三十四話 マーナへの帰還


「なかなか難しいな……」

「ねぇ、いつになったら終わるの? もうお昼だよ?」

「わぅぅ」


 ギルドの倉庫にてブルキングを解体しているのだが、これが思ったよりも苦戦している。

 ドラゴンモドキの時は腕のいい解体人がいたが、今回は一人だけの挑戦だ。

 エルナとペロには見学だけさせている。


「これで終わりだ」


 解体を終えると、近くの椅子に座り込んだ。

 さすがに疲れたぞ。


「おやおや、本当に一人で解体してしまったのか」


 そこへやってきたのは、王都ギルド代表取締役のエドモンドである。

 分かりやすく言うならギルドの最高権力者と考えていい。


「代表取締役がこんな所へ何のようだ?」

「そうそう、ここへ来たのは君に報告があったからだった」


 エドモンドは黒い紳士服にシルクハットをかぶっている。

 右手にはお洒落な杖を握り、両手は黒い手袋。

 鼻の下には見事なカイゼル髭を生やしている。貴族らしい貴族が彼の印象だ。


 彼は懐から三枚のカードを取り出した。


「ギルド委員会の話し合いの結果、君は上級冒険者へ格上げとなった。そこに居るエルナさんやペロ君も特別に上級に昇格だ」


 カードを受け取った儂は、嬉しさがこみ上げた。

 金色のカードはまさしく上級者の証であり、ひとまずこの世界で成功したと言ってもいい成果だ。

 第二の人生が順風満帆過ぎて怖い。


「やった! 私も上級冒険者なんて嬉しい!」

「わぅぅ!」


 エルナとペロは抱き合って喜んでいた。

 しかし、ペロにまでカードを渡すとはどういうつもりなのだろうか?

