三十五話 野菜を売って金儲け


「よーし、随分とすっきりしたな」


 倉庫の中を眺めて満足する。

 大量にあった野菜が今では段ボール二つ分だ。

 まぁ、この世界では段ボールはないから、大体そのくらいの量だと言いたい。


 リビングへ戻ると、そこではエルナがペロに言葉を教えていた。


「ペロ君って覚えるの早いわ。まるで真一みたい」

「おとうさん、ぺろがんばる」


 ペロは覚えた言葉で話しかけて来る。

 そんな姿が可愛くて仕方がない。軽く頭を撫でる。


「勉強もそのくらいにして、街へ行くとするか」

「わかった」


 そう言って身体に胸当てなどを装着する。

 ペロは俊敏性を得意としているので、あまり重い防具は必要としない。

 そこで廃棄場で回収していた防具の中で、ペロにピッタリの物を探し出したのだ。

 武器に関しては爪があるので必要ないかも知れないが、できれば他にも良い物を与えてやりたい。


 儂らは荷物をまとめると、隠れ家から出発した。



 ◇



 ロッドマン武器店へ入ると、店主が満面の笑みを見せる。


「英雄のご帰還か! やったじゃないか田中君!」

「その英雄というのは止めてもらえないか。慣れなくてむず痒い」

「そんなことを言っていられるのも今の内だぞ? これからバンバンとホームレスに大きな仕事が舞い込んでくるはずだ」


 ロッドマンの言う通り、これから仕事は増えることだろう。

 今やこの国では有名人となっているのだ。

 千年ぶりに現れたブルキングを討伐した冒険者と考えれば印象は強い。

 ただし、英雄ともてはやされるのは戸惑いを感じずにはいられない。


「それよりも、今日は買い物に来たのだ」

「お? ウチで買い物とは珍しいじゃないか」

「いやな、息子のペロにピッタリの武器を探しているのだが、見繕ってもらえないか」

「息子?」


 店主がカウンターから身を乗り出すと、視線の先にリュックを背負ったペロが立っていた。

 小さな目で不思議そうにロッドマンを見ている。


「こりゃあたまげた。聖獣様じゃないか」

「鑑定を使ったのか」

「もちろんだ。鑑定ってのはこういう時に役に立つものだからな。それより、聖獣様を息子とは本気か?」

「うむ、ペロを息子として立派に育てることにした」


 ロッドマンは腕を組んで少し考えると、急に腹を抱えて笑い始めた。


「ぶははっ! そりゃあいい! ウチで良い武器を見繕ってやる! 田中君は本当に楽しませてくれる奴だな!」

「別にロッドマンを楽しませているわけではないのだがな……」


 店主は店の奥でガサゴソと探ると、数個の何かを持ってきた。


「こいつはナックルといって殴るときに使う武器だ。ペロ君は見た感じ刃物を使わねぇみたいだから、打撃系の武器が合うと思うぞ」


 さすがは武器屋の店主だ。

 一目でペロが得意としている戦い方を見抜いたようだ。


「ちょっと手を出してみな」


 ペロは素直に右手を出すと、ロッドマンは銀色のナックルを握らせる。


「どうだ?」

「これいい」


 ペロはすぐに気に入ったようで、拳を出しては感触を確かめる。

 他にもいくつか装着してみたが、一番最初に付けた物がぴったりくるようだった。


「それじゃあ銀色の奴を二個購入したい」

「まいどあり! しめて金貨十枚だ!」


 金貨十枚? まさかロッドマンに限ってぼったくりなどはしないと思うが、どう考えてもナックル二個で金貨十枚は高すぎる。日本円で1千万円だぞ。


「……高くないか?」

「そりゃあ高いに決まっている。こいつはミスリル製だぞ? 鋼鉄よりも堅く軽い上に魔導率も高くて誰もが欲しがる希少金属だからな」

「ミスリル……」


 儂の剣と同じ金属だ。

 ならば性能の高さは理解できる。高くて当然だったのだ。


「これでも金貨二枚分くらいは値引いているからな?」

「それならば購入しよう」


 儂はロッドマンに金貨を支払った。

