使用後に消えてしまいますがよろしいですか? YES/NO】
迷うことなくYESを選ぶ。
次は目の前に儂のスキルが羅列され、一つだけ選べと選択を迫る。
剣術(上級)を選んだ。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス(変異種)
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(特級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(上級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、消化力強化(中級)、視力強化(上級)、聴力強化(特級)、腕力強化(中級)、脚力強化(上級)、身体強化(特級)、超感覚(中級)、衝撃吸収(初級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(上級)、統率力(特級)、スキル拾い、王の器
剣術は上級から特級に変った。
まさしくスキルアップしたのだ。
儂は興奮したまま、仕留めた他のフライラビットからもスキル1UPを取得する。
先ほども合わせて十回スキル1UPを使用した。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス(変異種)
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(特級)、ツボ押し(特級)、剣術(特級)、斧術(特級)、槍術(特級)、鎚術(特級)、弓術(特級)、体術A(特級)、体術B(特級)、隠密(特級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、消化力強化(中級)、視力強化(上級)、聴力強化(特級)、腕力強化(中級)、脚力強化(上級)、身体強化(特級)、超感覚(中級)、衝撃吸収(初級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(上級)、統率力(特級)、スキル拾い、王の器
上げたのは鑑定、ツボ押し、剣術、斧術、槍術、鎚術、弓術、体術A、体術B、隠密である。
こんなにうれしいことがあるだろうか?
楽してスキルアップには思うところもあるが、強くなれるのなら些細なことだ。
そもそもスキル拾いを持っていた儂が運が良かったのだ。
視界に言葉が表示された。
【条件を満たしました。スキルを統合したのち進化させます】
……統合? 進化?
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