 そもそもペロは冒険者にすら登録していない。


 エドモンドは近くの椅子に座ると、事情を話し始めた。


「ペロ君に関しては入念な調査をさせてもらった。結果は紛れもなく聖獣だと分かった訳だが、ギルドとしては聖獣様を放置するわけにもいかない。

 恐らくはこの国の上層部もそう考えることだろう。

 そこで先に我々がペロ君を冒険者として確保することによって、この国の上層部から守る役割を買って出たわけだ」

「ほぉ、だが儂の許可なくとはどういった了見だ?」

「それには謝罪をしておこう。実はすでにこの国の上層部が動き出していたのだ。目的はペロ君の捕獲というところかな。

 メディル公爵が時間を稼いでくれていたこともあり、手続きは上手くいったが、なにぶん時間がなかった」

「メディル公爵が動いてくれていたのか……」

「彼に感謝しておくことだな、もしペロ君が捕獲されれば戦争の兵器として調教されていた可能性が高い。なんせ最近はきな臭いからな」


 なるほどと納得した。

 ギルドがペロを確保した以上は、国も簡単には手出しが出来ない。

 ギルドとは各国と交流がある独立組織だからだ。

 ペロを守るために陰で動いてくれていたメディル公爵には本当に感謝しきれない。


「話に聞いたが、君たちは今日で王都を離れるそうだな?」

「その通りだが……早くマーナに帰った方がいいと言う事か?」

「そうした方がいい。まだ王都では聖獣様を捕まえようと考える輩が大勢いる。今は君たちの活躍で街は活気づいているが、落ち着きを取り戻すと動き出すかもしれないぞ」


 儂らは王都を救った冒険者として注目されている。

 それがペロを奪いたい奴らにとって邪魔なのだろう。

 今日は妙に視線を感じると思っていたが、そんな理由があったからなのか。


「助言痛み入る。すぐにマーナへ帰還することにしよう」

「私からマーナのギルドへ指示を送っておく。君たちはペロ君が奪われないように十分に注意してくれ」


 エドモンドは立ち上がると倉庫から出て行った。


「ペロ君が狙われるなんて……」

「いや、よく考えればそうだったのだ。聖獣は強力な兵器になりえる。それに気が付かなかった儂がうかつだった」


 聖獣と言うだけで人々は無条件で信頼を寄せる。

 同時に強力な兵器として活躍も期待できるのだから、国が放っておくはずがない。

 貴族は幼き聖獣を調教することで、手元に置こうと画策することはすぐに分かることだ。


 皮肉にもブルキングの活躍で、ペロの正体が露呈してしまったのだろう。


「すぐにマーナへ帰るぞ」


 儂はブルキングの肉をリングへ入れると、ひとまず公爵の屋敷へ戻ることにした。



 ◇



「一週間も滞在させてもらい感謝している」


 儂は公爵へ礼を言う。

 屋敷の玄関にて別れの挨拶をすると、公爵は首を横に振った。


「いや、こちらこそ感謝している。聖獣様が居なければ、私は息子を失った悲しみに深く閉ざされていただろう」


 ペロの不思議な力により、公爵の悲しみは癒された。

 それだけではない、公爵夫人もペロによって悲しみから救われた。

 舐めているだけで救われるとはおかしな話だが、ペロという存在はこの世界の奇跡と考えればなんとか理解できる。まさしく聖獣。


「ペロ君、また来て頂戴。私はいつでも歓迎するから」

「わぅぅ」


 公爵夫人がペロを撫でていた。

 その姿を見て、此処へ来てよかったと思える。


「ふぐぅぅ……ペロ様……」


 見送る人の中で一際目立っているのがフレアだった。

 涙を流しペロと離れることを悲しむ。

 顔はぐしゃぐしゃで見られたものではなかったが、それほどまでにペロを大切に思ってくれたのは嬉しい。


「フレアも元気でな」

「フレアまたね」

「わぅぅうう!」


 儂らはエドナーの運転する馬車へと乗り込んだ。


「待ってくれ!」


 声が聞こえて振り返ると、大地の牙が走ってきていた。

 儂に駆け寄ると、ダルが握手をする。


「今日でマーナに帰るんだって? 俺たちに黙って行くなんて水くせぇじゃねぇか」

「悪い、ペロが貴族に狙われているらしくてな。すぐにマーナへ帰ることにしたのだ」

「ああ、そう言う事か。ペロを見た時に、こうなる気はしたが案の定だったな」


 分かっていたのなら言って欲しかったが、ダルもダルなりに考えて黙っていたのだろう。

 儂はロイやミーナとも握手を交わし、いつかまた会おうと約束する。


「おい、エルナ。大魔導士になるんだったら、いつかダルタン岩石国へ行ってみろ。あそこにゃ大魔導士ムーア様のかつての修行場があるそうだぞ」

「え? そんな場所があるの?」

「おう、ドワーフだけの秘密だが、機会があれば行ってみるといい。本当に大魔導士になりたいのならな」


 ダルはエルナへ背中を向けると、スタスタと去って行く。

 ロイとミーナは苦笑してダルを追いかけていった。


「最後まで素直じゃない奴だ」

「素直って何よ。まぁ、でも落ちこぼれドワーフの助言は悪くないわ」


 儂はエルナの頭にゲンコツを落とす。

 若い者は親心が分からないと言うが、別れの時くらいはダルの気持ちに気づいてやれ。


 再び馬車へ乗り込むと、こんどこそマーナへと発進した。



 ◇



「やっと着いたね!」


 馬車から降りると、エルナが背伸びをする。

 それを真似してペロも背伸びをしていた。


 やっと戻って来たマーナだが、王都へ行く前とそれほど変わってはいなかった。


「それでは俺は王都へ帰る。何かあれば御当主様宛で手紙をくれ」

「承知した。此処までありがとう」


 エドナーへ礼を言うと、儂はリングから包みを渡す。

 受け取ったエドナーは首をかしげていた。


「これは?」

「ここまで送ってくれた礼だ。中にはブルキングの肉が入っている。儂も食べてみたが、なかなか美味い物だったぞ」

「い、いいのか? ブルキングと言えば、千年に一度だけの希少肉だぞ?」

「まだまだたくさんあるからな、それに公爵にはすでに渡してある。それは家族と一緒に食べてくれ」