 もちろん値段交渉をしてもいいが、彼にはお世話になっているしここでの買い物は初めてだ。

 今後の付き合いという事もある。


「おとうさんありがとう」


 ペロは儂の足に抱き着いた。

 尻尾を振り乱すその姿に、フレアの気持ちが分かった気がした。


「そうだ、これを加工できる場所を知らないか?」


 儂は話を切り出した。

 ここへ来た目的の一つだ。

 リングからブルキングの角を取り出すと、ロッドマンの前にドンと置いた。

 角は一mとかなり大きい。表面は黒光りし、黒曜石から切り出したかのように継ぎ目もない。


「こいつぁ……」

「ブルキングの角だ」

「マジかよ……」


 角に圧倒されロッドマンは言葉が見つからないようだった。

 持ち主が死んだ今でも、その角は圧倒的存在感を持っていた。

 奴はまさしく王だったのだ。


「…………」


 角を見つめるロッドマンは、腕を組んでしばらく考え込む。

 鍛冶師を紹介してくれるだけでいいのだが、なにを悩んでいるのか非常に気になる。


「よし、決めた!」

「決めた? 何を決めたのだ?」

「コイツはウチで預からせてくれ。きっと良い剣にして見せる」


 儂の中でハテナが大量生産される。


「ロッドマンが造るってことか?」

「もちろんだ。ウチは元々鍛冶を営んでいた家系だからな。この店にある物もほとんどはウチで作ったものだ。店の裏に工房があるんだが見ていくか?」


 店を出て裏に回ると、確かに大きな煙突を備えた建物が目に入った。

 中からはカンカンと金属を打つ音が聞こえて来る。


 扉を開けて中に入ると、一人の青年が金づちで真っ赤な金属を叩いていた。

 発熱した金属を叩くたびに火花が飛び散る。

 汗を流し何度も何度も金づちを振り下ろす姿は、何かに憑りつかれたようだった。


「あれが息子のケインだ」

「なんだ結婚していたのか」

「物好きな女が居たんだよ」


 ロットマンはそう言って笑う。

 それでも息子のケインは、黙って金属を打ち続ける。


「ロッドマン家は英雄ペドロの時代よりも前から鍛冶をやって来た。良い武器を作って良い客に売る。それがロッドマン家の家訓だ」

「それではペドロの剣もロッドマン家が?」

「おう、ご先祖様の仕事だ」


 儂の心は決まった。


「ならば制作を頼もう」

「任せておけ! 絶対に損はさせねぇ!」


 やはり見た目とは違う素晴らしい人物のようだ。

 今から完成する武器が楽しみである。


 そこであることを思い出す。


「ところで、この街に口の堅い商人を知らないか?」

「ん? 口の堅い商人? そりゃあまたどうしてだ?」


 ペロが背負っているリュックから野菜を取り出す。


「コイツをどこで作っているか探られたくないのだ。沢山余っているので売りたいのだが、野菜を買ってくれるものをこの辺りで知らないか?」

「これはハサーイじゃないか……なるほど、こりゃあバレれば目をつけられるな」

「不味いか?」

「いや、ちゃんとした商人ならおかしなことはないが、素人が売っているとなるとどうやっても目立つ。田中君の考えは正解だ」


 儂も露店を出して売ろうかと思ったが、ロッドマンの考えに行き着き止めたのだ。

 そこで思いついたのが、信用のできる者へおろすことだった。

 言ってみればこっちは農家のようなものだ。

 無理に販売などに手を伸ばさなくとも、それを得意としている者へ売ればいいだけの話。


 ロッドマンは少し考えて口を開く。


「それじゃあアーノルドって奴の店を尋ねると良い。そいつは昔から市場で食品を取り扱っている。ちっとばかし変な奴だが、慣れればすぐに打ち解けるだろう」


 変な奴という言葉に少し嫌な予感を感じたが、ロッドマンが紹介する以上は信用のできる者なのだろう。

 ロッドマンに感謝の言葉を述べると、儂らは早速市場へと移動を開始した。


「ふはははは! そこの年老いたお嬢さん、この野菜はどうだ! 新鮮で美味いぞ!」