 エドナーは顔をほころばせると、敬礼したあと馬車を発進させた。

 肉くらいで喜んでもらえれば儂としても嬉しい。


「ねぇ真一。これからどうするの? ギルドへ寄ってく?」

「そうだな、一週間も不在だったから心配しているかもしれん」


 儂らはギルドへと向かう。

 中へ入ると、支店長のバドが駆け寄ってきた。


「お前たち、王都でのことは聞いたぞ! やったな!」

「やったとは?」


 バドは額に手を当てて呆れる。


「何を言っているんだ! 王都を救った英雄だろ!? この街でも、あのホームレスが活躍したって大騒ぎだぞ!」

「う、うむ……」


 噂とは足が速いものだ。

 まさかもうマーナ中に広まっているとは、恐ろしさすら感じる。


「そう言えば、領主様がホームレスを探しているって聞いたが、お前たち会いに行った方がいいんじゃないのか?」

「領主? まさかペロを狙っているのか?」

「そこは心配するな。この街の領主様は人柄の良い方で有名だ。困ったことがあれば、聖獣様はギルドに所属していると言え」


 バドはすでに王都での話を把握しているようだった。

 やはりギルドの代表取締役と言うだけあって、エドモンドという人物は有能のようだ。


「では明日辺りにでも訪問してみよう」

「分かった。俺からも領主様にそう言っておく」


 バドはひらひらと手を振ってギルドの奥へ戻って行った。


「では家に帰るか」


 儂らはギルドを後にすると、ダンジョンへと向かう。

 いつものように転移の神殿へ向かうと、石板に触れて箱庭へと転移した。


「あーここって気持ちいいわよねぇ」


 箱庭の草むらでエルナが横になった。

 儂もそれにならって横になると、ペロも真似をして寝転がる。

 天井から降り注ぐ光に、新鮮な空気が清々しい。

 やっと箱庭まで戻って来たと実感したところで、ペロが何かを言いたい様子で口をぱくぱくさせている。


「お……おお……おおお……」

「お?」

「……おお……おとうさん」


 驚きに目を見開いた。

 ペロがしゃべったのだ。


「お前しゃべれるのか!?」

「おとうさん」


 ペロを抱くと、儂は嬉しさのあまり涙腺が緩んだ。

 お父さんと呼ばれたのはどれほどぶりだろうか。


「おとうさんおとうさん!」


 ペロは何度も叫ぶ。

 健気な姿にエルナも涙を浮かべていた。


「決めた! ペロ、お前は今日から儂の息子だ!」


 儂はペロを本当の息子として育てる決意が出来たのだ。


 そう、今日は田中ペロの誕生だ!


「だったら今後はちゃんと言葉を教えないといけないな」


 ちらりとエルナを見る。


「ちょっと待って、もしかして私が言葉を教えないといけないの?」

「お前は儂に教えてくれたではないか」


 儂は人に何かを教えると言うことが不得意だ。

 つい、見て覚えろと考えてしまう癖がある。

 その点、エルナは非常に教えることが上手い。

 こうやって異世界語を話すことが出来るのも、全ては彼女の教えの良さである。


「でも、タダで教えるってのは……」

「服を二枚購入してやろう」

「三枚」

「だめだ二枚だ」


 結局、服を二枚と小物一点って話はついた。

 まだまだホームレスは裕福な生活を送れるわけではない。

 倹約は引き続き行って行く必要があるのだ。


 移動を開始すると、一番目の箱庭へたどり着いた。

 一週間も畑を放置していたからには、どうなっているか確認をしておかなければならない。


「うわぁ……」


 畑自体はそれほど変化はなかった。

 ただし、植えていた野菜がうねを無視して、繁殖を続けていたようだ。

 畑があったであろう場所には、一面に野菜が埋め尽くす状況となっていたのだ。


 儂らはすぐに収穫を始めると、ひとまず畑を元通りに戻す。


「そろそろ街で野菜を売った方がいいかもしれないな」

「そうだね。ここの事は知られたくないけど、倉庫にも野菜がいっぱいだし……」


 捨てるのは勿体ない。だったらやはり売る方がいいだろう。

 できれば口の堅い商人と取引をしたいが、明日にでも武器屋のロッドマンに相談でもしてみるか。


 畑を離れ、ようやく隠れ家へたどり着くとそれぞれが床やソファーへ倒れ込む。

 長い旅行をしていた気分だ。


 儂はソファーに横になりながらステータスを開いた。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(変異種)

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(上級)、糸生成(特級)、糸操作(上級)、糸爆弾(特級)、分裂(初級)、危険察知(上級)、消化力強化(中級)、視力強化(上級)、腕力強化(中級)、脚力強化(上級)、身体強化(特級)、超感覚(中級)、衝撃吸収(初級)、硬質化(上級)、自己回復(中級)、植物操作(上級)、統率力(特級)、スキル拾い、王の器



 見ての通り、ブルキングからはちゃんとスキルを取得している。

 いくつかスキルも上昇した。

 それよりも気になるのは王の器だろう。

 使い方がいまいちわからず、そのままにしている。

 王の器と言うからには使えるスキルだと思われるが、ブルキングが使っていた様子も思い出せないので持て余している状態だ。


 それとブルキングの角だ。

 肉などは手に入れたのはいいが、角に関しては売るべきか悩んでいる。

 一応だが、二本あった内の一本は公爵に譲った。

 どうしても欲しいと言うので、金貨百枚と交換したのだが果たしてそれほどの価値があったのか疑問である。


「角もロッドマンに見せてみるか……」


 強い眠気が襲ってきたので、儂は少しずつ瞼を閉じる。

 まどろみの中で、ペロが儂の身体へよじ登ってくるので抱き上げて一緒に寝ることにした。


 ぼんやりとする意識の中で、息子が戻って来たような気がして幸せな気分だった。




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