「あらやだ、お嬢さんだなんて。しょうがないわね一つ貰おうかしら」

「まいどあり!」


 店員は黒光りする筋肉でポージングすると白い歯をニカッと見せる。

 指定された場所にはその店しかなかった。


「ねぇ、あれがアーノルドさんかしら……」

「う、うむ……声をかけてみるか……」


 黒人の男性に声をかけると、いきなり肩を掴まれた。


「君は良い身体をしているな! 俺と一緒に筋肉を鍛えないか!」

「筋肉か? それは儂も賛成だ。筋肉は良い」

「同士よ! 筋肉の喜びを知っていたのか!」


 激しくハグをされた。

 いや、儂も筋肉の重要性は分かっているつもりだが、出会っていきなり筋肉を鍛えようと誘うのはどうかと思う。そもそもなぜ市場で上半身裸なのだろうか?


「ちょっと変態! 真一を放しなさいよ!」


 エルナが杖で黒人男性を叩く。

 ペロはエルナの後ろで尻尾を丸めて怯えていた。


「ふはははは! そんなものは俺には効かん! この筋肉を見よ! 鍛え抜かれた上腕二頭筋に見事な大胸筋! これ以上に素晴らしい物は存在しない!」


 エルナは「ひぃ」と悲鳴を上げて後ろへ下がる。

 ひとまず解放された儂は、ポージングしている男性へ声をかける。


「お前がアーノルドという商人でいいのか?」

「その通りだ! 俺がアーノルドだ!」


 確かに見事な筋肉だ。

 儂が求める肉体に非常に近い。彼はどうやら筋肉に愛された男のようだ。


「ロッドマンの紹介で此処まで来た。一つ話を聞いてもらえないだろうか?」

「ふははははは! ロッドマンか! いいだろう、話を聞いてやろう!」


 非常に声が大きく、市場中に彼の声が響く。

 日常茶飯事なのか誰もアーノルドに目を向けようとはしない。

 なるほど、彼の筋肉が羨ましいから直視できないのだな。

 儂も確かに彼の肉体は羨ましい。まだまだ鍛えないといけないようだ。


「ペロ君、真一がニヤニヤしてるよ……」

「わぅぅ……」


 二人が身を寄せ合って震えていた。

 何かおかしいのだろうか? 儂にはいまいちよく分からない。

 まぁ、上半身が裸という部分は儂も変だなとは思う。


 ひとまずアーノルドへ事情を説明した。


「――なるほど、話はよく分かった。俺はお前たちが持ってくる野菜を買い取ればいいのだな?」

「うむ、そうしてもらえるとありがたい」


 ペロがリュックを地面に下すと、中から沢山の野菜が転がり出た。

 アーノルドはハサーイを掴み、しげしげと見つめる。


「質も大きさもいい。これは良い野菜だな。これで全部か?」

「いや、まだある」


 儂はリングから野菜を取り出した。

 どさっと山積みにされた野菜に、アーノルドは目を丸くする。


「ふ、ふは、ふはははは! お前たち気に入った! これらすべてを買い取ろう!」


 アーノルドは金貨二枚を手渡してきた。

 たった一回の卸値で二百万円とは少々驚きだ。


「俺の見たところ、全て珍しい高級食材のようだ。これなら貴族が高く買い取ってくれるはずだ。一般人でも欲しがる奴らは多いだろうな」


 何となく納得した。

 日本人でもマツタケには高値を付ける。

 それは希少であるからこそ付けられた値段であり、儂の持ってきた野菜もここではマツタケと同じなのだ。


「儂は田中真一だ。今後ともよろしくお願いする」

「俺はアーノルド。こちらこそよろしく頼もう」


 アーノルドはニカッと白い歯を見せる。

 儂はともかくエルナとペロは眼を逸らしていた。


 商談が成立したところで、儂らは領主の屋敷へと向かうことにした。

 なにやら儂を探していると言っていたからな。


「それじゃあ領主の元へ行くか」


 どのような話をされるのかドキドキしつつ、儂らは街の中心部にある屋敷へと歩き始めた。





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